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2018年4月14日 (土)

小畑弘己さん 『タネをまく縄文人』、稲作以前の農耕のくわしい事情が圧痕から解かって来ました! 追記、集いの時のノト(祝詞)のこと。

小畑弘己さん 『タネをまく縄文人』面白いです。

Tanewomaku

やっと、縄文時代の農耕の姿が解かりつつあります。

マメ(大豆)と、アズキが重要な栽培植物であったことが解かってきたとの事です。

もちろん、クリもマテバシイも、重要植栽植物です。

その時代からずっと時代が降って、

稲作が始まってくる訳です。このころが、アマテルカミの時代ですね。

その意味では、

わが国は、弥生時代からは「瑞穂の国」ですが、

そうは、簡単に問屋が卸してはくれないんです。

なぜならば、

あの、縄文土器の素晴らしさを、

目を覆って見ないふり出来ますか?

そうなんですよ。

もっと古い時代に、

縄文時代の前期には、クニトコタチさんに拠って「縄文建国」が、

成し遂げられていたのでした。

知らない事は、ホントに多くて、

わたくしも、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」で、驚愕の事実に、

突き合わされて、もう、ドキドキが40年来です。

正確に言えば、63マイナス17ですから、46年になりましょうか!

くわしくは、まさに、

『ホツマツタヱを読み解く』(池田満、展望社)で、

稲作以前のわが国の「縄文建国」のことを、

解き明かしておきましたが、

考古学の裏付けが、さらに、

考古学の進展は日進月歩です。ついにここまで進んできているようです。

小畑弘己さんは、土器に残る圧痕の痕(あと)から、

植物のタネの品種の同定や、害虫などのムシの同定もするんですね。

新しい分野です。

なにしろ軟X線も用いて、土器内に隠れた空隙の、

そのタネやムシの形状も探し出すんですって!!

最新工学を使った、最新考古学です!

まさに掘り直し!

ほんの、数年前からの新手法だそうです。

また、驚くなかれ、

さらには、ムシのその大きさから、

何を食材としていたのかも、検証して解き明かすのですから、

シャーロックホームズ級です。

Kokuzoumusi

     <小畑弘己さん『タネをまく縄文人』(吉川弘文館)

       では、新解明で、縄文早期がいわゆる、

       栽培・栽植の原点じゃないかと言うわけです。

       さてさて、文献学から言える根拠は何かと言いますと、

       記紀の原書の、

       『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

       「むかしこの きくさお(を)ツト(土産)の」

        (ホツマ4アヤ3ページ)

       の文章が根拠となります。

       栽培・栽植の農耕文化の萌芽です。

       ここに、わが国の「縄文建国」が起きたわけでした。

       さて、この時期が何時なのか?

       三内丸山遺跡の出土例から、

       少なくとも6000年前と、わたくしは仮に推定していました。

       でも、コクゾウムシの大きさ比較からは、

       縄文早期の筋も見えて来つつありますね。

       今から、9000年前にさかのぼる話になります。

       予想はしてはいましたが、わたくしも、うすうすは、です。

       やっぱりね! と、思いました。

       すごいですね! わが国の建国の歴史は、

       9000年になるという事なのか? なのです!! 

       小畑弘己さんの解明は、

       わが国の建国の歴史を3000年さかのぼらせた!!

 

