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2018年3月27日 (火)

「かつぎ つゑ」、ウィングバーにてコリ(凝り)をほぐすこと。「ミソフカミ」のときほぐし。鞍居桃のツボミ。

健康関連です。
身体が硬くなるのが、
オニだと思うんです。
「オ」は、固まることを言いますものね。
 
そう言えば、思い出します。
コリには悩まされておられました。
腱鞘炎や、背や肩の凝りも酷かったですね。
揉み屋さんに良く通っておられました。
今考えますと、
自律的な体操やストレッチによる方法の方が、
より本質的に改善につながりそうです。
ストレッチも出来ないぐらいに固まったら、
揉み屋さんにお世話になるより他に手は無さそうですが…。
 

身体に不都合の起こるのは、

巡りの悪いことが大きな原因の一つと申せましょう。

わたくしは若い時から社交ダンスをやっていますが、

その関連で、最近に健康器具に出会いました。

ステンレスの棒を微妙な曲線形状に曲げたものです。

15000円ほどで、良心的な価格です。

現行の販売タイプはステンレス製で、

思ったよりも冷たさも無かったです。

特許製品でもあります。

使い方の説明の動画のCD付きです。

詳しくは、こちらでご覧下さい。

実際に使い始めてみましたら、

女房なんかも、とても気に入っています。

Wingubaa
 

肩のあたりがガチガチになっていたんですね。

胸郭のあたりが自然とやわらかくゆるんできます。

特にウチの女房なんかの場合は、

それが、足腰にまで影響して、

膝痛(ひざいた)にもなってきていたようでした。

要するに、真原因は身体のカチコチにあったようです。

肩甲骨まわりのガチガチが姿勢の悪化を招き、

歩くたびに、一歩一歩の過負荷がきつくて、

一番弱くて負荷の掛かり過ぎていた膝に、痛みが出て来ていたようです。

もう、

あと、ひと月ほどしたら、真の原因からの解除が可能な感じに思えて来ています。

やっと、女房の膝にも、本当の「ハル(春)」が。

 
さてさて、今年は、鞍居桃の葉芽が早そうです。
Kuraimomo1_3

何故って?

雌蕊(めしべ)が伸びてから、開化に至るのです、鞍居桃の花は。

この下の写真の倍ほどに雌蕊が伸びてきたら、

花弁(はなびら)の方にもほぐれゆき来ます。

やや、まだ、もう数日の時間を要するもので御座います。

Kuraimomo2_4

ウィング・バーでの、

ときほぐれの開き行く事、   

この感動を、

ヲシテ時代風にも勘案する、ウタにと、どう詠(よ)もうか?

詠みたいんですね。

何てことない、こんな棒が、

こんなにも身体のコリをほぐしてくれるなんて!

感動ものであります。

でも、

どうも、「棒」では、この言葉では気になりますしね。

ウィング・バーのこと、英語風な「バー」でもおかしいし、

酒場の意味に誤解されてしまいやすいのも困りますよね。

「棒」も、漢語なので、ヲシテ時代の復活を期するにもそぐわしくないです。

どうしようかと思います訳で御座います。

あれこれ考えますに、

「やまとことば」で詠(よ)みたいですものね。

本当に、こころにひびくことばで。

漢字以前にも遡れる雰囲気が、

これこそが、わが文明の再構築にはふさわしいですよね。

そういうように、

やっぱり考えました。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の用例などなどを見たり致しました。

さてさて、

ヲシテ時代に遡ると「つゑ・ツヱ」が一番近い言葉でしょうか?

「つえ」の仮名遣い(ヲシテ遣い)よりも、

「つゑ」の方が用例も多く、枝の感覚の「ゑ」のあるほうが語源的にもふさわしいように思えます。

とは言え、現代の人には、「杖」の言葉の感じに引っ張られやすいので、イメージに乖離がありそうです。

そこで、

「かつぎ つゑ」としてみました。

「棒」よりはマシなのでは…、といった雰囲気です。

   なみのりて かつぎのツヱの

   はたらきに 身体のオニを

   とかしゆくなり

                ・

さて、

どうして、解きほぐし得るか?

身体の固まる「オニ」を、ほぐして、身の巡りを良くするか?

