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2017年4月27日 (木)

三石巌先生の『医学常識はウソだらけ』のこと。  追記、継体天皇のおキサキさまのご陵参拝の事。

三石巌先生のことは、夏井睦先生のご縁から知り得ました。
Mituisiiwao
             <祥伝社、黄金文庫>
今、女房が読んでいます所です。
女房も、三石巌先生の事、初耳だったそうです。
かなり、書籍も売れているのですが、わたくし達夫婦は、
まったく知らないでいました。
そう言う事からしましたら、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」のこと、
世間の知識から、本当にまだまだ縁遠いのは事実です。
さて、三石巌先生は、
分子生物学の成立の初期から、注目しておられて、
三石巌先生の独自のアイデアを出して、
分子生物学の立ち上げ期にも貢献をなさっておられたとかです。
女房が、
ウチの食事は理想的だ。と、三石巌先生の『医学常識はウソだらけ』を読みながら、
言っていました。また、栄養やビタミンなど、摂取において個人差が大きい事は、
わたくし達夫婦にとって新知見でした。
三石先生の説で、1:100の個人差の開きがある、とのことです。
わたくしの通常の食事で、計算上はビタミンCは充分のようです。
それでもさらに、オーバーフローさせておいた方が、何かと良さそうです。
そこで、ビタミンC(アスコルビン酸)を余分に摂取してみようと、
一昨日まえから試みています。
続けるべきか? 続けざるべきか?
また、ビタミンCの摂取量の多寡は?
個人差が多いので、
自分自身で様子を見ながらの判定を付けてゆく事にしています。
               ・
三石巌先生の『医学常識はウソだらけ』で、
渡部昇一さんが推薦文を書いていました。
Bantou
                    <蟠桃です。扁平の実を付けます。
              山片蟠桃は、番頭さんだったことに、
              しゃれで、蟠桃とのペンネームを付けたようです。
              本当は、ヲシテ文献に「ミチミノモモ」(ホ24-25)が、
              由緒も正しく源流なのです、ね。(ホ15-45も参考)
              何でもChinaではなくて、
              我が国源流なのですね。
              鳥浜貝塚は12000年~5000年前ですよ!
              それと良く合致する、
              『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の記述!
              山片蟠桃にも知らせてやりたいところです。
              彼だったら、きっと間違いなく喜ぶことでしょうね。
              山片蟠桃はすぐれた人物だったと思います。
              骨董の世界でも、目明き3人、何とか千人。と言います>
近々に、渡部昇一さんの訃報を聞きました。
ご冥福をお祈りいたしております。
渡部昇一さんとは少しコンタクトも有りましたが、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」には、彼には、とても、敷居は高過ぎたようです。
10年ほど前の事で、相当高齢になってからですから、
彼、渡部昇一さんには無理だったと思われます。
紹介者も、理解が不足でしたから、さらにそう言う結果でした。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、
記紀の原書の位置です。
この構図の事ですが、
この、大きな構造的な意味を把握していないと、
マトモな紹介者とは成り得ません。
 
            ・     ・
 
昨日も、
「日月神事の丸に ・ の意味もすっきりと解釈できたことに驚き、コメントさせていただきました。
    ー中略ー
正直に申し上げますと、先生の考えているような古の日本を伝えるきっかけにしたいのです。
もちろん、先生のお考えの日本と私の考えている日本が同じ意味合いであることではないのも、常識として理解はしておりますので、ギリギリのところで、ご指導願えませんでしょうか? 
 
と、照会が来ましたが、
困ったレベルではあるまいか?
と、危惧を濃厚に感じました。
だって、初めっから、おっかしいのです。
思想体系がまったくのところ基盤さえもが食い違っている、
モノで、較べていて、「すっきりと理解できた」と言われても、
困っちゃいます。ヤボで薮睨みもいいところですね。
片や、「神がかり」。
こちらは、冷静で真摯な「記紀との比較対比」を根拠にする文献学です。
まったくのところ、乗っかっている土俵が違います。 

わたくしは、
記紀の原書の研究と、そのマトモな啓蒙を進めるのが仕事です。
偽書の「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」との区別を図るのも仕事のうちです。
偽書の「カタカムナ」などの「神代文字」との区別を図るのも仕事のうちです。
神憑りに行き過ぎている「日月神事」などとの区別を図るのも仕事のうちです。
そう言った、明瞭に明らかにしてきている、
わたくしの立場のことが解かっているのかどうか?
『ホツマツタヱを読み解く』(池田満、展望社)をお読みください。と、まずは言及すべきでしょうか?
下手な紹介だと、偽書におとしめて広める事にもなりかねません。
それは、「ねずみ男」のレベルであって、「猿渡り」の「猿滑り」なのです。
困った事なので御座います。
 
