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2015年5月27日 (水)

初夏の大阪・寝屋川の展覧会にて。 竹久夢二のことなどにもつきまして。

竹久夢二のことなど。

ホトトギスが賑やかな、三重県から、大阪・寝屋川の香里園の古民家にと、

定年記念にと、女房の陶器の展覧会と、

また、水彩画のおばさんの絵などなど、ジョイント展をいたしました。

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大勢のみんなで協力して挙行しましたら、お掃除も、らくでした。

女房の母の、実家の古民家です。

上の入り口の写真の、左手の花は、ヤマボウシのヒメの品種で、ピンクのかかった珍しい花で、さすが茶花の専門家の活けです。近づいて見ます。

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               ・

受け付けの、記帳台です。

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 女房の良き陶芸の友人だった、今は亡き、植かよ女さんの、ネパールとのご縁を偲んで、募金を募らせて頂きました。

植かよ女(うえ かよめ)さんは、豪放磊落な、竜馬のお姉さんの気質を彷彿とさせるところがありました。早逝の事、残念な事でした。 

それやこれや、

わたくしにも、

期間中にも、「長生きしろ」 と、

多くのお方に激励を受けました。

さて、先年に103歳でご現役の、岡山の大坪併治先生に、ご長寿の秘訣を請い受けて来ましたることを、説明してましたら、松江の島根大学で大坪先生に教えてもらったと、よく話をお聞きいたしました。いろいろ、まつわるエピソードなど、ジカの体験談は得難い事で御座います。

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門のところ、左手が、82歳で現役の機械関係の据え付けなどの技術者のおじさんで、大坪併治先生に、その昔、島根大学で国語など一般教養での受講をしていた事のお話で、とくに、いろいろなエピソードは初耳で、興味深い事で御座いました。また、竹下夢二の来訪して、ふすまに絵を画いていた際の事々の事など、尽きない話は深更にも及びます。

なお、此処、木屋(こや)の家で、竹久夢二が描いた4面の春夏秋冬の襖絵は、岡山の夢二記念館に今現在は収まってるそうです。木屋の人々の逼塞した時代に、多くのものが、あちこちと、散逸したそうです。今に、日本のあちこちのどこかに残ってくれたのは、良かったですね。

木屋にあったままでしたら、その襖絵の前で、みんなで遊んで騒いでましたそうですから、破損が起きた可能性も大きいとのことです。

襖絵のその、画く際には、夢二さん、何日も悩んでたそうでして、ある日の朝に、出来上がってたそうです。森亮さんの、女房のおじさんですが、その著作に詳しくあるそうでして、先ほど古書店に注文しましたところです。

Yumenarebakoso

文学をやってたのが森亮さんでした。夢二さんも、悩みの常に抱えてのお人だったのかと、そう回想を致してますことになりました。

常に、創造的な思いのあふれるには、

夢二さんにもそうあったが如くに、なやみのような思いと、同一的な感性があるわけだと、そう思います。

          ・             ・

木屋では、書き掛けてきていた原稿の続きをやってましたから、パソコンに、朝も昼も夜中も向かってました。ですが、そんなにも、集中しておれる時間は少ないです。つかれますから。それで、時々、話し相手が現れたら、それで、ご説明したり、お茶を一緒に頂いたりと。

いろいろと、どんな事でも、勉強になります。

書軸の扱い方の詳細も、勉強になりました。おじいさんから仕込まれた長老の、大正時代のやり方は精緻でした。見習って、  と、そうは、切実に思ってます。

その、孫に、自詠の漢詩を書いてみるような人も現れました。

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そう言えば、

富永仲基の、ただ一点の自筆のすぐれた書に「孤騖」の言葉がありました。

行書のように、想いを込めてさらっと記しますと、「孤雁」の雰囲気にも似てます。

富永仲基の、あの書は、目に残って離れません。

いまだに、です。

         ・           ・

そうそう、

本題は、女房の陶器でした。

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カキツバタの、葉が、活き活きしてます。

女房の初期の作品で、雰囲気がふんわりとしていて力強くて良いです。

右側が、酒屋の前掛けの作業中の女房です。

左側が、絵の、倉八千代さんの娘さんです。

                 ・

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正面の床には、「イセ」

を、掛けてくれました。これを、朝夕に我ながらに見てて、やっと思い付きました。「イ・セ」の語源の事です。 また、そのうちに、ご説明致したいと思ってます。

日々に、解明です。

竹久夢二さんと、同じようですね。

夜に昼にと、  。

花は、シャクヤク(ピンク種)のつぼみと、ヒメの珍しいリョウブです。

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開花すると、豪華になります。

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           ・          ・

ざっと、全体像を、見渡してみます。

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左手の、枝が、ミズキの、ちょっと変わった品種だそうです。

