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2016年8月29日 (月)

京都の会場が定まりました。

お寺で「ヲシテ」?  と、
疑問に思われる向きもありましょうが、
愛国者精神の基本姿勢で一致しているのです。
Kyoutowosite1_2
9月には、開催しません。
次回の日程は、10月29日です。
11月から、第三土曜日の定期の開催になります
          ・         ・
日蓮さんは『立正安国論』で、
国家の安寧を強く願いました。
思えば、松本善之助先生の菩提寺も日蓮宗です。
そう言えば、松本先生から、日蓮さんの事を書けと、
言われても居りました。
実現は出来ていませんが、その思いはあります。
そうなのです、
縁(えにし)は、不思議につながっていました。
愛国者精神の基本姿勢で、よくよく考えたら一致でした。
また、思い起こせば、
日蓮さんは、最晩期に、病を押して富士山に行った帰りに、
富士山御師の本庄家にも行って居ました。
そこで、愛国者精神の共感から、
当時の当主の本庄采女(ほんじょう うねめ)さんは、
弟が住職をしている寺を、日蓮宗に改宗させた、
経緯もありました。
これも、愛国者精神からの成り行きです。
当時、お寺の関係のお方にも、愛国者精神は、
充実してみなぎっていたのですね。
そのような訳から、
日蓮さん所縁(ゆかり)のお寺で、
「ヲシテ」の講義も、
愛国者精神からの成り行きと、
そう理解をして頂けますでしょうか?
コモリカミの瀬見の小川の、糺の森にも、すぐ近くです。 
 
Photo_2
 
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2016年8月25日 (木)

大村智先生のこと。

わが国の長い歴史において、
やっと、現代になって、
本当に新しく、
ヲシテ時代に遡って「本当の国学」を、
構築してゆく事は、
そうそう簡単な事ではあり得ません。
当然の事で御座います。
わたくしは、40年以上も前から、
身を捨てる覚悟で取り組んできました。
           ・
それが   …
気楽に、求めて来る人もいますが、
それは、単なるコピペでは無理な作業です。
実際に、苦労を、
本当に、骨身を削って積み重ねる思いの深くあった人には、
その事情は解かろうものです。
でも、
ですが、ここが、
暗記モノの事を勉強だと思ってきていた人々とは、
地道な、地に足を付けて積み重ねてきた、
本物とは、ちょっと、風情が違うんですね。
つまりは、
受験勉強のような、特に、
暗記モノが、極めて上手だった人には、
本質の在り処の解き明かしについては、
その、発明・発見の悩みや苦しみが、
解からない・知らない事でしょう。
コピペするものを供給しないと、ダメのレッテルを貼る。
それって、パクリの人達の、所業のやり方なんですね、
解明とは、研究とは、
あれこれと、解からない事に、
焦点を付けて、
調査をして、試考を重ねて、推論を付けつつ、また、
論定を遂行しても、客観的に理解が得られないようなダメのモノなら、
これは、ボツにします。
さらに、また別の考えから、試論のアイデアを考えてゆくと言う、
きわめて、
本式の考究の事を辿って本質を見定めてゆく作業なのです。


でも、
考えてみてもくださいまし、
悩んだり、苦しんだりするから、
発見の感動が、ものすごく大きいのです。
苦しみ・悩みが100あると、
発明・発見の感動は1000になります。

簡単に答えを見出し得られると、
それは、
コピペ族に成っちゃうんですね。
1の疑問が、
一秒で、即決!!
だと、
感動は1です。
 
でも、考えてみれば、
それは、誰かの考え・アイデアのパクリでコピペでしょう?
それは、
つまるところ、
なーんにも、自分で考えだした成果が無い!!!
それは悲しい事では御座いませんでしょうか?
つまらない話ですね。
受け売りの程度の、
又聞きの程度の、そのような価値です。

やっぱり、
鋭く光り輝くモノは、
ビッと来ます!

