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2017年6月24日 (土)

「帝紀」「旧辞」と、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」との関係のこと。

「帝紀」あるいは「旧辞」、
「帝皇日継」あるいは、「先代旧辞」の事などは、
『古事記』『日本書紀』などの元になったのです。
Yuri
            <ヤマユリとクロモジです>

『古事記』の序文などにも詳しく記されています。
Kojiki1
 
      <小学館、古典文学全集 『古事記』から引用させて貰いました> 
 
Kojiki2
 
今は、「帝紀」や「旧辞」などは、失われていて不明となっています。
さて、
ここ、50年前に『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献が発見・現代研究が開始されました。
その関連の事に付いて説明しておきたいと思いました。
                 ・
そこで注目するのが、『日本書紀』の神代の巻の、
「一書に曰く」の数多くの記事の列記です。
それは、実に、10の一書にも有ったり、
羅列が多いです。
Issyo
        ここの個所も、『古事記』は翻訳削除でした。
      良くあることです。
      そもそも『古事記』は、3巻だけ。
      『日本書紀』は30巻、ですから、
      全体の分量が違います。
      私本的な『古事記』と、公本的な『日本書紀』との、
      編集上の違いがここに有ります。
Oogahasu
          <大賀ハスのツボミが出ていました>
 
『日本書紀』は、編集する前に集めた、各旧家の記録を、
出来るだけ忠実に列記しています。
18氏からの、資料を提出させる記事です。
Syoki
          <岩波書店、日本古典文学大系『日本書紀』、
        持統天皇の5年8月の条です。>

つまり、『日本書紀』の記述の内容は、
編集時に集められた諸記録の姿に近いわけです。
これは、すなわち、「帝紀」あるいは「旧辞」、
「帝皇日継」あるいは、「先代旧辞」などなどの古記録の当時の姿であるわけです。
 
さて?
先程にも、掲げましたように『古事記』には、
「旧辞の誤りたがえるを惜しみ、先紀の謬(あやま)りを正さん」と、
大きな編集の目的がありました。
つまり、『古事記』は編集者が、元の原資料に、
大きく手を入れたことが解かります。
で? それは、正したのか?
恣意的な変更を行ったのか?
後世には意見の分かれるところです。
わたくしは、後者の「恣意的な改竄」と判断します。
            ・
何はともあれ、
『古事記』『日本書紀』には、原資料として、
「帝紀」あるいは「旧辞」、
「帝皇日継」あるいは、「先代旧辞」などなどが有った事は、
ご理解頂けましたでしょう。
そして、
『日本書紀』は、
原資料を忠実に羅列して列記する編集スタイルでした。
この事、良く考えますと、
『日本書紀』の編集時に集まった原資料は、
既に漢字文に翻訳されていた事。
もう、はっきりしています。
ヲシテ文字で書かれていたものが有れば、
また別の言い表す表現も出て来ていたはずだからです。
という事は、
既に早い段階で、
つまり、ヲシテ時代の12代景行天皇さんの終焉のころ、
その後の、近い時間の時期のうちに、
漢字文にと翻訳(もちろん、直訳レベルです。残念なことに。)
されていたと推定されます。
こういう考察を踏まえると、
『古事記』『日本書紀』のまえの、
「帝紀」あるいは「旧辞」、
「帝皇日継」あるいは、「先代旧辞」の事。
さらのその前の、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」と言う前後関係の事が、
お解り頂けると思います。
詳しくは、
などをご覧ください。
 
つまり、
 
1、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」
          ⇓
2、「帝紀」や「旧辞」などなど
          ⇓
3、『古事記』『日本書紀』など
 
          ・
の時代の経緯の変遷です。
最も初期のころの『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
発見と現代研究は、すごいものであるとお解りで御座いましょう。
結局は、
高度な「縄文文明」を、
直訳するから、おかしくなっていたのが、
もう、
漢字の国字化時代の初期に始まっていたのです。
これから、正さなくてはなりません。
現代に!! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年6月20日 (火)

大きな時代潮流のこと。 わが国尊重派と、貶めて乗っ取り派の、両者の鬩ぎ合いのこと。

歴史の流れの認識の事、
大きな潮流は、
それも、
漢字の流入して以来の事ですが、
ふたつの流れに鬩(せめ)ぎ合って来ていると、
そのような認識に立って考えると解かり易いと思っています。
わが国が、貴いと思う派がひとつ。「わが国・尊重派」。
つまり、「原字原文派」です。
ヲシテ文字・ヲシテ文献の原文、尊重派です。
わたくしたちのグループだと申せましょうか。
真面目派です。
 
