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2016年8月 4日 (木)

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、位置関係と「ねずみ男(女性の場合も多いです)」対策に付きまして。「国学」の今・現在に新たに生まれ行く場所の事につきまして。  近影あり。

松本善之助先生は、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」が、
『古事記』『日本書紀』の、
つまり記紀の原書だと、発見されました。
そのことから、毎日新聞社版の、
『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』(松本善之助、毎日新聞社)
の、正編・続編として、出版されました。
発見の経緯も、ゾクゾクものです。
この、 9月の半ばぐらいには、展望社から再出版をします予定です。
現代発見の、50年目の記念出版です。
よろしくお願い申し上げます。
アマゾンの古書頒価で、正編が5000円にもなっています。
それよりは、廉価の設定にしたいと願っています。
価格も大切ですが、時の時代の流れも、複雑で御座います。
現代の奇跡の、大きなひとつです。
ところが、
「ねずみ男」が群がっちゃいましたのです。
むつかしいもので御座いますですね。
Kinoko
こんな、あれこれ奇跡の発見の成り行きを、ご承知して頂きますのも、
それは、
価値が有るようにも思えてまいりました次第で御座います。
 
            ・
 
さらには、
解明の事も、圧巻です。
松本善之助先生には、
「ヰ・クラ、ム・ワタ」の、ヲシテ時代中期の語彙を、
「五臓六腑」に当ててはおかしい、ダメだ!
と、
『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』(松本善之助、毎日新聞社)、
の中でちゃんと、すでに、述べておいでになります。
松本善之助先生は、お偉いです。ちゃんとなさっておいででありました。
きちっと、意識なさっておられます。
これが、お偉い事の、尊敬に値します事です。
それが、
あとに、コピペ的な、
直訳の人達は、赤面も無く「ヰ・クラ、ム・ワタ」を「五臓六腑」にコピペ直訳で恥をも感じ無しの、テイタラクのありさまでした。
これは、ひどいです!!!
赤面の、臆面も、それなくとは。ヲシテ文献には、こうあります。
Hati
かなしいかな、のありさまの事で御座います。
かなしいかなしい、の強烈さを思います。
 売国している事実も、その人たちには不認識なのでしょうね。おそらくは。
こんな、小学生にも解かるべき理屈も、
わからないのは?  どうして?
それは、悲しさの最たることで御座いますですね
わたくしの目には、「売国奴」の直訳に写ってしまうのが「五臓六腑」直訳です。
くわしくは、『ホツマ辞典』をご覧願います。
 
 
 -追記 H28,8,8-
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、
『古事記』『日本書紀』の原書ですから、
マトモに研究と・解明を進めてゆけば、
本居宣長を超える仕事になるのは、
自明の理です。
ですが、先ほどにも、
「本場の、松阪の本居宣長のどうのこうの…」
と、言われて、いささか落胆しました。
全然の事に、わたくしの立ち位置が解かってももらえて無い、
そのようなお方も、多い事で御座います
何が上手くゆかないのかは、
偽書に見られてしまっていては、
いつまでたっても、「変人」扱いのままです。
そこを、きちっと、本来の姿に戻すには、
直訳のコピペの当て付けを、綺麗に拭い去ってゆく事が必要です。
せっかくに、哲学としての「ヰ・クラ、ム・ワタ」の概念の、
ヲシテ時代での深い意味合いが発見されたのに、
「五臓六腑」に貶め当て付けしたらダメでしょう。
これを拭い去ることが肝要です。
 
そうして、
マトモな路線に戻り得たならば、
ですね、
『古事記』『日本書紀』の原書の現代発見と現代研究から、
「ヲシテ国学」として、本当の国学の再構築を進めているのですから、
こちらが、これから未来に向けての本場になります。
本場とは何か?
それは、
「国学」の起きるその原位置のことです。
いま、残暑の最中で、
水浴びしたりしながら、作業を進めています。
地道な作業です。
これも、先の将来に、展開できるかも知れないと、
その基本の研究作業です。
研究とは、本当のところ、地道なもので御座います。