今月の、「日経新聞」の、「わたくしの履歴書」欄は、
面白かったでした。
参考になって、勉強になりました。
大村智先生、そうとうの賢人・偉人です。
多くの勉強をさせて頂きました。 
大村智先生も、過去、相当にパクリをされて、
怒(いか)っておられましたとの事です。
当たり前ですね。
一生懸命考え必死になって成し遂げた成果を、
パクられたら、怒(いか)るのは、
わたくしでなくとも、
普通の人間なら当然の事です。
大村智先生の、色々なご判断のこと、
多くを勉強させてもらいました。感謝の念に堪えません。 

 
                  ・
 
どうでしょうか?
ヲシテ文献解明でも、
上手くいっても、わたくしの経験では、10にひとつがちょっと当たりの程度です。
そんなに、試考の当ては、10%も5%も有ったら良いところです。
それが上出来のレベルです。
ですが、
何回も打ち続けたら、そのうちに、大きなヒットが有る!!
これを期待してます。
そうしか、
ヲシテ時代の究明に、現実に定かな定塁を求め行くすべもないです。
思いの外に、
ヒットは、
社会的に大きな遡及効果です!!!
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年8月20日 (土)

登呂遺跡の、「コト(琴)」のこと。

本日は、所要のついでに、
伊勢の国の国衙・国分寺の、
そのあたりを訪ねて来ました。
Isekokuga
小高い丘で、残暑の中でも良い風が吹いていました。
国分寺の跡の考古博物館の3階から、
見晴らしが良かったでした。
スズカヒメの、その所縁(ゆかり)の鈴鹿市です。
ススカヒメと、清音の表記の方が良いかも知れません。
Susuka1
そうしましたら、鈴鹿市の名称も「すすか・し」と、
呼び名も変えていった方が良いのでしょうか?
さらには、漢字表記にも、ちょっと疑問を挟んでこられるお方も、
また、あったりして…  。

さて、
さて、
それはとも置き、
其処、鈴鹿市の考古博物館で、
静岡市の登呂遺跡の展覧パンフレットを、
たまたま見ました。
Torokoto
そう言えば、
数十年前には、
コト(琴)は大陸渡来だから、
と言われて、ヲシテ偽書説の根拠の一つだと、
苦しめられた思い出が浮かびます。
それも昔。
登呂遺跡からの弥生時代の「コト」が、
重要文化財に指定されるそうです。
 
時代が変わって来ましたですね。
あのひとたちからの、息吹く如くのおとしめも、
段々と証拠が出土してきて、
嘘が通じなくなって来つつあります。
でも、
ここで、
もう一つ注意しておかなくてはならないのが、
表記の問題です。
 
モノでは、嘘をつけなくなると、
次は、ソフトの面で、また嘘をついてきますのが、
あの人たちの常習です。で、其処に備えてゆくには、
漢字直訳の害について、真面目にお考え下さいますでしょうか?
 
ヲシテ時代の、それもヲシテ時代中期の「コト」の、
これが、例えのひとつになります。
そのものを、ヲシテ時代中期の「コト」を、漢字の「琴」と直訳していて、
果たして良いものなのでありましょうか?
此処が、
わたくしの常々申し上げてきている事で御座います。
ヲシテ時代中期の「コト」を、
直訳に当て嵌めて「琴」と翻訳したら、
それは、大陸からの渡来の楽器になってしまいます。
 
わが国の方では、「5本絃」の「ヰ・ス」コト、
6絃の「ム・ユツ」コトなど、多くの例証が、
ヲシテ時代中期に文献根拠として実在して有るのです。

わが国の縄文・弥生時代にあった「コト」、
それと、
中国大陸や韓半島にあった「琴」とは、
この両者に、
形状も、それぞれ大きく違うのに、
安易なコピペの直訳をしたら、
それが独り歩きして、
結局のところ、
わが国の尊厳が横取りされちゃうんです。
本当の我が国の古来から、ヲシテ時代中期にあったモノとは、
ちょっとと言いますか、相当に大きく意味合いが変化していませんでしょうか?
ちょっとずつ、畔せせりに侵害してくるのです。
尖閣をビビッて譲ったらすぐ水際まで侵食してきますよ。
それが、畔せせりの、なせる業、
「ハタレ」の為せる業です。
陥ってはなりませんですね。
此処が重要です。
 
