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2017年3月29日 (水)

初代クニトコタチの時代は、縄文前期中葉のこと。佐賀県の東名遺跡と、福井県の鳥浜貝塚。  追記、山口桂さんの事。

文化および文明の始まり、この閾(しきい)の事。
すなわち、初代クニトコタチの時代の把握は、
考古学での縄文前期中葉のことだと、今のところ推考できます。
Hotumayomitoku
『ホツマツタヱ』などヲシテ文献には、
建国初代のクニトコタチさんの「ムロヤ」から、
文化・文明が起きてきたと、閾(しきい)の事が記されています。
詳しく説明しますと、『ミカサフミ』に、この記述があります。
Muroya
生‐13や、生‐15など と言うのは、『生洲問答』の写本の略称の「生」のことでして、
この写本に記されていた『ミカサフミ ハニマツリのアヤ』に典拠が有ります。
『生州問答』には、この他に、「クニ生み」の質問と答えの話。や、『ホツマツタヱお(を)ノフ(自序文)』などが収録されています。
安永8年(1779)の写本(自筆あとがきの記年)で、和仁估安聡写本です。高島市の野々村直大氏蔵。
このアヤは、活字本での、
『新訂ミカサフミ・フトマニ』(P83)及び、『記紀原書ヲシテ』の下巻(P535)に所収してあります。旧版の『校註ミカサフミ・フトマニ』は、同じくP83です。
諸写本の校合の表示もしてあります。といいましても、このアヤは、1写本だけです。 しかしながら、写本の異本が無いと言う「ゼロ本表記」を確認できます。
また、内容の解説は、『ホツマ辞典』に反映してあります。
            ・          ・
さて、
「ムロヤ」とは何か?
「竪穴式住居」であると、このことは、イコールに結んでよろしいでしょう。
では、「竪穴式住居」の出現は何時か?
それが、佐賀県の東名遺跡(ひがしみょう)にて、
発掘報告がおこなわれまして、詳しいことが判明しつつあります。
「ひがしみょう」とは、知らないと読めない地名です。
Hitonarasu2
             <この書籍が、一番良かったです。
              ヲシテ時代の建国の以前の事ですので、
              強いて、書棚に並べるほどではあるまいか?
              「ヲシテ国学」者としてでは、とも思えます。
              ヲシテ建国時代以降からが、本分になりますから。>
東名遺跡の場所は、
弥生遺跡で有名な、吉野ヶ里遺跡から、
西の方に9kmほど、歩いたら2時間ほど、車でなら20分ぐらい行ったところでした。
こんな近辺で、2大遺跡が発掘されました。佐賀平野は遺跡の宝庫ですね。
Hitonarasu3
 
縄文時代の早期から前期に至るころに、
こんなにも内陸部が海の渚だったのですから、驚きです。
 
さて、不思議な偶然が重なって、東名遺跡が発掘されました。
不思議が幾重にも重なっての、東名遺跡の発見だったと、
『縄文の奇跡! 東名遺跡』(佐賀県教育委員会、雄山閣)の「東名遺跡発見・裏話」(P252)に記されています。
諦め掛けていた時に、若くて元気だったので、小川を一飛びしたことで、この重要な遺跡を発見したそうでした。もし? あの時…、の改想は、幾たびもの事だったようでした。
これも、『ホツマツタヱ』などヲシテ文献の発見の経緯とも、共通しています。『ホツマツタヱ発見物語』ゾクゾクしますので。ぜひお読み願います。発見現場の、その真実・ウラ話がとても面白いです。
 
佐賀平野は、広く広がっています。
東名遺跡の探訪も行きたいところです。
詳しく見てみましょう。吉野ヶ里遺跡から、
西南西に、車で20分ぐらいに東名遺跡があります。
佐賀平野は、広々としています。
でも、ほんの数千年前までは、
海岸線が脊振山の近くまで迫っていました。

脊振山(せぶりやま、意味の近い漢字では〝背〟とも安直に書きかえる人もある)と言えば、栄西禅師のお茶の栽培が、
此処から始まったと伝わります。
あれこれと、想い出も深いのが、
佐賀県の脊振山です。
縄文時代の前期頃、この山麓のそばまで、
遠浅の海が広がって、貝などの海産物が豊かだったようです。
つまり、
文化・文明の開けくる以前の揺籃期が、東名遺跡の時代でした。
すなわち、
この時代は、まだ「竪穴式住居」が建てられていなかったらしいのです。
これは、一つの発見でした。
さて、詳しく述べましょう。
東名遺跡は、
縄文時代の前期まで、今から約7950年前から7350年前ごろ(較正年数、cal. BP)までが良く解かる遺跡です。
ここでは、「竪穴式住居」があれだけ掘ってもまだ未発見だそうです。『縄文の奇跡! 東名遺跡』(佐賀県教育委員会、雄山閣)の「竪穴住居がみつからない!」(P220)に詳しいです。
すなわち、今から7350年前ごろに東名遺跡での生活が放棄されるのは、海面上昇によって水没したからだと結論付けられています。同書籍のP220に詳しいです。
Hitonarasu1
今から7350年前ごろまでは、竪穴式住居が、未発見で、と言うより、まだ普及していなかったと理解すると、なるほどと納得できます。
ヲシテ文献に出ている記述の、
「クニトコタチのムロヤより」
の、文化・文明への展開に向けての揺籃時代の世界が、目の前に眼前と現われた感がします。
 
