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2016年11月 4日 (金)

「広めるためには、記紀を批判するような事はせずに」は、これが、「ねずみ男」の実体です! 後日談、すべてご承知の事につきまして。 再後日談:やっと「定本」の大切さにご理解頂けました。

それは、「広めるためには、記紀を批判するような事はせずに」
云々と、言い訳めいての電話でした。
この言葉にだけは、聞き捨てならじとなります。
「私憤」ではありません。「公憤」です。
愛国心からの、問題提起です。
Yuuhi
それはそうです、記紀の原書の発見と、
研究成果から、膨大な我が国の文化・文明の発掘がおこなわれたのです!
 
記紀、つまり『古事記』『日本書紀』には、
カミヨ(神代)では8割もの削除が行われ、
また、漢字文翻訳に誤訳があまりにも多いのです。
だから、『古事記』『日本書紀』を正してゆかざるを得ないのです。
この原因が、我が国の光輝が貶められてしまっていた、
その原因が、やっと、はっきりとわかったので御座います。
これで、
本当のわが国の「国学」つまり、
「ヲシテ国学」になりますです。
この必要性が発見されました。
だから、
シュリーマン以上の功績です!
 
シュリーマン以上の功績だと言えるのは、
「記紀の原書が『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」である」からです!
シュリーマンは、『ホメロスの叙事詩』と考古学的発掘のイコールを証明したのです!
根拠と、発見・証明です。
シュリーマンは文献と考古学的発見です。
ヲシテ文献の場合は、
文献学的証明として、
「記紀の原書が『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」である」。
です。
さらには、国語のヲシテからの解明も出来て来ています。
もちろん、地誌類との照合関係にも類証を得ております。
 
 
          ・
どうしても譲れない矜持は、
「記紀の原書が『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」である」
と言う事実です。
これを、捨て去ってしまってどうするのですか!!
 
わが国は、縄文時代から一流国だったと、
やっと判明したのに、
真実を曲げて、
「二流国でござーい」とやってどうしますか!
だから「ねずみ男」なのです。
 
 
これ程大切な、わが国の宝物、
またさらには、グローバルにもとても大切な宝物です。
そのような大切なものを、
「直訳偽書の秀真伝(しゅううしんでん)」は、
偽書です! と言う、誤解を生み出します。
「広めるためには、記紀を批判するような事はせずに」は、
わが国の本当の宝物を貶めている行為そのものなのですよ!
直訳レベルの入門書を見て、
「へー」と思ってるお方様、
            ・
初心のお人のこと、と、
だと、考慮して、
わたくしなら、
ちょっと怒って、猛省を求めるだけですが、
若かりしときの、強烈な松本善之助先生でしたら、
おそらく、もっと強烈だったでしょう。 
 
松本善之助先生もおっしゃっておられました。
「私憤に非ず、公憤からのなせるわざだ」と。
そうなのです。
これは、私憤では御座いませんでして、
わが国の尊厳を貶める行為に対しての、
愛国心からの公憤からの事で御座います。
 
物事は、善悪の成り行きは、
たとえていうならば、
あざなえる縄(なわ)の様なものですから、
理想が有ってそう運ぼうとしても、
上手く運べない場合がございます。
それを諸所修正しながら、
世を運営してゆくのが現実です。
その歴史の事を、理想を度外視して、
無視して、
良くない出来事だけピックアップし羅列したら、
どんなひどい事になるか?
それが、「直訳偽書の秀真伝」です。
              ・
 
傍(はた)で見ていた女房が、
地団駄踏んいて、
それで血圧が上がっておかしくなる人が多いのだ。
と言っていました。
わたくしの場合は、そもそも血圧が低いので、
まだまだ手足・足先も冷えている状態です。
30%ほどの血圧上昇です。
まだ70%の余裕が御座いますので、ご安心くださいませ。
 
 
 
ー追記  H28,11,6ー
 
御釈迦様の掌の上で… 。
と、
四国の合田さんは、先刻ご承知の事で、
慰めて下さいました。
それも、わたくしと女房の会話も、
実況中継しているような再現でして、
御釈迦様の掌の上で… と、
さすが「おシツさま」!
シツヒコさんはタチカラヲの実名(イミナ)ですが、
「おシツさま」はミタマを受けていらっしゃるのでは?
女房が言うのには、
わたくしの表情まで読み取っているようだと。
地団駄踏んでいるのを、
見られていたんでしょうね。遠く、四国から… ?
「おシツさま」には、脱帽で御座います。
 
 
                ・
― 再、追記  H28,11,14 ―
 
何はともあれ、わたくしの、本当の思い、真意をくみ取って戴けますお方様も、
また、おひとり、
い出て下さいましたようで御座います。
 
 この、
現代にも、
「国士」的な、
そのような、すべてを投げ打って、
国事に取り組む、  なんて、
本当に、誰も信じてくれない事で御座いました。
でも、
世の中捨てたものじゃ御座いませんでした。 
 
そのうちに、松本不二子さんは、
本当に理解していただきました偉人です。
今日も、
お野菜などを、お送りいたしました。
ご自分で、お料理なさるのがどうにも億劫なようで、
それで心配しています。
せめて、お野菜など、お送りすれば、
少しでも健康にと!
それで、定期的のお野菜など発送をしています。
そのような事で御座います。

何事も、何ごとも、本当にむつかしく、
すんなりゆくことは、まったくの事に稀有で御座います。

先日来の、
「広めるためには、『古事記』『日本書紀』の批判など、
引っ込めておいて…」
なーんて、
そのような、偽書たらんと貶めにやり落として甘んじて悔いなしと、
そのような、
「ねずみ男」の惑わしにたぶらかされつつの、
お人も、
一喝のせいか?
ちょっと真面目に考える風になってきて下さいました、ようで御座います。
 