 
此処のところを、
わたくしは、ずっと、申し上げています。
もう、お解りで御座いますでしょうね。
対する相手は、信義を重んじるなんてちゃんちゃらないわけでして、
そこは、「ヲシテ国学」に目覚めたわたくしたちとは、目的が違うのです。
簡単な、楽器の出土物の表記でさえ、
直訳したら、我が国の宝物が、外国由来にと横取りされてしまうのです。
庇(ひさし)貸したら、母屋を乗っ取られ、です。
こんなバカな事が有りますか?
 
ちょっとの親切心が、
思わぬことに「売国奴」に成っちゃう、笑えない悲劇です。
気楽な気持ちで、直訳を、親切心でしたら、「売国奴」に成っちゃう悲劇です。
 
さらに、つまりは、
なおさら、理解のむつかしい哲学用語なんかについては、
まさに、やられ放題もいいとこになってしまいます。
庇(ひさし)貸したら、母屋を乗っ取られ、 が、
もっとも注意せねばならない事柄です。
 
わたくしは、
松本善之助先生仕込みの、
強烈な、
愛国者ですから、そのようなことには、
どうにも、おさまらないので御座います。 

          ・         ・
 
 
 
 
 
               ・
一番わかりやすい例が「ヰ・クラ、ム・ワタ」のことです、
『ホツマ辞典』の「序」(P3)にも書いておきました。
いまだに、「ヰ・クラ、ム・ワタ」を、
「五臓六腑」に直訳しても、誤訳だとも気が付かない人もいます。
それは「貶めでしょう!」と、忠告しても解かんないですよね!
悲しいかな!!
売国した意識も無くて、本当にかわいそうな事で御座います。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

2016年8月17日 (水)

松本善之助先生の、 肉声録音が見つかりました。 「ハタル」人達の対応をどうするか? 京都の「ヲシテ講習会」が近付きました。


2~3回聞いてもらえましたら、
だんだんと、
声として聞こえてくると思います。
でも、
出来れば、雑音取りなど、音質処理のことも、
やりたいです。
わたくしの技術では、此処まででした。
能力が未熟で申し訳ございません。
 
高度技術をお持ちで、
何とかして下さいますお方様、
よろしく、ご連絡をお願い申し上げます。
 
 
        ・      ・
Inubiwa
                  <イヌビワです>    
 
また、直訳を出せと、「ハタル」人々が出て来てしまうようです。
それで、「解説文」のUPは、見合わせます。
啓蒙は難しいもので御座います。
わが国に、こんなにすごい文明があったと、
それも、縄文時代の前期にもさかのぼる!!
大文明であったと、この発見なのですが、
直訳的なコピペにしたら、見るも無残な、
偽書まがいになってしまいます。
どうしても、
わが国字の「ヲシテ」の復活を前提としないと、
千数百年の漢字国字化時代の悪弊に、また、
押し流されてしまいます。
「解説文」のUPは、見合わせることに致しました。
「ハタル」
は、相手の意に沿わなくても、
強引に物事を欲求することです。
漢字国字化時代以前の、ヲシテ時代の言葉です。
Hataru1
Hataru2
Hataru3
Hataru4
Hataru5
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

2016年8月11日 (木)

玉津島神社のこと。「特別展 玉津島―衣通姫と三十六歌仙―」和歌山市立博物館

和歌山で、衣通姫(そとおりひめ)の展覧会が開かれています。
冷泉家の、所蔵の古文書の貸し出しが有るのを、
藤原俊成卿の、献歌にと、見ていて気が付きました。
でも、
この案内では、冷泉家の協力が有った事も、
説明に不備であるようです。
以下は、冷泉家からのご案内です。
随分と、違いますね。 雰囲気が!
Sotoorihime
どっちを見たら? 見に行こうか? と、思いますか?
 
