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2016年3月27日 (日)

ホツマから真面目に発展の「ヲシテ国学」、何から読んだら良いか?  月夜の名称の事。

どの本から読んだら良いですか?

そう、よく聞かれます。

Sakura
               <サクラにも、イロの違いが多くあります>
「ヲシテ国学」は、『ホツマ 縄文日本のたから』からお読みください、そう言いたいと思います。
松本善之助先生から、極めて強くご推薦になって頂いたのが、この著作です。

また、別の人にお薦めしたいのは、
国家を主にして述べた『ホツマツタヱを読み解く』であったりします。
また、他の人には、
世界観、宗教観、「縄文哲学」にくわしく焦点を当てた『縄文人のこころを旅する』を、お薦めします。
または、
ヲシテ時代の末期に、なった時点から、我が国を鳥瞰した『ホツマで読むヤマトタケ物語』。
この4冊は、それぞれの人のタイプに合う入門書として活きると思います。どれかが、フィットすると思います。
 
『ホツマツタヱ』16アヤの記述も面白い例えです。
Akanimete
 
 
「国学」を、どう建ててゆくか?
古来、本居宣長もそうでした。多くの人々が、この、大きな仕事にチャレンジをして下さいました。お陰を大きく戴きましての、わたくし達が居ます。
Kuwa_2
本居宣長。
谷川士清(ことすが)。
賀茂真淵。
契沖。
などなど。
また、別流では。
富永仲基。
などなど。
 
富永仲基は、別として、
ヲシテ文献の現代研究の以降は、
過去の「国学」の先達の光り方はずいぶんと減光してしまいました。
Kihuji
                 <キフジです> 
なにしろ、
過去には基礎に置いていた『古事記』『日本書紀』の原書が発見されちゃったのでしたから、仕方がありません。
そして、『古事記』『日本書紀』の原書の発見・研究が此処まで進んだからです。
 
   「ヲシテ国学」は、
『定本ホツマツタヱ』と『ホツマ辞典』が基礎を為します。
そこに、
『ミカサフミ』や、『フトマニ』などの『カクのミハタ』をも加わりますから、一大文明のボリウムがあるわけです。
我が国の、本当の基礎を作り直す仕事ですから、
そういうように、大きなモノで御座います。
国語の再構築に向けて『よみがえる日本語』のシリーズも、着々と、出版開始をしております。
ゆっくりと、
着実にご覧願いたいと思っています。
 
昨日は、良い人から、「ヲシテ・フォント」の申し込みを頂きました。
手紙を書きまして、これから投函しに行ってまいります。
「朝月夜」にサクラを見ながら…。
これは、久方ぶりの、開放感です。大きな充実感とも申せましょうか?
Ariake
               <今使っている、ウタの帳面です。
                 ツカ見本を廃物利用してます。
                 ツカ見本とは、印刷前に大きさを見るための、
                 見本です>

           ・         ・
 
今日は、旧暦の、キサラキ(2月)の20日です。
今朝のお月様は、昨日の月齢ですから、キサラキの19日のお月さんです。
朝に見れるお月さんを、「朝月夜」とか、「有明」とか、「有明の月」とかとも言います。
言葉は、進化発展するものでして、
「朝月夜」や「有明」 の表現は、『万葉集』あたりの時代から発生した言葉のようです。
わたくしのように、ヲシテ文献に慣れ親しんでいると、比較的に新しい表現の言葉が「朝月夜」や「有明」だなと、感じてしまいます。
今朝の、お月様は、鞍居桃の飴玉ぐらいに膨らんだツボミを照らして、いよいよ、本格のハル(春)の雰囲気です。
ハルを、漢字で書くと、もう、違和感を覚えるようになってしまった私でした。
また、
「夕月夜」の表現も良いですね。これも『万葉集』あたりの時代からの言葉のようです。
 
ツキの、ミツル巡りの前半を、「夕月夜」。
ツキの、カクル巡りの後半を、「朝月夜」・「有明の月」。
解かり易い表現です。
ヲシテ時代以降の発明語だと申せましょう。
ヲシテ時代の中期には、
ツキの、ミツル巡りは「あいぬ」、
ツキの、カクル巡りは「あひき」、
の表現もありました。
「なかれき」と「およくき」の対比でもあります。
くわしくは『ミカサフミ アワウタのアヤ』にご覧ください。
ヲシテ時代の中期ごろの文明は、
現代人には、びっくりの、新発見の概念が満載です。
それだけに、理解がむつかしいものなのです。
漢字直訳すると、意味不明の循環に陥ってしまいます。
 