今から7350年前までは、竪穴式住居が普及していなかったらしいのです。
つまり「ムロヤ」以前の時代です。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の正当性がここにも感じられます。
急激な海面上昇と、
約7300年前あたりの鬼界アカホヤ火山の噴火のあとに、
縄文時代の前期の前葉、そして、中葉の時代に移ってきます。
縄文海進の最大ピークの温かく過ごしやすい時代が過ぎて、
寒冷化に赴き始めた時、その時に、我が国の建国が起きてきたわけです。
『ホツマツタヱを読み解く』(池田満、展望社)に記載しましたように、「縄文時代の前期の中葉が、我が国の建国の時代だ。」としました推論は、正鵠を得ているようです。
そこには、人々が得意さの良い能力を合わせて協力してこそ、の、「ニの精神」が起きて来て、さらに「トのヲシヱ」に発展してくるわけです。
この精神的な発達・発展の事情は、『ミカサフミ ワカウタのアヤ』で、やっと解かってまいりました。『よみがえる縄文時代イサナギ・イサナミのこころ ―新発見『ミカサフミ ワカウタノアヤ』アマテルカミが解き明かす―』(池田満、展望社)にて上梓出版いたしました。これ程に長い書題は、おそらく日本一かも知れません。
 
       ∞    ∞    ∞    ∞    ∞
 
さあ、それでは、
ここで、建国当時の世界を見てみたいものですね。
福井県の鳥浜貝塚の遺跡が、また、大きなヒントになります。
田中祐二さんの『縄文のタイムカプセル 鳥浜貝塚』(新泉社)がビジュアルで見やすく良くまとまっています。
Torihama1 
漆の工芸品の高度さや、編み物技術の洗練さを見てとれます。
さて、
調査区域が、それほど広範囲に至っていないこともあって、
竪穴式住居がいつの時代に建てられ始めたのか?
など多くの未解明の部分が残されています。
これからの発掘と解明が楽しみです。
 
念のため「ムロ」の典拠のリストも掲げておきましょう。
Muro1
Muro2
Muro3
Muro4
「ムロヤ」だけではなくて、「イワムロ」も「ウチムロ」 も「ムロツ」も関連語であることが解かります。
佐賀県の東名遺跡で、水没後に、残されなかった時代、
つまり、「ムロヤ」の出現以降の、文化・文明の開闢の閾の以降の時代が、
福井県の鳥浜遺跡にはあるわけです。
うつくしいウルシ(漆)の工芸品も出土しています。
 
また、
その他の遺跡でも、多くの発掘がおこなわれています。
今後が楽しみです。漢字以降の変貌しつくされて自謔的に貶められてきていた、千数百年来の暗雲を吹き飛ばすことが出来ます。
それには、
文献学の『ホツマツタヱ』などヲシテ文献と、
遺跡学の考古学と、両輪が相まってこそです。
で、歴史の真相の解明が成し遂げられます。
漢字以前の真実を解き明かしてくれるわけです。
さて、
私たちの受け持ちの、
そこの、文献学の『ホツマツタヱ』などヲシテ文献で「ヲシテ国学」に総合整備を整えてゆかねばなりません。
変な、直訳で貶めをして、Chinaに魂を売り渡してなるものか!!
と、わたくしは強く思っております。この、私の思いは間違っているのでしょうか??
要するに、直訳で「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」のままに終わらせるのは、
それは、どうにも、イカン事でしょう。 売国はダメだと深く思う訳で御座います。。
『直訳がどうして? 「売国」になるのか!』の、システム的な成り行きに付いても、
理解が行き付か無い人も多いです。ヲシテ文字も読めなくっちゃ、
解かろうはずもない事で御座います。ヲシテ時代の原文に、接してみたこと無かったら、解かろうはずもない事で御座います。
貶めしようと、手練手管で、待ち構えている連中には、
実感・直感から「キモ(肝臓やらなんやら)」にこたえて来て、
本心からの実感が無いと、
上手いこと騙されちゃいます。
あれらは、お上手ですからね。
付け入ったり、泣き落としたり、脅しめかしたり、世間体を言ってたぶらかしたり、…  ETC.
とかく、お上手なので御座います。
これは、伊藤若冲じゃないですが、千歳具眼のヒトを待つ事から始めるのが必要なのかも知れません。
私の感じますに、伊藤若冲は生きている時代での生前の人気に、
本質が伴っていない事を、見やっていたのではあるまいか?
つまり、
ケバケバしさとか、あでやかさの新具現化など、
表面だけでの持て囃されで、何が面白く、何が新機軸で、どう素晴らしいのか?
まったく、ギアが噛み合っていないいないもどかしさを、
日々、朝夕、胃がキリキリと来るぐらい、
夜中もうなされてしょうがない程に、切羽詰まって、
苦しんでいたのだと思います。
この、大きな世界観の把握の革新が、
どうして解かって貰えないのだ!!!
ここなんですね。
伊藤若冲の言いたいことの「キモ」はです。
ジョー・プライスさんのご夫婦は、千歳具眼の士ですね。
良かった、良かった、と、
本当にわたくしも思います。
その事と、
まさに、同様の同意義、同意味にて、
それが、うれしい事に、もう、ヲシテにも、萌芽が幾つも出て来てくれています! つまり、『古事記』のひどさが解かるお方様が! ですね。
               ・
先日も、
http://artscape.jp/blogs/blog3/1603/
国籍にも、ハイレベルではあまり目利きは左右も無いようです。
クリスティーズでやり始めたころ、
わが国の美しさ、日本美術の目利きに付いて、
本当に、国籍など関係ないと実感したと言います。
要するに、日本人だから日本美術の評価が出来る訳ではないのが、
判然と、目の前に突き付けられたわけですね。
もう一歩踏み込んで意訳したら、「あんた、こんな事も解からないの? 本当に日本人なの?」でしょうね。
そう言えば、「I love you」の翻訳に付いて、
夏目漱石は「吾輩は 汝を 愛して好きだ」の訳を、
アホか!? と言ったそうです。
それでどうするか?
「今日のお月様は綺麗だね」が、適切であろうと。
これが、本当の翻訳ですね。
機械翻訳は、なんだかねー 、が充満しています。一杯です。
まあ、わたくしなどがネットでの外国文献などちょっと見するには、機械翻訳はかなり有効ですが、それは、咄嗟の簡易な使用に限られての有用性ですね。
さて、
さて、
クリスティーズに入ってから、
本格的に「日本美術」に目覚めたのが、
山口桂さんでした。
それから、山口桂さんの判断と行動が偉い所だと思います。猛勉強をふたたび開始して、
自分の気持ちからの積極的な動き出しです。
これが、さらにまた重要で大切な個所ですね。
そうして、また、基礎としては、
幼少期のスパルタ教育も、役立ったようでした。
今、山口桂さんの事、その今が有るという事で御座います。
ジョ‐・プライスさんの事で思い出しました。
今朝か?(3月30日、女房が新聞をバラバラにしてしまったので、確認できずでした)の「日経新聞」の「私の履歴書」で、
エツコ&ジョー・プライスのコレクションのBリストは、
日本に戻したいと、その意向が素晴らしい結論だと思いました。
ご夫婦が、とっても、同一価値観なのですね。
悦子さんのお人柄も美しく清らかです。
通訳として知り合ったはじめ、「ドーント、タッチ、マイ、バディ(ボディ)」と、
交通量の激しい道路での安全へのエスコートを、咄嗟に拒絶したのが、
今でも、思い出の笑い種だそうです。
うつくしいです。
人生は結局のところ、価値観の共有的な思いに、其処に行き着き至るのでしょうね。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年3月25日 (土)