そう、書籍には、解かり易いようにと、配慮もしつつ、
明瞭に説明をしております。
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の読み取りの高度な手法につきましては、
                 ・
そう言ったことなのですね。
つまり、「ギリギリのところ」と言われても、困っちゃうのですね。
わたくしの仕事は、
記紀の原書の研究と、そのマトモな啓蒙を進めるコトです。
つまり、おかしげの人たちとは、対峙する関係にあるわけです。
早く言えば敵対関係です。
もちろんのこと、
はじめには、親切丁寧に、手を携えるようなおみちびきを、
致しております。
でも、1~2年ぐらいでしょうか?
そこそこ、お付き合いが続きますと、自然にその目的とするところの、
理念・思想がお互いに解かってまいります。
それからが、本当のお付き合いになりますのでしょうね。
Kaminoke
          <髪の毛が生えてきたと、
           女房が、奇跡だと言っています。
           「糖質制限」のおかげです。 
           この写真なら、ちょっと見えますでしょうか?
           ダンスウェアのモニター条件で写した写真です。
           モニター価格で約3割引きでした。>
なお、
お医者さんにもさまざま居られるようです。
Natuisennseiburogu_3

 絵に描いたようはアホ医者によるアホ反論。食物繊維が海藻やキノコから十分に摂取できることを御存知ないらしい。

 食物繊維って穀物から摂取しないといけないの?」 です。
みなさま、お気を付け下さいますよう。

      ・     ・     ・

なおなお、
北朝鮮情勢などなど、まったく不透明で御座います。
もしもの際には、書きかけの原稿は、
四国の合田さま、「おシヅさま」と、
尊称を申し上げております。「おシヅさま」にあれこれと託して御座います。
未完の途中経過のあやふやを出して、
晩節を汚すことも困りますし、
かと言って、折角に心血そそいで思想を巡らしたものを、
みすみす世からゼロにと失う事も切ないからで御座います。
もしもの際には、よろしくお願い申し上げます。
 
 
              ・
 
― 追記 ―
初夏の風に誘われて、
継体天皇さまのおキサキの、
タシラカさまのご陵に詣でて参りました。
山の辺の道に、散策する人も多くて、結構賑やかでした。
Tasirakahime1
小高い丘の上から、
二上山が良く見えます。
Tasirakahime
さて、
もう少し上がった、
そこに、
本当のタシラカの皇女のご陵が有ったのではなかろうか?
歴史は、とても複雑で御座います。
無闇に薮こぎなどのように、
歩き回っておりました。結局は、よくも解からずじまいでした。
それでも、こんなところかと、綺麗なお山を拝礼させて頂けました。
Tasirakahime2_2

さて、
ここから、山並みのスロープを西に降りて行きますと、
大和神社、またさらに、
ずっとずっと行きますと、
安楽寺の、
孝霊天皇さんの黒田のイホト宮のところに至ります。
Ihodomiya2
クロタの地は、ヤマトの盆地の、
中心地だったと、そう言うようなご判断だったのでしょうか?
Ihodomiya1
以前は気にも掛からなかったのですが、
春から、初夏に至って、今日は、
何だか? ぺんぺん草様にも見えて、
入り口のアスファルトが美しく拭かれたのと対照に、
大きなギャップに、ちょっと写真UPしたくなりました。
Ihodomiya3
要の時代の孝霊天皇さまです。
ご高齢になられてから、富士山にもご登山になられての事、
かえすがえすも、現代にもお知らせしたいことで御座います。
またまた、
さらに、孝霊天皇さまのご事蹟のその数々も、
何か、現代に・未来にもっとアッピールしたと思います、
のは、
わたくしだけでしょうか?
やはり、
『古事記』『日本書紀』の記紀だけではなくて、
原書の『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
正当な評価があってしかるべしだと、
わたくしは思って来てます。
そのうちには、
大きな奔流の流れにもなってまいりましょうね。
その時代まで、
大きな潮流にとなって来ます迄、
元気に長生きの事で御座います。
みなさま。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月17日 (月)

モモの花と、骨皮筋衛門の文章の事。「猫跨ぎ文」。今村聡夫氏の文章の事。

折角美しい花を付けても、
野鳥のウソがツボミを食べてしまう場合もあるそうです。
Kuraimomo2
          <鞍居桃が咲きました。> 
ウチの方の、標高40m程では、
ウソの活躍もあまり見かけません。
Uso1
  <綺麗な鳥です。ウソと呼ばれています。
   何故なのでしょうか? 良く解かりかねております。 >
300mから400mの標高にもなると、
ウソが大活躍だそうです。
Momo1
         <左下に、雀などに回転すしのご飯をやっています。
          足りなくなるので、コンビニのおにぎりもカラス用にやってます。
          大き目にバラしてやるのがカラス用です。
          パラパラまで細かくバラしたのはススメ用です。
          もう、今日は、カラスはご馳走さんで完食でした。
          ススメも、8割がたご馳走様でした。>
高地では、モモのツボミが、全部食べられてしまって、
ひとつも花が咲かないそうです。
でも、そこにはワサビのうつくしい花が咲きます。
Wasahi1
                <ワサヒです。
                 下の写真は、ヤマサクラです。>
Sakura2
 
