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2017年5月29日 (月)

時事問題の『米中激突』の喫緊の事と、長期の視点の事。

動と静と言いますか、
喫緊と長期視野と言いますか、
様々な問題を考えなくてはなりません。
藤井厳喜さんと飯柴智亮さんとの共著の、
『米中激戦』(KKベストセラーズ)
Beityuugekisen
 
は、まさに喫緊のテーマです。
今、現在にホットな事項です。喫緊の事項も重要です。
でも、長期視点のわが国とは何たるべきか?
の、哲学的な伝統の理解の正しさも、
此れこそが無くては!!  と、思います。
 
         ・
 
長期の視野のことは、
茶祖の村田珠光(むらたしゅこう、じゅこう・とも呼ぶ)の話にたとえると理解しやすい事が有ります。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
どう言うような進め方が良いのか?
参考になります。
 
今に言う「茶道」つまり、「茶の湯」は、
千利休が有名ですが、彼の師には武野紹鴎さんが居て、
さらには、伝統的な茶祖として村田珠光さんが居ました。
女房も、わたくしと知り合いました当時に、
村田珠光や武野紹鴎の本を持っていまして、
それで、気心が知れたことを思い出します。
もう、37年も前の話になってしまいました。
 
『茶の湯の祖、珠光(しゅこう)』(矢部良明、角川書店)
で、残された伝承が少ない珠光の人物像を、
矢部良明さんが苦心して辿った話です。
短く言うには「珠光(じゅこう)」さんと、
わたくし達夫婦は呼び習わしていました。
Jyukou
 
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」でも、
同じことを考えなくてはなりません。
いわゆる一般受けをねらって、ワーワーと騒ぐのは、
茶の湯で言えば、「闘茶」や「賭け茶」・「茶盛」の享楽に走ったモノであって、
芸術性にまで高める「茶の湯」にはならなかったのです。
それは、
線香花火のように、すぐに消えゆく運命にあります。
それは、
間違ったやり方です。
本来、わが国の高貴を再認識してゆくべきが、
私たちの仕事です。
これが、わたくしたちの肩に課せられていると、
わたくしはそう考えております。
なぜならば、わが国の国是を再認識して再構築してゆくのが、
本来の仕事であるとそう判断しているからで御座います。
長い伝統に裏打ちされた、
我が国独自の哲学が有ったから、その反映で、
室町時代にも出た「茶の湯」の高貴さが有り得るのです。
だから、わが国は素晴らしいのです。
このこと、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」で言えば、
「ヲシテ文字」と「ヲシテ時代の文章」の再顕彰が必要です。
其処に読み取れる「縄文哲学」が重要です。
つまり「トのヲシヱ」も含まれるわけです。 

手前味噌ながら、
「トのヲシヱ」のおおよその十分な解説を始めたのが、
ここをもって、
「ヲシテ国学」の基礎のひとつになったと言えます。
 
近々の写真を、いくつか…。
Teikakatura
             <テイカカツラです。良い香りです。
              藤原定家のことから名付けられたカツラです。>
 
Urikaede
              <ウリカエデのトンボの実です。>
 
Gamanoho
              <奈良で、ガマの穂がはじけていました。> 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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