『ここまでわかった! 縄文人の植物利用』工藤雄一郎・国立民俗博物館、新泉社

ワラビナワのこと、解かってきたそうです。

Syokubuturiyou_2
国立民俗博物館の主導で、
縄文時代の生活が明らかになってきています。
さすが、国家プロジェクト。
「ワラビナワ」のこと、P31に、
「ワラビなどのシダ植物は、縄文時代の縄の素材に使われていたことが解かってきています。
Warahinawa
やっと、考古学の方の分析・解析技術が、ヲシテ文献の記述レベルに近付いてきました。もう少しで、どんな「ワラヒナワ」の編み具合であったのか? まで、解き明かせそうです。
ヲシテ文献では、「ワラヒナワ」と、清音に表記してありました。
「ワラヒ(笑う)」の意味の言葉との、区別や意味の関連など、
そもそもの「ワラビ」の語源は何か?
これも、まだ解けていませんです。
こちらのテーマは、われわれ「ヲシテ国学」の受け持ちの仕事です。
           ・           ・
さて、
もっと他にも、
新知見は多い『ここまでわかった! 縄文人の植物利用』です。
是非、ご覧いただけると嬉しいです。
幾つか、話題をピックアップします。
                ・
マメの事。
栽培の歴史が縄文時代の長い歴史のうちに見えてきたこと。
Mame1
                     <P85>
それは、
人為的な選別や選択のあとがみえること、つまり、栽培です。
Turumamedaizu
                    <P72>
初めの野生種は、蔓性だったとのことでして、わたくしは、ビックリでした。
長け姿までが、これ程大きく変化するとは!
Mame
                    <P73>
ツルマメの実と、大豆の実とは、こんなにもの大きさの違いがあるのだそうです。
今、納豆の自家製の製作で、発酵中でして、
長い歴史の重みと有り難さを、また、実感です!
Mame2
                         <P85>
大豆も、アズキも、
わが国の縄文時代の種の方が、
Chinaや韓半島よりも、相当に大きくて、
品種改良が進んでいますね。
こういう事が、本当の我が国の姿ですね。
 
また、他にも、漆の技術で、
赤い色彩の事、
水銀朱の粒子選別をして、塗り分け技術が有って、
また、下地にはベンガラを塗っていたなど、
一頃前までは、水銀朱の存在自体が、疑問視されていた時代から、
大進展の事です。
大体のところ、ベンガラは、ずっと後の後世の出現だ。
なーんて言っちゃってたのも、数十年前のお話で消え入りました。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」には、「ウルシ」の古い記述が無いのが残念です。当たり前のことは、記録が為されないのですね。
10代アマキミの弟さんの方の、ニニキネさまの、
おミヤには、「ウルシ」の事が記されています。
Urusi
もっと前はどうだったのか?
そのあたりが、考古学でも言えますが、
文献学でのさらに難しいところです。

 
まだまだ、
考古学の方は、
新技術での「再発掘」が、年々と進んでいるそうです。
次の発表が楽しみです。
 
こちら、「ヲシテ国学」も、もっと、上を先を目指してゆかねばなりません。
次は、国語のヲシテ時代解明で「動詞編」だと思うのですね。
最終巻の「構文編」の巻まで、行き着かねばなりませんから、
ぜひ、わたくしの元気なうちにと願っています。
ちゃんとした仕事を、真面目に続けていたら、
そのうちには、世間の理解も進んでまいりましょう。
そこは、他者ですから、求められたら、
説明する努力を務める程度がそぐわしいです。
押し売りの段階では、ともにWin・Winには到底なりません。
疲れるだけ、徒労です。
 
やらねばならない、先のことは多いので、
出来ることを出来るだけ、の、スタンスで参りましょう。
このスタンスなら、つぶれませんから。
いずれにせよ、
長い時代の、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見から50年ほどは、
直訳ばかりを追う人達が跳梁跋扈でした。
もうそろそろ「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の時代が、
過ぎつつあります。
このところ、直訳バカボンのバサか加減に気が付く人が、
多くなって来ました。
やっと、見つかった、我が国の漢字以前の文字、文章を、
どうして? 大切にしないのか?
どう見ても、直訳バカボンはおかしいのです。
それで、「偽書だ」「偽書だ」と言われる手助けをして、
ホント、バカも程度が有ると思うのですがね。
そこの、
ひと時代が、50年でやっと、過ぎつつある感じです。