Sakura
世界や宇宙の解明が進んできて、「マルチバース」の考え方も、
定着しつつあります。
つまり、
宇宙はあちこちと出来ていて、
わたくしたちのこの宇宙ばかりでは無いのでは?
の考え方です。
これも、一定の支持を得るようになってきています。
所変われば… 、で御座います。
とは申しましても、
子供だましな様な段階とは、大きく区別が必要で御座います。
例えばですが、
北朝鮮の高層ビルディング群が、実は、張りぼてだったと、
グーグルアースで解けた等なこともありました。
世界は、実に、奇々怪々で御座います。
Kuraimomo3
         <昨日の有り明けのお月様と鞍居モモです。>
なにはともあれ、
根拠をどこに据え得るのか?
が、重要です。
根拠の有りや? 無しや?
此処が、とっても重要で御座います。
「偽書」の類との区別を、ここから、明瞭に区別を付けてゆく訳で御座います。
            ・        ・
つまり、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、
『古事記』『日本書紀』との原文対比の比較から、
記紀原書の位置付けの根拠を確かめて、論考もして有ります。
そうしてから、
また、
筋だけ追って行っての、ダイジェスト文ですと、
骨皮筋衛門の文章になってしまいます。今村聡夫氏の文章が、そういう事で御座いますね。

どういう?
成り行きかを、教えてくれた人がいました。
以下、コメント関係からのコピペです。

未確認ですが、
どうしておかしいのか?
分析してくれたある人からの、
情報です。

      ・      ・

ヒントは、検証ホツマツタヱの彼の文章を読むと、自ら書いているぜ。
彼の文章の師匠は、梅原猛と言っているよ。松本善之助でないらしいよ。
まず、ストーリーを決めて、あと、言葉を乗せて行くことらしい。
そして、読者を「アット」言わせることを書くと述べているよ。
そのため、ホツマツタヱにない、ミミズクもヘッチャラさ、また、
他研究者の発見をコピペすると言っているらしい。

ストーリーを決めて書くため、骨格はしっかりしていそうだが、
「張りぼて」さ


骨と皮と、そうして、筋(スジ)だけ。
つまり「張りぼて」なので御座います。
筋肉量が運動不足などで減少してしまったら、
10分間でも椅子に座るのも、おしりが痛くなります。
人は生命体ですから、筋力を、維持してゆくのが大切で御座います。
人体にとって、筋肉量の維持は大切な要因です。
根拠の確定が、やはり、重要事項で御座います。
何でも、簡便にヌキヌキで、
そう言った、
なんでも、ややこしいものは、
運動もたんぱく質の摂取も面倒だからと、除去にしましたら、
結局、骨皮筋衛門の状況になってしまいます。
簡単な、3秒理解にはもってこいです。
が、
ちょっと、目的が違っちゃって来ていると思うので御座います。
それで「猫跨ぎ」。

すなわち、
これも、
我が国の貴さを、すべて除去してしまうので、
読んでみたら気持ちが悪くなるのです。
だからなのだと、
思うのは、わたくしだけだからの個人的な感傷なのでしょうか?
やっぱり、
愛情が無いとダメなんですよね。
手をさわって、ぷくぷく柔らかい、良い事です。
と、わたくしは思います。
ダンス友達で、いつも感動しているお方で、
お手が柔らかくて、昨日は、その秘訣を聞いてみましたら、
それは、洗い物の際にかならずゴム手袋!
だそうでした。
呉服のお店をなさっているので、主人からこれだけはいつも言われて。
でした。
また、ご主人の美的な感覚にも勉強になっています。
文化的なこともそうですし。
肉体が美しいです。
私たちの、人体の絶妙のシステムに、いつも感動します。
肉体の事もそうですし、
歴史や我が国の事、
祖国に対しての愛情のこと。
祖先に対しての感謝と愛情です。
同じことであると思います。
ヲシテ文献の文脈の行間に書かれてあることが大切です。

              ・
筋だけを追っての、
いわば、簡便に極めた、。
骨皮筋衛門の文章は、「猫跨ぎ文」だとも申せましょうね。
愛情の99%を除去して、自分の言いたい放題をそこにくっ付けるのは、
『古事記』『日本書紀』の漢訳をやっていった、8世紀ごろの手口と一緒で、
どうしても、排除してゆくべき、
あやまったやり方です。
そういうように、
8世紀ごろにも、
みんな、わが国の大切で本物のたからものを、取り去ってしまったんですよね。
換骨奪胎の貶めの直訳です。
だから、そういった目的の人達の文章は、
とっても、筋(スジ)は簡単に解かり良いので御座います。
それは、ひとつの名案かも知れません。評価のできる一つにも数えられましょうか。
         ・           ・