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近くに接近して見ますと、珍しさに気が付きます。

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中央の、アンズの絵が、人気でした。

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桜島の絵です。

手前は、ミズキの枝で、かなり、珍しい品種のようでして、

はじめ、見たとき、さっぱり判りませんでした。

           ・        ・

 空間が、広いのが取り柄ですが、

やたら、蚊にやられます、蚊取り線香をつけると、目が痛くなるし、それで、早々にと三重の我が家に戻りたいでした。他の人は、そうでもないようですが、なぜか? わたくしばかり、頻繁に蚊にやられます。

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蚊さえなければ、快適です。

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ピンク色のタイ紐は、広島の鶴岡タカさんの染めで、梅のコケの染めだそうです。

得難い色合いです。

ちょっと、着けてみました。

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82歳の当屋の長老の、おすすめで、

赤いのも、これからは、良いと  …    。

          ・       ・       ・

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カキツハタに成り得ますでしょうか?  どうでしょうか?

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女房の、作品です。

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控えの床には、ホトトギスです。右の中段です。ちょっと見えにくいですが、そもそも、ホトトギスは、声は聞けども、です。

                 ・

さて、

「ヲシテ」のコーナーです。

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「タ」

と、

「カ」

のこと、 季節の配列の「トホカミヱヒタメ」の語意が生じての時代から、

「たのし」

「かなし」

の言葉が、その概念の発生を迎えた。

と、そう、気が付いたのは、

H26年、昨年の事でした。

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            ・            ・

姪の鮎子ちゃんが、

イグアナか? トカゲ? かの、とっても良い、ピカソか、ムンク風のぬいぐるみを作ってました。売れちゃいまして、写真も撮りもらしてしまいましたが、ひょっとしたら、後世に残る作品かも知れません。

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カエルしか残ってませんけど。 色遣いや、足のカーブの曲線など、よく見ると、びっくりする表現です。ピカソ風が、こころの奥底にあるんでしょうね。

模倣は、結局のところ飽きられて忘れ去られる運命にありますが、 オリジナルの創造・創作は、長い時間を掛けて、人々のこころに訴え掛けてきます。竹久夢二も今でこそですが、当時には、かなりの亜流でした。

              ・            ・

和歌山で、織りなどをやってる人もジョイントでした。

入り口の洋館で。

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わたくしの使えるような作品はありませんでしたが、

欲しいと思うものは多くありました。

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織りの、和歌山・泉南の人から、おいしいフグを頂きまして、森家でお姉さんの茉莉さんがテンプラにしてして一杯頂きました。

お掃除も、本当に、助かりました。

何でも、何かプラスの協力ですね。「トのヲシヱ」です。

 

                  ・

 

ここまで、記しましてましたら、ホトトギスが、一声、鳴きました。

やはり、

こちら、三重県の山の方はホッと致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年5月20日 (水)

ホトトギスのこと、「ホツマ31アヤ」のご説明のユーチューブの事。

ホトトギスが、気持ち良く、鳴いてましたので、

その、とっても気持ちの良い鳴き声に、
ついつい、
わたくしも、
朗読・説明をお供させて頂きました。
今回は、「ホツマ31アヤ」です。
https://www.youtube.com/watch?v=MmkHH0Xfo8c&feature=youtu.be
と、 思ってましても、
飛行機が、ヘリコブターが、草刈りおじさんが、いろいろと、音を立てます、あれやこれや、ややこしい事で御座います。 その合間を縫って、録音しました。
こうと思うほどには、上手にはむつかしかったですが、ホトトギスの声はバックベースにかなり聞こえるかと思います。
 