 



 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年3月19日 (土)

京都の「ヲシテ講習会」が近付きました。3月26日です。    夏井睦先生の「糖質制限」に関して。  追記、偽書の「神代文字」との違いの区別の判らない人もおられますこと。

京都の「ヲシテ講習会」が3月26日(土)13:30からです。 

京都御所のすぐ隣が会場です。

お問い合わせは、こちら。    前回の会場の風景です。
Yashabusi
                <ヤシャブシです。
                 花粉の量が多いので、
                 びっくりします>
「ヲシテ国学」の、樹立に向けて、
少しづつ進めております。
まず初めは、ヲシテ文献を我が古典として、
身の内に取り込んでいってもらう事が、重要であると考えています。
古典は、素読と、暗唱から。
気楽に親しんでいって貰う事だと思います。
Biwa1
                   <ビワです> 
広島などでも、ヲシテ文献に親しむ会が出来てきています。
我が古典として…  。
            ・        ・
 
そうそう、
『記紀原書ヲシテ』の訂正シール貼りを、
そろそろ、しておかねばなりません。
訂正シール貼り済みの書籍が減ってきました。
これは、結構手間が掛かります。
 
      ∞     ∞     ∞     ∞     ∞
 
夏井睦先生のブログで、
面白い記事がありました。世間との関連です。
Tousituseigenn2
さて、
正論は、常識とのギャップが大きいと、
しばしばそういう事です。
ちょうど、
「糖質制限」を進めてゆく状況と、
わたくしたちの進める「ヲシテ文献」・「ヲシテ国学」
とは、意味合いがよくよく合致しています。
もちろん「糖質制限」の方が、世間的には先行しています。
それでこそ、先行する先輩として、評価します。
だからこそ、尚更に、
参考になります。
先輩ならば、後輩に、示し得てこそですから…。
 
さて、
夏井睦先生は、
(なつい まこと)
正論で、ギャフンと言わせますので、
抵抗勢力の人達は、みんな逃げちゃいます。
2年前から、そういう状態が続いているそうです。
夏井睦先生はブログでも、かなり過激な主張をなさっておられます。
患者さんの幸せを考えての事でしょう。
わたくしも、
我が国の将来の事を考えてのことで、正論を言わざるを得ない訳で御座います。
 
さて、
夏井先生に相対して、テレビ番組で、
今回も、完全に罵倒される役を受ける人が、
はたして出るでしょうか?
 

 
それはそうですね、
医院を開業してたら、その後の影響を考えてしまいますし、
務めに出ていたら、医局で、その後何と言われてしまうか?


「ヲシテ国学」の場合でも、
それはそうなのですね。
完全なる無視が、形のあるアカデミックの所属の人達には、
数ある、選択肢のうちの、唯一の取り得る手段なのです。
そういうことは、
理解しておりますので、
わたくしのところに、名のある人が訊ねてこられましても、
諸般の事情を考慮しておりますので、
名を明かしたりなどは、許可なくしないでおります。
結構、大学教授クラスのお方も、
ちょこちょこ、尋ねてこられたりもしています。
ことさら言ってもおりませんが、片手や、両手などだけでは、勘定出来ないのかも知れません。他人の手も使うとなると、もはや、不明の事々での状況で御座います。
気長に、お待ち致しております。気楽にです。 


初期の、世間流布の状態は、「糖質制限」と、「ヲシテ国学」と似ています。
ですが、中期、長期の展望については、異なってまいります。
「ヲシテ国学」では、別の学党のアカデミックを建ててゆくことになります。
『古事記』『日本書紀』の記紀を基にするのではなく、
『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」を基にしますので、
学問の根底がまったく異なるから、別次元の学党がどうしても要り様になります。

