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2016年11月24日 (木)

国語の「あいうえお」の五要素のこと、とくに「カセ」について。

長年に、悩んできていた難問が、
ひとつ、解けました。
「大宇宙を、エネルギーの放散・蒸散系と把握していた」
このキーワードにて、解けました。
もう、40年余もの悩みの種でした。
初代クニトコタチさまの、その当時の「縄文哲学」の、
ピュアで高度さをあらためて感動しております。
アマテルカミが、
常々に、ご尊敬あそばしておられたのが、
初代のクニトコタチさまです。
ですから、とっても、すごいのです。

Kase1_2
Kase2

PDFで、お読みください。ここには、さわりだけです、全文をお読み願いたく存じます。PDFの方が綺麗なのです。
 
 
漢字以前の我が国は、高度で、いかに、すごかったのか?
アマテルカミが、いつもいつも、ご尊敬申し上げていた、
それが、初代のクニトコタチさまの、すばらしさです。
時代性はさらに、古い事、
ビックリで御座います。
すなわち、初代のクニトコタチさまの時代は、
考古学の時代区分で言うと縄文時代の前期頃のことです。
この「縄文哲学」、
良く考えましたら、
わが国の文明は、世界のどこよりも先駆けての事だと解かりますね。
その、本当の真実の根拠を、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」が、
やっと、明らかにしてくれました。
 
このような、大切なことは、現代に、再び顕彰して、
そこから我が国の本当の光輝を築いてゆく事が出来ます。
その、大きな根底の土台になります。
 
まずは、「ヲシテ文字」ありき!
まずは、ヲシテ時代の文章、有りき!
もちろん、原字原文です!
原字・原文で、だからこそ、解かるのです。 
 
 
           ・
 
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の
 
どう言っても、
結論は同じですが、
ヲシテ文字で、ヲシテ時代の文章を読まないと、
千数百年間以来の時代の、
本当の雰囲気には、
さかのぼる事が出来ないです。
幾ら良く出来た解説文も、
隔靴掻痒(かっか そうよう)の現実から、
どうあっても離れられません。
これは、
現在の、
千数百年来の忘却のギャップの生じさせている原理からして、強固な事実です。
どんな、名訳も、所詮は二流に過ぎないので御座います。『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の場合は、確実にそう申せます。
 
 
つまり、
本当の漢字国字化時代以前の崇高な美しさに触れたい・理解したいとしたら、どうしても、ヲシテ文字でヲシテ時代の原文を読んでゆくしか他には道は皆無です。ただ、唯一のミチです。ヲシテでの、原字原文の暗唱と、そして暗記です。
この事は、『ホツマツタヱを読み解く』(池田満、展望社)から、わたくしは、強烈に主張を続けております。わが国の本当の幸せを願い続けて来ているからで御座います。 
 
決して無茶な主張をしているわけでは御座いません。
やっと、女房も、
昨日から始めました、
言い始めて、女房は、もう30年来の事です。
でも、始めたら、
ここから、始点です。
ここから、始まります。
始めなかったら、いつまでも「ゼロ」状態です。
端緒はいつでも良いのです。
 
女房は30年来めにやっとでした。
でも、やっと、御神輿(おみこし)が上がりました。
良きことで大満足で御座います。
さて、
みなさま、ヲシテの読めないお方、いかがで御座いましょうか?
 
      ∞      ∞      ∞      ∞      ∞  
だって、「カセ」の、本当の原意の説明をしても、
ヲシテ文字が読めなくっちゃ、意図もまったく解からないですものね。
猫に小判とは、この事で、我が国の貴さを、
まったく解からないで、この世にお別れをするのかと思うと、わたくしは、可哀そうでならないと思うので御座います。
 
本当の我が国の固有の文字を、
取り戻したいと、それが、「縄文哲学」の理解にどうしても必要なのですから、
どうあっても、わたくしは奨めたいので御座います。他意は、毛頭御座いません。
 
どうあっても、わたくしは奨めたいので御座います。他意は、毛頭御座いません。
 ここには、さわりだけです、全文をお読み願いたく存じます。PDFの方が綺麗なので、
女房が、今朝には、「48文字書いた」と言っていました。良かったです、やっと、書き取りが始まったですね!!
毎日、ちょっとを、これを重ねてゆけば良いわけです。
特別に、ストア主義的に眼前の目幅を狭めてやってゆくのは、オタク的に過ぎると思います。
ラジオ体操のお姉さんが「継続は宝」と、
毎土曜日に言って居ます。これも真実のひとつで御座います。
つまり、毎日2行です。
それは、
たった、2分です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年11月21日 (月)

京都、そして、安曇川平野へ、イワツクワケさまのこと、継体天皇の事。 「ヲシテ国学」の判断者の事。

定年になったら、あちこち旅行を、
と思っていました。でも、
何やかやと忙しくて、高島市への探訪も、
かれこれ、5年ぶりほどになってしまっていました。
お邪魔した際が最近だったかと思いました。
あの時も、思えば、強行軍の日程だったです。
2泊3日で全スキャンをしようと、
肩はもちろん、腰も痛くなったり、
暖房がきかなくて冷えて凍えそうだったり、
イカルガ(ホ20-30(3943))のこと、
イカルだったのでしょう。
辛(つら)い時に寄り添って力を添えてくれるから、
有り難いのですね。
はじめてイカルを、うるわしいトリ(野鳥)だと、
本心から思えた2泊3日でした。
イカルは、
「イカルちゃん」と、呼ぶべきでしょうか?
 