では、考えましたら、
「国学」の新たに生まれ行くところとは、
一体どこであったのでしょうか?
それは、  
あるいは、松本善之助先生の旧宅とか、
言うのもはばかりますが、寓居もそうでしょうし、
お住まいであったり、四国の合田さんのお宅も、
そういう事になってゆくはずでありましょうか?
もっと、この他にも、多くの旧跡が、後の世には、
数えられてゆく事でありましょうね。
そういう、後の世にも数えられるには、
「ヲシテ国学」に、どれほど貢献したか?
に、
未来の、見識あるお方の、選別眼が、
其処に注がれますですね。
松本善之助先生は、現代発見と、記紀の原書としての発見が、
殊の外に偉大です。
青木純雄さんは、国語の源流解明に大きな寄与を為されました。
そういう事で御座います。
Omairi
また、
これからも、偉大なお方様は、
ますます多くご登場くださいます事でしょう。
わたくしは、ヲヲヤケのパブリックに依拠して、
真面目に、後世に残り得るものであるのかどうか、
冷静な判定を定めてゆきます。
どうせ、
傷だらけで、完璧など、求め得もしない、
求めるべきでも有り得ないのが、私の立場です。
つまりは、求道者なのでしょう、わたくしは。
 
これからの、お方への提案ですが、
広範な世間へのマトモな頒布をなさることも、
後世の人々から、良い評価をされますでしょう。

                     -追記 終わり-
ソサノヲも、
時を経て、苦労をし得て、ちゃんとさとりました。
それで、子孫に、偉人のクシヒコさんも出ましたのですね。
今から、改めたら、それで良いのです。
出直しは、今からやって、遅くないのです。
歴史は、今から、そして明日から始まるだけですから。
なにも、わたくしは、責めてなどは、毛頭にも、
その意識は無いので御座います。
間違いを直して欲しい。我が国の名誉のために! と、
そのように申し上げているだけで御座います。
 
また、
「神代文字」なるものの、江戸期以来に称せられてきていた、
あやしげなる偽書にも、きちっと、判断を為されています。
だから、松本善之助先生は、尊敬に値します。
偉いと言う訳で御座います。
真贋の区別をちゃんと、お付けになられておいでで御座いました。
松本善之助先生はです。
真贋区別を、お付けになられた、松本善之助先生であられたのです。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」とは、
明らかに格が違うのです。これは、骨董で言うならば「真贋」の違いです。
だから、松本善之助先生は尊敬に値するのです。
真贋の違いを見定めた、すごい目利きです。
他の、「カタカンナ」や「武内文書」など、神代文字のたぐいは江戸時代以降の偽作です。はっきりしています。
 
ですが、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、記紀の原書ですから、真書です。
この違いが、明瞭に解からなければ、
それまでということです。
此処、
アイウエオの「あ」です。
この違いを、わかっているのかどうか?
アイウエオの「あ」です。
一言付け加えますれば、
真書を、偽書だと貶めてでも流布するのは、
それは、売国行為そのものでしょう。
それは、バナナのたたき売りでしょう。
そこには、
マトモな『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、路線合致はしませんですね。
 
          ・         ・
 
それなれば、
で、
わたくしも納得してきています。
ですが、
『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』(松本善之助、毎日新聞社)
の、正編・続編として、出版されましたる、以降にアタフタ駆け付けやって来た人々は、
どうも、目的が違う人達が多い事でした。
もちろん、もっと多くには、とっても良いご縁を頂きました、
素晴らしい人が、あの顔あの顔と、浮かびます。
これ「毎日版」が出来得ていなかったら、
恐らく今日は無かったことは事実です。
でも、
良い人の出現の、その、伴(とも)には、
そうでもない、足引っ張りの状況のお方も、それは、多くて御座いましたです。
それはそれで、存在意義も、めぐりめぐっては、
そう考えましたら、
存在意義も認めれることにはなります。
「アメのママ」とは、
こういう事で御座いましょうか?
とは言え、わたくしの立場は、迎合に非ずとしての峻一の気概と立ち位置は、崩せませんです。
マトモにやって来ていることを、
それは、崩せませんですよね。
哲学用語のすごい概念の「ヰ・クラ、ム・ワタ」を、
直訳貶めの「五臓六腑」じゃ? それは、ひどすぎると言うものです!
 