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」にて、

紐解いて調べてみましょう。

 みのうちの めくりよく

 やまひあらねば なからえり

 
とも、ヲシテ文献の『ホツマ ツタヱ』の1アヤにもあります。
『古事記』『日本書紀』の原書の、大切なお話の秘訣です。
元気で長寿の秘訣のお話。
他の「偽書」の「神代文字」のたぐいとは、ワケが違います。
そこで、
真書の意味のニュアンスを込めて「ヲシテ文献」と、
そう呼び習わしています。
 
この事実は、
自分で言うにも、
くちはばったいですけれど、
2000年来の快挙です。
 
 

板垣退助でもありませんが、

歴史として、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

この真実は、

この大きな事実を消し去ることは不可能にと、

そう言う運びにとなったと思います。

あとは、評価の事だけで御座います。

世間の動きのことは、

ややもして、利害関係が複雑に絡みますから、

わたくしの、関与のレベルの慮外になります。

及ばずながらも、出来るだけのことは、

してきているつもりです。

とはもうしましても、 

「縄文哲学」は、あまりにも奥深くて、

とてつもない深奥のわが大文明の究極に、

その価値が秘められています。

この大切さを、今現代にときはなつべきだとは、

おもいます。

ですが、その影響は甚大ですから、

ゆるい緩衝的なモノも必要かも。

 
Yamahi
このところは、『ミカサフミ』も同文個所としてあります。
Yamahi1

このように、同じ文章がふたつの文献の、

『ホツマ ツタヱ』にも『ミカサフミ』にも、

両方に記されていることから考えますと、

もっと古い先行文献に記されていた事になります。

漢字以前の「日本」ってほんとうに大文明だったのですよね。

『ホツマ ツタヱ』以前に、先行して記されていた文献があったという事です。

 
「アワウタ」によって身体の巡りが良くなるのは、
見えない構成要素の「アイフヘモヲスシ」によって代表される、ヨソヤ(48)の、
人体構造からの改善です。
Aihuhe_2
もうひとつ、見える物質界でのヨソヤ(48)の方は、体操とか、ストレッチとかでほぐしてゆく必要があります。
物質界の方のヨソヤ(48)は、
「ヤマ」「ハラ」「キニ」「チニ」などの「ミソフ」のはたらきで表されています。
この場合「カミ」の言葉の意味合いは、はたらきを表します。
ですから「神」の漢字にあてると、誤訳になるのです。
直訳モノがどうしておかしいのかは、
漢字への直訳で、
China思想に隷属してしまうからです。
そうではなくて、
わが大文明を、明らかにしてゆかねばなりません。
なぜならば、
この事実は、
現代における一種の「特異点」になるべき、
重要な出来事です。
私のような猪突猛進的な愚直の人間は、
わが文明の「縄文立国」を知ると、
止むにやまれぬ思いに、ずっと、思い続けてまいりました。
 
なぜなれば、
わが国の文明は、
どう考えてもすごい!
今後の世界に、
機軸を為すべきモノであって、
おろそかにできない。
漢字にさいなまれた2000来の鬱屈を、
晴らさなければならない。
そう思うのです。
でもでも、
まだまだ、
妥協的な、産物の解説に順々とするようなところが、
1000年来にも、続きましょうか?
せめて、
100年単位にでもと、縮まればとは、
願っている次第で御座います。
それで、元気で長生きのためのウィング・バーなので御座います。
Misohukami
見えないモノのヨソヤ(48)と、
見える物質界のヨソヤ(48)と、
ふたつ合わさったコソムアヤ(96)にて、
人体なども出来ています。
本当のわが文明は、「縄文文明」にあったんですよね。
だからすごいんですね、わが国は。
本当の、
 
96アヤの事でしたですね。
見えない世界の48と、
目に見える世界の48と、
併せて、96にて人体も構成されているという理解が、
「縄文哲学」のヲシテ時代の中期に確立していました。
 
Wositejidaityuuki2
ヲシテ時代の中期とは、
8代のアマカミのアマテルカミの時代ですね。
だから、わが文明はすごいものなので御座います。
そして、「縄文立国」にたどり得る真実を確定させることが出来るので、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
『古事記』『日本書紀』の原書の価値はとても高いワケで御座います。
これ程大切なレベルのものと、
「偽書」の「神代文字」のたぐいとを、ごったくたに混同する人は、
とても、私には気が知れませんです。
 
 
                ・
 
そうそう、
コソムアヤ(96)のことでした。
 
Kosomu
ですので、
「アワウタ」だけでは、凝りに凝った身体の「オニ」のガチガチは、
充分には解きほぐすことが出来ないんですね。
それほど固まりきっていなかったら、「アワウタ」だけでもほぐせるんでしょうが、
年齢を重ねたりして、カチコチにかたまっちゃうと。
「アワウタ」だけでは、解きほぐせないぐらいに固まっている人が、
私もそう思います。
 

記紀の原書としての理解も、

原字・原文で読みこなせるかどうか?