でも、なのです。
ここで、目的の事が、
みなさま、頭をよぎっては参りませんでしょうか?
つまり、
わが国は、縄文時代から立派な国柄だったということ。
考古学の発掘の成果からも、
この事は段々と判明してきています。
幾ら何でも、
どれほど、どんなにも、
解かり易くても、
読んでみると、
読後の感覚が、「きもちわるい」なんですね。
どうしても、  です。
そこには、
換骨奪胎のプロセスが有ったからおかしいのです。
「トのヲシヱ」の愛情が抜けているのだと思います。
その文章にはです。
               ・
いわば、
折角開いたモモの花を取り去って、
トリのウソにもやられちゃった場合もあります。
Uso1_2
が、ですね。
そのような、寂しくも、余りにもさわやかになり過ぎて…  、のような、
木の枝だけのモモの春の風情なのですね。
愛情も感じられ無い文章は、情けない事で御座います。
この辺りの、良否の区別判断の事が、
ヲシテ文字が読めて来てこそ、
なるほど! と、
お解り頂けるのが、
その時間的な猶予が必要なのが、
わたくしには、とってももどかしいので御座います。
わが国は、「縄文立国」であった、と言う事実で御座います。
考古学からは段々と解かって解明も為されてきています… 。
どう言えば、
上手くご説明が出来るのか?
40年来に悩み続けて来ております、
大きな命題で御座います。
ヲシテ文献の原文で読んでおりましたら、
今村聡夫さんの文章は、どうにも、気持ち悪いと思うので御座います。
つまり「張りぼて」の感じが解かり易いのでは?
それが、どのような、原因と・結果なのか?
その思案につきましての、ひとつの試案の試みで御座います。
もちろんのこと、
私の感覚が思い誤りなのかも知れません。
でも、女房も、
大筋に、同意してくれています。
女房も同様に言ってますから、
わたくしひとりだけの、身勝手な思いでも無さそうで御座います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月12日 (水)

今日は、一転して、緊迫の時事問題です。

一連の北朝鮮情勢から、
緊迫した空気を、感じて来ています。
https://this.kiji.is/224574917987090441?c=39546741839462401
このような、時事問題に関しての、
多くの、状況を勘案しますと、
有事はもはや避けられにくいのか?
とも、
思われます。
もう、
崖っぷちですね。
時間の問題になった感もあります。
最終判断は、「きゃんきゃん」言ってた方が、大人しくなるのかどうか?
ですが、 これは、わたくしには予想も付きません。
最悪の事態に備えて、
何はともあれ、出来る準備を、内閣官房でまとめています。
わたくしも、ですが、
それなりに整えております所で御座います。核戦争時代においては、
見えざる核物質は、「見える化」するしかないので、
ガイガーカウンターの、簡単なものなど、
ふたつ用意しています。
マスク類なども出来るだけ携行しようと努力中です。
これからの時代、
こういった備えは、必要なのかな?
でしょうか。 
       ・       ・        ・
 
豊かになったには、良い面もありますし、
また、リスクも多くなる訳で御座います。
明日がどうなるか?
そう言った意味での「不確かな時代」に突入してしまっていることは事実です。
そこの、根幹をどう整えるのか?
わが国の「ヲシテ時代中期」にさかのぼり、
また、「ヲシテ時代草期」にさかのぼる「トのヲシヱ」の復活をこそが、どうしても必要だと、そのように考えている訳で御座います。
 
でも、その前に、
「ツルギ」の力を如実に示してこそ、
おかしな人たちは大人しくなります。
この過程が、今まさに必要です。
どう転ぶかは解かりませんけれど、
今きちっとした判定を突き付けないと、
おかしな人たちは、まだまだ、野放図に「ハタレ」にやってくるのです。
此処が一番肝心のところで、
マトモ側が、きちっとした判断と処理をすること。
ここは、トランプ大統領の優れた仕事だと思います。
ナアナアでは、またまたまた、やられちゃうばかりです。
今では、あっちこっち、テロがあっちに有った程度です。
ですが、毎日1000件も起きたらもはや収拾も付か無くなります。
そうなると、本当にひどい事態になります。
今ならばこそなのです。
誰かが、「ええかげんにせいよな!」と、言わねばならない状況です。
それは、こんな事態に陥ったのは、
これまで、耳に聞こえの良い、
まあまあ、の空気が為せるわざでした。
いつかは、清算の時期が来るのです。
「偽書」の類にぐちゃぐちゃやってた、おかしげの人達も、
如何なく慙愧の念に駆られて来ることで御座いましょうか?
良し悪しは、早い目に白黒付ける時代になって来ましょう。
時の流れが、早くなって、ちょっとした間違いも、
見過ごされなくなるような、
シビアな時代に突入ですね。
大きな時代の潮流は、誰さし得ない竿ですね。
一休さんの「人生 一竿」の書を、
松本善之助先生が座右に掲げておられました。
どう? 竿を指してゆくか?
極めて難しい時代になりました事で御座います。
でも、
そこには、ヲシテ時代に戻り遡及してゆくと、
本当の根幹の価値感覚を理解できます。
古典の本当の価値は此処に有ると思うので御座います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月10日 (月)