この他のモノは、
わたくしはお奨め出来ません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年3月23日 (木)

水月湖調査のまとめの事、『人類と気候の10万年史』中川毅さん

久しぶりの、ワクワク本です。

福井県の水月湖、三方五湖のひとつです。
Suigetuko1
                講談社、ブルーバックス
          『人類と気候の10万年史』中川毅
 
この湖、 水月湖は、不思議な条件が満たされています。
堆積するスピードより、湖の水深が深くなってゆくスピードが、
やや早いのです。地殻変動の不思議のひとつです。
つまり、7万年は綺麗な堆積物の年縞が保存されている、
世界でも稀有な存在です。それで、スタンダードの位置に認められました。
細かい、精密な作業の積み重ねで、徐々に解かって来つつある中間まとめです。
寒冷期と、温暖期の、その振り子は、
揺らぎながら、ずーっと変化を遂げて来ているのが解かります。
(P128、P156など)
 さて、
ここからが不思議で、つまり、
今から8000年以前の頃からの、
すなわち、人類が文化・文明を手にしつつあったころから、
安定化の要素が強まってきて、今に至り、
今後の、急激な変化が今まさに起きようとしている。
という事です。(P161)
わが、「ヲシテ時代」の黎明期からと、時代が重なるのが、本当に不思議です。
                ・
なかでも、
どうしても笑って吹き出してしまったのが、
「単一の種としての気候耐性は、あのゴキブリすらもはるかに凌駕している。」
の一節でした。つまり、われわれ、人類に付いての評です。(P206)
そう言えば、以前にゴキブリの生態を聞きました。南洋では、ヒトを噛むのだそうです。ゴキブリは、南洋では怖い昆虫だそうです。
わが国、「日本」に暮らして良かったと思う一つの要素です。まさか、ゴキブリに噛まれはしませんから。  と思っていたら、急激に、数年で7℃も気温上昇のステージ替わりも起きているとの報告でした。それは、噛むゴキブリの種がこちらにも来て生息してしまうという事です。
近隣諸国も、どうなるか? ですが、
気候変動も、どうなるか? です。


ビッグサイクルのこと、ステージ替わりの所要の数年の変化の事、起きて来て不思議ではないのでした。それが、水月湖プロジェクトの結論です。 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年3月22日 (水)

アマテルカミのカラスのこと。涌谷町の黄金山神社の事。

この数日来、カラスがご飯を食べに来ません。
それで、心配しています。
アマテルカミのおミヤを守るカラスも、居ました。

Kokane1 
この記述が根拠になって、
アマテルカミの東北のアマツミヤは、涌谷町の黄金山神社である。
と、結論付けられます。黄金山神社の付近は、産金遺跡が目白押しです。
奈良の東大寺の大仏も、多くが、此処の産出のゴールドだったのです。
金華山の黄金山の方は、江戸時代の仮託で、いうなれば売名の様な騙りなので、引っ掛かる方がどうにかしているのです。籠池さんじゃないですが…。
ですね、くわばらくわばら。
この構図は、ヲシテ文字(ホツマ文字)すらも読めもしない人が、
「ホツマ」を語ると、同様です。語るじゃなくて、騙るですよね。
「言論の自由」もありますから、人のくちに戸は立てられません。
引っ掛からないように、と、くわばらくわばら。
 
 
カラスのヲシテ文献の用例を掲げます。
Karasu2
ちなみに、この検索が出来るかどうか? で、
ランクが何段階もUPします。
近頃は、スマホでも、使えるようにと、
大阪の森本さんが、システムのバージョンUPをして下さっています。
ご使用のご希望のお方は、わたくしの方にコメント欄にご連絡ください。
ご案内をいたします。
わたくしは、スマホを持っていないので、前システム・バージョンのPC用を愛用していますが、スマホ族には、とっても朗報だと思います。
                    ・   
さて、カラスの事、
ちなみに、ウチにずっと来ていたカラスは、
ハシホソカラスでした。
https://www.kankyo.metro.tokyo.jp/nature/animals_plants/crow/difference.html
他に、「キュ」と鳴くコクマルカラスなどもいますが、まずめったにお目に掛かりません。
すなわち、
アマテルカミのおミヤを守っていたカラスは、ハシホソ、ハシフトのどちらかだと判断して良いと考えられます。
つまり、アマテルカミのアマツミヤで、
カラスが、
どう鳴いていたのか? を知りたいのです、 ね。
ハシホソ(嘴が細い)は、小柄な体型で、低音でガーガーと鳴きます。
ハシブト(嘴が太い)は、大柄の体型で、高音でカーカーと鳴きます。
どちらだったのか?
そう、知りたいと思いませんか?
 
すなわち、 毎朝、アマテルカミは、
ガーガーとカラスの声を聴いておられたのか?
カーカーとカラスの声を聴いておられたのか?
不思議なことです。どちらだったか? わたくしは知りたいです。
それで、よくよく考えますに、
どうも、カーカーではなくて、
ガーガーが、アマテルカミのお聞きになられていた、
カラスの声であったろうと、
考えるようになりました。
 
と言いますには、

低音でガーガーの小柄なハシホソ(嘴(くちばし)が細い)と、
高音でカーカーの大柄のハシブト(嘴(くちばし)が太い)とは、
生態が違うのです。
食べ物の好みも違います。
 
