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2015年6月13日 (土)

ヲシテ文字の書き方に付きまして。  『日本書紀』と『古事記』とでは、どっちが尊いか? 

ヲシテ文字(俗にはホツマ文字とも言います。ですがホツマ文字とは極めてラフに過ぎる貶め的な言い方です)、

この、わが文明の大発見です。

この重要事項、ヲシテ文字の大切さに気が付いて下さいますことが、本当に、前提必須の条件です。

わが、ヲシテ文字を愛するところからでないと、本当の愛国心にはつながらないと思うのです。アマテルカミのお使いであらせられた文字ですよ。此れが尊くなければどうしますか?

さて、

それには、基本が、読み書きです。

此れがクリアーできないと、何十年やってても、結局は堂々巡りのお楽しみ族から抜け出せません。

わが大文明の、この大発見に、その価値が解らないままでは、悲しいものですね。

                     ・

そうではなくて、

ちゃんと、読み書きから手順を飛ばさずにやってゆこうと、

その、正道をゆくべきのお気付きのお人が出て来ておられます。

そこで、

書き方の事、ご説明いたします。

書き順は

「子音を先に、母音を後に」

この事だけが、私のご説明のキーポイントです。

『記紀原書ヲシテ』の見開きに、掲げておきました異体文字のリストの表を掲示いたします。

Itaimoji1

Itaimoji2

ヲシテ時代が終焉を迎えて、

漢字国字化時代が始まります。

それからの時代を「ヲシテ伝承時代」と、呼んでおります。

「ヲシテ伝承時代」に、付加された「外二点濁点」や「数詞ハネ」・「同音記号(踊り字)」などは、元に復した方が良いという考え方も御座います。

今現状にては、ヲシテ文字・ヲシテ時代の文章の一般への流布の方を、これ、務めるべきだと強く考えますので、多少極めの不十分のそしりを受けないではないですが、このような事情から、現代人にも読み易さも考慮して、かく『記紀原書ヲシテ』にまとめました次第で御座います。

                      ・

始めの一歩が、

大きな一歩となります様に、

ここに、

異体文字表を掲げました。

 

ヲシテ時代の文章を、お書き下さいませ。

『ホツマツタヱ』1アヤからの読み書きを、お奨め致します。

 

「奉呈文」も良いですが、「フソムのアヤに」(26のアヤ(章)に)、

と言う内容もあり、しょっぱなからだと、意味が通じにくいところがあるためです。

このため、わたくしは、1アヤ・2アヤのヲシテ時代中期の、

極めて名文からの読み書きを奨めているわけです。

 

 

ユーチューブにもテキストがあります。

一旦停止を掛けながらやってくと、読み書き用にも使えます。

『ホツマツタヱ』1アヤ

https://www.youtube.com/watch?v=L9zwlYw5apU

 

             ・                ・ 

 

また、

記紀との比較対比の事にて、

一言述べます。 

 

おおよそ、

『万葉集』にてもそうですが、

漢字文献類と言うものは、本質的に劣化が起きているものです。

何故ならば、外国語(飛鳥・奈良朝時代ならほとんど外国語です)の漢文に翻訳してあるからです。

近頃の、ネットの自動翻訳のレベルはかなり向上してきています。

15年前に買った翻訳ソフトの時代は、今もって見ると、低いレベルでした。

何万円もしたんですけれど… 。

              ・           ・

そういう事を思いますと、

『日本書紀』と『古事記』とを比べて、

『日本書紀』の方が断然良い。

と、その議論も、

ヲシテ文献を知る私達には、ウツロに聞こえます。空虚な議論なんですね。

記紀も、勿論、程度の差の事では、『日本書紀』がマシである事は、

私も認めます。

でも、それは、所詮の所「目くそが鼻くそを笑ってる」ような、

そのような事なのです。

ヲシテ文献を、原字原文で『ホツマ辞典』をたよりに読み進むから、この大切な事柄がはっきりわかってくるのです。ヲシテ文字を読めないような人の解説文なんて、それは?  何なんでしょうね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年6月10日 (水)

還暦の祝いを淡路島で、伊弉諾神宮の正式参拝。  土御門天皇さまのご陵の参拝の事。  -写真の追加をしました-

還暦になりまして、祝いをして下さいました。

感激です。
新たに解ってきました概念の「ニのこころ」についての、
新解釈を、話させてもらいました。国家論にどう結び付くか?
 につきまして。
Photo_3
            <ニューアワジの明けです> 
小池さんの、「ツツウタ」の新解釈も、とっても良い新解明でした。
おおよその所、もっと頑張るようにと、
カツを入れて頂きました次第でした。
とにかくにも、まだまだ、これからですから。
 