『江部康二の糖質制限革命』の新著の出版です。  「ヲシテ国学」との共通点の事。

江部康二先生の大きく拓かれた「糖質制限」が、
社会現象になってまいりました。
Tousituseigen
でも、勉強不足で間違う人も未だに多い事、
江部康二先生も頭を悩ませておられます。
そのあたりを解きほぐそうと、『江部康二の糖質制限革命』(東洋経済新報社)の出版です。
すなわち、
「糖質」を制限したら、他のタンパク質や脂肪の栄養素を多く摂取しないと、
栄養不足になると言う観点がどうしても欠如しがちな事です。
それで「糖質制限」の言葉より「糖質置き換え」の方が、
誤解を生みにくいかと思ったりもします。
でも、「糖質制限」の言葉はインパクトが有って、
もう、一般言葉になってきています。
おそらく、近々には国語辞典にも掲載されますでしょう。
 
       ・       ・
 
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ国学」でも、
抜けやすい概念が、
「偽書」との区別です。
「ヲシテ・フォント」を使わせて欲しいと言ってきた人の、
お話を、例に挙げます。
このお方は、まだ、「偽書」類との区別も付いていないのでした。
それで、ヲシテフォントを使ってもらったら、おかしくなるのは必定です。
もうちょっと、ヲシテ文献になじんでからにして下さいと、
そのように、言いました。
           ・ 
江戸時代とか、明治・大正・昭和ごろに創作されたのが「竹内文献」とか「カタカムナ」などなどの、いわゆる「神代文字」の類いです。
それらがどういう様に「偽書」であるのか。
『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著、池田満編、展望社)の208ページに、松本善之助先生が詳述されています。
まずは、「竹内文献」とか「カタカムナ」などなどの、いわゆる「神代文字」との区別を付けて貰うところからが、第一番目のはじめになります。
さて、
次には、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、ヲシテ文字で記述されていますから、
ヲシテ文字の読み書きを、原文のヲシテ時代中期ごろの5・7調の文章に、
親しんでもらう事が、どうしても必要です。
また、わたくしも、
『ホツマツタヱを読み解く』(池田満、展望社)291ページからにて、直訳文からの離脱の方法を述べて居ります。
わが国の古典が発見され、研究も進んできました。
原文に触れて貰わないと、直訳文の異質さが解からないからです。
2000年近くか、もっと前にも遡る文章ですから、
今現代の言葉に直に当てては、おかしく成る道理です。
 
1アヤ、2アヤの暗唱と、読み書きが大体出来てくれば、
直訳文にしてはおかしい、「因幡の白ウサギ」や「ミミズク」をくっ付けたらおかしいと、
そう言う事が感じられてくると思います。要するに、我が国の国士たるその覚悟、愛情の有りや無しや! に尽きる事かと思われます。
 
『ホツマ縄文日本のたから』(池田満、展望社)には、その感触を掴んでもらえるように、
原文暗唱の為の朗読をCD付録をしました。
 
そうしてまいりましたら、
次ぎに確認して貰いたいのが、
『古事記』『日本書紀』との対比です。
原文での、同内容の比較対比を通して、
漢字の移入の時期に、どう言うような改竄が為されて、
我が国の貴さが貶められたのか?
この辺りの詳細が解かります。
「偽書」を混ぜては、おかしいでしょう! という事です。
何故ならば、「国学」を建て直そうとしている目的が有るからです。
それで、依拠するにたり得るのは、記紀の原書の確認のできる、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」ならではなのです。
それで、「ヲシテ国学」の提唱をしています。
この、大きな目的に、齟齬があればわたくしは袂を分かつという事になります。
当然の事で御座います。
さて、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を読むについて、
総合的な指南には『ホツマ辞典』(池田満、展望社)を参照なさって下さい。 
 
             ・
 
人の寿命を、イノチを大切にするとは、
ヲシテ時代の草期にも「縄文哲学」の根幹に座った考え方でもあるのです。
2代アマカミのクニサツチのトのミコトは、
クワ(桑)のイチコ(ベリー、果実)をお食べになって、長寿を実現なさいました。
『ミカサフミ』に出典があります。
旧版の『校註ミカサフミ・フトマニ』も同ページです。
Kotohuki1
 