普通に考えますと、小柄な方が高音の声かと思いきや、
それが逆なのです。
何故か? つまり、低音は遠くに声が届きません。それで、小柄でマメっちくてちょこちょこ歩いてはほじくるのが基本動作です。
マメっちいのです。低音でガーガーの小柄のハシホソ(嘴が細い)ちゃんは。
すなわち、
低音でガーガーのハシホソ(嘴が細い)は、
ちょこちょこと、小川の小石をひっくり返して、虫を探して食べたりします。
高音でカーカーの大柄な体型のハシブト(嘴が太い)の方は、そんなめんどくさい事はしません。高い所に止って、睥睨しながら食べ物を探しているのです。歩くのも不得意です。遠いところまで声を届かせるために、カーカーと高音に鳴くわけです。
其処で考えますと、
コガネ(ゴールド・砂金)を拾って来て飾るのは、
マメっちい、低音でガーガーのハシホソ(嘴が細い)ちゃんであろうか!
と思われるのですね。
             ・        ・
心配していましたのが、
ここのところ、ウチに来ていた低音でガーガーのハシホソ(嘴が細い)ちゃんが、
回転すしのご飯を食べに来ません。数日、来ません。
それで、原因は、
高音でカーカーのハシブト(嘴が太い)がやたらと鳴いているのです。
このあいだまで、あまり聞かなかったのに! です。
すなわち考えます所によると、ウチの低音でガーガーのハシホソ(嘴が細い)ちゃんは、

高音でカーカーのハシブト(嘴が太い)に、
縄張りを追っぱわれてしまった、のではないか?
テリトリーが重なる場合には、小柄なハシホソちゃんは、追っぱらわれてしまう場合が多いとの事でした。
アマテルカミの、東北のアマツミヤでは、このような事もあったのかどうか?
いささか、
カラスの世界の事情の詳細の事もと、思い遣って、こころも千々に逡巡致した訳で御座いました。
 
               ・
― 追記 ―
今朝(3月22日)のラジオ体操に、
ちょうど、久しぶりにカラスが来ました!
近くで、はっきり見えました。ハシホソちゃんです。
顔だちもかわいいのですね。
すぐに飛んだので、個体識別の人相的な顔形までは良く見えませんでしたが…。 いつものウチのカラスかどうか? は、明日にでもまた判りましょうか?
何か都合で、遠足などに行っていたのでしょうか?
何はともあれ、安心いたしました。
鳥インフルエンザの事も、気になりますしね。
 
「訳文中毒」のヤクチュウさんは、すでに、Chinaに魂を売り渡してしまっているので、
筋だけ追って、おかしな、貶めの文章に綴ってしまうのですね。
直訳した段階で、もう、China精神に染められちゃうから、
こわいです。
鳥インフルエンザもこわいですし、「直訳偽書の秀真伝(しゅううしんでん)」かぶれの、「訳文中毒」のヤクチュウさん達の、すでに、Chinaに魂を売り渡してしまって自分で解からないのも怖い事で御座います
現代における、二大の恐怖の事で御座います。
せっかく見つかった、我が国の独自のヲシテ文字を、
読みたいとも思わない、そのような人達、何十年経っても… 、
で、百年河清を待つより、千年以上はかーるく必要なようです。
対応は、くわばらくわばら、だけが唯一の取捨選択技で御座います。
未だに、「アヤ」の言葉を、
「綾」に訳すべきか? 「文」に訳すべきか?
「絢」なのか? こんなことを迷っているそうで御座います。
そもそもの、直訳の翻訳行為の意味が解かってないのですね。Chinaに尊(そん)じ奉りたい、だけなる行為であることが、解からないので御座います。この結果、我が国の尊厳を棄損して貶しめして、何とも思わない。この、貶めに至る成り行きが解からない。なぜならば、「アヤ」の言葉は、我が国独自の漢字以前の時代の高度な概念なのです。ですのにね。 どうして? 宝物の価値が見えないの?
その大切なものを。
そう言えば、わたくしの兄も、隣に住んでいるのですが、
置き場が無くて、わたくしの骨董品も置かせてもらっていましたら、
このあいだ、使ってくれていたのです。花を活けて。
珍しく!!
で、喜んで声を掛けたのですが、
それが、まったくチンプンカンプンなので御座いまして、
実に、往生いたしました事を思い出しました。
10万円はともにはなりませんでしょうが、
最低でも数万円はしようと、良い花器の骨董品、ですが、まったく訳が解からないので困っちゃいました次第で御座いましたです。
それも、ママ、です。「アメのママ」なので御座います。
また、そういう事は、ままあることで御座います。勉強で御座います。
でも、
わが国の愛国心の事からしましたら、骨董品は置いときましても、
ひとこと、言わざるを得ないのが、わたくしの心情で御座います。
ヲシテ時代の高貴の事、
それを、
もっと、時代の降った外国語の低俗な概念に直訳したら、それは、売り渡しなのですよね。魂の。尊厳の。
 
              ・          ・
 
先程、(3月22日、夕方、5時過ぎ)
女房が言うには、
塀の柵に止まって、こちらを覗っていたと言います。
帰郷の挨拶かも?
おそらく、いつものハシホソカラス、だろうか? と。
ガーガーとも、高い樹の上で鳴いていました。
何かの所用で遠出だったのかも?
明日の朝は、カラス用のご飯を多めにやります。
ウクイスもよく鳴いておりますが、ご飯がお好みか?
良く解かりかねています。
メジロと、ヒヨトリは常連で、イカルも、たまに良く来て食べていますが、
ウクイスは、ご飯など食べてるのか? 
まだまだ、わたくしは、勉強不足の事多い事で御座います。
アマテルカミも、やはり、
トリの事を、お気になさっておられていた事が、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の文章のあちこち節々に見えてくるので御座います。
それで、共時的な感覚を得たいと、その思いなので御座います。そこから、何か、ハッとした真実が開けて来そうな、です。わが国の文化・文明は、もっと奥深いものであったろうと、肉感的に感じるのですよね。直観ですか。もっと、深く大きなものが有る! です。 其処をずっと追い求めてきて居る訳で御座います。で、やはり裏切られた事のない、40年来以上の真実です。
今日も考えて来ていたのですが、もっと深く深遠な哲学・思想の存在の事実に、向き合って、またまた、愕然としたのが、真実で御座います。
何時に成ったら、クニトコタチさまのその叡智に、及び就けるのか?
最低でも、あと、200年と、
また、今日にも見込んだ訳で御座います。
どうあっても、其処のレベルに行き至る事。
わたくしの望みでもあり、
また、課せられた、とも皆様におっしゃって頂けましたら幸いで御座います。
クニトコタチさまのご叡智のすごさを、また、実感しましての事が、
今日の事の、ご報告で御座いました。詳細は、これからまとめてまいります。
 