図録を送ってもらう依頼方々、
ちょっと、其処に触れておこうかと思います。
ご協力をして貰って、ひとことも、説明も無し?
重要文化財の借り受け展示を、させてもらっても?
一言も説明も無し
    -追記-
    図録の送付の依頼方々、
   協力して貰っていて、不記入の事を指摘しましたら、
   担当の方は「すみません」と言っていました。
   色々な事情がある雰囲気を感じました。
    -追記、終わり-
 
ひとつの会の説明にも、
こんなに差が出て来ちゃうのですね。
 
同じく、ヲシテ文献でも、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」を、
そうではなくて、
面白おかしくお楽しみをしたいのか?
そのあたりの目的の違いによっても、
理解も、表現も変わって来ますですね。
       ・        ・
玉津島神社の事に関しまして、
その他にも言いたいことは、
山積ですね。
と、言いますのも、
『古事記』『日本書紀』の原書の、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の現代発見と・現代研究から、
玉津島神社の、その、お祭りの根幹の真実が解かったからですね。
くわしくは、
『ホツマツタヱ』1アヤをご覧願います。
『ホツマ辞典』を参考にして頂くのがよろしいでしょう。
 
 
まだ、
一般には、『古事記』『日本書紀』の原書が「ヲシテ文献」だとの、
認識が無いので、
言っても無駄なので、
聞かれてくるまでは、
黙っとくつもりです。
どうでしょうか? 頭を下げて聞きに来てからで、良いですね。
重要文化財の借り受け展示に、協力して貰ってても、
ひとことも、説明も無しではねーーー。
研究に忙しいですから、無駄は避けます。
 
                    ・ 
 
目的が違う人達とは、
やはり、話がうまく運べません。
それはそうです。
わたくしは、松本善之助先生の、
ご提唱の「新々国学」に、この精神に則って、
もっと進めようとしていますからです。
それで「ヲシテ国学」です。
 
「ヲシテ国学」の路線に賛同して下さいますお方々が、
このところ、急激な勢いを以って、
増えて来て下さいまして御座います。
もう、そろそろには、
大勢は判明してまいりましょうか?
と、思っております。
それはそうです、
青木純雄さんの天才ですら、
ヲシテの原理が見えてくるまで、
最短の新記録で5年かかったのですから、
入り口は大変で御座います。
 
わたくしの方の、
苦節40年の、
いや、
61-17=44
ですから、もう44年になりましょうか?
思えばあっという間でした。
でも、
これからが、仕切り直しの本番になりましょうか?
まだまだで御座います。
 
そのためには、もっともっと、
勉強を重ねる必要を感じております。
勿論の事に、研究・解明の方も、
もっともっと進めなくてはなりません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年8月 4日 (木)

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の、位置関係と「ねずみ男(女性の場合も多いです)」対策に付きまして。「国学」の今・現在に新たに生まれ行く場所の事につきまして。  近影あり。

松本善之助先生は、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」が、
『古事記』『日本書紀』の、
つまり記紀の原書だと、発見されました。
そのことから、毎日新聞社版の、
『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』(松本善之助、毎日新聞社)
の、正編・続編として、出版されました。
発見の経緯も、ゾクゾクものです。
この、 9月の半ばぐらいには、展望社から再出版をします予定です。
現代発見の、50年目の記念出版です。
よろしくお願い申し上げます。
アマゾンの古書頒価で、正編が5000円にもなっています。
それよりは、廉価の設定にしたいと願っています。
価格も大切ですが、時の時代の流れも、複雑で御座います。
現代の奇跡の、大きなひとつです。
ところが、
「ねずみ男」が群がっちゃいましたのです。
むつかしいもので御座いますですね。
Kinoko
こんな、あれこれ奇跡の発見の成り行きを、ご承知して頂きますのも、
それは、
価値が有るようにも思えてまいりました次第で御座います。
 
