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2017年8月26日 (土)

ケントさんの新著『ついに「愛国心」のタブーから解き放たれる日本人』と、日本文明の神髄の事。

ケントさんの、「日本文明論」。
 Kento1
とても興味深いです。
進駐軍の「WGIP」の方策が解かりやすく、
米国人の本音が読み取り易いです。
そのうえで、
わが国の特異な高度さに付いて、
『万葉集』から説き起こして、
正鵠に近い理解が示されています。
       ・        ・
さて、「正鵠に近い」と表現しましたのは、
新規発見の、『古事記』『日本書紀』の原書の、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
その研究成果についてが、
未見であるという事を指摘させてもらう事が出来るからです。
とは申しましても、
『万葉集』に遡及してわが国を理解してこようとは、
ケントさんは、とても秀逸です。 
と言いますのは、
江戸時代の古文書だけを読んで「日本文明論」を展開している、
人も居たりもしますが、あきらかに、近世視点からしか観点を持たない、
うすら寒さを、わたくしは背筋に感じたのでした。
その、ランクと比較しましたら、
雲泥の差で、雲の上にとケントさんは顔を出しています。
米国出身にして、あっぱれと称賛したいことで御座います。 
                        ・ 
さて、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の研究からは、
多くの事柄が見えてまいります。
文章の表現の経時変化も見て取れます。
経時変化とは、つまり、文法の発展・発達の事にも、
言い換えることも出来ます。
解かり易い例があります。
『ミカサフミ ナメコトのアヤ』と、
同内容の記されている、
『トシウチニナスコトのアヤ』との比較対比です。
Tosiuti1
この比較表は、昭和55年(1980)の頃に書いていたものです。
わたくしの書くヲシテ文字にも、時代変遷が見て取れます。
つまり、私の25歳のころの記述のヲシテ文字です。
62-25=37。なので、37年前にさかのぼる訳でした。
ちょっと、拙い感じがします。
さて、ヲシテの文章のその比較の差から、
何が読み取れるか?
文章表現が、同内容箇所の主文のタマキネさんと、
『ミカサフミ ナメコトのアヤ』(上段)の独自文と、
『トシウチニナスコトのアヤ』(下段)の独自文と、
この三者について、明らかに文章の綴るスタイルが違います。
要するに、これは、時代変化がここにあらわれていると、
わたくしは気が付きました。
さて、
7代アマカミ、イサナギ・イサナミさんの、一世代前のタマキネさん
(アマテルカミの祖父にあたる、トヨケカミ)が、
「トシウチ」の同内容箇所の主文の作成者です。
誦述なのか、記述だったのか?
子細は判断に迷うところです。
でも、
『ミカサフミ ナメコトのアヤ』独自文と、
『トシウチニナスコトのアヤ』の独自文と、
それぞれ文章のスタイルに違いがあります。
ちょうど、
7代アマカミ、イサナギ・イサナミさんの時代に、
5・7調の文章形態が正調として整った趨勢が有りました。
その、一世代前がタマキネさんです。
そして、
『ミカサフミ ナメコトのアヤ』独自文のシガのカミ(カナサキさんの親戚)と、
『トシウチニナスコトのアヤ』の独自文のオモヒカネ(アマテルカミの重臣)と、
タマキネさんから受け継いだ時代の人が記述をしたわけです。
5・7調の整えられてくる時代の雰囲気がこの3者の比較表から、
漂って香ってまいりますのを、わたくしは覚えていました。
 
           ・      ・      ・ 
 
こうして、『古事記』『日本書紀』の原書の、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」にも、
視点を広げてまいりますと、
米国人の視点に見る「愛国心」とは、
もっと違った深くて長い歴史のわが文明に根差した、
歴史との密着性がヲシテ時代からあるわけです。
「トのヲシヱ」の何たるか?
つまり、
立憲君主国家の、縄文時代前期頃からの、
このわが国の成り立ちに付いての理解が、
今、喫緊の必要性を持っていると、
わたくしは、切実に感じる訳です。
そして、わが縄文文明の真骨頂の「トのヲシヱ」とは、
「トホカミヱヒタメ」の自然哲学の理解無しには、
マトモな理解には到達し得ないのです。
それには『ミカサフミ ナメコトのアヤ』や『トシウチニナスコトのアヤ』の、
理解が大前提となる訳です。
でも、
その前には、
『ホツマツタヱ』の基礎知識の習得が必然的に基礎としてあります。
おおよそ、『ホツマ辞典』を熟読頂けましたら、
おおよその基礎知識はご理解頂けるはずです。
そして、
「トのヲシヱ」の精神が、
現在の皇室に受け継がれてきていた事が、
理解されてくるはずです。
その、年月は、
驚くことに、少なくとも6000年は連綿と続いてきているのです。
くわしい論考は、
『ホツマ ツタヱを読み解く』(池田満、展望社)にまとめてあります。
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 

 
 
 
 
 
 

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