また、こんな例もあります。
アマテルカミの東北留学のアマツミヤを、
江戸時代頃のインチキ当て付けの「金華山」にして現在地考証したら、
間違いでしょう!! これも、大きな貶めですね。
夕方の7:30から、お伊勢さんの、
内宮のすぐ隣の「修養団」さんで開催です。
会費は、資料費もすべて含めて1000円です。
どうして? 月末開催になったか? の理由は、
故、中山靖雄先生が、全国各地での講演の依頼が、
不思議と、月末には無い事が切っ掛けでした。
翌日の、一日参りのそこにも合わせられますので、
ご参加のお方様にも、また良いという事で御座いまして、
それで、月末の日になっております。
中山靖雄先生は、『古事記』はおかしい、その世界観は、どうもおかしいと、
そう気付いておられました。それなればこそで、
わたくしは、講義にずっと通わせてもらっています。
『古事記』は、漢字の文字の文章に翻訳されて、
その内容が、世界観が、グチャグチャに酷い事になってしまっているのです。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」に遭遇しないで、
其処の不具合に気が付かれた、
中山靖雄先生に、わたくしは一目置いている訳で御座います。
なにしろ、国士的な思いが、中山靖雄先生には御座いましたですね。
修養団さんには、宿泊施設が、沢山完備しています。
サミットの際には、警察関係のお人の宿泊所になって、
大賑わいだったとの事でした。
話の合うお方々で、ワイワイやるのも、楽しみだと、
レギュラー・メンバーは、言っておいでです。 
 
           ・           ・
さて、
さて、
片や、記紀の原書です、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は。だから真書です。
もう一方の、
神代文字類は、偽書です。
そして、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も、勿論偽書です。
直訳して、ヲシテ時代中期ごろの哲学用語を、「五臓六腑」なんかにコピペするから、偽書製造に成っちゃうのです。
そして、事ありなんの、誹謗者が、其処を論(あげつら)うのです。
 
          ・      ・      ・
 
わたくし、もちろんの事、また、松本善之助先生の思いは、
本来は、我が国の、本当のこんなに優れた文化・文明は、
現代に復興したい!!
そう思うのですが、  それが当たり前、と、私は思います。
そうではない人達が、びっくりするほどに多い事に、
過去、40年来の経験で、わたくしは感じました。
弱体化計画に、その、走狗になって走る人なのかも?
「我が国」の貴さを言うと、眉間にしわを寄せる人が、
やっぱり、居るのが、私には不思議でたまりませんでした。
でも、
現実を受け入れるのは、
正しい判断につながると、
Ookinaugoki
           <どう? まともさに追究してゆくか? 
            女房は、読書です。
            わたくしは、あれこれ、精進して、
            試行錯誤を重ねて、より良いミチをめざしています>
アマテルカミもおっしゃっておいでになられてました事が、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」で、明瞭になりました。
最低でも、
ヲシテ文字の読み書きが出来ること、
それが、
ヲシテなど、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の専門家の必須条件です。
みなさま、
ヲシテの文字の読み書きも出来ないかどうか?
講座など、受講なさいます上で、講師として認めれるかどうか? 
必須の条件に入れてお考え下さいませ。
「ホツマ文字」とか、ヲシテ文献・「ヲシテ文字」について、
講義するのに、それが読めもしないのでは?
いささか、どうなの? と、疑問に思うのが、
わたくしは当たり前だと思うのですが、
みなさま、いかが、お考えになられましょうか?
                ・
「ねずみ男(女性の場合も、多々あります)」が、
噛んできます事が、この頃、
寡聞なわたくしにも、とみに、
昨日にも、今日にも聞こえてまいりました。
とはいえ、そう言って話題になるようになったのも、
それはそれで、一般化について、嬉しい事実であります。
先々、何が良いようにと、芽開いてくるやも知れません。
「アメのママ」にと、そう、思っております。
Amenomama
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年8月 1日 (月)

旧人類と、新人類の差のこと。 そこには、「トのヲシヱ」があるのかどうか? の区別なのでは?