       偉業という事になります。

       当然の事、ノーベル賞の選考のテーブルにあがりますね。

       わたくしの専門の分野は、文献学であって思想や国語など、

       言ってみましたらソフトの分野です。

       実際に掘って詳しい年代を確定出来得るのは、やっぱり考古学です。

       ハードとソフトは、両立で相まって補う関係です。

       さらなる考古学の進展を、まさに首を長くして望んでおります>      

ただ、一点だけ、苦言を言わせてもらえますれば、

桃は、日本に自生種があるのですから、

まだ、ここのあたりは解明途上であると思われます。

いずれにしましても、

建国当時の初代クニトコタチの よ(世)には、

まだ、稲作は始まっていませんから、

当然の事に、マメの類が多く食されていたはずでした。

圧痕からのマメの同定発見には、

乾燥状態の形状ではなくて、浸漬して水を含んだ形になると、

大豆は平たくなることが、キモだったんですね。

よくぞ、現代に再発見をなさってくれたことで御座います。

幾重にも感謝の念を思います。

ここに気が付くまでには、コロンブスの卵のような、

新視点が必要で、

気が付いたときのワクワク感は、

わたくしも、よくよく、想像できます。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

言葉の概念などで、

新解釈もよくよく出くわすのです。

このあたりになりましたら、思想家のレベルですね。

もう、直訳の人達には、理解困難なあたりかなと思われます。

なにしろ、ヲシテの文字のイメージについても、

基礎のホツマ文字・ヲシテ文字も読めなかったら解からないです。

もう、ムリです。

でも、2000年来に眠っていた、

漢字以前の時代での、新概念の発見だなんて、

すごい事柄に出くわすわけです。

全く同じ、ワクワク感ですね!

これこそが、

ヲシテの原字原文で読む醍醐味ですね。

隔靴掻痒、ヲシテの文字の読み書きが出来るかできないかが、

こっちと、あっち、そんなに違うかと、

やっぱり思ってしまいます。

このよと、あの世の違い程の差です。

           ・

さてさて、

直訳でやっていた大昔のころ、みんなこの、「秀真伝」の過程は踏むものなんですね。

わかりますよ。

もちろんのこと、です。

そのあたりの時には、

China語的な現代漢字語感で直訳してから、

物事を考えるので、

どうしても、おかしな話になるのでした。

「おじ」さんって、

漢字で書くと「伯父」なのか「叔父」なのか特定しないといけません。

でも、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の時代には、

わが国の伝統の話の事ですね、詳しい区別は、厳密には感覚として無かったようです。


直訳やっていても、直訳をもうやらない私でも解説文に現代的な文章にと、

まとめるときには、どうしても、悩みの絶えない事柄のひとつです。

長い文化文明の伝統が違うと、こうも、勝手が違うのは当たり前です。

お茶のことに例をたとうれますれば、

普通の右勝手と、真逆の左の勝手の違いのようなものです。

慣れるまで、湯こぼし(建水)の扱い方とかなどなどどうやっていいのか?

ちょっと迷いますね。

           ・

さて、今現代は、ほんとこのところの数年は、

第二次の直訳がらみのおかしげ余波の到来だと思っています。

図書館に行っても、

わたくしの著作が、開架から、閉架の方にと、

あちこちと移されて行っているような感じを受けています。

第一次の、直訳連中の貶めウェーブから、(吾郷清彦・鳥居礼などなど)

第二次の、直訳亜流の貶めウェーブにと、(今村聡夫などなど)

そう時代は移り変わってきたようです、と、

わたくしは感じて来ています。

いわば、贔屓の引き倒し。

結局のところ、「偽書」だ、「偽書」だ、の

インチキで誤認の評価を、振り撒くだけに終わっている。

つまり、これこそが、「おとしめ」の、

その作業である、と、

わたくしは、そう悲しんでおります。

いったい何がしたいのか? あの人達は???

どうも、流れは、行き付くところまでゆかないと反転しませんよね。

第三次の、貶めのグループが出て来てから、

それはいくらなんでも酷いだろうと、

そう言った、

大きな揺れ戻しの作業が、ここ、

数年から先に、出て来てからの事か?

大きな歴史認識の把握の展望には必要かなと思っています。

そうは、簡単には行きませんですよ。何しろ、『古事記』『日本書紀』で1300年ほどもです。

ほんとうに、この、厚い暗雲を打ち破る覚悟があるのかどうかですね。

かつて、もう、45年来にもなりますか。

その、本当の覚悟に達している方は、

ほんの、数えるほどで御座います。

それはそうで御座います。

当たり前のことで御座います。

日夜、自分の事だけで、まず、精一杯な事はたしかです。

            ・

そのことは、つまり、

残念なことに、ホツマ文字と言いましょうか、

ヲシテ文字・ヲシテ時代の文章の原文も満足にも読めないのに、

知ったかぶりで云々する人たちは、

自分では良い事をやっていると、

そう勘違いをしているという事なんでしょうね。

だのに、そんなおかしげなことに、気が付かないんですね。

残念なる、ちょっとヌケた好意なんです。

とにかくも、先は長い長い事で御座います。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、

本当の理解には、

ホツマ文字と言うよりも、

勿論のこと、ヲシテ文字という、

その概念が必要です様ね。

まだまだ、

世間の壁は厚い事で御座います。

簡単に説明をしましたら、

ホツマ文字・ヲシテ文字の、

ヲシテ時代での文章を、ヲシテ文字の原文でスラスラ読めない人は、

専門家でも何でもないという事で御座います。

この事柄・事項は厳然たる判断の基準です。

この基準は、千年の将来にわたっても不変の試金石であることは、

動かせない事実です。

 