            ・
 
さらには、
解明の事も、圧巻です。
松本善之助先生には、
「ヰ・クラ、ム・ワタ」の、ヲシテ時代中期の語彙を、
「五臓六腑」に当ててはおかしい、ダメだ!
と、
『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』(松本善之助、毎日新聞社)、
の中でちゃんと、すでに、述べておいでになります。
松本善之助先生は、お偉いです。ちゃんとなさっておいででありました。
きちっと、意識なさっておられます。
これが、お偉い事の、尊敬に値します事です。
それが、
あとに、コピペ的な、
直訳の人達は、赤面も無く「ヰ・クラ、ム・ワタ」を「五臓六腑」にコピペ直訳で恥をも感じ無しの、テイタラクのありさまでした。
これは、ひどいです!!!
赤面の、臆面も、それなくとは。ヲシテ文献には、こうあります。
Hati
かなしいかな、のありさまの事で御座います。
かなしいかなしい、の強烈さを思います。
 売国している事実も、その人たちには不認識なのでしょうね。おそらくは。
こんな、小学生にも解かるべき理屈も、
わからないのは?  どうして?
それは、悲しさの最たることで御座いますですね
わたくしの目には、「売国奴」の直訳に写ってしまうのが「五臓六腑」直訳です。
くわしくは、『ホツマ辞典』をご覧願います。
 
 
 -追記 H28,8,8-
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、
『古事記』『日本書紀』の原書ですから、
マトモに研究と・解明を進めてゆけば、
本居宣長を超える仕事になるのは、
自明の理です。
ですが、先ほどにも、
「本場の、松阪の本居宣長のどうのこうの…」
と、言われて、いささか落胆しました。
全然の事に、わたくしの立ち位置が解かってももらえて無い、
そのようなお方も、多い事で御座います
何が上手くゆかないのかは、
偽書に見られてしまっていては、
いつまでたっても、「変人」扱いのままです。
そこを、きちっと、本来の姿に戻すには、
直訳のコピペの当て付けを、綺麗に拭い去ってゆく事が必要です。
せっかくに、哲学としての「ヰ・クラ、ム・ワタ」の概念の、
ヲシテ時代での深い意味合いが発見されたのに、
「五臓六腑」に貶め当て付けしたらダメでしょう。
これを拭い去ることが肝要です。
 
そうして、
マトモな路線に戻り得たならば、
ですね、
『古事記』『日本書紀』の原書の現代発見と現代研究から、
「ヲシテ国学」として、本当の国学の再構築を進めているのですから、
こちらが、これから未来に向けての本場になります。
本場とは何か?
それは、
「国学」の起きるその原位置のことです。
いま、残暑の最中で、
水浴びしたりしながら、作業を進めています。
地道な作業です。
これも、先の将来に、展開できるかも知れないと、
その基本の研究作業です。
研究とは、本当のところ、地道なもので御座います。

では、考えましたら、
「国学」の新たに生まれ行くところとは、
一体どこであったのでしょうか?
それは、  
あるいは、松本善之助先生の旧宅とか、
言うのもはばかりますが、寓居もそうでしょうし、
お住まいであったり、四国の合田さんのお宅も、
そういう事になってゆくはずでありましょうか?
もっと、この他にも、多くの旧跡が、後の世には、
数えられてゆく事でありましょうね。
そういう、後の世にも数えられるには、
「ヲシテ国学」に、どれほど貢献したか?
に、
未来の、見識あるお方の、選別眼が、
其処に注がれますですね。
松本善之助先生は、現代発見と、記紀の原書としての発見が、
殊の外に偉大です。
青木純雄さんは、国語の源流解明に大きな寄与を為されました。
そういう事で御座います。
Omairi
また、
これからも、偉大なお方様は、
ますます多くご登場くださいます事でしょう。
わたくしは、ヲヲヤケのパブリックに依拠して、
真面目に、後世に残り得るものであるのかどうか、
冷静な判定を定めてゆきます。
どうせ、
傷だらけで、完璧など、求め得もしない、
求めるべきでも有り得ないのが、私の立場です。
つまりは、求道者なのでしょう、わたくしは。
 