わたくし達の人類は、

今、こうして、ここにあります。

進化の歴史の事は、不思議な事で御座います。

昨日に、お伊勢さんの内宮の玉砂利の参道を歩きながら、

も、

考えておりました。

どう? 進化が起きてきたか? を、でした。

ちょっとの、前にもの、

生物の、生命の、その、

歴史のことを考えますと、

旧人類と、新人類との別れをしてきたところだと、

そう、わたくしは、思うので御座います。

もうちょっと、さかのぼりますと、

更にずーっと前には、

哺乳類が、また、生物の形態としての別れをしてまいりました。

もっと前に遡りますと、

植物や菌類などと、動物との、別れを経て来ております。

不思議な事、いのち(生命)の歴史を、

思って、

いすずのかわの橋を歩いておりましたら、

五十鈴の川に、

シラサギの大きなダイサギが、

宇治橋の川下と川上に、

一羽つつ、居ました。

綺麗な首を伸ばしていました。

べべさんや、大阪で苦労を重ねておいでのお人と、うちの女房とも、

わーっと、言って居りました。

ウタを、詠むべしでもある光景でしたですね。

まさしくの、美しい光景でした。 

 

不思議な事で御座います。

 

思うに、

生命とは? どういった、無生命との違いの事で御座いますが、

ウィルスは、生命であるのか?

大腸菌などの細菌は生命であると、そう、考えは出来ますのでしょうが、

粘菌は?

熊楠の悩みを、やっぱり、わたくしも今に思うので御座います。

 

 

さて、

運動不足の解消にと、再開しての一年半の、

ソシアル・ダンスのパーティでも、

踊りを申し込まれることの思いに、

「なかなか、空かなかったので、

こんどは、よろしくね!」

と、一昨日も言われました。

基本的には男性がお誘いするのをマナーとされています。

出来るだけ、さみしそうな人を作らないように、とは、

常々に心掛けています、が、

水分補給も、必要です。

 

休みなくも踊っていても、ご期待に、

そえていなかったわけです。

ダンスウェアを汗びっちょりで着替えしつつでも、

ご希望に果たし得なかったです。

有り難い、嬉しい悲鳴の事で御座います。うれしい事で御座います。

やっぱり、男性は消耗品としての位置付けが、

生命学的な真実のところです。

消耗されてこそうれしい。

 

今、ついさっき、女性からマゾだと、冗談を言われて、

二回も聞き直してしまいました? 

わたくしは、男性こそは、消耗品の事だと思っていますから、 

解からなかったことでした。

      ・

ダンスのことでは、

「今度は、ね!」のお申し込みに、

「よろしくお願いします」

と、

ごあいさつを、申し上げました。

 

評価を得たことの、まことのことに、うれしい事の事で御座います。

 

大陸的な文化だと、

対人関係において、どう、組して従えてゆこうか?

と、

画策するのが、常の事ですが、

わたくしには、その心持ちはどうにも、

なじみ得ません。

 

本質は、そこには無いと、私は思っています。

女性側の思いが大切なのだと、

わたくしは、思っています。

つまり、そこが肝心で、お茶であれ、ダンスであれでもそうですが、

リード側、おもてなしの側、

それと、

ご接待を受ける側の、主に女性側にもなりますが、

もてなしたり、

リードしてゆくところの、その極意とは、

相手の思いをどうくみ取るか?

そうして、そこに、どう?期待に応えるか?

に、

あるのだと、そう考えています。

そこに、

フィットしてこそ、リードというものの

その本質が、活きますのです。

男女の役割は、その都度違いますが、

女性側がリード役もおおよそ半分あってこそだと、

そう、私は考え思っています。

リード&フォローも、半分づつで、

最終判断をどっち、が、やるか、

のことで、リード役も、

相手側の意向をどれだけきき取れるかが、

その手腕の価値の100%ですね。


 

対人関係について、

基礎の構造的なブロックが、

組み従えるのでは、無い、と思うのであります。

つまるところ、

協調して、相手の良いところを讃えて、

認めます。

そして、

そこに、こちら側の、プラス・アルファの、

エッセンセンスを、

どう、コーディネイトするか?

出来れば、

あんまり、目だたないように、

出しゃばらないように、

恩着せがませにも、とられないように、

自然の風体の風情に出来れば理想です。

 

そのような、

ことが、スラッと出来るのが、

うつくしいでしょうね。

Tonowosie_2

の、極意と申して、良いのではないかと思います。

 

 

 いろいろと、

長年に、頭を打ちながら、間違いながら、

少しづつ、勉強させて頂きました、

その、お恩と、

ご迷惑をお掛けしっぱなしの事を、思うばかりで御座います。

 

近影です。

Ikedamituru



 

  

 

 

 

 

  

 

 
 

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