Kotohuki2
 
この時代は、もちろん、稲作以前です。時代の確認は『ホツマ辞典』(池田満、展望社)を参照して下さい。
そうして、
アマテルカミは、初代のクニトコタチさまの頃の時代のことを、
深く憧憬の念を持って、たびたび語られておられます。
つまり、
多くの人口を安定して養えるようにと、
時代は稲作に向かって来ていたのですが、
寿命の短くなってきていることが、
アマテルカミの悩みの大きな事項でした。
さて、
そこの所が、
今の考えどころです。
「糖質制限」で、医療費が激減できます。
人工透析に掛かる費用は、おひとりさま、年間500万円!も。
経済的な利得の数字を揚げておられます。まさに「革命」とも申せましょう。
それもそうですが、
人工透析にベットに括り付けられて何時間もつらい時間を、
一日おきぐらいにしてゆくのは、どう見ても、ご本人にも苦痛でしょう。
糖尿病は、合併症も多く発生します。
ガンも、アルツハイマー病も、心筋梗塞も、予防効果が高く期待できそうです。
それらを、未然に防いで行けるのが、「糖質制限」です。
あれ?
アマテルカミのお悩みが、これで、解決できますよね。
ただ、美味しいものを一杯食べるようになるので、
エンゲル係数は上昇することは覚悟せねばなりません。
どちらにしましても、
人生、選択の連続です。
どちらを、どう? 選択してゆくのか?
その基準を得るのが、古典なのです。
それが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」です。
 

      ∞     ∞     ∞

そうそう、タバコを吸わなくする禁煙の事で、
追記して申し上げたいことが御座います。(平成29年4月10日)
初見から気になっていましたお方の事ですが、
数日前に、
タバコをぜひお吸いになられないようにと、
あと20年の寿命を是非とも!
と、
奇縁の事が御座いまして深くお願い致しました。
やっと、
お聞き入れくださいました所で御座います。
気になってはおりましても、
その気になられて下さいますタイミングが御座います。
そのあたりの雰囲気を察知するのは、
カラスなどトリは巧みです。
ヲシテ文献にも、典拠が幾つも御座いますね。
カラスは賢いです。よくわかっています。
多くの学びを、カラスにも、わたくしたちはしてゆくと楽しい事で御座います。
Karasu1
Karasu2
なお、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での、
語彙の検索・索引の機能の事は、
クラウドで出来るようにと、
大阪の森本さまがシステムを構築して下さっています。
お使いになられますと、格段の理解の進展に繋がります。
お問い合わせは、コメント欄にどうぞ。
コメントは、基本的に公開はしませんので、ご安心ください。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月 9日 (日)

織田信孝の神戸城跡の事。 「ヲシテ国学」の樹立の事。

織田信長の本能寺の変の後、
織田信孝は、一時、跡目相続の筆頭にも押された人物でした。
Kanbajyou3_2
織田信孝の栄えさせた神戸城(かんべ)城。
金箔の瓦によって、5層の天守閣が光っていたそうです。
でも、わたくしの行く時、
何時も不思議に、なかなか晴れてくれません。
昨日も、サクラにも、との曇り。
Kanbejyou2
織田信孝のこと、少し考えてみました。
Kanbejyou1  
エリートだったのでしょうね。
見下していたのですね。秀吉を。
評価をしなかったから、でしょうね。
他人の気持ちを理解して、
その評価を出来なかったから、
秀吉に反目されたと、見れるのですね。
三法師を担ぎだしたりされたのは、ここに、原因ありという事でしょう。
 
             ・
花冷えで、夜の雨でした。
ハルの夜に、フクロウが「ホー ホー」と、
盛んに鳴いています。
    フクロウの声は響ける
    ハルの夜の しずくにモモの
    花は開ける 
 
夜も明ければ、
鞍居桃の花が、
2分咲きにもなっていましょうか?
今年は、ヲシテに文字から、原文から親しんで下さる、
良いお方が多く集って下さいまして、
頼もしい事で御座います。
Chinaに本格対峙するには、
わが国の本物に立脚しなくてはなりません。
ヲシテ文字であり、ヲシテ時代中期に集中して編集されたヲシテの名文です。
わが国語が、ヲシテから醸成されて形作られています。
このこと、大きな立脚点なのです。
「訳文中毒のヤクチュウ」は、どう見ても、ダメ筋です。
もちろん、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」は論外の事で御座います。
なにしろ、
私たちの目的は「ヲシテ国学」の樹立にある訳で御座います。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月 6日 (木)