            ・

それはともかく、

毎日の積み重ねが肝腎です。

 

もう、わたくし達夫婦でも、

不思議に、35年はすでに一緒に暮らしています。

そんなにも、何でも簡単明瞭にはゆきませんですよね。

良くもったとも思います。今も不思議に仲良しです。

こんな、酔っぱらいの時が多いわたくしと、

ほとんど飲めない女房です。

おたがいに、言い分は言わない方が良いですね。

でも、たまには、ちょっとだけ。が、適当かと思います。

そうそう、

今発酵中の納豆の良い香りが、2階にも漂って来ました。

いつ発酵を停止させるか?

判断が、近付いて来つつあります。

 

さて、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

「オヂ」のこと、

「伯父」「叔父」? どう書こうか?

こんな、たった一言の言葉遣いだけでも本当に悩むのです。

いつもいつも…。


― 追記 ・ 平成30年4月16日 ―

夢見の記事の事。

ヲシテ講習会を開催しています。

昔、松本善之助先生は

「集いを始める時ののりとこと」

「集いを終わる時ののりとこと」

のノリト(祝詞・ノト)を、

みんなで奏上することになさっておられました。

わたくしは、宗教っぽくとられてはよくないと、

そう言う意図から、これらを外していました。

でも、

もうそろそろ誤解を受けずにもゆく時期にも至りつつあるか?

とも思うのが、今朝の夢見でした。

その夢見で考えました、ノトの前文が、

「わたくし達は、シャーマニズムやアニミズムに逸することなく、

国祖クニトコタチの『縄文哲学』に立脚してゆくことを、

ムネ(宗)とします。これこそが『あめのみち』であるからです」

この前文のあとに、5・7調のノト(祝詞)を奏上するといいかと思うんです。

このノトは、これから考えて書きます。

なお、

このノトの、想いの中心の在り処は、

このメモのような事になります。

読みにくい字ですが、松本善之助先生の字に似てまいりました。

それで、UPすることをお許し下さい。

Isisue

4:00頃にふっと夢見に考えて、忘れないうちにメモった字です。

わたくしの綺麗で無い字が、ますます悪字に傾いてしました。

けれど、ミサイルが飛んで来て亡失してしまうのを、

このおそれも、若干は薄らいだにせよ、UPしておけば、杞憂も安堵です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

小川弘己さんの「タネをまく縄文人」面白そうですね。
考古学も進歩していて、ハイテク化されているのですね。
土器に残る圧痕や土器内の空隙を軟X線を使って調べ、
タネやムシの形状、ムシの大きさから食べていたものまで、
検証できるようになってきているわけですね。
縄文時代の生活が、どんどん分かってきますね!
これからの研究の成果に期待したいですね!

ところで、私は昨年末より計画していました、天橋立の「比沼麻奈為神社」へ
無事に行って参りました。
運良く宮司さんが掃除をしておられましたので、
参拝の際にお声をかけていただき、丹後の国「比沼麻奈為神社」と
伊勢神宮との関係について、お話を聴かせていただけました。

宮司さんのお話によりますと、
ヤマト政権と、丹後の豪族の政権との関係性については、
天照大神のお祀りされている伊勢神宮へ、丹後の地から豊受大神が
お食事を奉る神として呼ばれて行ったということから、
深いつながりがあることは確かである。それは、中央のヤマト政権へ
丹後の豪族が吸収されて行ったのではないか?ということ意味する
というような、お話をしてくださいました。

学者の先生方のシンポジウムの資料もあるということで、
買わせて頂いて、見せてもらったのですが、
やはり『古事記』『日本書紀』を中心とした漢字文献からの議論で、
いろんな論は出ますが、どうもつじつまが合わないと言った、
推論に終始している内容のように思いました。
それもそのはず、『古事記』『日本書紀』こそ、正しいという前提ですから。