おひとりが、あっ、そうなんだと、

気付いて下さるところが、始まりでしょうね。

本当の本物です。

滞りの融け行きは、選挙でもそのように一票一票の、

その一票から、ですものね。

一票を軽んじていたら、

いつまでたっても、押し流されるだけですね。

やっぱり、一票を投じにゆかなくては、

何も始まりません。

本当のしかるべしの流れを、作り出してゆくべきなんですね。

例えて言いますと「ヲシテ国学・再建国党」をつくって、

社会の大きな要因になっていって、

産業界にも、大きな要因となっていくわけですが、

そのあとでしょうか?

財界にも、政界にも勿論のことにウェイトを占める事にはなりますね。

そのもとの、

本当の一滴のうごきは、

春に溶けゆく、

ツララの一滴でしか有り得ないのです。

本当の基礎のところは、

ヲシテの原字原文が読み書き出来て、

アマテルカミの頃の大きな文明の花開きが実感できる人が、

おひとり、

また、

おひとり、

と、出て来て下さいます事だけが、

キサハシの階段を、一段、また、一段、と、

確実な足場を踏むことでしかないです。

そうして、道が、ミチが造られてまいります。

肩こりも、筋肉や筋の細胞のほんの小さなコリの、

その、ガチコチのときほぐれが本当の始まりですよね。

どんなに凍りついた大河でも、

流れ始まるその開始は、

大河の動く流れとなる、

その始まりは、

ほんの一滴の動きからですものね。

   固まりて 氷れる露は

   ヲ(温かさのナミ)にとけて 流れる河の

   みなもとになり

              ・

 
不思議なことで、
ウィング・バーを、肩に担いで揺さぶっているだけで、
股関節まわりの筋肉までが解きほぐれてゆく感覚があると、
女房が言います。
まだ、使用開始の3~4日目ですが、
女房の場合は、よっぽど、大腰筋などがガチガチだったのでしょうね。
それが、膝痛の根本の原因だったんですね。おそらく。
膝痛のヒアルロン酸の注射4~5回分で、モトがとれます。
ウィング・バー・プロ、感心致しました。
一度買ったら、一生モノです。
 
商品説明書を、
掲示します。
Winnguba2
Wingubaa1
効果がいちじるしいので、
医師の指導や相談のもとで、
使ってもらう方がよい場合もあるようです。
「注意書き」もUPします。
Tyuuikaki
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2018年3月25日 (日)

富永仲基さんと藤原家隆卿を偲んで。サクラの口縄坂にて。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
受容は何千年ぶりの大パニックでもありますから、
何はともあれむつかしいです。
驚天動地の話です。
Kutinawasaka2
昨日は、サクラに誘われて口縄坂を降りました。
口縄(くちなわ)とは、蛇のことです。
ぐねぐね、怖いように、のたうつ坂と言う意味です。
織田作之助が作品にも書いているといっても、
Kutinawa1
ご当地ものでしょうか? 
大阪では織田作之助は有名ですけれど。
東京の方面などのお方からは、
大阪も、
京都も、
神戸も、
堺も、
奈良も、
区別も付き難しと言うところが、
正直な所でしょうね。
でも、雰囲気はずいぶんと違うんですよね。
畿内は、至ってややこしいところのあるもので御座います。
Kutinawasaka1
それはともあれ、
これからは、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」のほうが、
あと百年で、世間の認知度は織田作之助よりも上にはなりましょうか?
時代は移り変わります。
ソメイヨシノも咲いておりました。
さて、
訪ねましたのは、西照寺さんです。
Nakamoto1
わたくしの尊敬してやまない富永仲基さんの招魂碑が祭られています。
Nakamoto2
仲基さんの厳父や弟などのお墓と一緒です。
本堂のま裏手に祭られています。
富永仲基さんは、
日本思想史上での大偉人だと、
わたくしは理解しております。
「加上(かじょう)」という捉え方を、
確立してくれましたんですね。
「善」において、と、この理解がまた一つ重要なんですね。
そうしてこそに、
「トのヲシヱ」に軌を一にする大発見だと思います。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」を見なくて、
ここ、
最重要の要点に辿り着いたことは、
まさに括目すべきことであると、
もう、
40年来に、深く尊敬をしてきていたのが、
思想家としてのわが師、富永仲基さんです。
Nakamoto3
サクラの咲きはじめが綺麗なお昼でした。
春分を少し過ぎたばかりで、
日はそれほど高くもありませんでした。
キサラキの初旬の、日の温かみです。
じっくりとお参りさせてもらえました。
ご住職さんにご挨拶しましたら、感謝されました。
西照寺さんは、光明山と命名されています。
Nakamoto4
その、すぐ上の、上町台地の西の断崖上には、
藤原家隆さんのお墓があります。
Ietakasann
              <サクラが5分咲き位でした>
 