森神逍遥さん『人生は残酷である』(桜の花出版)の出版のお祝い。 「ヲシテ国学」の学位の事。   森神逍遥さん、純粋さなること。

敗戦後の、進駐軍のコントロールのもとや、
シベリア抑留帰りの苦労なさったお方々など、
恣意的な偏執的思想の流行があったのを、
いよいよ、挽歌によって送る本です。
Zannkoku
おもしろいです。
書き初めの文句に、またしびれました。
「人生は残酷である。 …  地上の生命たちはみな、死にかかった途端に周囲の生物から餌として扱われ、アリやハエなど小さな生物たちが集(たか)りはじめ、あるいは鳥や小動物や猛獣に食べられてその一生を終えるのである。」
森神逍遥さんとは、
前著の、『侘び然び(わびさび)幽玄のこころ』(桜の花出版)
Photo
からのお付き合いで、
「あなたは日本人として「侘び」と「然び(さび)」について明瞭に語ることが出来ますか?」の謳い文句に、ビビッとしびれたのでした。
かなりのことに、ビレビレになっちゃいました!
それから、事あるごとに、ご縁が開けました。
今回は、女房にも一冊お贈り下さいました。
こんな椿事は初めてで、女房も、お礼を書く!
と、張り切っております。
と言いますのも、女房の陶器展(旧姓からの、森みの里)に欠かさずおいで下さっているのです。
やはり、評価をなさって下さっていますからですね。
でも、
まだ、お会いしたことが無いのも事実です。
そのうちには是非に! とも、思って居ります。 
森神逍遥さんは、
10歳で、自分の自立萌芽が起きたとのこと、すごいと思いました。
(p36、日記)
そういいましたら、
私の祖先には、源満仲がいまして、生きるの死ぬのと言うようなその切羽詰まった時代も何とか生きながらえて来てくれたので、今の私の生存もある訳で御座います。生命の不思議は、いつも感じます。

         ・       ・
 
敗戦後の偏執的な思想とのお別れの後に、
わが国の本当の真実に向き合う、
「日本回帰」への欲求が起きて、
そうこうして、遡ってゆきますね。時代を真面目にですね。
私たちの本質の本物にですね。
そして、
ある人は、「仏教」、「禅」に行き着いたりします。
更にも遡ったら、漢字や漢文に来たりもします。白川静さんのあたりです。
また、「神道」にも行き当たりもします。でも、考えてもみて下さいませね、「神道(しんとう)」の読み方からしても、ご想像にも堅くないように、重箱読みでして新・旧とアチャラとコチャラの概念のゴッタ煮の混ぜ混ぜです。「しんどう」だったら、筋は通ります。ですが、それやダメだと、言うわけです。そうして「しんとう」と読めと言うわけですね。頭のキレのもう一つの私には、重箱読みは、釈然としないので御座います。どっちにしても、いわゆる「神道(しんとう)」も、また「古神道」でも同じで、漢字渡来以降の産物です。やっぱり、きちっとしたよすがには成り得ません。根底が漢字読みでやってるからには、どうしても時代落ちもいいとこで御座います。
どっちにしましても、千数百年来、漢字渡来以降の我が国は、文化・文明のその事からしましたらサンドバックに幾らにでも叩き据えられたのです。ひどい話で御座います。このこと、まったく、現代のわたくし達は知らないままだったのでした。唖然とします。
 
そうしたなかに、
その後に、現代研究が、随分と進展しました。
もう、「ヲシテ国学」の旗揚げにも、準備に不足が無くなって来つつあります。
そこで、
「日本ヲシテ研究所」で、「ヲシテ国学」の認証制度を設けていっても良いか?
とも思いつつあります。
「博士相当」の認定。
「修士相当」の認定。
「学士相当」などなどの認定です。
服部幸應さんの免状の騒動が有りましたが、
わたくしは、認証側のサイドじゃないかと思うので御座います。
無位無官で、その方が、今の現状を見渡してスパッとしていると思うんですね。
そのうちに、国家主体の研究所にと作り替えてゆくイメージです。
どうしても、今現在、わたくしは無位無官がそぐわしいです。
なぜならば、まだ、それなりのマトモな評価に付いての一端のはしくれも、頂いたような事は御座いませんからです。
絶対評価におきまして、わたくしたち「日本ヲシテ研究所」が、最高の評価集積団体であるような事ですね。
 
そう申しまして、考えてみましたら、現在の時点で、
「博士相当」の認定の候補は、東京の青木純雄さん、大阪の平岡憲人さん、東京の斯波克幸さん、四国の合田静江さま。
「修士相当」の認定の候補は、和歌山の小池さん、東京のベベさん、など多数。
 
と、言うような事でよろし御座いましょうか? 記入漏れが有るようでしたら、お知らせ願います。
「学士相当」のお方の認定の候補作成には、皆さまの、お力が必要になって来るのかと思います。
要するにのところ、
「ヲシテ国学」の樹立に向けて、
土台は整って来つつあります。
さて、その、大きな構想に向けて、
どう言った構造を構築してゆくのが、
今現在の諸実情に照らし合わせてベストなのか?
この、問いに対して、真面目に考えてゆくべきだと、
そういう思いで御座います。
何はともあれ、わたくしは、無位無官がスキッとしていると、
そのように思っています次第で御座います。
千年三千年のうつくしさをこそ、が、
わたくしのたっての信条で御座います。
 