私は元より、池田先生の書籍『縄文人のこころを旅する』を読んでいましたので、
久次岳の中腹には
トヨケカミとアマテルカミの陵があるとの思いで行っていますので、
ヤマト政権と丹後の政権は既に一つである、との前提ですから、
有力豪族が林立していたのが、中央のヤマト政権に吸収されて行ったという
解釈自体が、既に変に感じられるわけです。それで、

宮司さんに
「『ホツマツタヱ』には、この山の上にトヨケカミとアマテルカミが
入られていると書いてあるのですが、『ホツマツタヱ』については、
どう思われているのですか?」と、
単刀直入に訊いてみました。

宮司さんが言われるには、どうも『ホツマツタヱ』は、後の世のつじつま合わせ
の創作のようなもので・・・、ということで、
やはり世間では、今尚『偽書』扱いになっているようでした。

しかしながら、丹波の地、とくに眞名井の地が重要な地であること、
豊受大神が天照大神と、切っても切れない深い縁があることを
郷土の誇りの為に証明したいのでしたなら、
『ホツマツタヱ』以上の文献はないのではないか!?と、思えますが・・。
勿体ないことだと思います。

久次岳へは、「大石」のところまでは、お陰様で、登ってこれました。
登り口は獣除けの鉄の柵が巡らしてあって、扉を開けての入山でした。
久次岳の立て看板も、既に朽ち落ちていました。
しかし、国土地理院の地図と、登山者のブログを頼りに林道を進んでいったところ
途中は倒木だらけの悪路ではありましたが、池田先生が教えてくださったように
上が平らな大石がありまして、そこまでは何とか辿り着けました。

きっと、この上に祭壇が設けられたのだろうと思いながら、
記紀原書『ヲシテ』を大石の上に据えて、
フテにてアワウタを3回唱えさせて頂きました。

天橋立から眞名井の里への道中も素敵でした!
アマテルカミの3人の妃のおられた、大宮売神社、
そこへ行くまでに、一文字観の大内峠にも行けました。
大内峠から観る、天橋立は、やっぱり最高ですね!
桜の花もまだ咲いていて、
とっても良い旅をさせていただけたことに感謝です。
『ヲシテ』の旅は、楽しいですね♪


池田先生のメモ書きの解読に挑戦してみました。(笑)
ーーーーーー
日本精神の本質
「ニ」の精神の興りー(文化・文明の特異点としての位置付け)
「ト」への進展
現代は明治維新をふまえなくてはよくわからない
中世を脱し得た安土桃山をわからないとやっぱりおかしい
厭世思想にとらわれてしまった経緯を知らなくてはよくわからない
神武建国のことも
でも、記紀でみていると皇室の「国民とともに」の精神がつながらない
それには、記紀原書
さらには、ヲシテを取り戻してこそ「ヤマトコトハ」の原理がわかる
これがヲシテ国学建学のいしすえである
ーーーーーー

 
エクセレント!
応石まで登れましたか!
結構長い道のりです。
大内峠は、芭蕉の時代も賑わったようです。
横一文字の天橋立。
あの句碑は読めましたでしょうか?
ネットで解かりました。
蝶夢の句だったようです。
「はし立や松を時雨の越んとす」
だったんですって。
大宮売神社の参道はどうだったでしたか?
あの立派な松並木には、
初めて行ったときに感動を覚えました。
それが、写真を失敗して、松本善之助先生にさんざん言われたことを思い出します。
どうして? 写真を失敗したのか、は、もう、忘れちゃいましたけれど。
そうだ! 思い出しました。
二本目のフィルムを入れた際に、巻き取りがうまくゆかずに、空回りしていたんでした。
もう、40年も前の事ですが、よく、思い出せるもんで御座います。
お若い人だと、巻き取りフィルムの時代の事、
ご存じないかも?
36枚撮りのフィルムは、
初めの巻き取りをうまいことやると、
38枚まで撮れるんです。
当時はお金に苦労してましたから、
ケチって、失敗しちゃったんですね。
今も、そんなに裕福じゃありませんけれど。
そりゃ、どうにも、10万km越えの中古の軽自動車ですよ、いつも、わたくしは。
 
