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2015年10月31日 (土)

大坪併治先生のご新著のこと。『平安時代における訓点語の文法』(風間書房)

大坪併治先生のご新著の、もう、発売が間近です。

ご宝寿、105歳になられて、大著のご出版はギネスものだと思います。
Photo
早速、わたくしも予約を致しました。
刷り上がり次第に、送ってもらいます。
楽しみです。
          ・           ・
 
国語の事、
飛鳥時代・奈良時代と、
漢字国字化時代の草創期から、受難の時代が続いてきていました。
 
                ・
 
 それが、やっと、平安時代に入って、我が国風の再発露が起きてきている。
そのように、捉えるべきだと感じてきています。
飛鳥・奈良時代の、China風に染まり染まっていった、
その、果てに、
やっぱり、我が国の言葉は漢字だけでの表現では上手くゆかないと、
復活の機運が高まって、訓点語に等は特にその表れが顕著になるわけです。
訓点語の持つその特徴からです。
訓点語の特徴は、書き言葉よりも、話し言葉により近いからです。
本来の我が国語の復興の運動が、訓点語に表れてきている、
との視点から、かねがね、訓点語に表れる平安時代語には、注目していました。
 それは、
ヲシテ時代語の現代への活用を考える上においても、
平安時代語の事は重要なのです。
 後輩である築島裕さんに密かに対抗心を感じられてこられて、の、
そのご様子を、先ごろに、大坪併治先生に拝眉の折にわたくしは感じました。
柔和な大坪併治先生が、
「築島さんとは、どういう関係なのかね」と、
詰問するかのような鋭い視線を、わたくしは感じたのでした。
築島裕博士の著作は、ひととおり、わたくしも目を通しております。
ですが、説には、まだ、いくつもの疑問点があれこれと御座います。
 
そうじゃないよと、総合概説を、大坪併治先生は、この度、ご提示なさいます。
それほど、 
長く研究を、お続けになられまして、この度、大坪併治先生の、
総合解説書の刊行です。
ちょっと高価ですが、学問的にもそうですが、長生きについての大先生でもあられます。
きっと、この書籍は、お手元に置いておかれましたら、
見るごと、読むごとに、元気を頂戴できるものと存じます。
あるいは、図書館に購入依頼をして頂くのも、ひとつの手段としてよろしいでしょう。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

2015年10月29日 (木)

我が国を、高からしむること。 ヲシテ時代の文明の、顕彰の事。 追記の修正をしました。

一昨日の旧暦9月のモチ(満月)はうつくしい事で御座いましした。

のぼり出始めのおツキさまに、お祈りをいたしました。 きれいなお月様。  ですが残念ながら、写真には、うまくは、私の腕では良く撮せませんでした、すみません。

また、

昨日の、雲間のお月さまもとってもうつくしく御座いました、雲に隠れまた出で来て照らしてくれて、その、まばゆいことです。見ている間の早くに、丸い月が、雲に入ってゆき、  また、見ている間に、丸あるくまでに出てきました。

ヲシテ文献には、「 コ モチ ツキ 」(旧暦の九月の望月)との典拠があります。

Komoti

あの情景が、忘れられないです。『明月記』の藤原定家のお月さまへの思いも、これに近い事だったのかもしれませんです。

そのことも、良く似ていますかしらと思いますと、平安時代の末頃の雰囲気を思い、ますますうつくしさにも歴史の激動にも感慨にも感じ入ります。

我が国の歴史の真実を、

記紀の原書の『ホツマツタヱ』などヲシテ文献に、
やっと、
再発見してゆきましたら、
いかにも、
我が国の貴さ、いかに素晴らしい文明であったことが、
いよいよ、明らかになってまいります。
そこで、
記紀など『古事記』や『日本書紀』の漢字文献類との、これからの付き合い方に付きまして、
一工夫をしてゆかないといけないのです。
 
               ・
 とはいえ、
簡単にゆかないのが、現状です。
 
たとえば、
ダンスでも「プレ・パレーション」とも言います、
これは、音楽に乗るための準備の動作のことです。
顕微鏡の、作業でも、同様の予備の仕事を、
「プレ・パラート」を作るとも言います。
同なじくラテン語からの意味です。
この概念を、
どう、「やまと ことは」で表現できるのか?  と、
実際に考えましたら、困難でした。
良いお考えが御座いましたら、ご教示をお願いいたします。
こういうふうに、迷い、困難さに当惑しても…  、
 ですが、
漢字の造語手法を取り入れると簡単なのです。
「予備・準備」など、漢字由来の概念からは簡単に造語を出来ることは簡便です。
『よみがえる日本語』(青木純雄・平岡憲人、明治書院、池田満監修)
『よみがえる日本語Ⅱ』(青木純雄・斯波克幸、明治書院、池田満監修)
でも漢字の持つ造語作用の性能に付き、ヲシテ時代に有った、現代新発見の新概念の表示に、漢字からの造語の機能で補うことが出来得たことは事実で御座います。
さて、
これから、何千年先の未来に向けて、
どういうスタンスのあり方が、もっともそぐわしく適切であるのか?
これからの、わたくしの、考えてゆくべき課題のひとつです。
 
           ・        ・
 
音楽関係での、問題も大きく御座います。
音楽での歴史の断絶も、何回にもわたって、我が国の歴史に打ち寄せて来ていました。
今、現代は、五線譜の表記が一般になりましたが、
古き時代のヲシテ時代の音譜に付きまして、その発見も待たれる重要項目のひとつです。
そして、また、
舞いの、ことにも、ヲシテ時代の真実はベールがかぶさったままです。
音楽と、そこに合わせる、舞い、のハーモニーですから、
両様あいまって明らかになってゆく必要性があります。
ここも、
これからの、大きなテーマのひとつです。

