2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

おすすめ

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2016年11月27日 - 2016年12月3日 | トップページ | 2016年12月18日 - 2016年12月24日 »

2016年12月14日 (水)

京都のヲシテ講習会が、12月17日です。

http://woshite.wixsite.com/kousyuukai/services
Tatutayama
                  <竜田山から竜田川を見ます。
                   まさに「水くくる(潜る)とも」です>

深い我が国の哲学を、「縄文哲学」とわたくしは呼んでいます。
このレベルに入り込んで説明していますと、
感動して下さいますお方が出て来て下さいます。

― 引用 ―

クニトコタチさまは大哲学者にして

現象宇宙の成り立ち・作用を

五態×10相の48文字で表現し

ヲシテ文字に込められたのですね。。。

 

我が国の文明の創始・礎に

これほどの高度な叡智と体系が仕組まれていたとは。

驚き感動です。

Momiti1
                 <竜田山のモミヂの敷き詰め>
そうなのですね。

直訳では、全然ダメなのですね。
Sikisann
             <竜田山から、信貴山を見ます。
              シギは東の方なのに、
              西の入り口がなぜ信貴山なのか?
              不思議な所です>
近頃、
奈良にちょくちょく出かけては、探訪して思いを巡らせております。
いろいろ発見も多い事で御座います。
写真をいくつかご覧いただきましょう。
Hutonisama
              <7代フトニのキミ(孝霊天皇)のご陵です>
Kataokamuro
           <フトニのキミのご陵から、カタオカムロを眺めます。
            カタオカムロは、タギシミミのお墓が有ると、
            考えられます>

片岡神社について調べてみます。明治の初期に、
神社調べがおこなわれています。
『古事記』的感覚で進められた調査でした。それで、観点がズレを生じていたのでした。
Kataokajinnjya1
 
Kataokajinnjya2
 
Kataokajinnjya3
 
Kataokajinnjya4
神社には、歴史の重層関係が、幾重にも、此処でも見れます。
 

さて、奈良盆地の中央部から少し南へ行きます。
曽我川がキーポイントになります。
西を望みますと、二上山です。
Hutakamiyama
            <フタカミヤマと言うべきですね。
              漢字以前の時代はそうです>
東南に向かいますと、畝傍山です。
畝傍山の南側がカシハラです。
ヒトノヨの初代のカンヤマトイハワレヒコ(神武天皇)の
「カシハラ ヨシ」(ホ29-63(7768))と、おっしゃいました所です。
Unebi
              <少し暗くなってきましたが、
                カモの泳ぐのが見えましょうか?>
Sogatuhiko
              <蘇我都比古神社です>
Kanahasimiya
             <27代の安閑天皇さんの御宮(首都)の跡地です。
              26代の継体天皇さんの後を受けられて、
              ナラの盆地の中央部におミヤをお構えになられました>
 
Biwa
            <今年は、ビワの花が立派です>
                              ・
 
世代交代の事、パラダイムシフトの事。
Sedaikoutai

http://www.wound-treatment.jp/new.htm#1216-5


誰が見ても解かり易い、医療技術の進展の分野でも、
そのような事であるとの事です。

増して、歴史認識の事項は、もっと、複雑にして難解です。

歴史認識の事は、
漢字文献から、ヲシテ文献への、パラダイムシフトは、
まさに大きな変革です。
世代交代を前提に進めてゆかざるを得ない事項だと思います。




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

« 2016年11月27日 - 2016年12月3日 | トップページ | 2016年12月18日 - 2016年12月24日 »