わたくしは、
真摯に取り組んできております。
つまり、
アマテルカミも、
さらには、初代のクニトコタチさまも、
本当に敬愛敬慕をしておりますので、
その、我が国の根幹に、ちょっとでも、
あやしい貶めを為されそうな気配を感じますと、
どうしても、ビビッと、強烈な背筋に走る愛国心が身体のそこここにバリヤを張り巡らしてしまいます。

 
そのあたりの事情が、むつかしいですが、
お解りくださいますれば、
同志の思いになる訳で御座います。
どうせ、あと、人生、百年生きれるのかどうか? やはり、何をどう残すのか? もありますし、 あと、残りの時間について、どのように、うるわしく、この世に残せるか?  の事で御座いましょうか? 
 
わたくしは、ヲシテ文献で、記紀の原書ですから本物です。
かなり良い学びをさせて戴きました。
まだまだでは御座いますが、
少しは、
この、40年余に、頭を打ちつつ学ばせてもらいました果実を、
後の世に伝えたいと願っています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年11月 3日 (木)

「カミ」うたす。(「カミ(アメミヲヤや、ご先祖様)」は、懲罰はしない)

「お天道様(おてんとさま)が、見て御座る」

とは、江戸時代ころによく言われた話でした。

ヲシテ時代中期には、

別の言い方が言われておりました。

「「カミ」うたす」です。(カミ、討たず)

つまりアメミヲヤや、ご先祖様は懲罰を加えることはしない。

です。

Kamiutasu

自分で蒔いた種は、自分で刈り取るわけで、
長夢に冷汗びっしょりのうなされに苦しむのだという事です。

ハッピィを他人に及ぼせば、幸せになります。
不幸を他人に及ぼせば、また、身に帰って来ます。
ただ、それだけの事で、単純明快です。
江戸時代頃の、
「お天道様(おてんとさま)が、見て御座る」
と、江戸時代ころによく言われた話より、
ヲシテ時代中期の「「カミ」うたす」の方が、
わたくしは、原理的に勝っていると思えてなりません。
つまりアメミヲヤや、ご先祖様は懲罰を加えることはしない。でした。 
 『ホツマツタヱ』17アヤにも典拠があります。
なぜならば、
「まもらぬはなし」
なのですから。

Mamoranuhanasi_2
 
「カミ」とは、
つまり、アメミヲヤや、ご先祖様のことですが、
分霊であるので、常に守りの内にあるわけです。
懲罰を加えることはしないのは、このためです。
平成24年(2012)に新発見の『ミカサフミ ワカウタのアヤ』にも、
典拠が有りました。
 
Mamoranuhanaki
 
ヲシテ時代中期とは、
アマテルカミのご存世の頃の時代です。
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年10月30日 (日)

小柴昌俊先生の事。ビックリの事で御座いました。

昨日、京都の鶴山町の法泉院さんのすばらしい新しい会場で、

声の響きも良くって、
みなさま、ご満足のご様子で御座いました。
Kihunekiku
Photo_2
 
本当に、良い成り行きで御座います。
有り難うございます。

        ・
拙宅に戻りますと、 
そうしましたら、。
小柴昌俊先生のご著書が着いておりました。
Photo

ちょっと、1ページ、2ページをめくりますと、
ゴンと、
胸に来ましたです。すごいお人だと思います。
なんでも、
ちょっと見ににも、片鱗は察知されるのが本当の真実なので御座いましょうか?
小柴昌俊先生の事、
ブルーバックスの講談社の版です。
縁は異なこと、本当に、はじめて、小柴昌俊先生のお気持ちに接することが出来ました。

と、
それは、
現代物理学の最先端につきまして、
この近日に、
まだまだ、
わたくしは、良く解からなくって困っていました。
あれこれと、あれこれと、
見て来ていましたが、
実際の地道な思いのドキュメントが、
小柴先生のこのご著書に、縦横に溢れていました。
やっと、本筋の流れが見えてきた思いがしました。
これでなくっちゃ、いけませんですね。

そういう思いまして、
いささか
ビックリしました次第で御座います。
表面に、キレイキレイの取り繕い的な潤色がなされれば、
一見見た目には、とても綺麗になります。
でも、
その、お化粧の厚さに比例して、
物事の本質が見えにくくなるような事かと… 。
小柴昌俊先生のご著書は、貴いです、胸に響いてきます。
真実は、此処に有りだと、
そう感じました次第で御座いました。
小柴先生のお偉いところは、何でも他人に聞く心構えだと思いました。
要は、出直しに、いつも心掛けておられておられたのが、
尊敬できます。
だれでも、思い間違いはあるものです。
気が付いたときに、それを、出直せるかどうか? だと思います。
 
                ・
わたくしの就いたお茶のお師匠様が、表具師をなさっておられました。
その、お師匠様の若かりし際の修業時代に、
何かお稽古事をするようにと、
表具師の先生から指導をされて、
それで、お茶をなさるようになったわけだったそうでした。
明治生まれのお茶の先生でしたから、
昭和の初期の頃の話です。
それは、厳しいお茶の先生に習われたそうでございました。
夏の暑いさなかには、
灰の番茶干しがあります。
きびしいお師匠様で、
本当に大変だったと、お話だけ、お伺いしました。
わたくしは、略略手前だけでして… 。
お稽古事には、
大切な心構えを養成してくれる、
キモが有るという事で御座いましょうか?


 
 

 


 


 
 
 
 
 

 
 

 

 
 

 

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