陶器の事に限らずですが、
我が国には、縄文時代のあのすばらしい芸術性にたけた縄文時代の陶器がありました。その、精神性は、今にも受け継がれてあるわけですね。事実。
そこをもっと、研ぎ澄ませて、ビシッとやってゆくのが、わたくしたちのグローバルの世界の多くの人々からの観点からも期待されるべき使命であるミチ、  だと思います。
 
 
               ・
 
ヲシテ時代、
記紀など、『古事記』『日本書紀』等の漢字文献以前に、
途方もなくすごい文明が、我が国に実在して、
それが故に、
外来文明の、漢字や、仏教なども、しかるべく使いこなすことを、
そつなくやってきた、
それが、大文明の証しのそのものです。
でも、
記紀の程度にしか、我が国の真実を捉えられていなかったら、
せっかくの機会なのに、
今後は、大きな、悲しみになってしまいますね。
後の人達から言われちゃいますですね。
なぜなら、何十倍もの、大きな我が国の大文明が漢字国字化以前にあった、本当に実在していた、と、  此処の本当の真実が、わかってこそ、我が国を取り戻す、第一歩なのですから…  。
この、
我が国の、漢字国字化以前の、ヲシテ時代をしっかりと再認識してこそ、
本当の、我が国のよるべき尊さがわかる。 どう見ても、この事は自明の事実でありましょう。
ヲシテ文献に、これから、まともに対峙してわたくしたちの本当の古典として、心身のハラのウチに取り入れていってから、そこから、やっと、漢字時代への再独立の機運につながるのだと信じるところです。
本当の真実の我が国の貴い根底が、隠されたままでは、
ダイヤモンドも、光り方が、半分程度だと思うんですね。
このため、
ヲシテ時代からの本当の素晴らしさを、どうしても、復活させるべきだ、と、
これまでヲシテ文献にどっぷりつかってきていて、こう確信します。
① ヲシテ時代の高度な哲学理念の理解には、漢字由来語を排除すること。
② 現代表現には、漢字造語の秀逸性を活かして活用すべきこと。
①と②とは、
一見あい矛盾するようなところも御座います。
そこは、長短の相まって足らざるをも補ってくれるのは、
一見にして、他愛も無きことである場合も多いもので、
そんなことも、還暦を迎えて、よくよく、感じるところで御座います。
大宇宙は、グルグルと、めぐりめぐって、
生じてきていますことが、
事々の成り行きと言うものですから…  。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2015年10月28日 (水)

メールの不通知のこと。 どう対応するか?  緊急的には、出版社にコンタクトが有効です。

電子メールは、便利なのですが、
不通知のことが、時たま来ます。
滋賀県にお住いのお方でして、
返信を出しましても、不通知でした。
二回とも、です。 

Meru
 
細微に関わる設定が、邪魔してるようには思われますが、
如何せん、わたくしには、解除するべき糸口も見出せません。
なにかしら、もう一度ご連絡をお願いいたします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2015年10月25日 (日)

石清水八幡宮の国宝指定の事。オガタマノキのこと。

もうすぐ、石清水八幡宮の社殿が国宝指定になります。

そのような事もありまして、参拝の機会を得ました。
Iwasimizu  
説明を詳しく聞きますと、平安時代から安土桃山、江戸に至る歴史を如実に実感されてまいりました。
また、エジソンのフィラメントに使った竹は、ここの竹だったそうです。
 
驚いたのが、信長奉納の金(ゴールド)の雨どいでした。長さ21メートル余、幅54センチ、厚さは3センチとも5センチともあるとのこと。のぞかせて頂きまして、ピカピカさにびっくりでした。

 
 
貞観2年に、宇佐神宮からの勧請したのが石清水八幡宮です。勧請社なので、これまでわたくしは不勉強ながら参拝の機会を得ていませんでした。この度、実際に参拝させて頂きましたら、お社の迫力に、実に圧倒されました。
もともとは、宇佐神宮さんですから、ご由緒の中心は、モチコさま、ハヤコさま、そしてミヒメコの事になります。朝廷の禁忌にも触れる事柄ですから、ご説明には、慎重さを、幾重にも、わたくしは考えてしまいます。『ホツマ辞典』などをご覧願いたいです。
 
Ogatamanoki_2
           <社殿の東側のオガタマノキの大樹>
さて、
ちょうど、オガタマノキが強風で、その実を振り撒いていました。その、うつくしいこと。
Ogatamanomi_2  
 
オガタマノキは、『故事類苑』に項目が立てられていません。
『日本国語大辞典』がもっとも、くわしいです。
Photo_2
葉は、たしかに、良い香りがします。

平安時代ごろからの文献典拠があるのが、オガタマノキです。
そう、もちろんの事、ヲシテ文献にも出典の典拠はありません。
Ogatama
朱の薄めのピンクっぽいうつくしい玉の実は、その核に、ハート形のような三角形の固い実を結んでいます。ヲシテ文字のイメージで考えますと、「お(固める)」「が(暗い、罪ある)」の「たま」の意味にもとれます。これは、ヲシテ時代の今発見されている文献には、典拠のない例ですから、あくまでも、参考の程度の話で御座います。「お」を、ワ行の「ヲ」に採るなら、「を(中心)」に「が(暗い、罪ある)」とも理解できます。
核の黒い玉はとても硬くて、木を打ちますと、コンコンと鳴ります。「が(暗い、罪ある)」を「お(固めて)」払い去らせようという意図が込められているのかも知れません。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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