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2016年1月 6日 (水)

『ホツマツタヱ』など、 ヲシテ文献の判定と価値の事。「ホツマ文字」のお札の事。

「ホツマ文字」のお札を見つけた、と言う、連絡を頂きました。

そこには、

判定をどうするか?

此処が重要です。

 

江戸時代ごろに、平田篤胤のお弟子さんたちが、自分の神社にお札として有り難さに訴えて流布しようとしていた時代がありました。
そういった、お札の類は、漢字以前のヲシテ時代に遡れるのかどうか? それは、無理と言うものですね。

江戸時代に創作された亜流のモノを見てもしょうがない、と言うところですね。
 
                   ・
それが、
いまのところの、私の感覚です。
平田篤胤の流れからのコピペの類も、幾つか目にはしてきております。
でも、ヲシテ文献の本文中の文章を伴っていないのですね。ヲシテ文献の文章が無ければ、しょうがないわけです。ヲシテ文字で書かれていても「あかさたな」じゃ、しょうがないです。ヲシテ時代由来なら、当然の事に「あかはなま」の並び順でしか有り得ないわけです。京都の陽明文庫にある50音図の表ですが、これは、とって付けた「あかさたな」のコピペそのもので、かえって、ヲシテ文献やヲシテ文字の貴さを削ぎ落とす何物でもありませんものね。
ヲシテ文字で書かれていても「あかさたな」じゃ、しょうがないです。
ヲシテ文字と言うよりも、文字形もその形状が崩れた感じですから、見るにも気持ち悪いものでした。幼稚園児の子供さんが初めて書いた文字のようですから… 。
そのようなことです。
少なくとも私の、過去目にしてきていたところの事例では、お札の類では、江戸時代をさらに遡るものは皆無です。 
 
                      ・
 
我が国の、本当の国学を、
記紀の原書が見つかったから、
真面目に取り組んでゆこう。
ということ、このスタンスが私の立場です。
従いまして、
平田篤胤など、ヲシテ文献を見てもいない人からの
さらに、
またのまたの、そのまたの、亜流も亜流に流れが降ってのコピペの類のような、お札などは、
百害あって一利なしですから、遠ざけたいモノそのものですね。
世間が「偽書」扱いにしたくってしょうがないわけですから、
こちら側は、今のところ、区別・峻別をちゃんと付けてゆかざるを得ない立場に追い込まれているわけです。
こういった意味で、区別を付けて言うなれば、
所謂、ねずみ男の類に近いわけです。傍流の方の流れに付きましては、残念なことですが、区別せざるを得ない苦しさをご斟酌願います。今のところはですね。
ヲシテで国学を構築してゆく、まじめにです。これが私のスタンスですから、傍流は出来れば遠ざけたい、という事になってしまっています、わけですね。
 

               ・            ・
 
 
私の謂う根拠は、
『古事記』『日本書紀』との原文での対比して厳密な比較による、
記載の内容の前後の比較にあります。
どうぞ
『定本ホツマツタヱ』を、よく、ご覧願います。
図書館にもありますから、お手に取って見て下さい。

ヲシテ国学に、ちゃんと進めてゆこう、
そう思う事は、
本当の愛国心だと思うんですね、わたくしは。
 
 
 
                     ・
 
漢字以前の時代、
ヲシテ文献のヲシテ時代にさかのぼれる、
本物が見つかったならば、
夜を日を徹して、また、
烈火のごとくに、
世に残すべく、生を時を刻み惜しんで、
『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の発見時のように、
気が狂ったように邁進をいたします。
はた、
それが、またあれば、
どれほど、ときめく事でありましょうか?
『ワカウタのアヤ』の内容は、本当に、すごいものでした。
 
 
また、
それまで、
また、
地道にあれこれと、一生懸命にこなしてまいります。
今現状に、出来得ることを。

 
やはり、
カミヨの方が、優れているのでしょうかね?
わたくしだけの思いでしょうか?
 
 
 
この実感こそが、アマテルカミを敬愛する、深くですね、
その、根幹だと思うんですね。
さらに、クニトコタチさまへの敬慕ですね。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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