              ・
 
伊弉諾神宮にては、正式参拝で、
還暦祝いをして頂きました皆様のおちからで、
古式舞も奉納させて頂きました。
『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の新発見のご報告と、
感謝を捧げるためです。途轍もなく、重要なアヤでした。
Photo_4
             <伊弉諾神宮のサンゴジュ>
本名宮司(めずらしいお名前で、ほんみょうさん)さんが、
明治の改築の際の事情を、新しい資料を見付けられて、
調査して下さっての最新の解明の事項も、
ご説明くださいまして、
明治以前に残っていた、
ヲシテ時代の雰囲気を如実に感じる事が出来ました。
 
          ・          ・
 
 さて、
合田さんを、徳島駅にお送り方々、
徳島城博物館に、「辻が花」を見に行きました。
産着だけの展覧の時期でしたが、ハフタヱ(ハフタエ・羽二重)の産着の
雰囲気は良く見れました。
天守跡の山の石積みの麓に、大きなクスノキがありました。
Photo_5
               <倒れても、なお、大きく繁ったクス>
何があろうと、
このクスのように、しっかりやって行かねばなりません。
 
還暦のウタです。
Kannrekiiwai
         ひとめぐり うるはしうけて
         ふためくり 「ニ(ニのこころ)」を生まんとて
         日(ひと、人)をつき(築き)、夜(世・代)をつき
             (32音の、字余らせウタは、
              魔除けの願いを込めています。
              31日の31音より、一日多いと、
              月と月との間がギチギチで、
              マモノが入り込めないからです)
 
            ・         ・
 
大麻比古神社に参拝しました。
大きなクスが樹皮だけで、枝を張らせていました。
Photo_6
      <クスから生命の気が出ているのか?
           ピントがボーっとしてます>
ドイツ橋のドイツ捕虜の話や、ベートーベンの第九のこと、
どうして? 捕虜の扱い方で、そんなに、協力的になってきて、
感謝をされたのか?  まさしく、「ニのこころ」そのものです。
宮守りのお方がお詳しくて、
話し方もとってもお上手で、大いに勉強になりました。
写真を撮っておけば良かったですね。その、宮守りさんの。
動画の方が良いかも知れません。
              ・
フクロウとアオバズクの争いの事も珍しい話でした。
フクロウは大型の猛禽類で、アオバズクは小型です。
アオバズクの親鳥と、フクロウの雛鳥が、だいたい同じ大きさとか。
Photo_8
   <大きなスギの木の左に真っ直ぐに立ってるムクの木があります。
    真ん中の当たりに、穴が三っつあって、
    縦長の穴がふたつと、その上に、丸穴がひとつ、
    今はアオバズクの巣穴になってます。
    メスが今、中に居てて子育て中で
     オスはちょっと離れたクスの木に居てました。
    昼でも、獲物を見付けたら、サッと舞い降りてくるのだそうです>
 
             ・        ・
 
大麻比古神社の近くには、
土御門天皇さんの御陵(ごりょう・みささぎ)がお祭りされています。
(つちみかど)
Photo_7
 土御門天皇さんのおん父君の、後鳥羽天皇さんの、その時代には、
大きな動乱・混乱が起きていました。
藤原定家の時代です。
『明月記』は、有名な定家の日記ですが、
その名前の由来は、自邸が戦火で燃えて、
燃え盛るさまを父の藤原俊成と眺めていて、
満月が、煌々と照らしている、
その明るい月も眺めて、 それで『明月記』だそうです。
思えば、凄惨な事で御座いました。
土御門天皇さまも、大変な事であらせられた事、
おしのび申し上げさせて戴きました。
同じ境内の阿波神社のパンフレットから、転載させて頂きます。
Tutimikadosama2
Tutimikadosama1_2

また、
御陵の実測図があります。
Tutimikadosama
       <昭和3年の測量図です。
        『陵墓地形図集成』宮内庁書陵部
        大きい書籍なので、スキャンはウチでは無理でした> 
 
             ・
 
国家を、整えてゆくことが、
大切な事で御座います。
それには、
記紀の原書にての、ヲシテ国学の樹立が、これから未来に向かって
欠かすことが出来得ない事で御座います。

         ・        ・

 
写真を追加いたします。
      (H27,6,17)
まずは、記念講演の様子です。
Awajisima1
どうでしょうか?
ほんの少しだけですが、髪の毛が、モヤシのようにホヤホヤ少しだけ。
               ・
次いで、赤いチャンチャンコです。
また、こころを新たにしてまいります。
Awajisima2
 
伊弉諾神宮にて、正式参拝へ。
Awajisima3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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