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2018年4月14日 (土)

小畑弘己さん 『タネをまく縄文人』、稲作以前の農耕のくわしい事情が圧痕から解かって来ました! 追記、集いの時のノト(祝詞)のこと。

小畑弘己さん 『タネをまく縄文人』面白いです。

Tanewomaku

やっと、縄文時代の農耕の姿が解かりつつあります。

マメ(大豆)と、アズキが重要な栽培植物であったことが解かってきたとの事です。

もちろん、クリもマテバシイも、重要植栽植物です。

その時代からずっと時代が降って、

稲作が始まってくる訳です。このころが、アマテルカミの時代ですね。

その意味では、

わが国は、弥生時代からは「瑞穂の国」ですが、

そうは、簡単に問屋が卸してはくれないんです。

なぜならば、

あの、縄文土器の素晴らしさを、

目を覆って見ないふり出来ますか?

そうなんですよ。

もっと古い時代に、

縄文時代の前期には、クニトコタチさんに拠って「縄文建国」が、

成し遂げられていたのでした。

知らない事は、ホントに多くて、

わたくしも、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」で、驚愕の事実に、

突き合わされて、もう、ドキドキが40年来です。

正確に言えば、63マイナス17ですから、46年になりましょうか!

くわしくは、まさに、

『ホツマツタヱを読み解く』(池田満、展望社)で、

稲作以前のわが国の「縄文建国」のことを、

解き明かしておきましたが、

考古学の裏付けが、さらに、

考古学の進展は日進月歩です。ついにここまで進んできているようです。

小畑弘己さんは、土器に残る圧痕の痕(あと)から、

植物のタネの品種の同定や、害虫などのムシの同定もするんですね。

新しい分野です。

なにしろ軟X線も用いて、土器内に隠れた空隙の、

そのタネやムシの形状も探し出すんですって!!

最新工学を使った、最新考古学です!

まさに掘り直し!

ほんの、数年前からの新手法だそうです。

また、驚くなかれ、

さらには、ムシのその大きさから、

何を食材としていたのかも、検証して解き明かすのですから、

シャーロックホームズ級です。

Kokuzoumusi

     <小畑弘己さん『タネをまく縄文人』(吉川弘文館)

       では、新解明で、縄文早期がいわゆる、

       栽培・栽植の原点じゃないかと言うわけです。

       さてさて、文献学から言える根拠は何かと言いますと、

       記紀の原書の、

       『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

       「むかしこの きくさお(を)ツト(土産)の」

        (ホツマ4アヤ3ページ)

       の文章が根拠となります。

       栽培・栽植の農耕文化の萌芽です。

       ここに、わが国の「縄文建国」が起きたわけでした。

       さて、この時期が何時なのか?

       三内丸山遺跡の出土例から、

       少なくとも6000年前と、わたくしは仮に推定していました。

       でも、コクゾウムシの大きさ比較からは、

       縄文早期の筋も見えて来つつありますね。

       今から、9000年前にさかのぼる話になります。

       予想はしてはいましたが、わたくしも、うすうすは、です。

       やっぱりね! と、思いました。

       すごいですね! わが国の建国の歴史は、

       9000年になるという事なのか? なのです!! 

       小畑弘己さんの解明は、

       わが国の建国の歴史を3000年さかのぼらせた!!

 

       偉業という事になります。

       当然の事、ノーベル賞の選考のテーブルにあがりますね。

       わたくしの専門の分野は、文献学であって思想や国語など、

       言ってみましたらソフトの分野です。

       実際に掘って詳しい年代を確定出来得るのは、やっぱり考古学です。

       ハードとソフトは、両立で相まって補う関係です。

       さらなる考古学の進展を、まさに首を長くして望んでおります>      

ただ、一点だけ、苦言を言わせてもらえますれば、

桃は、日本に自生種があるのですから、

まだ、ここのあたりは解明途上であると思われます。

いずれにしましても、

建国当時の初代クニトコタチの よ(世)には、

まだ、稲作は始まっていませんから、

当然の事に、マメの類が多く食されていたはずでした。

圧痕からのマメの同定発見には、

乾燥状態の形状ではなくて、浸漬して水を含んだ形になると、

大豆は平たくなることが、キモだったんですね。

よくぞ、現代に再発見をなさってくれたことで御座います。

幾重にも感謝の念を思います。

ここに気が付くまでには、コロンブスの卵のような、

新視点が必要で、

気が付いたときのワクワク感は、

わたくしも、よくよく、想像できます。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

言葉の概念などで、

新解釈もよくよく出くわすのです。

このあたりになりましたら、思想家のレベルですね。

もう、直訳の人達には、理解困難なあたりかなと思われます。

なにしろ、ヲシテの文字のイメージについても、

基礎のホツマ文字・ヲシテ文字も読めなかったら解からないです。

もう、ムリです。

でも、2000年来に眠っていた、

漢字以前の時代での、新概念の発見だなんて、

すごい事柄に出くわすわけです。

全く同じ、ワクワク感ですね!