          ・
 
さて、琵琶湖への、
Houseninnsantuwahuki
琵琶湖畔の、
今津の宿の宴会で、
Wositenotikara
   をやまとの いまつのやとに
   ひひきゆく をしてのちからに
   おもいつつあり
 
直訳やっているレベルとは、まったく違います。
百年河清を待つのこともありますね。
桁が違うのです。
光速と、音速の違いと、
そう言うと解かり易いかも知れません。
2~3年前から始めた男性のお方も、
「毎日、2行だけ書くだけ なんですけどねー 」
と、言っておられました、ほんと、
それをするのか、しないのか? の差なのですね。
それが、
猿芝居に終わらせるのか?
人生の生きゆく為の本物の糧に活用できるかの差になります。
何がどう違うの? という事ですけれど、
「毎日、2行だけ書くだけ なんですけどねー 」
でした、
彼の言うにはです。わたくしも同感です。
 
                  ・
朝霧が濃厚でした。
Imatukiri
少し前に車に忘れ物を取りに行って居た際は、
下(しも)の弓張り(下弦の月)を、
仰いでいたのでした。 
Imaharen
   あさきりの おほふヲウミも
   いまはれん いまにもみしの
   しものゆみはり
今日は、直訳族のおかしな人達と顔を合わせなくても良い、
そんなための霧かも?
「有り難た経」でも無いですが、
そんな思いも、頭によぎりました。
 
帰路の電車の時間がそれぞれあったり、
ルート調整して、
普段行きにくい遠地のお社などを巡ろうと致しました。
Mio1
わたくしは尊宗しておりますので、
毎年暮れにヒト型を送ってもらってお祓いをしてもらっています。
わが国を、貴いと思うばかりに、
現代の現状に勘編みまして、どうしても、言い過ぎているきらいが有りますからで、御座います。
Mio2
庭園が、整備後20年経って、随分としっとりと美しくなって、
日ごろのお手入れの事、
感謝を申し上げておりました。
Mio3
 
山野は、
まこと「きはみおち」のそのままのイメージです。
Kihamioti1
この「きはみおち」を、
「黄ばみ落ち」ではあっても、
もう少しヲシテ時代の雰囲気に立ち返るような雰囲気に、
そう言うような気分で、ヲシテ文字の「きはみおち」
と、読んでいると、随分と違った意味合いも、
融けて来て見えてまいります。
『カクのミハタ』に所収してあったと推定できる、
「トシウチニナスコトのアヤ」 に用例が有ります。
Kihamioti
外二点濁点は、除去して読んでください。
一応は、読み易さのため付けたままにしてあります。
外二点濁点は、ヲシテ文献の伝承時代に付着した感じです。
 
畑の八幡神社には、ハヤフサワケさまがお祭りされています。
15代の応神天皇さまの皇子がハヤフサワケさまです。
Hatahatimai2  
漢字国字化時代の初期の動乱期を物語る御社(お やしろ)です。
つまり、
漢字の導入派が勝利して、
そして、
漢字の国字化反対派だったハヤフサワケさまは、
敗れたために、ひっそりと、隠れ里にこもられた。
そうみると、すんなり納得できます。
ここ、畑は、棚田百選にも選ばれた隠れ里です。
畑の八幡神社の、
菊のご紋章が見えますでしょうか?
Hatahatiman1
葵のご紋章よりも、もっと、格上ですね。
拡大します。
Hatahatiman2
社殿前のカエデ(モミヂ)は、根回りが、石を抱えて空洞を作ったりしています。
樹医さんの説によれば、700年来は経っているという事だと、
地元の人が教えてくれました。
鰐口(ボンボン鳴らす)には、裏に、
「応永3年(1396)」の年号が記されているとの事です。
そういう、漢字国字化時代の初期の動乱期が過ぎて、
どうにもならなくなった際に、
26代の継体天皇さまをお迎えすることになったのです。
                 ・
やり過ぎると、反動が来ます。
わが国の尊厳をないがしろにしたら、
それは、その分だけ、ブーメランでかえって来ます。
要は、漢字の導入時期に、余りにも売国的に過ぎるほどの行為が野放しに行われたものであったのでありますと、そう、考えられるので御座います。
それで、どうにもならなくなって、
継体天皇さんとして、26代目の皇位をお継願う事に、
その他の選択肢は無かったわけ、そういう事態だったと推考されます。
25daiteitaisama2
どうして?
継体天皇さまなのか?
それは、ここ、安曇川平野においでになられておられて、
「アメのミチ」をご勉学あそばされていたから、
と、
そう考えられるのです。
「トのヲシヱ」を、ご勉学あそばされたから、
26代目を担って戴くことになったのです。
この推考の説は、かなりの説得力が有ります。
25daikeitaisama
            <継体天皇さんのヱナツカからも、
              岳山(たけさん)を仰ぎ見れます>
サルタヒコの去って行った、元の本拠地です。
そして、さらには、
初代のアマカミのクニトコタチさまの、
「トコヨクニ」の建国の故地なのです。
つまり、
有り体(てい)に言うと、
本当の我が国の建国の故郷だったのです。
さて、
 
 
長田神社から、「岳山(たけ・さん)」を仰ぎ見れます。
Nakata
シンボルのお山です。
この辺りの詳しい事は、
 
                    ・
 
ヲウミ(琵琶湖)から、オトタマカワの方を眺めます。
Ototamakawa_2
岳山(たけさん)の水晶の石英脈の母岩が、
砕けて流れて来ます。そうして、シラスナ(白砂)になります。
「オトタマカワの シラスナに …」
Ototamakawa
Takesan
岳さんに登った際に、
拾いまして文鎮に使っています石です。
赤いような斑点も、水銀などの金属の結晶です。
              <カモが潜ったようです>
Ototamakawa1
           ・           ・
そうそう、
京都御苑の蛤御門です。
Hamagurigomon_2
時代の流れは、
今また大きく動き出そうとしています。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
「偽書」扱いからの脱却です。
ここに、我が国の本当の「国学」を構築することが出来ます。
 
