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2015年4月26日 (日)

京都の「ヲシテ講習会」のこと。  シュリーマンの手書きの原稿の初公開の事。 八木書店さんの「新天理図書館善本叢書」の刊行の事。  追記: 「ノフジ(フヂ・藤)」の花の事。

今日も、

 

京都の「ヲシテ講習会」のお問い合わせ・申し込みがありました。

Photo

おおよそ20人程度にもなろうかと、予想されます。

ちょうど良い人数的な規模だと思います。

http://woshite.wix.com/kousyuukai

         ・        ・

 

数日前に、到着しました案内に、

冷泉家の、藤原定家の小倉山忌の献歌のお題が、「沢の蛍」でした。

 

そこで、近況の感慨です。

Sirazariki

              ・

数日前は、八木書店さんの、新天理図書館善本叢書

http://www.books-yagi.co.jp/pub/pages/sintenri1501.pdf

の刊行記念展覧会に行ってまいりました。

http://www.tcl.gr.jp/tenji/tokubetsu/shinzenpon/kinenten.pdf

なかなか、目にすることもまれな古典籍の数々です。

そう言えば、藤原定家の『明月記』の「紅旗征戎吾事に非ず」の手書きの筆致も拝見できました。

さらに、とくに「奈良絵本」などは、館長さんも15年もやってて、今日初めて目にしたと、おっしゃっておられました。それ程にも、劣化が心配される写本は、保存に気を使ってられます。

それが、八木書店さんの、今回の精密再現で影印版が上梓されます。懐具合の余裕のおありのお方様、是非、ご購入をお願い申し上げます。

Photo_2


シュリーマンの手書きの原稿の初展示も有って、 

意味深いものが御座いました。特に、シュリーマン自筆の手紙は、7日間だけの公開でした。これは、運悪く、写真だけの拝見をさせて頂きました。100年以上もの前の手紙だと、ドイツ公使の人も読めないですと、おっしゃってたそうでした。アルファベットは、専門でもありませんけど私にも何であるか? 判別も付くんですけどね。そこは、言葉使いが随分と違って来ているという事なんでしょうね。 

http://www.sankokan.jp/news_and_information/ex_sp/u90_special.html

ヲシテ文献が、読めるなんて、すごいことだと、

わたくしは、

そう思って感動するわけです。

何千年も前の文献です。アマテルカミのお言葉が、おわしますが如くに、わたくしたちが読めるんです!!

アマテルカミの、その、息づかいも聞こえて来るような、その、尊いお言葉です!!

 

        ・          ・

 

かつて、神社の『式内社調査報告』を出版した際には、

 

現代のシュリーマンだと、元三菱総合研究所の中島正樹氏を、たとえても言われてました。 そのシュリーマンの手書きの原稿が初公開でした。

Photo_3

途中の、高速道路からの眺めは、旧暦「やよい」で、もう初夏もそこまで近くなってます。「やよい」の語意も、ヲシテ文字のイメージから考えると、納得ができてまいります。これって、まさに「文献考古学」です、シュリーマンの上をゆくわけですね。こちらは、我が国の縄文時代の前期にも遡ろうとも、そうなりますから、少なく見積もっても、かれこれ6000年は遡及のタイムマシンに乗って行く道筋にありますから。 つまりは、「式内社」などの『延喜式』の片鱗の残されたる神社のもっと、もっとの根底にあるのが、我が国の根本原理の「トのヲシヱ」だったのですから。本当に、我が国は大文明なのです、でも、「ヲシテ文献」・「ヲシテ国学」の再興・樹立が出来てこそが、これから将来に重要なんですね。我が国の尊さ、その、価値の、さらに100倍への向上力です。

直訳のことでは、

「擬古文」の製作で、真書を偽書に貶めているばかりのやり口でしか有り得ません。

私たちが血を吐くが如くに真面目にやって来てるのに、この歩みに、水を差すばかりです、だから「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」はダメなんですね。その代表格が鳥居礼くんなどですね。ヲシテ時代の「トコヨ」を、「常世」に直訳したら、まったくのところ時代錯誤です。これは、いくら何でも酷いです。我が国を大切に思う心が、一番に重要なところだと思います。

 

              ・         ・

 