       ・     ・      ・
 
 
 さて、
 
女房が、天ぷら油を用意できて、
もはや、揚げて!!   と、今、言って来ました。
30年来、天ぷらは、わたくしが揚げてます。

そのような事で、
お料理に掛かります。
今日は、
煮干しの天ぷらをしてみようと、これが楽しみです。
伊吹島の煮干しです。イリコと言いますね。
なき母から、いつも、精進揚げだと言われてました。
煮干しの、イリコだったらいつでも揚げれますね。
イリコの天ぷらは、衣を付けて、しばらく置いておいたら、カリッと揚がります。
伊吹島イリコは、美味しいです。
なき母にも、
 … と、思いつつ …  。
でも、また、そんなもん! なんて言われてしまいますかも?
Kuraimomo6
           <左下が、鞍居桃のつぼみの今日のほころびです。
             一輪だけ、メシベが、3本出て来ました。
             これが、どうにも、かわいくて、うるわしいのですね。
             水に浮かしているサクラの花は、
             サクランボの品種です。
             下の写真が、そのサクランボのサクラです。
             上下、ふたつの花器は、女房の焼き物です。
             上の鉢は、食器としての方が似合ってます、
             か、しらね?
             この間の窯出しの焼き物です。
 
             下の、梅鉢形のうつわも、
             殊更な主張がないので、何にでも合わせられます>
Sakurannbo
             <ちなみに、下の写真は、
              早や咲きの自生種のサクラです>
Sakurahayasaki

 
           ∞       ∞        ∞
 
 

結構、出来るだけ説明のことを、努めてきておりましたが、
未だに、
偽書の「神代文字」と、
こちら、真面目にやってます「ヲシテ文献」「ヲシテ国学」との違いの、
その差が解かってない人も居られますです。
一番の大切な区別は、
偽りの「偽書」の江戸時代頃に偽作されたものと、
ちゃんとした根拠のある、漢字渡来以前に遡る「ヲシテ文献」、
この、ふたつのものは、
まったくの別次元です。
その違いを理解して、
そこから、初めて、第一歩ですね。
このような、大きな違いの、其処が解からなかったら、
おはなしの端緒のそこの所の、初めの切っ掛けがどうなの?
と言うお話です。
Kuraimomo9
           <クライモモ(鞍居桃)
             のツボミです。
             本日、旧暦のキサラのモチの
             あくる日です。
             昨夜のお月様は、雲間にかくれつつ、
             うつくしい事で御座いました。
             いよいよ、ハルです。
             クライ・モモは、
             めしべが、出て、かわいいです。
             2本だったり、1本だったり、3本だったりします。
             下の写真は、幹の、美しい輝きです。
             花もそうですが、しっかりと、生命を維持してゆく
             根幹の輝きも大切だと思います>
Kuraimomo8
まだまだ、ヲシテ国学の樹立に向けては、荒波が絶えませんですね。
もっとも、大事な区別のことも、
まだまだ、理解のこと世相には、一寸程度のことにも、浸潤しも得ていないこと、良くよくわかりましたで御座います。

実は、
「神代文字」を広めてます。
と言ってきた人が、おられました。
それは、
「直訳偽書の秀真伝」との区別の、
もっと前の事ですね。

びっくりしちゃって、
「ビックリ。ポン!」です。

この、「偽書」と
「真書」の、その、
初めっからの、ご説明から…  、
も、ちゃんと、ご説明をしなくては…  、
まだまだ必要なようですね。

「直訳偽書の秀真伝」も、ひどいです。
でも、
もっと、
その前に、目に付いて酷いのが、
「神代文字」
の偽書偽書のレベルを、臆面もなく言い論(あげつら)う行為のその事です。
我が国の光輝を、それは、いかにも貶(おとし)めている事だと、気が付かないのか?
いささか?
呆然として、あきれかえるのが、わたくしの今です。
 
くわしくは、『ホツマツタヱを読み解く』 にて、
詳述を致しております。
ご説明は、ここでも、詳しくして御座います。
お読み願えますよう、お願い申し上げます。
お読み頂いても、
解かり辛かったら、私の責任です。
どうぞ、ご叱責の上、ご質問のこと、
よろしくお願い申し上げます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年3月10日 (木)

『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献は、わたくしたちが、本当の当事者であるという意識の事。 同姓同名の多い事、「池田満」のありふれた名前の事。 官休庵の茶筅の事。 新匠工芸会の展覧会です。

わたくしは、初めっから

「ヲシテ」を復活させることが、

我が国の本当の基礎を築き直す元だと考えていました。

何故ならば、アマテルカミのご使用になられていた文字が「ヲシテ」だからです。

アマテルカミの大きなおこころを知るためには、「ヲシテ」でなければ解からないからです。これが、本当の我が国の文化的独立になります。

「ホツマ ツタヱ」などヲシテ文献にかかわって、当事者は誰なのか?