折角の本物を、「偽書」扱いに貶めるヤカラのことは、
ひどいはなしです。
それで、あのレベルの人達との区別を付ける意味で、
「ヲシテ文献」とこちらは自称するようにしています。
こっちは、当ったり前に「マトモ」だよ! のメッセージを込めて。

あちら側の、直訳の人達は「秀真伝」です。あるいは「ほつま」って言うわけですよね。そりゃそうです、ヲシテの文字も読めないし、ヲシテの文字も書けやしないんです。「ミカサ フミ」も知らないですよ、彼らは。そりゃ、「偽書」扱いされるはずです。当たり前と言えば当たり前のことです。「直訳偽書の秀真伝」の彼らが騒げば騒ぐほど、ヘンなレッテルが益々くっ付いて、「有名」になってきます。あーぁ、嘆かわしきことで御座います。100万円の床柱に、綺麗なグリーンのペンキをべったりと塗りまくる人たちです。それが良い事だと思い込んでいるから、ある意味、わたくしには本当に怖いです。
でも、言論の自由も保障もされてもいますから、何とも…、対処の有効なる方法は? 思い浮かばないのがわたくしです。 放送しない自由についても、贔屓の引き倒しで、こちらが不利益をこうむってしまうんですね。
いくら嘆いても、一歩も、進み具合は変わり映えがしません。
前への歩みだけをのみ考えるべきです。
 
暗雲は幾重にも重なっていますが、
いつの日にかは吹き払わねばなりません。
 
「解読」有り難うございます。

『平城京1300年全検証』渡辺晃宏さん、も、
面白いです。木簡発見のはじまりも、
そんな昔の事でもないです。
それにしても、長屋王家の35000点の新発見木簡からは、
いろいろわかってきたものです。
35000点もあるから、解読・解明・判定は時間が掛かりますね。そして、またこっちから、何万点もの新発見の木簡も出土!

考古学は、進んできています。
なにしろ、小畑弘己さんの新技術も、土器の内部の空隙の非破壊検査と、
スキャンして得たデータから、レプリカを拡大して作って、
そして、走査型電子顕微鏡のハイテクです!

こちら文献学のほうも、もっと進めなくては!
ヲシテ時代の確証を確立する木簡も、いずれは出るでしょう。もう、考古学研究のその時代は近付きつつあるようです。小畑弘己さんや、渡辺晃宏さんの報告を見て、心丈夫の念に、ホッとした事で御座いました。
Xデーにむけて、
それまでには、もっと固めておく必要があります。
わたくしたちは、文献学で「ヲシテ国学」を!

まだまだ「偽書」扱いです。世間はそんなもんです。
目に見える物証が出土しないと、
本格には動きませんよ。
既得権益でガチガチですからね。
富岡八幡宮事件でも、驚愕のビックリでした。
あんな程にも、ドロドロだったとは、
あらためて、恐怖を覚えました。
「オニ」の状態の、こんなこと!
1300年以上にも固まった「オニ」の固化状態です。
フリーズ・ドライのスカスカに、珪酸などの固化物が含浸したような。
珪化木みたいなもんですね。
珪化木って、本当に硬いですよ。
特に、元の組織形状がスカスカの方が、
かえって、余計にガチガチになるんですね。
そんな、内容はスカスカなのに固化のゆき及んだガチガチ相手に、こんな勝てぬ勝負に、今、力を注ぐ必要もありません。
マトモな時代到来まで、待つべしです。
そうそう、
骨董の世界での言葉を思い出しました。
「目明き(めあき)3人」と言います。残る997人は、
まあそんなもんです。あたりキョロキョロ組です。
あたりキョロキョロ・キョロリンパ。Paです。
今、出来ることは、3人をどう増やすか? だけです。
これが、将来の開花・進展に繋がります。
女房とは、骨董趣味が一致だったんです。わたくしとは違った専門の目利きです。勿論重なる分野もあるので、話は通じる訳ですね。
 
それでは、今度、
中の島図書館で。
もう、すぐになりましたか!
日月の過ぎ行くのははやい事で御座います。
 
どうせ、我が身かシリアの瓦礫。
そんな事にはさせまじという事ですね。
そこへの知恵の事で御座います。
いやいや、もっと良い展望を、もってゆくこと!
それが「トのヲシヱ」にこそあるんですからね。
 