逆なグループも有ります。
いやいや、
わが国よりも外国こそが、貴いと思う派がひとつ。
これが「おとしめ・乗っ取り派」です。
直訳やって、安易に広めようとしたい派です。
安直派です。
             ・
この二つの感覚に違いが、
白黒の二極と判断してゆく基準に、
そう考えますと解かり易いです。
漢字の流入期の頃からも、
ずーっと引き継いできていた、
揺れ動きの事です。
もっと遡ると、
ヲシテ時代の後期には、
その萌芽も見られていたと看取されるべきでありましょうか?
時代の流れは、読み解くにも、
むつかしいもので御座います。
         ・       ・
わたくしも、
偏頗な愛国心で言っているわけでもありません。
今の現代に、
あまりにも、ひどい、
諸外国からの対応に、
どうしても、思うからです。
どうして?
北朝鮮に、人さらいされた被害者を助けられないのか?
わたくしも、事情によったら連れ去られて拉致されていたかも知れません。
ですよ。ターゲットにと狙われてやぶさかでも無いですから。
当事者意識を、実感して、危機意識の事です。
いつも、スイスの民間防衛の手引書を、
見えるところに置いていて、
ちょこちょこ読んで参考にしています。
              ・
韓半島では、袋をかぶせての拉致は日常茶飯な、ことだと、
韓流ドラマで、何回か目撃もしましたです。
お国柄が違います、です。 恐ろしい事で御座います。
でも、考えてみましたら、現代も、今もそうなのですよね。
島根県から人さらえだとか、
こちら、
三重県での行方不明者も、
ひょっとしたら、北朝鮮の魔の手の被害者かも?
それが、もう、
何十年と、 何十人も、何百人にもの人さらいのママです。
酷い事で御座います。放置していて良いのでしょうか?
わたくしが、人さらえされたら、はたして、
だれか? 助けに来てくれましょうか?
本当に、
その事を思って、 は、  やはり、
涙にくれます。 ご本人もそうですし、
親御さんたちなどなど…、本当に苦しみと悲しみを… 。

それが、それが、
やっと、
テロ対策の法案が可決されました。
やっと、わたくしたち、
の保護をしてもらえる基礎の法律です。
もうちょっと、当たり前なこのもとには、
自衛隊が憲法にきちっと規定されるのを、
待ち望んでいます。
当たり前のことだと思います。
わたくしが連れ去られたら、
どうか、
先に連れ去られた人と一緒にお助け願います。
一体全体に何人のお方が、拉致の被害にあっておられるのか?
悲しい事で御座います。
助けたい!!   と、思ってやみません。
もう、ぼちぼち、わたくしも狙われても仕方ないと、
そんな事にもなってきています。
でも、
わたくしは、
この仕事、「ヲシテ国学」について、
死んでも真面目に取り組んでゆきます。
何が有ってもで御座います。
さいわい、
かなりのところ、暗唱・暗記出来ていますので、
岩窟王にされても大丈夫でございます。
           ・      ・
諸外国からもたらされた有り難い知恵はもちろんの事、
取り入れることを良しとする派です。
ご案じ召されませぬようにと、願い上げます。
要は、
乗っ取り派と、護持派、です。
わたくしは、大きく捉えれば「護持派」です。
ただ、良い技術は取り入れたい。
と、あれこれと、今現代でもややこしい事で御座いまして、
簡単なレッテル貼りは、難しい事で御座います。
それが、漢字の渡来以降にも複雑に絡んで、
むつかしいのでしょうね。 読み解きも。
文献資料も、ヲシテ文献の記述以降の景行天皇さんの56年以降は、
何度も何度も読み返してもいますが、
ややこしくて、困ってしまいます。
             ・
でも、
やっぱり、根幹の取捨選択の判断基準は、
わが国の伝統に軍配を上げる、
というのが、
わたくしの、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
45年来の研究からの結論で御座います。
             ・
近々にては、西欧近代産業革命の恩恵のこと、
今日も、女房と話していました所で御座います。
100年の昔に生を得ていたら、 と、
そう思いますと、やっぱり、現代の恩恵の事に、
深い感謝を、女房ともども思って居りました所で御座います。
             ・
とは申しましても、
漢字が来てからは、大きな変化が、わが国に訪れました。
これは、大きな変化であります。
もう、漢字の使い勝手の良さを、
利得してきていて、千年以上です。
むつかしそうに思えて、かえって簡単だと、
幼児教育の人からも何回も聴いた記憶があります。
そうなのですね、
取っ付きは、簡単そうでも、
複雑な考え方や言葉の形而上的な意味合いなどは、
かえって、ヲシテ文字・ヲシテ文献由来語は、
とても、理解がむつかしいです。
そう言った、
どだい、むつかしいヲシテ文字・ヲシテの時代の概念も、
(見た目には簡単なのですが、実に深い「縄文哲学」が、
ベースに有るので、相当に基礎勉強を積まないと、
その、深層・真理に理解が及びません。
それで、段々と伝承が受け継がれなくなったようです)
それは、今現代でも、これ程に現代解明が出来て来ても、
理解できる人は、ごくまれなほどに、
「縄文哲学」はとても高度な概念が満載です。
で、
アマノコヤネさんも、ゆっくりと、と、おっしゃっておいででしたですね。
この辺りの事情は、
解かり易く記しましたので、
どうぞご覧願います。
もちろんのこと、良い書籍を出版しようと言うご相談を頂きましたら、
すべて前向きの姿勢で応援もしてきております。
でも、直訳のレベルでは、それは、いまだしで御座います。
良いレベルの書籍はきちっと評価を致しております。
                ・
国語のヲシテによる解明は、
わたくしの志すところでもあり、
相当に協力をさせて戴きました。
まだまだ、多くの協力を出来得る限りさせて戴く所存で御座います。

 

 
 
 

 

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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