この意識の持ち方は大切だと思うのです。
つまり、『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献は、
わたくし達の国家感に関する重要事項になります。
当事者は、わたくしたち、「日本(ひのもと)」に縁の最も深い人々であるわけです。
理解の歩みの速さは、遅くとも、それはそれで悪い事ではありません。 「はやく おそきも こころあり」とも、古言に言います。
Haykukiosoki
 
第三者的な意識で、他人ごとの感覚で、『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献をみていては、 ズレが大きい事だと思います。
初めの小さなズレが、 やがて、年月とともに大地震を引き起こすぐらいの、大きなズレにも成長することもあるようです。
 
私たちの「日本」のこと、本当に考えてゆこう。
この思いが、『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献に関わるうえで、一番大切なことだと思います。
だからこそ、「ヲシテ」にこだわります、わたくしは。
 
  古代、特に、ヲシテ時代の事は、 今まさに、常識に乗せてゆこうとして、模索の段階にあります。 現代研究もそろそろ一段落になりつつあるからです。
  何十年と積み重ねてきました、『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献の研究の成果について、 上から目線で「そういう、捉え方はおもしろい」とかの知ったかぶりのコメントは、 ちょっといただけないと、思えてしまいます。是非とも、私たちの本当の我が国ぶりのヲシテ文字の読み書きを出来るようになって、ヲシテ時代の中期ごろの文章をある程度暗唱して欲しいです。  『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献が、『古事記』『日本書紀』の原書であると、 その根拠を見て解かって、それから、ですね。コメントをするにつけてもです。 ヲシテ文字も読めもしないのに、第三者的な、知ったかぶりコメントは、 わたくしには、頂きかねますとの思いが強いです。
第三者的な意識から、抜け出して欲しいと思います。 『ホツマ ツタヱ』などヲシテ文献の、現代研究のこれまでの足取りを見て頂きたいものです。
なぜならば、『古事記』『日本書紀』の原書でとっても貴重だからです。
 
わたくし達の、現代研究も、まだまだでは御座います。 「汗をかくべし、ですし、恥もかくべし」の、そのような段階でもあることも、また事実でもありましょう
Sarunokosikakeyoukinn
                               <幼菌のサルノコシカケです。
                    もうちょっと、
                    若い幼菌は、下です。
                    ヲシテの今の段階は、
                    下の写真の段階でしょうか? >
Sarunokosikakeyoukinn2

キノコは、椅子のをいつも重宝しています。
Kinokoisu
           <印刷物に付き物の、訂正シール貼りの作業です
            キノコ椅子が便利で、作業がはかどります> 
 
                  ・
 
「池田 満」なんて名前は、ありふれた名前です。
これまでも、同姓同名でヒヤッとしたことも、何回もあります。
一番の困惑は、病院で生年月日も同じ「池田 満」さんと遭遇したことがありました。小さな町の開業医での出来事でしたから、二重の驚きです。医療過誤の原因になっては、わたくしだけでなく、三者が共に不幸を招く。 と、即座に、医院を変えたのを思い出します。
変わったお名前の人を見かけると、間違われなくて、良い事ですね、と、憧れの念も思います。
とは言いましても、親の付けてくれました本名ですから、わたくしはこのまま行きたいと思っています。
他にも、いろいろな経歴の人とも、同姓同名に遭遇します。
東京では、閑静な住宅街に「池田 満」の表札を見かけたとか。いろいろ、聞くに及びます。
そこで、無い知恵を絞って工夫を凝らすようにしています。
出身地の大阪府と、小学校から育ちました兵庫県の川西市、そして、30歳前に三重県に転居しましたことを掲げまして、同姓同名の「池田 満」さんとの区別を付けて貰うようにしております。
小さな町の開業医で、生年月日の同じ「池田 満」さんの遭遇しましたことが、わたくしには、衝撃的な思い出です。 
 