ダンスでも思いましたが、
陰鬱な人達のグループもかなりの割合においても多い事で御座います。
晴れ晴れと、先の展望にと、
どう? 
美しくもうるわしい事にと展開してゆけるか?
このあたりの事こそが、
一番大切なのかな?
と思う次第で御座います。

謹啓

いつも懇切丁寧にご教授いただき
誠に有り難う御座います。

八重桜の花も散り、気持ちの良い風がそよぎます。
今日明日からは気温が25℃以上まであがる夏日になるようです。

「シャーマニズムやアニミズムに逸することなく、
国祖クニトコタチの『縄文哲学』に立脚してゆくことを、
ムネ(宗)とします。これこそが『あめのみち』であるからです」

深く共感いたしました。
「ヒノモトの自立」のため
建国の原点の肝心なのですね。

馬淵睦夫さんの解説で
国際金融資本家=共産社会主義者=グローバリストが
大東亜戦争を仕掛けたこと、
戦後の世界体制を背後でコントロールしてきたことが良くわかってきました。
メディア「リベラル」?の人たちはその手先手下で朝日新聞もお先棒。
https://www.youtube.com/watch?v=TCw6t10-AUs&list=PLdoANlSaeHvfAAVpjJrdwN9y0s7fVwKdF&index=6
暴力とウソの多い理不尽な世界の中では
日本の高い精神性や価値観は
非常識なくらい真面目で善なのですね。

しかし、いよいよグローバリズムから健全なナショナリズムへ転換しつつあるようです。
今はその移行混乱期なのだと。

安倍さんとトランプさんの会談が順調のようで何よりです。
拉致被害者方々のご帰還が待たれます。
ミサイルも放棄してもらわねばなりません。
「日本の自立」へ向けて総理が続投されることを、強く願います。

山脇さんが比沼麻奈為神社に参拝され、天候も良く
久次岳「大石」まで登られたとのこと、羨ましい限りです!
ただ宮司さんのヲシテ認識のこと残念でした。
本当は古事記・日本書紀のほうが後の世の
つじつま合わせの創作のようなもので
こじつけなのに。。。

山脇さんの解読に感謝!(笑)
ーーーーーー
日本精神の本質
「ニ」の精神の興りー(文化・文明の特異点としての位置付け)
「ト」への進展
・・・
ーーーーーー

考古学の進歩ハイテク化、
AIが進化して、人間の欲と愚かさを超えたなら
真実にたどり着けるのではないか。

人類は史上の大きな転換期にさしかかっている気がします。

己の非力不才にじくじたる思いではありますけれども
困難を越えて美しくもうるわしい晴れ晴れとした先行きを望めますように。

明日4月21日(土)
第25回ヲシテ講習会
『ホツマ ツタヱ』17アヤ
『かん かがみ やた の な の アヤ』後半
出席させていただきます。

アマテルカミが数多のトミタミを前に
ココロのあり方を直にご指導くださる!
古事記・日本書紀では考えられないことですよね。
しかもタチカラヲに捕縛されたハタレのハルナが罪を赦されて同席してるなんて!!
なんと懐の深い国柄でしょうか。

どうぞご指導のほど
よろしくお願い申し上げます。

                   敬白

 
拝復

日がたつのが早い事で御座います。
 
馬淵睦夫さんの著書も、幾つか読みまして、
目から鱗でした。
もちろん、安倍さんのこと、総選挙にと、
今、うたれましたらば、強烈な大勝になりましょうね。
もう、
情報弱者の人達でさえ、
テレビとおかしげ新聞については、
あれ?
と、疑問を感じ始めているようです。
ウチの女房も、ホーッと言い始めました。
 
それでは、今日、お昼に、
タケノコ入りの温野菜を持って参ります。
馬淵さんも、健康管理の事を言ってられました。
重要なのは、
食べ物と運動、バランスを取りつつ…、だと思うんです。
わたくしは、足腰の鍛錬が、
だいぶしっかりしてまいりました。
あと、少なくとも50年は、と思っています。
 
まだまだ、時間が必要です。
馬淵睦夫さんも、アレッ? て、
気が付いてきたのは、
定年後だったと、言ってられましたね。
そんなもんですよ。
みんな、ずっと長い事、騙されてきていたんですから。
                   敬具 

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