これこそが、

ヲシテの原字原文で読む醍醐味ですね。

隔靴掻痒、ヲシテの文字の読み書きが出来るかできないかが、

こっちと、あっち、そんなに違うかと、

やっぱり思ってしまいます。

このよと、あの世の違い程の差です。

           ・

さてさて、

直訳でやっていた大昔のころ、みんなこの、「秀真伝」の過程は踏むものなんですね。

わかりますよ。

もちろんのこと、です。

そのあたりの時には、

China語的な現代漢字語感で直訳してから、

物事を考えるので、

どうしても、おかしな話になるのでした。

「おじ」さんって、

漢字で書くと「伯父」なのか「叔父」なのか特定しないといけません。

でも、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の時代には、

わが国の伝統の話の事ですね、詳しい区別は、厳密には感覚として無かったようです。


直訳やっていても、直訳をもうやらない私でも解説文に現代的な文章にと、

まとめるときには、どうしても、悩みの絶えない事柄のひとつです。

長い文化文明の伝統が違うと、こうも、勝手が違うのは当たり前です。

お茶のことに例をたとうれますれば、

普通の右勝手と、真逆の左の勝手の違いのようなものです。

慣れるまで、湯こぼし(建水)の扱い方とかなどなどどうやっていいのか?

ちょっと迷いますね。

           ・

さて、今現代は、ほんとこのところの数年は、

第二次の直訳がらみのおかしげ余波の到来だと思っています。

図書館に行っても、

わたくしの著作が、開架から、閉架の方にと、

あちこちと移されて行っているような感じを受けています。

第一次の、直訳連中の貶めウェーブから、(吾郷清彦・鳥居礼などなど)

第二次の、直訳亜流の貶めウェーブにと、(今村聡夫などなど)

そう時代は移り変わってきたようです、と、

わたくしは感じて来ています。

いわば、贔屓の引き倒し。

結局のところ、「偽書」だ、「偽書」だ、の

インチキで誤認の評価を、振り撒くだけに終わっている。

つまり、これこそが、「おとしめ」の、

その作業である、と、

わたくしは、そう悲しんでおります。

いったい何がしたいのか? あの人達は???

どうも、流れは、行き付くところまでゆかないと反転しませんよね。

第三次の、貶めのグループが出て来てから、

それはいくらなんでも酷いだろうと、

そう言った、

大きな揺れ戻しの作業が、ここ、

数年から先に、出て来てからの事か?

大きな歴史認識の把握の展望には必要かなと思っています。

そうは、簡単には行きませんですよ。何しろ、『古事記』『日本書紀』で1300年ほどもです。

ほんとうに、この、厚い暗雲を打ち破る覚悟があるのかどうかですね。

かつて、もう、45年来にもなりますか。

その、本当の覚悟に達している方は、

ほんの、数えるほどで御座います。

それはそうで御座います。

当たり前のことで御座います。

日夜、自分の事だけで、まず、精一杯な事はたしかです。

            ・

そのことは、つまり、

残念なことに、ホツマ文字と言いましょうか、

ヲシテ文字・ヲシテ時代の文章の原文も満足にも読めないのに、

知ったかぶりで云々する人たちは、

自分では良い事をやっていると、

そう勘違いをしているという事なんでしょうね。

だのに、そんなおかしげなことに、気が付かないんですね。

残念なる、ちょっとヌケた好意なんです。

とにかくも、先は長い長い事で御座います。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

本当の理解には、

ホツマ文字と言うよりも、

勿論のこと、ヲシテ文字という、

その概念が必要です様ね。

まだまだ、

世間の壁は厚い事で御座います。

簡単に説明をしましたら、

ホツマ文字・ヲシテ文字の、

ヲシテ時代での文章を、ヲシテ文字の原文でスラスラ読めない人は、

専門家でも何でもないという事で御座います。

この事柄・事項は厳然たる判断の基準です。

この基準は、千年の将来にわたっても不変の試金石であることは、

動かせない事実です。

 

            ・

それはともかく、

毎日の積み重ねが肝腎です。

 

もう、わたくし達夫婦でも、

不思議に、35年はすでに一緒に暮らしています。

そんなにも、何でも簡単明瞭にはゆきませんですよね。

良くもったとも思います。今も不思議に仲良しです。

こんな、酔っぱらいの時が多いわたくしと、

ほとんど飲めない女房です。

おたがいに、言い分は言わない方が良いですね。

でも、たまには、ちょっとだけ。が、適当かと思います。

そうそう、

今発酵中の納豆の良い香りが、2階にも漂って来ました。

いつ発酵を停止させるか?

判断が、近付いて来つつあります。

 

さて、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

「オヂ」のこと、

「伯父」「叔父」? どう書こうか?

こんな、たった一言の言葉遣いだけでも本当に悩むのです。

いつもいつも…。


― 追記 ・ 平成30年4月16日 ―

夢見の記事の事。

ヲシテ講習会を開催しています。

昔、松本善之助先生は

「集いを始める時ののりとこと」

「集いを終わる時ののりとこと」

のノリト(祝詞・ノト)を、

みんなで奏上することになさっておられました。

わたくしは、宗教っぽくとられてはよくないと、

そう言う意図から、これらを外していました。

でも、

もうそろそろ誤解を受けずにもゆく時期にも至りつつあるか?

とも思うのが、今朝の夢見でした。

その夢見で考えました、ノトの前文が、

「わたくし達は、シャーマニズムやアニミズムに逸することなく、

国祖クニトコタチの『縄文哲学』に立脚してゆくことを、

ムネ(宗)とします。これこそが『あめのみち』であるからです」

この前文のあとに、5・7調のノト(祝詞)を奏上するといいかと思うんです。

このノトは、これから考えて書きます。

なお、

このノトの、想いの中心の在り処は、

このメモのような事になります。

読みにくい字ですが、松本善之助先生の字に似てまいりました。

それで、UPすることをお許し下さい。

Isisue

4:00頃にふっと夢見に考えて、忘れないうちにメモった字です。

わたくしの綺麗で無い字が、ますます悪字に傾いてしました。

けれど、ミサイルが飛んで来て亡失してしまうのを、

このおそれも、若干は薄らいだにせよ、UPしておけば、杞憂も安堵です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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