 
            ・          ・ 

 茶筅(ちゃせん)の事。
長年、お茶を良く飲みますので、解かりましたこと。
 
三千家(さんせんけ)のひとつ、官休庵です。
あんまり耳慣れないと思います。
官休庵(かんきゅうあん)を、
わたくしは若い頃から習ってました。
官休庵は、千利休の孫の宗旦さんのお子さんにあたります。
有名な、表千家さんや、裏千家さんは、官休庵の、その弟筋になります。
Sansennke_2
                               <典拠は、こちら> 
官休庵は、武者小路千家とも呼ばれます。
四国の高松藩に茶道指南に行って居て、帰ってきたから「官休庵」と称したわけです。
官休庵の、茶筅(ちゃせん)は煤竹の茶筅を使います。黒竹とかもいいます。自然とした、使い慣れる事、そこに重きを置くわけです。
薄茶の茶筅は、比較的新しいものを使います。
濃茶の茶筅は、使い古したものを使います。
要するに、円熟を楽しむと言いますか? このことが、「わひ」であったり「さひ」であるのだと言う、この、自然(じねん)の定理の理解、つまり恬悟でありましょうか? 「アメのミチ」に、通う事で、それはわたくしも理解できます。武野紹鴎が、藤原定家や、心敬僧都を通して求めた心境の「わひ」や「さひ」の事ですね。いわば「日本精神」の復興の運動だったのでしょう。
でも、さらに、ヲシテ文献を得て、わたくしたちは、次の段階の「ヲシテ国学」により、さらに磨きのかかった本来の「日本精神」に立脚してゆく事が可能になってきています。武野紹鴎にも、千利休にも、もう一言、「ヲシテ国学」から言葉を精神を添えてあげたいのです。
Kankyuuantyasen
左が、今年の初めに使い始めた茶筅です。先がとがってます。全体に、まだ、白っぽいです。
中は、昨年から使っている茶筅です。
右は、数年前から使っている茶筅です。先が丸まりました。全体に、茶色っぽくなりました。これを、円熟と申しますのでしょうか?
使い込むと、穂先などが自然に丸くなって、
濃茶を練るのに上手くゆきます。
新しい、おろしたての茶筅はぴんぴんに穂先が硬いので、練る作業にはやりにくいです。
自然な風を尊ぶのが官休庵の雰囲気です。
 
わたくしのつきましたお師匠さんは、円熟して器の大きなお方様でした。深谷房雄先生と申し上げます。
犬山の待庵に連れて行って頂いたことを思い出します。ハタチ頃の頃の事でした。
多くの、お教えを、深谷房雄翁など、多くの方面から頂戴してきていました。 このことを、今になりまして、ようようの事に気が付き始めておりますのが、生来が鈍感なわたくしの事で御座います

濃く練った濃茶を飲みますと、口も喉もずっとしばらく爽やかさが余韻として残ります。
 
今は、すぐに使おうとしましたら、濃茶用の茶筅も特に作られて、売られてもいます。
また、別な趣としましては、
自分で、何年も掛けて使い込んで使い易くしていった茶筅には、愛着も出てまいります。あの時、洗う際に引っ張り過ぎて穂先を一本抜いちゃったなど、思い出があります。今年のおろしたての茶筅は、もう、穂先を2本折り抜いちゃいました。急ぎ過ぎて、性急に円熟を求めたら、おかしくなってしまうのかも知れません。 「はやく おそきも こころあり」 の、アマノコヤネさんのお示しには、深き趣きを此処にあることを実感すべきなのでしょうか?
 
明日は、晴れるようです。
旧暦の、キサラキの三日月が見れそうです。
もう、ひと月で、ヤヨイの三日月になります。
 
        ∽      ∽      ∽
 

女房の、窯開けです。
これから、底削りの作業です。
Kamadasi1
何とか、とれそうです。
まあまあです、手前の上の方の、扉にくっ付いている棒は温度計です。いつも、女房でも、データをちゃんとグラフに取りながら窯焚きをやってます。よほど、焼き物が好きならばなんでしょうね。
女房とは、骨董趣味が、そもそもの同類の感覚なのです。それは、感性と言うものなのでしょうか? 不思議なものです。
 