季節の事の解説を書いていて、また発見しました。
Kisetunokoto


 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年3月18日 (土)

京都の、陶器展、新匠工芸会のこと。トリの花器の事。

いつもの事で、女房の窯出しホカホカの出展です。
Tori1
この窯は、トリの花器が面白かったです。
尻尾が見えると、ふくよかになる。
と、女房が言うので撮り直しです。
Tori2
伊藤若冲的な雰囲気もあります。
そう言いいましたら、「日経新聞」の、
「私の履歴書」で、
ジョー・プライスさんの話が、毎日楽しみです。
若冲の絵に、涙を流して感動! で。
そう言う人を得たいです。わたくしも。
それは、プライスさんには、皆さん協力します事は理解できます。
ならでは、だと思います。
なお、
ヲシテの書とセットしたら、楽しいと。そういうことで。
Tori3
京都の府立文化芸術会館にて、
新匠工芸会の春季展です。
Sinnsyoukougeikai1
 
Sinnsyoukougeikai2
まだ、今晩になっても、
この下の花器も出そうかどうか?
と、女房は悩んでいました。
トリだけの方が良いかどうか? と。
その気持ちは、良く解かります。
なお、
女房は、旧姓の森家のことから、
「森みの里(もり みのり)」の名前でずっとやってきております。
Kaki
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年3月13日 (月)

「かぐや姫」と「竹とりの翁」のセッティングの事。

もう、早咲きのサクラも美しいです。
Mamioka2
昨日は、馬見丘陵公園で、ちょっと早いサクラでした。
カワツサクラ(河津さくら)だそうです。わたくしの大好きなサクラ!
Mamioka1
早咲きのカワツサクラの苗木が、数年したら、見事になることでしょう!
馬見(うまみ・まみ)古墳群の南端の巣山古墳です。ピクニックの最適地です。
昨日も、たくさんのお子さん連れで賑わっていました。
こういう風の、古墳の活かし方は、とってもベターだと思います。
ここで、ピクニックを楽しんで、お子さん達が、大きくなるのを、楽しみに思います。本当の意味の、我が国の歴史に向き合いますから。
 
すぐ隣りに、竹取公園が有ります。
Taketorikouen1
「竹取の翁物語り」にちなんでいます。
すごく長い、滑り台が美しいです。逆方向にエンジンをふかしたら、
お月様まで行けそうです。
滑り始めの洒落た舘の滑り台です。
Taketorikouen2
              ・
 
昨日はキサラキのモチにて、
良い雰囲気でした。
とは言いましても、
Kokuten0

本当に、太陽黒点がゼロ、なのです。
近隣諸国のゴチャゴチャの事などよりも、こちら、お日様の事の方が一大事です。
 
Kokuten1
Kokuten2

Kokuten1

つまり、わが地球に降り注ぐエネルギーが、減って来ることと同意義なのです。
だんだん寒くなる。 という事です。
太陽と、月とは、また、関連性がありますものね。
「かぐや姫」の事にも、何か通じるのかも知れません。
あれこれと、今年の、雪の多さの事も、思っちゃいます。
来年からも、どうなのか? と。

さて、お月様の事も気になります。
わが「クニタマ(地球)」に最も影響の強いのが、
何と言っても、「ヒ(太陽)」と、「ツキ(月)」であることは言うまでもないです。
少し、「かぐや姫」の事を調べてみましょう。

「竹とりの翁物語」は、
流布本として、『群書類従』所収の版が一般的です。
『群書類従』の正編の、17輯にあります。
初め3ページだけ、UPします。
Taketori1
Taketori2
Taketori3

大きな図書館に、『群書類従』は備えられてあります。
おついでの際に、ぜひ、ご覧下さい。また、お気に召されたら、ぜひ、お買い求めください。やっぱり手元に置いておくと、 違い、が出て来ます。とは、申しましても、あれもこれもでは、大変になっちゃいますので、ご自身の揺るがせない目的をちゃんと見定めて斟酌なさって下さいませ。
 
さて、
この「竹とりの翁物語」は、
何時の時代に書かれたのか?
それは、『群書解題』を見ると、大体良く解かります。
Taketorikaidai1
Taketorikaidai2

 
さて、
『万葉集』16巻に、先行する話が有るそうです。
見てみましょう。澤瀉(おもだか)久孝先生の、『万葉集注釈』を掲げます。
16巻の16ページのうしろの2行目からです。

Taketorimanyou1
Taketorimanyou2
Taketorimanyou3
Taketorimanyou4
ほら、ここで、「神仙思想」が出て来ます。
まだまだ続きますが、ここまでUPします。
8世紀の初め頃が、大問題の時代です。China思想の汚染の本格化時期です。
ここの「神仙思想」の除染が、我が国風の再構築に、
どうしても必要なのが、お解り頂けてますでしょうか?
これが、本当の「国学」樹立へのミチです。
念のため、
『万葉集』の原文を見ておきましょう。漢字ばっかりです!
この事実を、目を見開いて実感・確認して貰いたいのです。
実に、亡国のさまではなかろうか!
ヲシテ文献を知るわたくしには、そう切実たる思いが、込み上げてまいります。
 