これからの、お方への提案ですが、
広範な世間へのマトモな頒布をなさることも、
後世の人々から、良い評価をされますでしょう。

                     -追記 終わり-
ソサノヲも、
時を経て、苦労をし得て、ちゃんとさとりました。
それで、子孫に、偉人のクシヒコさんも出ましたのですね。
今から、改めたら、それで良いのです。
出直しは、今からやって、遅くないのです。
歴史は、今から、そして明日から始まるだけですから。
なにも、わたくしは、責めてなどは、毛頭にも、
その意識は無いので御座います。
間違いを直して欲しい。我が国の名誉のために! と、
そのように申し上げているだけで御座います。
 
また、
「神代文字」なるものの、江戸期以来に称せられてきていた、
あやしげなる偽書にも、きちっと、判断を為されています。
だから、松本善之助先生は、尊敬に値します。
偉いと言う訳で御座います。
真贋の区別をちゃんと、お付けになられておいでで御座いました。
松本善之助先生はです。
真贋区別を、お付けになられた、松本善之助先生であられたのです。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」とは、
明らかに格が違うのです。これは、骨董で言うならば「真贋」の違いです。
だから、松本善之助先生は尊敬に値するのです。
真贋の違いを見定めた、すごい目利きです。
他の、「カタカンナ」や「武内文書」など、神代文字のたぐいは江戸時代以降の偽作です。はっきりしています。
 
ですが、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、記紀の原書ですから、真書です。
この違いが、明瞭に解からなければ、
それまでということです。
此処、
アイウエオの「あ」です。
この違いを、わかっているのかどうか?
アイウエオの「あ」です。
一言付け加えますれば、
真書を、偽書だと貶めてでも流布するのは、
それは、売国行為そのものでしょう。
それは、バナナのたたき売りでしょう。
そこには、
マトモな『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は、路線合致はしませんですね。
 
          ・         ・
 
それなれば、
で、
わたくしも納得してきています。
ですが、
『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』(松本善之助、毎日新聞社)
の、正編・続編として、出版されましたる、以降にアタフタ駆け付けやって来た人々は、
どうも、目的が違う人達が多い事でした。
もちろん、もっと多くには、とっても良いご縁を頂きました、
素晴らしい人が、あの顔あの顔と、浮かびます。
これ「毎日版」が出来得ていなかったら、
恐らく今日は無かったことは事実です。
でも、
良い人の出現の、その、伴(とも)には、
そうでもない、足引っ張りの状況のお方も、それは、多くて御座いましたです。
それはそれで、存在意義も、めぐりめぐっては、
そう考えましたら、
存在意義も認めれることにはなります。
「アメのママ」とは、
こういう事で御座いましょうか?
とは言え、わたくしの立場は、迎合に非ずとしての峻一の気概と立ち位置は、崩せませんです。
マトモにやって来ていることを、
それは、崩せませんですよね。
哲学用語のすごい概念の「ヰ・クラ、ム・ワタ」を、
直訳貶めの「五臓六腑」じゃ? それは、ひどすぎると言うものです!
 
また、こんな例もあります。
アマテルカミの東北留学のアマツミヤを、
江戸時代頃のインチキ当て付けの「金華山」にして現在地考証したら、
間違いでしょう!! これも、大きな貶めですね。
夕方の7:30から、お伊勢さんの、
内宮のすぐ隣の「修養団」さんで開催です。
会費は、資料費もすべて含めて1000円です。
どうして? 月末開催になったか? の理由は、
故、中山靖雄先生が、全国各地での講演の依頼が、
不思議と、月末には無い事が切っ掛けでした。
翌日の、一日参りのそこにも合わせられますので、
ご参加のお方様にも、また良いという事で御座いまして、
それで、月末の日になっております。
中山靖雄先生は、『古事記』はおかしい、その世界観は、どうもおかしいと、
そう気付いておられました。それなればこそで、
わたくしは、講義にずっと通わせてもらっています。
『古事記』は、漢字の文字の文章に翻訳されて、
その内容が、世界観が、グチャグチャに酷い事になってしまっているのです。
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」に遭遇しないで、
其処の不具合に気が付かれた、
中山靖雄先生に、わたくしは一目置いている訳で御座います。
なにしろ、国士的な思いが、中山靖雄先生には御座いましたですね。
修養団さんには、宿泊施設が、沢山完備しています。
サミットの際には、警察関係のお人の宿泊所になって、
大賑わいだったとの事でした。
話の合うお方々で、ワイワイやるのも、楽しみだと、
レギュラー・メンバーは、言っておいでです。 
 
