2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

おすすめ

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2015年2月1日 - 2015年2月7日 | トップページ | 2015年2月15日 - 2015年2月21日 »

2015年2月10日 (火)

大きな構図の事が、なかなか、理解されにくいことが、御座います。記紀の原書であると、言う、その意味合いの事に付きまして。   追記:京都にて、勉強会を開く機運が出て来ています、ご参加のお方はご連絡ください。

松本善之助先生は、ヲシテ文献の取り組みの位置付けとして、

「新新国学」と、お名付けになられていた事もありました。

つまり、

江戸時代ごろに興った、『日本書紀』『古事記』など『万葉集』なども含めて基にした「国学」が先行しました。

思い出されますのが、契沖さん、そして、賀茂真淵さんや塙保己一さん、

それから、

あんまり大勢言ってもなんですので、ビッグな処だけに留めましたら、

谷川士清さんや京都の富士谷成章さんなど、

その他にも、ホントに大勢居られますね。

 

                        ・

 

さて、その後に、昭和の大敗戦になってのあと、

民俗学が台頭してまいりました。「常民」の暮らしの内にこそ、国家を見出すべきであるという考え方です。これが「新国学」としての考え方です。

               ・                ・

ですが、如何ほど、現在に有効の事があるのか?  はなはだ疑問なのですね。

何故ならば、記紀の原書が発見されて、ここまで現代研究が進んで参りましたのでございますのが、現状の事です。

                       ・

敗戦後のその、焼け跡的な状況とは、随分と違って来ております。

江戸時代ごろに戻ってみても、どうでしょうか? 「国学」を再起動する要因がはたしてあり得ましょうか?  わたくしは、そこには、100%無いと申し上げたいと思います。『万葉集』はもとより『古今和歌集』や、はては百人一首すらぶった切っての、それが「常民」の立ち位置ですからね、あまりにも、嘆かわしいと思いますですね。

奈良時代には、一般人の防人の歌も『万葉集』に収録されています。昔の方が、文化度が高いのでは? と、そう、思いますね。

そう言った見地からしまして、大きく枠組みの事を見直すべきであると、わたくしは新見地を提起する為に、骨身を削って書籍を出版しております。

つまり、ヲシテ文献が記紀の原書であるから、此処に、新たに「国学」を再構築してゆくべきですね。

和歌の、本来の伝統は、ヲシテ時代の草期から萌芽が興り、ヲシテ時代の中期には5・7調の確立がおこなわれたと、その判定が出来ますのです。

『源氏物語』を尊ぶことも重要ですが、その根底には、ヲシテ時代の草期・中期からにおいての蓄積がモノを言ってるわけですね。ヲシテ文献で明らかになりました、深淵な套大なる我が国の漢字以前の文化・文明を再び思い起こすことからがとっても重要なのですね。ヲシテ時代の草期とは、考古学での時代区分で言えば縄文時代の前期の頃です。ヲシテ時代の中期とは、考古学の時代区分に当てはめて言いましたら弥生時代の始まってくる頃に相当します。 如何に我が国の文化・文明が古い時代から大きく興っていたか! と、驚嘆なのです。

と、言う考え方で御座います。

我が国の、その、文化・文明のありようを、過去にどう遡って正しく見出してゆくか? この、定礎をきちっと間違わないように為しゆきましょうと、わたくしは何十年と奮闘してきております。また、これからも、命ある限り奮闘してまいります。

何時? 世間的に理解してもらえるのかは?  もはや、慮外の事にて、何十年と進めて来ておりますし、 今後も、いささかも変わりは御座いませんです。

 

 

         ・            ・            ・

それは、

理解には、なかなか大変では御座いますけれども、

やっぱり、どうしてもやってゆかねばならないと、

そのように、わたくしは確信いたしております次第で御座います。

                    ・

京都にて、

勉強会の機運が出てまいっております。

ご参加に、前向きにお思いのお方様、ご連絡をコメント欄にお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

« 2015年2月1日 - 2015年2月7日 | トップページ | 2015年2月15日 - 2015年2月21日 »