Taketoriman0_2
 
Taketorimanyoumoto2_2
 
Taketorimanyoumoto2
 
ここでは、「かぐや姫」の名称は出て来ませんですね。
つまり、
「竹とり翁」と、「かぐや姫」のセッテングは、
この時代の頃、『万葉集』16巻の3791番の長歌が書かれた後のこと頃。
と見ると、物語の成立の文脈が辿れます。
さて、
「かぐや姫」の命名のベースになった人物が、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」にあります。
見てみましょう。『定本ホツマツタヱ』(池田満、展望社)引用です。
Ho3532
 
さて、
「カクヤヒメ」さんでした。『ホツマ ツタヱ』には清音で「カクヤヒメ」さんの表記でした。悲劇のお姉さまの後を追って、入内なさったのです。
ちなみに、「カクヤヒメ」のお姉さまの「ツツキカハイのツキヒメ」さまは、
「ヤマトヒメ」さまのご生母に当たられます。
これ程の重要人物を、『古事記』『日本書紀』は、またしても翻訳削除にしてしまっているのですからあきれ果てます。
今現在に行われている「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」などの歴史捏造の事々と軌を一にしているのは、歴史は繰り返すという事でしょう。
古くに遡って、歴史捏造を正す必要があると思うのは、わたくしだけでしょうか?
 
何はともあれ、
わが国は、すごい、歴史も十重に重なる
長いすごいものです。
これ程すごいのに、貶めDisったりする、
あやしげな人達がうごめいているので、
御用心下さいます様にお願い申し上げます。
さて、どうして?
これ程酷い歴史捏造をしたのかは?
ポワロに訊くまでもなく、最大の受益者が、企んだと見るべきでしょう。
さて、『古事記』の当該個所には、
誰が見てもおかしな系譜がだらだらと羅列してあります。
これが、『古事記』の本質なのです!
本居宣長は騙せても、
わたくしは騙されません。
なぜならば、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
『古事記』『日本書紀』の原書が有るからです。

Komotumi
まだまだ、ダラダラは続きます。『定本ホツマツタヱ』(池田満、展望社)をご覧願います。
本来は、コモツミさまは皇統に繋がる由緒正しき血筋のお方です。
Komotumi_2
それが、どうしたことか? 「讃岐」の文飾がくっ付いてきています。
ちょうど、『万葉集』16巻の記された頃は、8世紀の初めの頃です。
それは、『古事記』の編集された頃と重なります。
さて、「竹取公園」のすぐ近くの隣には、
あろうことか!! 讃岐神社がご鎮座して有りました。
Sanukijinnjya
「あ!!」と、気が付く人には、気が付く事で御座いましょう。
一体幾らの、賄賂を太安万侶は貰ったのであろうか?
立派な墓碑に、贅沢したのは、それらの費えから回されたのであろうか?
わたくしは、フッと思いました。 
でも、  

これって、
売国の代償としたら、
幾ら何でも、バカみたい。
と、思った訳で御座いました。
 
死して、幾万の財宝を積み上げても、
やっぱりむなしいと、
思ってしまいますです。
どう活かすか?  ですものね。
本来は。

どうしても、
その、
捉われ過ぎた子孫・係累の人たちは、かーるく、1000年間は、
あやしまれて、見られて、ですね。 です。
当然のことだと思います。当たり前です。
如何に? 活きるべきか? ですね。
と、わたくしは思います。
それが、また、二束三文でクニを売ってたら?
本当にバカみたいだと、わたくしは思います。


 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年3月 5日 (日)

古墳時代の始まりと、弥生時代中期の事。売国の目的の人との区別を付けよう。追記:直訳はどうして「売国」か? 『よみがえる日本語』に感動の、御人の出現の事。

古墳時代の始まりは、

箸墓古墳のときから、というのが、

おおよそ一般的です。

この時代は、西暦のAD250年あたりか?

と言う判定も一般的です。

それ以前は弥生時代だと言うわけですね。

 

さて、

箸墓は、ヲシテ文献に「ハシツカ」として記録されています。

Hasituka

そして、完成時期も、アススで表記されています。

Hotumajiten1

『ホツマツタヱ』34アヤ14ページに、

アスス630年の事で、作り始めて、年余が掛かったとしても、

そのあたりの紀年であることが判断できます。

 

さて、

この間、見て来ましたのが、唐古・鍵遺跡の「たかとの」の土器の刻印でした。

Takatono

          <田原本町の所蔵>         

弥生時代の中期なので、この土器片は。

そうすると、古墳時代の初めのからは、大体のところ300年を遡るので、

BCの50年ぐらいに成ろうかと思われます。

弥生時代は600年ぐらいあったとの説に基づいてです。この説には、まだまだ異論が続出なので、はっきりとは致しかねますが。大体のラインを見てまいりましょう。

さて、アスス・コヨミの出番です。

古墳時代の始まりのアスス630年から、300年を遡ると、

アスス330年になります。

年表を繰ってみましょう。

Hotumajiten2

6代目のタリヒコクニ(孝安天皇)さまの時代に相当しているのが解かります。

大きな、ケヤキの柱が出土していました。

そういった、出土物を参考に再現された「たかとの」です。

Keyakihasira

Takatono2

この時代は、勿論のこと「漢字国字化時代以前」です。

ですから、China風の呼び名は、出来るだけ除去してゆくべきですね。

これからの課題です。

モモの実も、弥生中期から、沢山出土していました。

Momo

ちょっと前までは、

植物学者が、モモは大陸渡来だと、威張って唱えていたのは、

何だったのでしょうか?

