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2015年10月29日 (木)

我が国を、高からしむること。 ヲシテ時代の文明の、顕彰の事。 追記の修正をしました。

一昨日の旧暦9月のモチ(満月)はうつくしい事で御座いましした。

のぼり出始めのおツキさまに、お祈りをいたしました。 きれいなお月様。  ですが残念ながら、写真には、うまくは、私の腕では良く撮せませんでした、すみません。

また、

昨日の、雲間のお月さまもとってもうつくしく御座いました、雲に隠れまた出で来て照らしてくれて、その、まばゆいことです。見ている間の早くに、丸い月が、雲に入ってゆき、  また、見ている間に、丸あるくまでに出てきました。

ヲシテ文献には、「 コ モチ ツキ 」(旧暦の九月の望月)との典拠があります。

Komoti

あの情景が、忘れられないです。『明月記』の藤原定家のお月さまへの思いも、これに近い事だったのかもしれませんです。

そのことも、良く似ていますかしらと思いますと、平安時代の末頃の雰囲気を思い、ますますうつくしさにも歴史の激動にも感慨にも感じ入ります。

我が国の歴史の真実を、

記紀の原書の『ホツマツタヱ』などヲシテ文献に、
やっと、
再発見してゆきましたら、
いかにも、
我が国の貴さ、いかに素晴らしい文明であったことが、
いよいよ、明らかになってまいります。
そこで、
記紀など『古事記』や『日本書紀』の漢字文献類との、これからの付き合い方に付きまして、
一工夫をしてゆかないといけないのです。
 
               ・
 とはいえ、
簡単にゆかないのが、現状です。
 
たとえば、
ダンスでも「プレ・パレーション」とも言います、
これは、音楽に乗るための準備の動作のことです。
顕微鏡の、作業でも、同様の予備の仕事を、
「プレ・パラート」を作るとも言います。
同なじくラテン語からの意味です。
この概念を、
どう、「やまと ことは」で表現できるのか?  と、
実際に考えましたら、困難でした。
良いお考えが御座いましたら、ご教示をお願いいたします。
こういうふうに、迷い、困難さに当惑しても…  、
 ですが、
漢字の造語手法を取り入れると簡単なのです。
「予備・準備」など、漢字由来の概念からは簡単に造語を出来ることは簡便です。
『よみがえる日本語』(青木純雄・平岡憲人、明治書院、池田満監修)
『よみがえる日本語Ⅱ』(青木純雄・斯波克幸、明治書院、池田満監修)
でも漢字の持つ造語作用の性能に付き、ヲシテ時代に有った、現代新発見の新概念の表示に、漢字からの造語の機能で補うことが出来得たことは事実で御座います。
さて、
これから、何千年先の未来に向けて、
どういうスタンスのあり方が、もっともそぐわしく適切であるのか?
これからの、わたくしの、考えてゆくべき課題のひとつです。
 
           ・        ・
 
音楽関係での、問題も大きく御座います。
音楽での歴史の断絶も、何回にもわたって、我が国の歴史に打ち寄せて来ていました。
今、現代は、五線譜の表記が一般になりましたが、
古き時代のヲシテ時代の音譜に付きまして、その発見も待たれる重要項目のひとつです。
そして、また、
舞いの、ことにも、ヲシテ時代の真実はベールがかぶさったままです。
音楽と、そこに合わせる、舞い、のハーモニーですから、
両様あいまって明らかになってゆく必要性があります。
ここも、
これからの、大きなテーマのひとつです。

陶器の事に限らずですが、
我が国には、縄文時代のあのすばらしい芸術性にたけた縄文時代の陶器がありました。その、精神性は、今にも受け継がれてあるわけですね。事実。
そこをもっと、研ぎ澄ませて、ビシッとやってゆくのが、わたくしたちのグローバルの世界の多くの人々からの観点からも期待されるべき使命であるミチ、  だと思います。
 
 
               ・
 
ヲシテ時代、
記紀など、『古事記』『日本書紀』等の漢字文献以前に、
途方もなくすごい文明が、我が国に実在して、
それが故に、
外来文明の、漢字や、仏教なども、しかるべく使いこなすことを、
そつなくやってきた、
それが、大文明の証しのそのものです。
でも、
記紀の程度にしか、我が国の真実を捉えられていなかったら、
せっかくの機会なのに、
今後は、大きな、悲しみになってしまいますね。
後の人達から言われちゃいますですね。
なぜなら、何十倍もの、大きな我が国の大文明が漢字国字化以前にあった、本当に実在していた、と、  此処の本当の真実が、わかってこそ、我が国を取り戻す、第一歩なのですから…  。
この、
我が国の、漢字国字化以前の、ヲシテ時代をしっかりと再認識してこそ、
本当の、我が国のよるべき尊さがわかる。 どう見ても、この事は自明の事実でありましょう。
ヲシテ文献に、これから、まともに対峙してわたくしたちの本当の古典として、心身のハラのウチに取り入れていってから、そこから、やっと、漢字時代への再独立の機運につながるのだと信じるところです。
本当の真実の我が国の貴い根底が、隠されたままでは、
ダイヤモンドも、光り方が、半分程度だと思うんですね。
このため、
ヲシテ時代からの本当の素晴らしさを、どうしても、復活させるべきだ、と、
これまでヲシテ文献にどっぷりつかってきていて、こう確信します。
① ヲシテ時代の高度な哲学理念の理解には、漢字由来語を排除すること。
② 現代表現には、漢字造語の秀逸性を活かして活用すべきこと。
①と②とは、
一見あい矛盾するようなところも御座います。
そこは、長短の相まって足らざるをも補ってくれるのは、
一見にして、他愛も無きことである場合も多いもので、
そんなことも、還暦を迎えて、よくよく、感じるところで御座います。
大宇宙は、グルグルと、めぐりめぐって、
生じてきていますことが、
事々の成り行きと言うものですから…  。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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