其処に至るには、
除染をすることが、
必要不可欠の第一条件になります。
 
その、
本当の原動力は、
朗読をして、これが本物だ!
と確信を得たところから始まります。
判断者は、あなた自身なので御座います。 
 
依存系のこころの在り処(ありか)と、
自立系のこころの在り処(ありか)と、
その差異のこと、大きな違いの事です。
 
                 ・
 
おみやげは、
いつも、
ヲウミ(琵琶湖)の小魚です。
井保水産さんの煮魚が、安曇川の道の駅にあります。
Kosakana
「モロコ」が、美味しいです。
品切れになっちゃいました。
安曇川平野の探訪に来て下さいますお方が、増えてきたからでしょうか?
嬉しい事です。
仕方なく、小アユの二種類にしました。
 
道路が混雑していて、夜道の、岳山(たけさん)です。
Takesan
昔から、写真を撮りたいなと思っていて、道路で難しかったです。
道路混雑で、撮れました。何が幸いするか? 
不可思議が、また、面白いのですね。
帰宅しましたら、
ビワの花が元気に咲いていました。
Biwa
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年11月15日 (火)

もっと、 天皇陛下のお気持ちの事を、 ご尊重申し上げるべきだと、 私は願ってやみません。  追記、「ヌルテ」のこと。

もっと、
天皇陛下のお気持ちの事を、
ご尊重申し上げるべきだと、
私は願ってやみません。
Sakuramomiti
            <昭和 55 年(1980 年) 5 月 。
             昭和天皇・皇后陛下をお迎えして、
             第 31 回全国植樹祭おてまき行事の、
             林業センターの百葉箱とサクラ。> 
諮問会議が開かれたりしています。
わが国とは? のこと、
記紀の原書の出現と、現代研究が、
此処まで進んできておりますので、
本当の我が国の歴史を、
漢字以前の素晴らしい光輝の時代にまで遡って、
本来の姿に立ち戻ることが可能になっています。
いつまでも、
漢字国字化時代以降の残渣に惑わされても仕方がないです。
 
記紀を基にしてしか、我が国を知らないのでは、
本当の大切なことのコツと言いますか、キモの肝心の要が、
解かっていないように見受けられます。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、
本当の歴史を知らないと…  。  です。
『古事記』『日本書紀』の原書なのです!
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、です。
 
早くの時期に、出来ればですが、
記紀の漢字化時代以降の世界観からの払拭を図りたいです。
Karin
              <カリンの実です。
               これは、渡来種でしょう。> 
余りにも、改竄されてヘンチクリンになってしまっていた、
記紀の世界観から、
その、
脱却が有ってこそです。
 
           ・           ・
それには、記紀の世界観よりももっともっと酷い、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の、
一掃がまず第一の仕儀にあります。
 
わが国の本来の貴さを、
早くに取り戻したいもので御座います。 
 
                 ・
 
Nurute
ヌルテが、モミチ(紅葉)になってきていました。
 
思い起こされますのが、
アマノコヤネさんの貴い遺し言葉です。
Nuruteha
 この、ゆえに、
ミマコ(ニニキネさま)に召されることになったのです。
常に、蔭(かげ)のマメを為すべきです。
これが重要な事で御座います。
Hatuyoki

ヌルテのモミチ(紅葉)を見ますと、
アマノコヤネさんの、この言葉を、
私は思い出します。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 

2016年11月12日 (土)

寿命の不思議の事。

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での不思議な事。でも、ほとんどは、解決してきておりました。
Kakinoha
                 <カキの葉>
 
あと、残る、大きな疑問が寿命の事です。
Sitirinowatasi
              <桑名の七里の渡し>          
不思議なご縁を頂戴しまして、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」に、
取り組んでまいりました。
現代人の常識からしますと、
どうにもこうにも不思議だと、
そう思えます事は、随分と多くありました。
ですが、
わたくし、ヲシテに取り組んでの人生の40余年来の内に、
ヲシテに書いてあって、「へー?」
と思っていたことが、あとで、あの時に良く良くちゃんと理解してればなー  。
と、何回も、後悔したことを思い出します。
つまり、「ヲシテ文献」は、本当の、記紀の原書であって、
間違いのないものなのでした。
でも、
やはり、不思議な事の多くが、
今、現在にも残っております。
 
そのひとつに、寿命の事が御座います。
まだまだ不思議なことで御座います。
               ・
『ホツマ ツタヱ』を最終編集したオオタタネコさんは、
234歳で、献上なさっています。
Tataneko

『ミカサフミ』を最終編集したヲヲカシマさんは、
247歳で、献上なさっています。
Wowokasima

現代の常識では、理解がまだむつかしいものです。
でも、
伝授してもらいました際に、
気が付きました。
気持ちの張りの有無が最も重要だと。
つまり、
オオタタネコとヲヲカシマは、
ともに、尊敬しあう畏友として、
気持ちの張りをお互いに好影響を及ぼして、
いた関係か?  そうしまして、
オオタタネコさんと、ヲヲカシマさんは、
国家の護持、キミ(天皇陛下)を、そして、国民の幸せを、
強く波及してゆかねば!!
と言うお考えに、ふたりして、励まし合っていたのでは?
と思うので御座います。
折りから、
青年時代に、「ヱヤミ」の大流行が有りました。
年表を繰ってみますと、オオタタネコは16歳、ヲヲカシマは29歳の時でした。(数え年で)
 