藤原定家と共に、俊成さんの歌のお弟子にあたります。
後鳥羽天皇さんは、藤原家隆さんに歌の手ほどきを受けられたほどの、
ことです。家隆さんとは、相当のお歌の達人です。
Ietaka1  
ですけれど、
お墓はすぐ近くなんですけれど、
わが師にして、
わたくしの大尊敬してやまない富永仲基さんは、
お歌は、それほどではなかったでした。
32歳で、早逝だったこともあって、
ロジックに長けたお方だったようです。
ひとそれぞれでございます。
それにしましても、偉大なる仲基さんのこと、
早逝の事、返す返すもにも残念なことで御座います。
 
藤原家隆さんの、いろりのあとの、
すぐ下に、
500年ほどののち、
わが師の富永仲基は、
当時は悲しくも勘当されつつも、
やがては、この地に招魂碑をお祭りされることにもなる、
と、
そう言う運びにもなりました訳で御座います。
すごい天才と言うものは、
その時代には、なかなか理解にも、受け入れにも、
むつかしいもので御座いましょうね。
利害関係が絡むとややこしいですからね。
 
              ・
 
さて、ひるがえって考えてまいりますに、
わたくしたちは、 
「ヲシテ国学」を標榜して樹立してまいりましょうと、
そうこころざしてきておりますので、
和歌の「やまとうた」のことも、
その流れも重要なひとつの押さえどころです。
さて、
藤原家隆さん。
晩年になって、出家をなさいまして、
それで、上町台地のその断崖の西の端にいろりを結ばれたのでした。
ここから眺める夕日が、
とてもお気に入りだったとか、
来てみましたら、わたくしにも解かるようにも思えてまいりました。
家並みが、ビルディングが、賑やかに建ってますけれど、
Ietaka3
平安時代の家隆さんの夕陽庵(せきようあん)の当時は、
海が間近にひたひたとあったようです。
おそらくは、松も生えていて、
ショウロも採れたことであったのでは?
過日、思えばたった千年のむかしのことが、
思い起こされます。幻影を見るような、桜の咲き初めでした。
千年で、こんなにも変わるんですよね。
Ietaka2
   ちぎりあれば 難波の里に
   やどり来て 波の入り日を
   おがみつるかも
の藤原家隆さんの歌碑が、サクラの花にいろどられていました。
地名の「夕陽丘(ゆうひがおか)」とは、家隆さんの夕陽庵からきているとのことです。
その、契りとは何か?
四天王寺は、
聖徳太子に滅ぼされたモノノベの大きな拠点のひとつでした。
二朝廷並立時代での、ホノアカリさまの側のご子孫の方でした。
政治における路線の違いは、ややもしますと、
そのような、大きな軋轢を生じるものでもあります。
ですから、
新々に「ヲシテ国学」を樹立しようと、
そういう事にもなりますので、
不純なところものもは、クリアーにしてゆく必要が御座いますのですね。
こう言う、大切なことを、おろそかに思うのはおかしいお話で御座います。
直訳モノに堕(だ)っしてしまうのは良く無いという事で御座います。
わたくしの、つねに自戒しております事柄で御座います。
千年先にも、二千年先にも、
名に恥じない事を、常に自戒をしております。
 
 
そして、本当の真実の「契り」とは、
縄文文明のわが国の光輝に、
焦点を当てるという事なのだと思うのです。
火炎土器や、
縄文ビーナス、
三内丸山遺跡や、
鳥浜貝塚、
東名遺跡も発掘されてまいりました。
わが縄文文明は、
確固たる大文明であること、
さらに、
伝統が連綿と受け継がれてきている奇跡を、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」が、奇しくも証明することになったわけです。
この、
わが国の本当の歴史の真実を、
私は知り得たので御座います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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