ノフヂ(やまふじ、藤)の花をあまり見たこともない、と、おっしゃいますお方が居られました。写真をUP致します。ウチの近所です。

Nohuji

近くで見ますと。

Nohuji3

香りが、さわやかな甘い良い雰囲気なのですが、画面ではお届け出来かねますのが残念です。

Nohudi2

             ・

ついでに、

カヂのキです。 これは、ちょっと面白い花です。

Photo

旧暦の7月7日の、「たなはた」には「カチ」の葉をお供えます。そして「ヲシテ」をそこにしたためたようです。ヲシテ時代の中期には。 今でも、藤原定家のご子孫の冷泉家の旧暦7月7日のお祭りには、「カヂ」の葉を水ダライに浮かべてお供えとなさっています。こんなところにも、ヲシテ時代の伝統の幾分かは残っているようです。ちなみに、「カチ」の事は、『カクのミハタ』の「トシウチニナスコトのアヤ」ト-9(11727)に記載があります。『新訂ミカサフミ・フトマニ』および、『記紀原書ヲシテ』に収録してあります。

 

        ・          ・

また、初夏にもほど近くなって、

花も実もです。つややかさがありますイヌビワです。

Photo_2

もう、気も早くにも、ホトトギスの声を待っています。

鳥の好きなムシも多くなっています。ガマズミの近隣種のハクサンボクの花にムシが群がり始めてます。コガネムシは、金(ゴールド)の含有量が、ほんの少し、一般よりも多いのだそうです。

Hakusannboku

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年4月22日 (水)

時代の変遷に付きまして。 ネットは、やはり将来的に二極か? 

糖質制限の旗手の、江部康二先生が言っておられました。

Hudi2

             <フヂ(藤・ノフジ)の初咲きです。

               まだ、香りは発していません>

以下引用です。

 

「  英製薬大手のグラクソ・スミスクラインは2016年1月から、全世界で医師への講演料の支払いを中止する。同社の担当者は「専門医が薬の情報を正しく伝える講演の役割を否定するわけではないが、一般社会からみたら製薬会社主催の会はひょっとしてバイアスがかかっているのではという疑念を払拭(ふっしょく)したい」と説明。医師との癒着を疑われる余地をなくすためとしている。自社製品の情報を医師に伝える手段としては、インターネットの利用に力を入れていくという。 」

   <出所:江部康二先生のブログ

             http://koujiebe.blog95.fc2.com/blog-entry-3353.html

Hudi 

時代は、 

大きく変遷を遂げようとしつつあります。

 権威主義のその地点からの脱皮とも言えるのではないかと思います。

新たなる潮流として、現代での再ルネッサンスなのかも?

 

グラクソ・スミスクライン社が、これ程にも、大きく舵を切ってきましたほどですから、 

大勢の流れはそのような塩梅になってゆくかとも思われて良いかも? です。

 

医薬製薬分野ですらもそうですから、 

ましてや、 

人文分野での事には、さらに、大きな変化が見られてきましょうね。 今後。

 

でも、 

まだまだ、

 

ヲシテ文献の記紀の原書の位置の認識に付いての真実の広範な流布の時代には、もっともっと、先々の事ではありましょう、が 。

 

もっとも、 

出版関係はこのところ、しおれつつに少々すぼんできてますから、ひところの勢いは少ないです。でも、ハウツー本の関係は、まだまだ、元気です。そこから考えますれば、やっぱり重要な役目があって活きてると思うんですね。

ちゃんとしたものを、後世にも残してゆくと言う大切な役割はまだまだ必要とせられていることであると考えています。ネットだけでは、あまりにも、浮薄な感じ、にも、まだ感覚としてあって、これでは浮草的に軽すぎると、わたくしは思っております。

実在性・実感性が、まだまだ必要だと思います。『群書類従』でも、やっぱり実物の印刷物が使いやすいです。大空社さんのは、やっぱり、使いにくいです。

さらに、

ネットでも、二分化の勢いが生じて来ていまして、

時代の流れで、ふたつの潮流が、
ネットには訪れて来ていると思いますのです。

 

モバイルが登場、さらに、腕時計装着のネットも近々には普及段階を迎えようとしてます。

モバイルなどの、極小の画面の世界と、

従来のネットの、読み書きできるレベルの大きさの画面の世界。

この両者、ゆくゆくは、

合体は難しいのではないかと思います。

それらは、枝分かれしていって、

並立的に進みゆくような…。

 