          ・            ・
 
このところ、『万葉集』を、見てたりしますと、
ホトトギスは、
その存在のウェイトは奈良時代には大きいです。
でも、
不思議なのは、ヲシテ文献にはホトトギスの用例は無いのです。
何か? 他の表現であるのか? とも、探しても、今のところは手をむなしくしております所です。

                  ・

さて、
「ホツマ31アヤ」は、360年以上もの長い年月の記述です。
さらっと、読むだけでは、なかなか、解らないところも多いです。
ユーチューブを見てもらってから、
また、思い出したころに、
ヲシテ時代晩期の初頭の「カツラギ時代」のこと、
数年か、数か月かののちに、また、見てもらいましたら、
ハッと、気が付くことがあると思います。
「ホホマのオカ」が、大きなキー・ワードだと思います。
それを、
ここに、記録しておきたいと思いました。 
 
わたくしたちが、目指してゆくべきは、
我が国の文明の、ヲシテ文献によるさらなる高度化です。 それが、もうそこまでにも、目標も見えて来ているからです。 
その、
良い事への循環の対応と言う、本来のわが「日本精神」の再構築がまともな道筋であると考えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2015年5月17日 (日)

京都のヲシテの講習会の盛会のこと。「ノ・テのキサハシ」の事。

京都での「ヲシテ講習会」盛会になりまして、24人ものご参加でした。

サポートして下さいました、お方さま、有り難う御座いました。
Hitotubatago1_2
          <ヒトツバ タゴの花です。
           ナンジャモンジャの樹と言う方が通り名かも知れません。
            トネリコの樹の近隣種です。
           遠景から見ると立派です>
Hitotubatago2
初めて、
ヲシテ文献を、ヲシテ文字を目にすると、
「ナンジャモンジャ」の状態です、ね。 どうしても。
 ですが、
何とか、これは、とっても大切なものである。
との、一番大切な箇所の、
ご理解は戴けたと思います。
 
              ・
 
また、ヲシテ文字を目にすることは、
初めてでないお方にも、
やっぱり、実際にヲシテを書いてみようとすると、
はて?
書き順は?
などの、 最初からの戸惑いも御座いました。
そこの解除だけは、出来たと、思っております。
先は、長い事で御座いますが、
気長によろしくお付き合いの程を、お願い申し上げます。
また、7,8月は祇園さんなどで込み合うので、夏休みで、
3回目は9月に予定してます。
 
          ・       ・
 そう言えば、
芭蕉の句に、「かげろふの 1・2 寸」がありました。
Kagerohu12
                               <伊賀市の植木神社の社頭の句碑です>
私の、ヲシテ文献を40数年来やってきまして、今に、思いますことは、
我が国の国学の再構築です。そこには、わが古典としての、復活ありてこそ、階段の一段たり得るとの悟りに近い認識があります。
 
   ヤマトなる こころのシベ(蕊)の
   奥道を   解きおこしゆく
   ノテのきさはし       池田 満
 
「ノテ」は、「オノコロ」の「ノ」の意味でして、「テ」は手段とか為し行きの事です。
詳しくは、「ミカサフミ ワカウタのアヤ」の解説書の『よみがえる縄文時代 イサナギ・イサナミのこころ』(池田満、展望社)をお読み願います。
あるいは、ユーチューブも、ご覧下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=zbozm5AL7A8
https://www.youtube.com/watch?v=gOWdQQsh-m4
https://www.youtube.com/watch?v=oY_zlV-Si8Y

「きさはし」とは、階段の事でして、一段一段と、手作りしながら、これから作り上げてゆく階段です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2015年5月11日 (月)

コレステロールの、常識の転換の事。  ヲシテ文献の記紀原書としての認識は、何時に?    ホツマ30アヤをUPしました。

江部康二先生のブログに、びっくりの記事が記されていました。

 

http://koujiebe.blog95.fc2.com/blog-entry-3374.html

 

これを以って、いよいよ、常識のコレステロールの知識も変更でしょうね。ぼちぼちと、いよいよ、遅きにもあれど、前進は前進です。

 

                   ・

 

さて、

 