おかしげ蓮舫さんの言い草でもないですが、「一番でなくちゃいけない」
と言うわけでもないのですが、
わが国の伝統は、お軽ーいナショナリズムに浮かされる訳でもなくて、
すごいのですね。
そこを、Chinaの人達は訳が解かららないので責め立てて来るのですけれど、
全然、意味も為さない袖違いです。
文化と言いますか、文明と言いますか、根底が違うと、
余りに違う世界ですから困惑です。
蓮舫さんも、美人だったと思っていましたが?
一体全体のところ何人なんでしょうかね?
其処が、一番の注目度に成っちゃいましたですね。
それなら、
真実を明瞭につまびらかに明かして説明してもらいたい処で御座います。  ですがね…  。    ? 。 
 
 
               ∞        ∞
 
―4月7日追記― 
 
森神逍遥さんのこと、
実に、今、発見した感じが有りました。
今、二回目を読んでおります。
前著では其処まで私の理解は至りませんでしたが、
何かしらの、強いビビッと感を覚えました。
今回の新著には、
国家感の純粋さを、本当に美しい、珠玉のように見ました。
どんな宝石よりも、美しいです。
美しさとは何か? ですね。
 
女房も、
読み始めたという事で、
こんな純粋な人!!
と、
それは、驚いていました。
 
本当のうつくしさとは、ここに有ると思うのです。
 
所謂俗人の横行するなか、
うつくしいひと、晴れ晴れとした思いで御座います。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

「あ」と「わ」の文字認識の事。私には読めますが… 。

文字の認識の事。
「国宝」にもなっている、
「縄文のビーナス」にも読み取れます。
Binasu2
     <左後頭部に「あ」の文字です。
      頭頂部にも、「わ」の文字でしょうね。 
      『土偶のリアル』譽田亜紀子、ほんだあきこ、山川出版社
      から、画像をお借りしました。(P28)、(下写真はP25)
      良くまとまった書籍です。ただ、「シャーマニズム思い込み」
      にとどまっているのが、とても残念でした。
      このレベルでは、岡本太郎の理解レベルから退化しています。
      「日本にはピカソが何人いるんだ?」(同書、P185)の感動に、
      向き合い方が足りないと、わたくしは思います。>
Binasu1
        <左の側頭部に「わ」の文字です>
「あ」と「わ」については、です。
 
Awa1

土偶にデザインされている、装飾に、
私には読み取れます。
ほかにも、
Awa
        <ハート形土偶、背面の首あたりに「あわ」の文字です。
         注目度が、ゼロのようです。残念なことです。
         ヲシテ文字が読めない人には、スルーなのですよね。
         『土偶のリアル』譽田亜紀子、ほんだあきこ、山川出版社
         から、画像をお借りしました。(P150)
 
         そう言えば、宇和島市の小笠原家でも、
         同じことを、お聞きしました。
         『ホツマツタヱ』の写本を見せても、
         幾人もの大学教授も、教育委員会の人にも、
         見向きもされなかったそうで御座います。>

ただ、ただ、
二文字だけだと、圧倒的な証拠とは言えないわけですね。
Kamennnomegami
    <「仮面の女神」の国宝にも、右手には、やっぱり「あ」と読めます。
      わたくしにはですが… 。
      『土偶のリアル』譽田亜紀子、ほんだあきこ、山川出版社
      から、画像をお借りしました。(P151)
誰が見ても、「そうだ!」となるには、
もっと、明確な出土が望まれます。もっと、多くの出土を、首を長くして願っています!!
さて、
どうして? 文字だと認識できるか?
それには、底流に流れて備わっている概念を見て取れるかどうか?
つまり、
「あ」は、
軽いので左回りに上昇する。 です。
文字の書き終わりが、上になる事が、ポイントです。
「わ」は、
重いので右回りに下降する。 です。
文字の書き終わりが、下になる事がポイントです。
 
Awa1_2
 
右も左も、鏡に映せば反対にもなりますし、
南に向いていたら、左から太陽が昇りますが、
北に向いていたら、右から太陽が昇ります。
右も左も、これは、場面によって変わるある意味において、
相対的な概念です。
地上での、位置付けは、南面している事がベースになります。
こういった「場」の概念に基付いて、
「あ」は、
軽いので左回りに上昇する。 です。
文字終わりが、上がってゆく、上です。
「わ」は、
重いので右回りに下降する。 です。
文字終わりが、下がってゆく、下です。
それが、
国宝にもなっている、「縄文のビーナス」でも、
「仮面の女神」なんかでも、わたくしには、基礎概念の存在が見て取れます。
つまり、
「あ」は、
軽いので左回りに上昇して、上で終わる。 です。
「わ」は、
重いので右回りに下降して、下で終わる。 です。
もちろん、
作り手には、上手も有れば、そうでもない人もあります。
「国宝」にもなろうという秀作は、やっぱり、文字が読み取れるレベルだという事に理解されるかと思います。
「縄文の女神」についても、やっぱり、
「あ」と「わ」のヲシテの文字は、腰のあたりに、
私には読み取れます。
http://venus.funagata.info/index.html
皆さまもそういった目で、土偶や、縄文土器などを見て頂けますと、
新たな発見が有るかも知れないと思うのである訳で御座います。
 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

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