モバイルは押すだけの世界。
従来ネットの、読み書きの世界。
ふたつの流れだと思います。
天地開闢(宇宙の始まり)の時からも、性質の違いが生じて、分化が始って来るものなのですね。 物事の成り行きの、根本的なミチ筋だと思います。
何でもそうですが、性質の違いが顕現化されて、そうして分化が始まってゆく。この成り行きは、自然のいとなみの自然な経過なのでしょう。  どう? 別れてゆくか? そこには、タネ(種)の性質の違いがそもそもの所に芽生えていたわけです、から。
そうして、分化をしつつ、距離を取るんです。
でも、この、両者は、
今でもの男女と同じで、性質の違いから、ともに距離を置きつつも、お互い必要としてるのが、不思議なところで御座います。
永遠の、 天地開闢以来の、その不思議・不思議、摩訶不思議の事で御座います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年4月20日 (月)

渥美俊一さんの著書の事、似鳥さんのことから。  「ヲシテ国学 初めから」47話「ホツマ28アヤ」をUPしました。

今月の「日経新聞」の最終面の「私の履歴書」欄は、

家具チェ-ン店の「ニトリ」の似鳥さんです。おもしろいです。毎朝、ゲラゲラ大笑いをさせて頂いてます。

Kuraimomo

      <日本固有種の鞍居桃(くらい もも)です

        実生からの苗が御座います。

        ご希望の方、ご連絡ください>

その、似鳥さんがこっぴどく怒られながらも指導をしてもらっていたのが、戦後に流通革命を主導して来ていた「渥美俊一」さんと言う人物だったそうでした。早速に、一冊、『渥美俊一選集』(商業界)の巻一の「繁栄の道」を読んでみました。面白かったです。今に至る、流通革命の起き来った経緯が良く解りました。

そう言いますと、わたくしも松本善之助先生から、いつもこっぴどく叱られておりました事を、思いだします。わたくしは至っての鈍重ですから、歯がゆい思いが、松本善之助先生には強く感ぜられての事でありましたでしょう。その思い出から、痛みを知って、どうしても他のお人にきびしくは、わたくしは言えない思いが御座います。ですが、我が国の大切な尊厳が貶めされますと、ここには、どうしても一言云わざるを得ませんです。

渥美俊一さんの口癖で「最後には、兎より亀が勝つ」というのを、似鳥さんはよくよく噛み締められておられたと、「私の履歴書」にて述懐なさってました。

それは、そうなのでしょうね。

地道にコツコツしか、ないわけですから、

ヲシテ文献の研究にも、同じことが言えると思います。

Yuzu

                <ユズのつぼみです。

                 小さな新芽の中心に、  

                 まだ、針ほどの大きさです。

                 やがて、咲きますと、

                 カクの花と同様に良い香りがします>

ヲシテ文献研究におきましては、殊の外にも言えますことで御座います。何も、アテになる参考書も無いところから、一つづつ手探り手作りで進めて来ていて、これからも、そう言う事は、大略の処大きくは変化はない訳ですから。

「ヲシテ国学 初めから」47話の「ホツマ28アヤ」の説明をUPしました。

https://youtu.be/AR2OP8jIbxA

アマテルカミの大切なご述懐がここに記されてあります。ぜひとも、ヲシテの原字・原文でヲシテ文献に接して下さいますようにお願い申し上げます。直訳では、半分も原意が正しく伝わりません、つまり、劣化コピーで半分捏造になってしまうのです。

Yamahuki

              <ヤマフキの花は、

                太田道灌にも、実のならない例えでした>

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年4月17日 (金)

コメントくださいまして、有り難うございます。 もう少しだけお勉強なさってくださいますようお願いいたします。

わたくしたち、我が国の歴史が大きく千数百年来において、

間違ってきての認識であったこと、そこに、思いを致してもらいたいですそして、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の発見・研究によって初めてこの事実が判明したこと。

そして、間違いの元だった『古事記』 と『日本書紀』の景行天皇54年までの記事に付いては、国史としての位置を見直すこと。 そう言ったことが、セットでの認識になってもらわないといけないわけですが、とにかくも、ヲシテ文献のわが古典としての復活が、先行して求められます。

子供たちに教えてあげる前に、まずは、あなた自身が歴史認識を、もう一度見直して欲しいです。そこからが、第一歩だという事になりましょうね。

ヲシテの文字も読めないのに、子供に教えるとは?  ?  