Hotumajiten288_2
Hotumajiten289_2
ここで、強烈な体験をしたと想像されます。9代ミマキ(崇神天皇)の5年に流行性の疾病は国民の半数もが亡くなるほどの猛威を振るったとの事でした。
そして、「アメノミチ」の乱れがその原因であると、
当時の理解でしたから、国家護持のためには、
フミ(文献)の上梓をしなくては。
と言う思いが、ヲヲカシマにも、オオタタネコにも、
強烈に心の張りになっていたのではないか?
そう言うような事も、わたくしのこころに去来してきます。
其処に至る、歴史の真相も、踏まえたいです。
そうしましたら、記述したいことの分量が、とても多いです。
一冊の本に纏めるべき分量です。もっと、多くなるかも?
というのが、
その意味の甚深さについて、どうしても、さらっとは書き切れないのです。
とは申しましても、徐々に、書き連ねてまいります。
すごい名文なのです。ヲヲカシマさんの文章は!
どうしても、原字で原文で味わってもらいたいです。

 
さて、 
『ホツマ ツタヱ』を最終編集したオオタタネコさんは、
234歳で、献上なさっています。
『ミカサフミ』を最終編集したヲヲカシマさんは、
247歳で、献上なさっています。
ここへの、
わたくしとしての、目標の設定の事で御座います。
心の張りを、ヲヲカシマさん、あるいは、オオタタネコさんと、
同じように持ったならば、わたくしは、あと、170年ほどの目標設定も、
出来得るロジック(理屈)になります。
わが国の、この、漢字国字化時代以降の、
その、暗黒の厚雲を吹き払って、
本来の我が国のうつくしさを取り戻す意志です。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
 
 
 


 
 
 
 

2016年11月 9日 (水)

「いせの会」の終了の事、感謝を申し上げたいと存じ上げます。   青山繁晴さんの国会の初質問です。

「いせの会」の終了の事、感謝を申し上げたいと思います。
トランプ大統領も、選出のことで、
本当の時代に、これから、差し掛かってゆくようで御座いましてのようです。
本当に、ワクワクの時代になってまいりましたですね。
Otyanohana
それも、ありまして、
今年、平成28年(2016) をもちまして、
「いせの会」を終了することになりました。
この、次回の、平成28年の11月の会が最終回になります。
 
みなさまには、大変にお世話になりました。
多くの勉強をさせて頂きました。
有り難う御座いました。 
諸事情がございまして、
「いせの会」は、終了する運びとなりました。
時代が、音を立てて変化してゆくようで御座います。

大きな変化の時節は、
大変では御座いますが、面白く興味も尽きないもので御座います。
やはり、わたくしはミーハーなので御座いましょうか?
              ・
思い返しましたら、
もう、足かけ14年にもなりましょうか?

「いせの会」を開く際に、
修養団の中山みどりさんが、拙宅をお訪ね下さいました。
何でも、先生の思うようになさって下さいと言う事でした。
また、『古事記』の世界観はどうもおかしいと、
中山みどりさんのご理解も、まさしく、わが意を得たりでございました。
それなら、と、言う事で、「いせの会」を開くことになりました。
 
当時は、
『校註ミカサフミ・フトマニ』(『新註ミカサフミ・フトマニ』の前著)と、
『ホツマツタヱを読み解く』平成13年(2001)の(池田満、展望社)を、
書き上げましたところでした。
それで、一段落と思っていましたところで御座いました。
『ホツマツタヱを読み解く』として纏(まと)め得たからでした。
『ホツマツタヱを読み解く』に使いました「ヲシテ・フォント」は、
第一回目の制作の縄文時代へ遡及のヲシテのフォントでした。
この、第一回目の「ヲシテ・フォント」制作は、
転勤先の、茨城県の1DKのアパートで取り組みました。
1DKでも、有り難いことにロフトがありました。
全紙の大きさの、和紙を広げることが出来ました。
筆で描いた、にじまない和紙を、
あたり一面に所狭しと開いて乾かす事が出来ました。
ヲシテ用にと、特別に注文をして作ってもらった筆は、
たっぷりと墨を付けないと綺麗な字になりません。
和紙に墨記の場合は、筆の腰の強さが、ヲシテの雰囲気に合うと思いました。
でも、にじんでしまうのも困りものなのです。
そこで、特別のにじまない因州和紙を発見したので、
やっと、第一回目の「ヲシテ・フォント」制作に、取り組むことになりました。
乾いた和紙を抱えて、縮小コピーをとります。
縮小の%がなかなか難しいので御座います。
綺麗に書けたヲシテは、縮小したら読みにくかったりします。
近所のコンビニにコピーに通っては、また書き直しです。
そこいらじゅうに乾かしまくって制作したフォントです。
ボテッと墨の付いた和紙は、なかなか乾いてくれません。
何回も何回もやり直しましても、展望社さんからのOKがなかなか貰えなくて、
また、山のように筆で描いたにじまない和紙が積まれてゆきました。
そうして、何とか苦労してまとまった、『ホツマツタヱを読み解く』で御座いました。

出版された『ホツマツタヱを読み解く』を見まして、やっと、ホッとしました。
やっとその回答を纏め得たのでございました。
こうした折に、転勤が解除になりまして、三重県に戻ってまいりました。
そうしましたら、不思議なご縁で「いせの会」を開くことになりました。
不思議な、グッド・グッド・タイミングの経緯でありました。

わたくしは、 
文献研究を、ヲシテの基礎研究からずっと取り組んでまいりました。
一般の聴衆のお方に、説明するのは機会がありませんでした。
ヲシテの研究が主の仕事でして、書籍に記録することも、
どうしても必要でした。
また、糊口をぬぐうための仕事もありました。
多忙と言う事で御座いました。
それが、一転してまいりまして、一般の人への説明も、
と、幅が広がってまいりました。
こうして、
人さまにご説明申し上げることも、
機会を貰えまして、「いせの会」で学ばさせて頂きました。