           ・           ・
さて、
さて、
片や、記紀の原書です、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」は。だから真書です。
もう一方の、
神代文字類は、偽書です。
そして、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も、勿論偽書です。
直訳して、ヲシテ時代中期ごろの哲学用語を、「五臓六腑」なんかにコピペするから、偽書製造に成っちゃうのです。
そして、事ありなんの、誹謗者が、其処を論(あげつら)うのです。
 
          ・      ・      ・
 
わたくし、もちろんの事、また、松本善之助先生の思いは、
本来は、我が国の、本当のこんなに優れた文化・文明は、
現代に復興したい!!
そう思うのですが、  それが当たり前、と、私は思います。
そうではない人達が、びっくりするほどに多い事に、
過去、40年来の経験で、わたくしは感じました。
弱体化計画に、その、走狗になって走る人なのかも?
「我が国」の貴さを言うと、眉間にしわを寄せる人が、
やっぱり、居るのが、私には不思議でたまりませんでした。
でも、
現実を受け入れるのは、
正しい判断につながると、
Ookinaugoki
           <どう? まともさに追究してゆくか? 
            女房は、読書です。
            わたくしは、あれこれ、精進して、
            試行錯誤を重ねて、より良いミチをめざしています>
アマテルカミもおっしゃっておいでになられてました事が、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」で、明瞭になりました。
最低でも、
ヲシテ文字の読み書きが出来ること、
それが、
ヲシテなど、『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」の専門家の必須条件です。
みなさま、
ヲシテの文字の読み書きも出来ないかどうか?
講座など、受講なさいます上で、講師として認めれるかどうか? 
必須の条件に入れてお考え下さいませ。
「ホツマ文字」とか、ヲシテ文献・「ヲシテ文字」について、
講義するのに、それが読めもしないのでは?
いささか、どうなの? と、疑問に思うのが、
わたくしは当たり前だと思うのですが、
みなさま、いかが、お考えになられましょうか?
                ・
「ねずみ男(女性の場合も、多々あります)」が、
噛んできます事が、この頃、
寡聞なわたくしにも、とみに、
昨日にも、今日にも聞こえてまいりました。
とはいえ、そう言って話題になるようになったのも、
それはそれで、一般化について、嬉しい事実であります。
先々、何が良いようにと、芽開いてくるやも知れません。
「アメのママ」にと、そう、思っております。
Amenomama
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年8月 1日 (月)

旧人類と、新人類の差のこと。 そこには、「トのヲシヱ」があるのかどうか? の区別なのでは?

わたくし達の人類は、

今、こうして、ここにあります。

進化の歴史の事は、不思議な事で御座います。

昨日に、お伊勢さんの内宮の玉砂利の参道を歩きながら、

も、

考えておりました。

どう? 進化が起きてきたか? を、でした。

ちょっとの、前にもの、

生物の、生命の、その、

歴史のことを考えますと、

旧人類と、新人類との別れをしてきたところだと、

そう、わたくしは、思うので御座います。

もうちょっと、さかのぼりますと、

更にずーっと前には、

哺乳類が、また、生物の形態としての別れをしてまいりました。

もっと前に遡りますと、

植物や菌類などと、動物との、別れを経て来ております。

不思議な事、いのち(生命)の歴史を、

思って、

いすずのかわの橋を歩いておりましたら、

五十鈴の川に、

シラサギの大きなダイサギが、

宇治橋の川下と川上に、

一羽つつ、居ました。

綺麗な首を伸ばしていました。

べべさんや、大阪で苦労を重ねておいでのお人と、うちの女房とも、

わーっと、言って居りました。

ウタを、詠むべしでもある光景でしたですね。

まさしくの、美しい光景でした。 

 

不思議な事で御座います。

 

思うに、

生命とは? どういった、無生命との違いの事で御座いますが、

ウィルスは、生命であるのか?