何を大切に?  一番に大切に思うものは何か? 
此処のところが肝要なのでしょうか?
Kamadasi2
手前の飾り鉢(ハチ)は、マンリョウの模様です。テカリ過ぎずに良かったのか? と、一安心です。 煙抜きの塩梅とか? 酸化や、還元の、その炎の加減の温度と長短など、また、天候との微妙な兼ね合いも、結構難しいのですね。 
奥のは、ビナンカツラです。まだちょっと、熱いです。
赤い実の強烈さが、印象派ほどに、行き過ぎだと、女房の感想でした。
ですが、
いつもの事なのですが、
温度が冷めてきて、陥入(微細なヒビによる乱反射)が入ってくると、
意外や! 
絶妙の雰囲気も出てきたりします。お茶碗の、そのような、経過をわたくしは多く見てきてもおります。
Kamadasi3
左は、クロモジの文様です。
右は、フキノトウです。
真中は、猫の爪なようですが、装飾品ではなくて、計測用のセンサーに当たります。温度測定用のゼーゲルです。単に、温度計だけでは不十分で、温度と、時間と、酸化還元の経緯など、総合的に知るには、このゼーゲルが欠かせません。曲がり具合で判断できます。
そして、
今回出品する京都の展覧会です。ギリギリ、滑り込みです。
おかげさまで、ヒヤヒヤには、充分に慣れることが出来ました。
Sinnsyou1_2
Sinnsyou2
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年3月 7日 (月)

ピアノの事。指が無くとも、ピアノを弾けます、話題です。

指が無くても、ピアノを弾ける。

小耳にはさんだ話題です。
暗譜ですね。
Yakimono2
女房の、焼き物の作業です。
大きな器は、重いので、わたくしが釉薬を掛ける手伝いをしています。
内側に、釉薬を塗布したところです。
外側は、これからコンプレッサーで吹き付けて釉薬を掛けます。
これは女房が楽にできます。マスクをしての、スプレー作業ですから。
作業工程の一覧です。今、赤いところ。
構想・デザイン⇒土練⇒形成⇒絵付け⇒彫り込み⇒白土埋め⇒削り出し⇒素焼き⇒釉薬掛け⇒本焼き
Kamanonaka
                   <釉薬を掛けて、窯に入れた状態です。
              下の器は、これから窯詰めです。
 色の違いは、釉薬の質が微妙に変えてあるからです。
              単なる透明の釉薬から、薄い緑色になるものから、
              いろいろで、赤く発色させるものや、
              トルコ石みたいな色のものなど様々です>
Yuuyakukake_2
 
 
            ・
 
今、私のおこなっている作業は、
原稿の見直しの修正作業です。
女房に書き直しを読んでもらって、
ちょっと良くなったと、評価を貰ったのが昨日の事でした。
それで、
その続きの作業を、引き続きしてゆきます。
わたくしも、捩じり鉢巻きです。といっても、まだ生えてきたとは言っても、髪の毛の分量が違いますから、毛糸の帽子です。
わたくしの方の作業工程のおおよその一覧です。
研究・解明⇒公表するべき構想⇒原稿の下書き⇒出版社など公開の方法の模索⇒原稿の直し⇒出版社などとの調整⇒原稿の直し⇒脱稿⇒印刷関係との調整⇒原稿の見直し⇒諸方あれこれの調整⇒印刷の組の出来(ゲラ)⇒ゲラの直し⇒書籍の完成
一巡では済まなくて、ぐるぐる、堂々巡りしながら、
徐々に進んでゆくのが、女房の焼き物の方よりも、目に見えにくいのが実情です。それと、幾つもの案件を同時に並行的に進めてもいますので、ボケる間は無いのが有り難いです。なにしろ、目的が「ヲシテ国学」樹立ですから、先が長いのです。
日本女子大学では廣岡淺子(広岡 浅子)さんの、展覧会を、来月の初旬まで開催しているそうです。機会があれば拝見したいですね。
とは、申しましても、あの時代での時代要請、
今の時代、
そしてこれから先に未来に向けての時代要請は、
環境も世も大きく異なります。
見据え定めて、展望を広く大きくしてゆかねばなりません。
なにしろ、私たちのテーマは「ヲシテ国学」なのですから。
Asebi_2
山では、アセビ(馬酔木)が開花の途中です。
まだ、匂いを放つまでには至っていません。
もうすぐ、旧暦のキサラキです。
西暦の3月9日が、今年のキサラキの初めです。Kuromoji
クロモジの新芽が、色付いてきています。 
 
明け方の夢にも、
不思議な思いを抱くことが御座います。
   いつぞやも たまえるえにし
   みちびかれ ちとせよろとせ
   けふのことしか
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年3月 1日 (火)

「縄文 カレンダー」が出来ました! 素敵なカレンダーに仕上がりました!