本当の「日本」とは何か?
それは、『古事記』『日本書紀』の原書の、
そのきちっとした根拠に、真面目に向き合ってゆくことが、
基礎の基礎だと思います。

どうしても、神憑りにもなりやすい事はありますが、
ちょっとした、こころのみだれが、
まともな道筋から落っこちてしまうという事にもなりましょうか。

                 ・                           
 
ヲシテ時代にも、草期と、中期と、
それと晩期の時代性の雰囲気の違いがあります。
現代の常識から考えますと、
逆なのですが、
時代が降った晩期の方が、神懸ってまいります。
でも、アマテルカミのヲシテ時代中期の時代は、
実に、理知的なのです。
さらに、もっと前の、ヲシテ時代草期の、
クニトコタチの頃はさらにもっと理知的なのです。
そう言った、
わが国の本当の光輝を、
今に活かしてゆかねばと思うので御座います。
それが、アマテルカミのお心と言うもので御座いましょう。
やはり、この辺りに理解が及ぶようになって、
「直訳」のレベルからの脱却と言うもので御座いましょう。
 
                 ・

わたくしも、さわやかに真面目に取り組んでまいります。
 
みなさま、本当に有り難う御座いました。
 
 
さてさて、次の仕事の事で御座います。
 
 
 
 
― 追記 ―
 

さすが、で御座います。
素晴らしいお方は、
びっくりのおウタを戴きました。
その返歌の事だけ、UPさせていただきます。
Hanawosi_3
  はなをしの こころはいけり
  いまのいま はなにははえて
  きわまりてゆく
 
ちょうど、『ホツマ ツタヱ』の序文に当たる「ハナヲシ」の解説文を書いていました所でした。松本善之助先生の『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見50年の事、仕切り直しの事で御座います。
 
    ∞      ∞     ∞     ∞      ∞          
 
よくよく、考えを巡らしますと、
今現代は人工知能の「AI」との、その折り合いをどう処理してゆくか?
の事々が、一番にホットな事柄であります。100年レベルのうねりの事を考えて
です。
それは、
わたくしたちヒト(人間)の、
その存立の根拠の問い直しの、
そこが、重要なスポットなので御座います。
では?
わたくし達の人類とは??
の事が、本当に問われてきている崖っぷちにある、
と、
そう言うように、わたくしは感じております。
 
大きく考えまして、
神憑りではなくて、
万人の納得できる理念としての「トのヲシヱ」が、
今こそ、本当に必要だと思うので御座います。
さてさて、
そこに向けて、どうトライしてゆくか?
が、
私の仕事で御座います。
まずは、地道な一歩一歩からでの事で御座います。
 
 
              ・ 
 
 
              ・
 


 
 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
 
 

 

2016年11月 7日 (月)

これまでの私たちの歩みを振り返りまして。 「解説文」の再UPを始めています。

新しく、入門されるお方も多いです。
そこで、これまでの、わたくしたち、
松本善之助先生から受け継ぎましての、
この歩みを振り返っておきたいと思います。
 
わたくしは、『ホツマ ツタヱ』の原書の、
影印版を一冊、わけて頂きました。

そうしまして、古典だからと、
とにかくは、暗唱と朗読を始めました。
どの古語辞典を見ても、
参考になる辞書は、当時には無かったからです。

そうしまして、『ホツマ ツタヱ』7アヤぐらいまで、
暗唱が進みましたら、
本当にすごい「フミ(文献)」だと、
実感するようになりました。

でも、
やっぱり、細部については、理解困難です。
『古事記』『日本書紀』との対比比較の、
松本善之助先生の講義を、その頃受けていました。
文献の位置についての根拠確定が基礎になります。

当時は、神武紀についての比較書を、
松本善之助先生が纏められたものを、
テキストにしていました。
そして、
『ホツマ ツタヱ』の全巻についても、
『古事記』『日本書紀』との対比比較を、
すべきだ。
と、
おのずと解かります。

専用の、松本善之助先生作の三書比較用の原稿用紙を、
送って頂きまして、取り組むことになりました。

その頃、
ようやく目途が付いてきましたのが、
わたくしの、ヲシテ文献に遭遇してから、
19年目の頃の事で御座いました。
平成3年(1991)に、
『ホツマ神々の物語』を出版いたしました。
つまり、
『古事記』の「神」の捉え方をスイッチバックして、
ヲシテ文献の縄文時代的な哲学に戻そうと、
その試みです。
永遠のテーマです。
この本は、松本善之助先生から良い評価を得ました。
として、朗読のCDも付録いたしました。

そうしましたら、平成4年(1992)に、
すぐに飛んで行きまして、

大切な、親写本ですから、
おおやけに公開する必要があります。
そこで、

さて、
これで、『ホツマ ツタヱ』の完写本が4本発見されたわけでして、
従来使っていました小笠原系統本と、
細かな文字使いに多くの差異がみられました。
そこで、
写本の文字使いの校異・差異を一目一覧できる必要が、
生じたわけです。
このため、
『古事記』『日本書紀』との対比比較の『ホツマ ツタヱ』全巻と合わせて、
『校本三書比較ホツマツタヱ』として出版を致しました。
当初は、松本善之助監修、池田満編、新人物往来社でまとめました。
流通の問題が有ったり、誤植が多く発見されてきて、
やり直しの必要が出てまいりました。
そこで、
 
さて、そうしておりましたら、
まだまだ、世の中には、ヲシテ文献のちゃんとしての手引書が御座いませんでした。
そこで、
出版することに致しました。平成11年(1999)の事です。
語彙解説を主にして、系図、年表も作成してありましたので、
このセットが有れば、ベースになる手引書たり得ると、
そういう運びになった次第でした。
 
そうそう、
『ミカサフミ』も『フトマニ』も、
とっても大切な書籍です。
これも、おおやけに出版しておかねばなりません。
そこで、
『校註ミカサフミ・フトマニ』(松本善之助監修、池田満編、展望社)として出版いたしました。
この書籍はのちには、解説文を更新しまして、
として出版いたしております。
 