大腸菌などの細菌は生命であると、そう、考えは出来ますのでしょうが、

粘菌は?

熊楠の悩みを、やっぱり、わたくしも今に思うので御座います。

 

 

さて、

運動不足の解消にと、再開しての一年半の、

ソシアル・ダンスのパーティでも、

踊りを申し込まれることの思いに、

「なかなか、空かなかったので、

こんどは、よろしくね!」

と、一昨日も言われました。

基本的には男性がお誘いするのをマナーとされています。

出来るだけ、さみしそうな人を作らないように、とは、

常々に心掛けています、が、

水分補給も、必要です。

 

休みなくも踊っていても、ご期待に、

そえていなかったわけです。

ダンスウェアを汗びっちょりで着替えしつつでも、

ご希望に果たし得なかったです。

有り難い、嬉しい悲鳴の事で御座います。うれしい事で御座います。

やっぱり、男性は消耗品としての位置付けが、

生命学的な真実のところです。

消耗されてこそうれしい。

 

今、ついさっき、女性からマゾだと、冗談を言われて、

二回も聞き直してしまいました? 

わたくしは、男性こそは、消耗品の事だと思っていますから、 

解からなかったことでした。

      ・

ダンスのことでは、

「今度は、ね!」のお申し込みに、

「よろしくお願いします」

と、

ごあいさつを、申し上げました。

 

評価を得たことの、まことのことに、うれしい事の事で御座います。

 

大陸的な文化だと、

対人関係において、どう、組して従えてゆこうか?

と、

画策するのが、常の事ですが、

わたくしには、その心持ちはどうにも、

なじみ得ません。

 

本質は、そこには無いと、私は思っています。

女性側の思いが大切なのだと、

わたくしは、思っています。

つまり、そこが肝心で、お茶であれ、ダンスであれでもそうですが、

リード側、おもてなしの側、

それと、

ご接待を受ける側の、主に女性側にもなりますが、

もてなしたり、

リードしてゆくところの、その極意とは、

相手の思いをどうくみ取るか?

そうして、そこに、どう?期待に応えるか?

に、

あるのだと、そう考えています。

そこに、

フィットしてこそ、リードというものの

その本質が、活きますのです。

男女の役割は、その都度違いますが、

女性側がリード役もおおよそ半分あってこそだと、

そう、私は考え思っています。

リード&フォローも、半分づつで、

最終判断をどっち、が、やるか、

のことで、リード役も、

相手側の意向をどれだけきき取れるかが、

その手腕の価値の100%ですね。


 

対人関係について、

基礎の構造的なブロックが、

組み従えるのでは、無い、と思うのであります。

つまるところ、

協調して、相手の良いところを讃えて、

認めます。

そして、

そこに、こちら側の、プラス・アルファの、

エッセンセンスを、

どう、コーディネイトするか?

出来れば、

あんまり、目だたないように、

出しゃばらないように、

恩着せがませにも、とられないように、

自然の風体の風情に出来れば理想です。

 

そのような、

ことが、スラッと出来るのが、

うつくしいでしょうね。

Tonowosie_2

の、極意と申して、良いのではないかと思います。

 

 

 いろいろと、

長年に、頭を打ちながら、間違いながら、

少しづつ、勉強させて頂きました、

その、お恩と、

ご迷惑をお掛けしっぱなしの事を、思うばかりで御座います。

 

近影です。

Ikedamituru



 

  

 

 

 

 

  

 

 
 

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