志摩市の富山喜子(よしこ)さんが、
「縄文 カレンダー」を作って下さいました。
良い出来に仕上がっています。
Jyoumonn1
                     <ブログの設定で1メガの画像が限度ですので、
              スキャンでは、明瞭さが出ません。
              実物は、素敵な印刷に仕上がっています>
 
ヲシテ時代の中期ごろまでに精緻に整っていた、
我が国の本来の季節感。
とても精緻なので、現代人の私たちには、
言うのもなんですが、理解が、ちょっとむつかしいほどです。
そこを、富山喜子さんは、持っての感性で上手く表現して下さいました。
本筋を、立てつつ、現代にもマッチして解かり易いのが特徴です。
Hinamaturi
たとえば、今日の3月2日は、下弦(シモのユミハリ)でして、旧暦のムツキの24日にあたります。
明日の雛祭りの新暦の3月3日は、左側のオレンジの色表示の新暦の行事に相当します。
右側の説明が、ヲシテ時代風の本来の我が国風のコヨミのお祭りの事項です。
ちなみに、今年の、本来の季節感の「ヒナマツリ」は、西暦の暦の4月9日です。
おそらく、その頃に、ウチの鞍居桃も咲く事でしょう。
 
印刷の用紙も、「竹紙」でしっとりとした風合いです。パンチングして、壁にかけても良しです。裏表紙には、パンチングの印も付けてくださってます。また、見開きの2ページ分を広げて、クリップで挟んでぶら下げても良しです。
Jituyou_2
 
トヨケカミの御述べになられた文章を主にして、その自然観を、現代に解り易いです。トヨケカミは、アマテルカミの、「アメのミチ」のお師匠さんですから、とっても貴い教えが、この「縄文カレンダー」(A4版、18ページ)で良く解ります。
Jyoumon2
頒価は1000円程度と聞いています。くわしくは、富山喜子さんへお問い合わせください。
 リンク→ 富山喜子さんブログ  メール
富山喜子さんが、志摩市に移住なさってこられた切っ掛けは、5年前の大震災によるのだと、お聞きしました。それが、「ホツマツタヱ」などヲシテ文献に触れる初めての端緒。これも、不思議なことです! 大震災からの、生まれた端緒だったのだそうです。
人生、何がどうなってゆく巡り合わせが、何処で生まれるのか、不思議なことが多いです。
わたくしが、「ホツマツタヱ」などヲシテ文献を知ったきっかけは、古本屋の、安い落丁本の端本でした。摩訶不思議なことは、本当に多いです。
「縄文カレンダー」の制作で、
特に、難しかったのが、
色の表現です。
ハル(春)の色合いは、シロ(白色)であるのは、「ホツマツタヱ」などヲシテ文献では常識です。ですが、印刷物に刷ろうとしますと、「白色」の文字は、解り易く印刷することが出来ません。そこで、どうするか? 上手な白抜き文字を駆使して、「白色」のヲシテ文字にと表現をしてくださいました。
Jyoumon3
各季節の解説文は、ヲシテの原文も引用したうえで、現代人の私たちが見て読んでフィットする感覚です。感性の力と言いましょうか? とても、立派だと思います。
 
 
プリンターの、印刷が、
時間が掛かっていたりして、間がありました。 3~400枚のボリウムになりますと、インクも切れたり、ほっとくわけにもゆきません。
 
季節の、写真を掲げます。
Kuromoji1
                <クロモジの新芽です>
 
Kuromoji2
           <クロモジがほころび始めています>
 
Hikakekatura
                 <ユキのヒカゲカツラです、
                  とっても元気です>
今は、「ヒ」の季節です。
全体が4本の内、2本のあたたかい力が立ってきた季節です。
ですから、雪が降っても、すぐに、溶けてきます。
温かな季節は、もうすぐそこに、来つつあります。
どうして?  2本の温かい力なのか?
富山喜子さんの「縄文 カレンダー」を見ますと、
よくよく、解かり易いです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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