さて、 
その頃に、
ニューヨーク工科大学で教鞭をとった事のある馬野周二博士から、
話を聞きたいと、申し越しが御座いました。
湯の山温泉の上等のお宿で、ゆっくりご説明いたしました事、
思い出します。

この際に宿題を出されまして、
それに答える書籍として、
わが国のそもそもの国家の成り立ち、
哲学など、総合解説の書籍です。
この本は、
国家とは何か? などの、がしっとした、骨組みを読み取りたいお方にお勧めしたい書です。

 
ヲシテ文献の読み解きは、むつかしくて、
ややもすれば、直訳的な現代解釈に陥りがちです。
わたくしも、ヲシテ時代の言葉のひとつづつに付きまして、
玉ねぎの薄皮を少しづつはがして、
本当に美しい我が国本来の言葉の語意を、
探っておりまして、
そのやり方を、一般に提示する必要があると、
強く実感し始めました。
何と申しましても、此処が肝心要で、しかも難しいところで御座います。

どうやったら?
漢字以前の時代の美しさに辿り着けるか?
この、漢字の壁を打ち破るのは、
誰がやっても、一番の急峻な山です。

その、路筋の歩みを展開して記述して、
出版いたしました。
と、
かねてからの、宿題がありまして、
それこそ「どうしたもんじゃろのー」の、
「夢のまた夢」だと、
嘆きの日々で御座いました。
 
何しろ、もう、定期貯金も、生命保険も、
すべて解約して、出版費用に充てておりました。
そして、売れてる書籍の戻り金が、
入って来てない状態で、在庫切れを起こさせることも出来ず、
再版で、本当に苦しい思いを続けておりました。
 
そうしましたら、世の中捨てたものじゃありませんでした。
ポンと、出版費用をご用意くださいまして、
それで、
「よし、やろう!」
と、
決意したわけで御座いました。

これが、看護師を長年やってこられました、
松本不二子さんです。健康維持のためにと、
こちらから、お野菜などを定期的にお送りいたしてます。

さて、
展望社に女房と二人で説明に行きましたのを思い出します。
あの時も、暑い折りだったと記憶しております。
「えー? そんなもの、売れるんですか?」の、
展望社の反応です。
でも、
これをやり遂げねば、
わが国の国家の未来を背負えるか?
と、
そういう事で、
女房も、「やるんだ!」
と、
決意を示してくれました。
展望社さんの方は、しぶしぶのめんどくさいな、のことでした。
でも、重要な仕事だったのです。
こうして、
を出版いたしました。
 
この頃から、
真面目なお方が、続々と出現してきてくださいました。
の出版は、とても大きな転機になった事で御座いました。
 
それは、
ヲシテ時代の国語の解明をしなくてはならないと、
かねてからの、大きなテーマに、
共鳴して取り組んでくださいますお方が、
出現してくれたのです。
として結実しました。
次には、動詞編等など、まだまだやってゆかねばなりません。 
 
また、
ヤマトタケルの歌舞伎が上演されたりで、
『古事記』『日本書紀』に記載のヤマトタケルの人物像では、
大問題なので、
『古事記』『日本書紀』の原書では、本当のところは、どうなのか?
それを、語り口でまとめたものを、

さてさて、此処で一段落、と思ったのもつかの間でした。
平成24年(2013)の暮れに、『ミカサフミ』の一冊が発見されました!
ようやく、
「ナカクタ」とは天の川の事を指すのだと、
気が付いた頃の事でした。
そうしましたら、
平成24年(2013)の暮れ、『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の発見が起きました。
不思議なことで御座います。
「ナカクタ」とは天の川だと、解かった途端に、
それっと、『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の発見です。
おかげさまで、不思議なタイミングでして、
短期間で書籍に纏める事が出来ました。
後の世に「言霊」として流布される前の、
もっともっと、すごい「ネコヱのミチ」を、
アマテルカミがご解説して下さっているアヤでした!
四国の合田さんのご協力も大きい貢献で御座いました。
 
「ネコヱ」のミチ(道)の、其処に嵌め込まれた大きな理念・哲学的な理解は、
後世にも委ねざるを得ないと、
そう思っています。
 
さて、
松本善之助先生の『秘められた日本古代史ホツマツタヘ』正・続編(毎日新聞社)
の出版から、三十六年にもなります。
引き継ぎましてから、の研究の進展も、
青木純雄さんなど多くのお方も出て来て下さいました。
その、積み重ねをふまえまして、
再出版をしました。
 
              ・ 

基礎を、真面目に整えました。
ベースは、まともに整備しました。
研究の多くの発展は、これからで御座います。
すごい天才が現われてくれるかも知れません。
わたくしは、これを、待望です。
良いものは良いと、
その判断は、実は… 、骨董屋さんに教えて貰った秘訣でした。

前途は、
何が待ち受けておりますやら、
あれこれ、変化域が大きいです。
これからの出来事も、
トンと想像も付きかねます。
そう言っての難しい時代こそに、
この時代こそ、大切なることは、
我が国の貴さを、もっと磨いてゆく事、
此処に尽きるのではあるまいかと、
そう考えております。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年11月 6日 (日)

ヲシテ文献は、原字原文から。『ホツマツタヱを読み解く』にてきちっと説明しております。

どうして「直訳」は、おかしくなるか?
と言う経緯は、
「直訳偽書の秀真伝」のへんちくりんの、
変革の過程はですね、
漢字文への直訳時に、
China思想に取り込められてしまうからです。
 
べべさんが、いみじくも言って来てくれました。
このところ、素晴らしいお人が続々と出現です。
 
         ・     ・
『 「記紀に個人的な恨みとかは私にもありませんが、比較してみれば「そこまで賎しめられて来たのか!?」と哀しくなって来ちゃいますよね…

なんちゃってでクソミソ一緒ではどうしようもないですよね…。

例えば自然神ヤマサカミは、
五要素のウツホ、カセ、ホ、ミツ、ハニに「メ・ヲ」の別があるからこそ、

ハニヤスメ(ヒメ)、ミツハメこそあっても「埴安比古」だなんて(΄✹ਊ✹‵)!?
まるで「父の母乳は美味しかった」位、おかしなことですよね…!?