『ホツマ ツタヱ』や『ミカサ フミ』などヲシテ文献の方の常識も、

 

歴史と、国語、そして、哲学や世界観の事など、

 

記紀原書としての位置の認識を広げる事を、

 

これから、徐々に進めてゆかねばなりません。

 

コレステロールの事では、江部先生の言によれば「何十年も前から判明していた!」でした。

 

ヲシテ文献の方の事は、もっと時間が必要でしょう、世間の迷を覚ますには、です。

 

しかし、

 

我が国を思うなら、真面目に取り組んでゆかねばならないと思います。

 

                  ・

 

『ホツマツタヱ』などヲシテ文献の、

ヲシテ国学の構築です、

「ヲシテ国学 初めから」49話「ホツマ30アヤ」の朗読を致します。

 https://www.youtube.com/watch?v=RXiZg-RQiOk

 

 

 

 

 

 

2015年5月 8日 (金)

大阪・寝屋川、香里園の古民家での展覧会のことに付きまして。

定年記念にと、

女房の実家の寝屋川の香里園で、展覧会を致します。

広いめの古民家ですから、おばさんの洋画も一緒に展覧いたします。

駐車場も、それなりに間に合うと思います。お車でもどうぞ。

ただし、旧道の古民家近くは、狭い道ですので、お気を付け下さい。

H25402

そのような事の段取りで、

あれこれ、

用意を致してました。

ヲシテの文章を記しました、わたくしの、焼き物です。

Yakimono3


少しは、思って頂ける場合も有れば、嬉しいです。

ヲシテの書軸を、ある程度の量、ためてますから、この機会に掲げます。

表の床の間、控えの床の間、その他、どこにどう展示するのか?  女房の段取りです。その辺りの事情は、私は良く解りませんが、寝屋川に居ります際には、お茶などきわめての略礼ではありますが、呈茶をさせて頂きます。

案内状の、表です。

H25400

 

 

結構、定年になってから、

忙しい事で御座います。有り難い事で御座います。 

                  ・

キリの花を、

UPしときたいと思いました。香りは伝えれませんけど、高貴なキリの花のご存じでないお方も多いそうですので。

Kiri2

 

 

 

 

 

 

 

2015年5月 5日 (火)

我が国のあり方を、『中朝事実』山鹿素行のこと。  「ヲシテ国学 初めから」48話「ホツマ29アヤ、ヤマトウチ」UPしました。

もう一度読もうと思って、探してましたら、見つかりました。

H25399

わたくしの持ってます版は、乃木将軍の訓点も付いたものです。

山鹿素行さんは、あるいは、

乃木希典さんは、当時にあった資料に付いて、熟慮をしたわけでした。

しかしながら、

今現代に至りましては、

『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』など、記紀の原書であるヲシテ文献の出現が起きて、さらに、現代研究が『定本ホツマツタヱ』や『ホツマ辞典』などの出版にも至りまして、此処まで到達して来ていているのです。

この、事情の事を、

しかるべく考えて、

ヲシテ文献を閲(けみ)していったら?

どういうような、成果が得られるのか?

我が国のありようの、その、真姿は?

そのことを、さらに、もっと解り易くしてゆこうと思い始めました。

クニを、国家を、どう整えてゆくか?

ヲシテ文献で、はじめて、そのバックボーンがしっかりと出来得るのですから。

 

 

 

                 ・           ・

 

 

山鹿素行『中朝事実』を再度読み込んでいましたら、あっちこっち、破れたり、外の扉が外れたりしました。 大正15年5月の7版です。 この当時の紙質は、酸性紙で傷みやすいもののようでした。和紙で補強修理を致しました。なんでも直して、使ってゆく事が重要です。これも、「オヨクキ」の、いわば自発の発露の事なんだと思います。発露を醸し出すには、自立が有っての事ですね。自立とは、ヲシテ文字で言えば「ロのヲシテ」です。これが、「ト」と「ロ」の違いです。詳しくは『ホツマ辞典』をお読み下さい。

 

 

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「ヲシテ国学 初めから」48話、「ホツマ29アヤ、ヤマトウチ」についての朗読をUPしました。

http://youtu.be/Iwwb8ZfQ_Fg

 

 

 

 

 

 

 

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