誤りが発見されたら、いさぎよく、改めるのが、

美しいです。

ヲシテ時代の「カミ」の概念に、全部を全部「神」のゴッド風の当て付け誤訳をして、

はばからない、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の、

間違いに気が付いたら、

えへっと、嗤って頭を掻いて悔い改めてこそ、マトモです。

だって、我が国の祖国の事に付いて、真面目に考えているなら、です。

売国の目的なら、それは、確信犯でしょうね。

いまだに、「鳥居秀真伝本」や「鏑秀真伝本」のガチガチの「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」を使って、威張って唱えているものもいると聞き及んだので、

ビックリした次第で御座いました。もっと酷いのが、「白ウサギ」「ミミズク(ふくろう)」なーんて、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」に一項も出て無いモノを論じて言うの類いもあります。

みなさまご注意のほどを! 

           ・           ・

直訳がどうして? 「売国」になるのか? もう少し説明を加えます。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見により、

わが国は、漢字以前に遡って大文明国だったことが判明しました。

ここの理解を進めるのは、精神的な独立戦争の風合いが有ります。

なぜならば、大陸渡来の漢字文化に蹂躙されて千数百年もの、

帰化人のお得意の歴史捏造によって、

しいたげられた歴史を振り払う必要が、有るからです。

考古学の発掘によって、漢字以前の時代の我が国のすごさが段々と解かって来ましたね。

真実がようやくに、発掘によって明らかになってきたのです。

次には、文献考古学によって、精神的な裏付けをバック・ボーンに据え行く仕事です。

これが、「精神的な独立戦争」として私が表現しています。

                 ・

インチキの「慰安婦像」が増殖して100体も超えるようだと言います。

盗んだ仏像も返さなくて、当たり前だと言い張るし。

ひどいものです。

「南京大虐殺」で40万人も! だと、嘘に輪を掛けるような人もいます。

通州事件を知らないのか! と、詰問しますね、わたくしは。

そんな事をほっとくのは、もう、許し得ませんね。

すでに、紫式部も警鐘を鳴らしていたのだと、

わたくしは考えています。

『源氏物語』の巻初の「桐壷」で、

「高麗人(こまうど)のまゐれるがなかに、かしこき相人(さうにん)ありけるを聞召して、宮のうちに召さむことは宇多の御門の御誡めあれば、いみじう忍びて、この御子を鴻臚舘につかはしたり。」

の、

そもそもの話の乱れの発端は、

渡来人に、

騙されたことに事を生じたのだと。

彼らは、お為ごかしにだまくらかしてくるのです。

紫式部は、傑出したお方なのでしょうね。

二重国籍問題に、ふたをしたままな議員もいるほどの現代もあります。

近々にはこんなものもあります。

                 ・

そのスタンスに立ちまして考えて貰いたいと思います。

単に、漢字直訳に「桃」とか「天照大神」とかやって、

ゴチャゴチャ訳やってると、

「桃」は大陸渡来だからと、植物学者はちょっと前まで大威張りで講釈垂れていたのです。

植物図鑑を見てみて下さい。ひどいものです。まだまだ、その残滓は流通もしています。

それらの説をそのまま受け入れてしまうわけです。

実際は、わが国から大陸にお土産物として下賜したモノなのでした。

「天照大神」の直訳だと、『古事記』の「何でも神様」思想に蹂躙されたままで、

受け入れてしまったことになります。

本当は、偉大なる指導者で大哲学者であられた「アマテルカミ」なのです。

漢字に絡め取られた我が国の光輝を取り戻す、「精神的な独立運動」はどこに行ってしまったのですか?

つまり、

漢字渡来以前は、すごい我が国だった!

の、主張が肝心なのです。表現の間違いで、江戸時代頃に出来た「偽書」だ、に、

貶めているのが「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」ですね。

この違いの事、ご理解願えましたでしょうか?

 

人格攻撃は良くないです。でも、

素朴な祖国への敬慕の情愛から、

間違ったことを、解かったら、認めて直してもらいたいと願っている訳で御座います。

 

敗戦後以来の70年ほどの誤謬の雪辱もそうですが、

その根幹にある、千数百年間の誤謬を晴らせるのです!

ワクワクしませんか?

根幹から直さないと、何時も付け刃では、この先、

ダメなんですよ。 

 

                ・

うちの茅屋によく来るカラスは、

礼儀に篤いです。

先程も、塀の手すりにとまって「ガーガー」と、

大声でお礼を言っていました。

というのも、回転すしのご飯を持って帰って、

毎朝やって、大切にかわいがっているのが、

解かるんですかね。

「からすたも 」の言葉を思い出します。

Karasu_2

同時に、もっと細かくくだいて撒いておいたご飯には、

雀が毎朝お待ちかねでして、

欣喜雀躍のススメの飛ぶさまも実際に見れて、

私たち夫婦も喜んでおります所です。

            ・

   -3月9日追記-

漢字以前の時代に、

わが国はすごかったのだ!

『よみがえる日本語』Ⅰ及びⅡで、

縄文時代からの我が国語の新解明も進んでいます。

この事実に感動して下さいます、

レベルの高いお方も出て来て下さいました。

そういえば、

今朝は、メジロも、イカルも庭に来ております。

Mumehitoe

Tori

           <女房のトリの力作です。土の成形完了です。

             さて? 焼き上がりは?>

Mume


歴史面の事もそうですし、国語面のことも、

まだまだ大きなテーマが残っております。

「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」のレベルから、

早くご卒業をお願い致します。

直訳レベルでは、我が国の国語の立て直しの仕事に、

まだ、理解の序の口にも来れないからです。

そして、抵抗勢力の「偽書だ」「偽書だ」の合唱会に、

力を貸すばかりです。これが、「売国」だと言わざるを得ない次第のひとつです。

そのうちに解かる時期が来たら、解かるのでしょう。



 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 
 
 
 
 

 
 
 
 

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