(しかも屎の神だなんて!?)

なんでもかんでも「あなありがたや」という「信仰心」も良い人で美しいのかもしれませんが、
それを「盲信」で、「どうでも良い人」というのかと??  』
 
べべさんは、もう、ホツマ20アヤまで暗唱して更に暗記も出来るのだそうです。
わたくしは、7アヤまでしか出来ていません。
さすがべべさんは、すごいです。
で、どう? 「直訳偽書の秀真伝」は、へんちくりんで、
おかしいのか?
実感していてくれています。
同じく、愛国心からの、何とかせねば!!
と言う思いなのです。

勿論、解かって下さいますお方は、
段々とその%を増加してきています。
やはり、いずれの時期には、
世間に判明します。
 
それは当然です。
真実ほど強いものは御座いませんから。
いくら、蓋(ふた)をしようとしても、
いずれ、明らかになって、
極めて個人的な私欲の思いから、蓋(ふた)をしようとした人は、
そのおかしさが、自然と現われ出でます。
Tokoronasi
      <さすが、ヲシテ文献には典拠もありますね>
それで、
すべて、
「千畳敷」に、広く、裏話も公開してゆくべきだと思っています。
もちろん、
個人情報の開示について、問題のある場合は、
迷惑にならないよう、
ぼやっとベールを掛けたり致します。
世に、参考として、問うための公開です。
わたくしのやり方が、間違っているのかどうか?
それを問うための、大切な公開でもあります。
 

            ・
 
(291ページ~306ページ参照)で、
ヲシテ文献は原字原文でと! 説明しております。
べべさんは、ちゃんと、実行・実践して下さいました!
だから、偉いので御座います。
『ホツマ ツタヱを読み解く』(池田満、展望社)
(291ページ~306ページ参照)で、
ヲシテ文献は原字原文でと! 説明しております。
べべさんは、ちゃんと、実行・実践して下さいました!
だから、偉いので御座います。
平成13年(2001)の出版です。
もう15年も前から、きちっと説明いたしております。
ちゃんとやるかどうか?
そこが、分水嶺です。 
 
 
だって、古典を、
原文を見たことも無いのに、
云々するなんて、
それは「騙(かた)り」の、
「かたりべ」でしょうかね。
 
その、おかしげに、落っこちるのを防御するには、
原字で原文を朗唱することが、
唯一の道です。
今のところはそうです。
「はじめに」の文章に、
明瞭に記載いたしました。
Kikigennsyo
真実の世間一般に明らかになるのは、
わたくしの死後かも知れません。
でも、
焦ってどうなるものでも無いです。
時が来たら、
おのずと、真実は現われ出でます。
ですから、
たましいを売って、後の人から、
後ろ指を指されることは避けます。
わたくしは、そうします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年11月 4日 (金)

「広めるためには、記紀を批判するような事はせずに」は、これが、「ねずみ男」の実体です! 後日談、すべてご承知の事につきまして。 再後日談:やっと「定本」の大切さにご理解頂けました。

それは、「広めるためには、記紀を批判するような事はせずに」
云々と、言い訳めいての電話でした。
この言葉にだけは、聞き捨てならじとなります。
「私憤」ではありません。「公憤」です。
愛国心からの、問題提起です。
Yuuhi
それはそうです、記紀の原書の発見と、
研究成果から、膨大な我が国の文化・文明の発掘がおこなわれたのです!
 
記紀、つまり『古事記』『日本書紀』には、
カミヨ(神代)では8割もの削除が行われ、
また、漢字文翻訳に誤訳があまりにも多いのです。
だから、『古事記』『日本書紀』を正してゆかざるを得ないのです。
この原因が、我が国の光輝が貶められてしまっていた、
その原因が、やっと、はっきりとわかったので御座います。
これで、
本当のわが国の「国学」つまり、
「ヲシテ国学」になりますです。
この必要性が発見されました。
だから、
シュリーマン以上の功績です!
 
シュリーマン以上の功績だと言えるのは、
「記紀の原書が『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」である」からです!
シュリーマンは、『ホメロスの叙事詩』と考古学的発掘のイコールを証明したのです!
根拠と、発見・証明です。
シュリーマンは文献と考古学的発見です。
ヲシテ文献の場合は、
文献学的証明として、
「記紀の原書が『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」である」。
です。
さらには、国語のヲシテからの解明も出来て来ています。
もちろん、地誌類との照合関係にも類証を得ております。
 
 
          ・
どうしても譲れない矜持は、
「記紀の原書が『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」である」
と言う事実です。
これを、捨て去ってしまってどうするのですか!!
 
わが国は、縄文時代から一流国だったと、
やっと判明したのに、
真実を曲げて、
「二流国でござーい」とやってどうしますか!
だから「ねずみ男」なのです。
 
 
これ程大切な、わが国の宝物、
またさらには、グローバルにもとても大切な宝物です。
そのような大切なものを、
「直訳偽書の秀真伝(しゅううしんでん)」は、
偽書です! と言う、誤解を生み出します。
「広めるためには、記紀を批判するような事はせずに」は、
わが国の本当の宝物を貶めている行為そのものなのですよ!
直訳レベルの入門書を見て、
「へー」と思ってるお方様、
            ・
初心のお人のこと、と、
だと、考慮して、
わたくしなら、
ちょっと怒って、猛省を求めるだけですが、
若かりしときの、強烈な松本善之助先生でしたら、
おそらく、もっと強烈だったでしょう。 
 
松本善之助先生もおっしゃっておられました。
「私憤に非ず、公憤からのなせるわざだ」と。
そうなのです。
これは、私憤では御座いませんでして、
わが国の尊厳を貶める行為に対しての、
愛国心からの公憤からの事で御座います。
 
物事は、善悪の成り行きは、
たとえていうならば、
あざなえる縄(なわ)の様なものですから、
理想が有ってそう運ぼうとしても、
上手く運べない場合がございます。
それを諸所修正しながら、
世を運営してゆくのが現実です。
その歴史の事を、理想を度外視して、
無視して、
良くない出来事だけピックアップし羅列したら、
どんなひどい事になるか?
それが、「直訳偽書の秀真伝」です。
              ・
 
傍(はた)で見ていた女房が、
地団駄踏んいて、
それで血圧が上がっておかしくなる人が多いのだ。
と言っていました。
わたくしの場合は、そもそも血圧が低いので、
まだまだ手足・足先も冷えている状態です。
30%ほどの血圧上昇です。
まだ70%の余裕が御座いますので、ご安心くださいませ。
 
 
 
ー追記  H28,11,6ー
 
御釈迦様の掌の上で… 。
と、
四国の合田さんは、先刻ご承知の事で、
慰めて下さいました。
それも、わたくしと女房の会話も、
実況中継しているような再現でして、
御釈迦様の掌の上で… と、
さすが「おシツさま」!
シツヒコさんはタチカラヲの実名(イミナ)ですが、
「おシツさま」はミタマを受けていらっしゃるのでは?
女房が言うのには、
わたくしの表情まで読み取っているようだと。
地団駄踏んでいるのを、
見られていたんでしょうね。遠く、四国から… ?
「おシツさま」には、脱帽で御座います。
 
 
                ・
― 再、追記  H28,11,14 ―
 
何はともあれ、わたくしの、本当の思い、真意をくみ取って戴けますお方様も、
また、おひとり、
い出て下さいましたようで御座います。
 
 この、
現代にも、
「国士」的な、
そのような、すべてを投げ打って、
国事に取り組む、  なんて、
本当に、誰も信じてくれない事で御座いました。
でも、
世の中捨てたものじゃ御座いませんでした。 
 
そのうちに、松本不二子さんは、
本当に理解していただきました偉人です。
今日も、
お野菜などを、お送りいたしました。
ご自分で、お料理なさるのがどうにも億劫なようで、
それで心配しています。
せめて、お野菜など、お送りすれば、
少しでも健康にと!
それで、定期的のお野菜など発送をしています。
そのような事で御座います。

何事も、何ごとも、本当にむつかしく、
すんなりゆくことは、まったくの事に稀有で御座います。

先日来の、
「広めるためには、『古事記』『日本書紀』の批判など、
引っ込めておいて…」
なーんて、
そのような、偽書たらんと貶めにやり落として甘んじて悔いなしと、
そのような、
「ねずみ男」の惑わしにたぶらかされつつの、
お人も、
一喝のせいか?
ちょっと真面目に考える風になってきて下さいました、ようで御座います。
 
わたくしは、
真摯に取り組んできております。
つまり、
アマテルカミも、
さらには、初代のクニトコタチさまも、
本当に敬愛敬慕をしておりますので、
その、我が国の根幹に、ちょっとでも、
あやしい貶めを為されそうな気配を感じますと、
どうしても、ビビッと、強烈な背筋に走る愛国心が身体のそこここにバリヤを張り巡らしてしまいます。

 
そのあたりの事情が、むつかしいですが、
お解りくださいますれば、
同志の思いになる訳で御座います。
どうせ、あと、人生、百年生きれるのかどうか? やはり、何をどう残すのか? もありますし、 あと、残りの時間について、どのように、うるわしく、この世に残せるか?  の事で御座いましょうか? 
 
わたくしは、ヲシテ文献で、記紀の原書ですから本物です。
かなり良い学びをさせて戴きました。
まだまだでは御座いますが、
少しは、
この、40年余に、頭を打ちつつ学ばせてもらいました果実を、
後の世に伝えたいと願っています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年11月 3日 (木)

「カミ」うたす。(「カミ(アメミヲヤや、ご先祖様)」は、懲罰はしない)

「お天道様(おてんとさま)が、見て御座る」

とは、江戸時代ころによく言われた話でした。

ヲシテ時代中期には、

別の言い方が言われておりました。

「「カミ」うたす」です。(カミ、討たず)

つまりアメミヲヤや、ご先祖様は懲罰を加えることはしない。

です。

Kamiutasu

自分で蒔いた種は、自分で刈り取るわけで、
長夢に冷汗びっしょりのうなされに苦しむのだという事です。

ハッピィを他人に及ぼせば、幸せになります。
不幸を他人に及ぼせば、また、身に帰って来ます。
ただ、それだけの事で、単純明快です。
江戸時代頃の、
「お天道様(おてんとさま)が、見て御座る」
と、江戸時代ころによく言われた話より、
ヲシテ時代中期の「「カミ」うたす」の方が、
わたくしは、原理的に勝っていると思えてなりません。
つまりアメミヲヤや、ご先祖様は懲罰を加えることはしない。でした。 
 『ホツマツタヱ』17アヤにも典拠があります。
なぜならば、
「まもらぬはなし」
なのですから。

Mamoranuhanasi_2
 
「カミ」とは、
つまり、アメミヲヤや、ご先祖様のことですが、
分霊であるので、常に守りの内にあるわけです。
懲罰を加えることはしないのは、このためです。
平成24年(2012)に新発見の『ミカサフミ ワカウタのアヤ』にも、
典拠が有りました。
 
Mamoranuhanaki
 
ヲシテ時代中期とは、
アマテルカミのご存世の頃の時代です。
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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