説明に困ったら、逃げるんですか?

逃げないで良いようになって、はじめて、他人様にも教える資格が出来るんだと、そう、私は考えています。ワケも解らず、振り回すのは、実際のところ、困りものなんですね。

コメントが来まして、其処の欄には返信が困難なため、ここで、その説明を致しました。

           ・           ・

来ました、コメントです。 「ヲシテ」の「ヲ」はワ行です、念のため。

とても素晴らしく勉強になります。大変ありがとうございます。オシテ国学のご教授をお聞きいたしまして我が国の国柄にますます誇りと神聖感を抱きます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。祖先神に恥じない生き方をしなければ申し訳ないことですね。子供たちに本当の国の成り立ちや古代よりあった精神性の高さを教えてあげたいです

                 ・

さらに、ひとこと、

説明を付け加えます。

また、新たに解りましたる重要な精神が、我が国の縄文時代以来からの伝統の本来の精神でした。今にも、脈々と伝わってるので、諸外国人とは何かが違う。 とは、何となくにも実感される事も有ると思います。これが、「トのヲシヱ」であり「ニのこころ」です。詳しくは、既刊のわたくしの関与してます書籍をお読み頂けますと解るように作って御座います。文献上にて明確に読み取る事が可能になったからこそ、この由来と詳しい意味合いが解明でき得たのでした。この意味でヲシテ文献の発見とさらに現代研究が重要なわけです。我が国の本当の大切な精神が、初めてここに解明されたわけですから。これ程にも高度な事を、あなたが解らないままに、他人様に説明するにしましたら、しどろもどろになって無理な試みだと、そう、わたくしには想像されてしまいます。特に、「ニのこころ」があってこそなのだと思います。他人様に教えようともする場合におきましては、「ニのこころ」は、殊の外に重要だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年4月13日 (月)

ヲシテの事、明治以降の学校制度との関連につきまして。   鞍居桃の実生からの発芽の苗が有ります。

世上には、学歴の事をいろいろと、気になさいますお方も多い事で御座います。萩本欽一さんが、どっかの新入生になったとか? 

Kuraimomo_2

          <鞍居桃(日本固有種のモモ)

            自生種の種から発芽させた苗が、

            たくさん出来てるそうです。

            植えたいと言うご希望のお方、

            ご連絡ください。

            橋渡しを致します>
 

欽ちゃんぐらいのあれだけの蓄積が有ったら、講師とか教授なんかの立場で教鞭をとってもらっても良いのかな?

 

なーんても、わたくしは、思いますが、ね。

 

いろいろと御座いますが、勿論の事に、学歴を尊重しません事は御座いませんです。わたくしも。

 

ですが、

 

ヲシテ文献と言う、これ程にもの、とてつもなき大きな発見・研究が近々に現代に為されてきてますので、明治以降のアカデミックについては一言主的(ひとことぬし)にも、わたくしはモノ申さずにはおれない立場にあることはやっぱり事実にと、そう言うような、見られ方もまま御座います、です。

Kuwa

           <クワの蕾です。

             これが、季節のご馳走でして、

             煮含めますと、美味しいです> 

そんなことから、

 

明治以降の学制の事に付きましては、ヲシテ文献に関しましては一切の関与のし合いの関係にはありませんことに、再確認をしてもらえれば有り難いことだと思っております。つまり、ヲシテ文献研究におきましての、考え方は、明治以降の学制には一切において関与無しの事が正しい判断だと、そう、わたくしは考えて来ております。

 

なにしろ、記紀の原書なのですから、これを基にして、

 

アカデミックを作ってゆくのが我々に敷設されている軌道なのです。

 

過去、わたくしは、他人さまの事で明治以降の学歴なんかを聞いたためしは御座いませんです。もっとも頻繁に合力をして下さっておられます四国の合田さんも、やっとお誕生日を偶然に一昨日に知り得ましたような事でして、その他、こちらからお聞きしました事は、一切御座いませんです。

 

すべては、ヲシテ文献にどれ程に通じているのか?  この、事に付きましてこそに、篤い尊重を致します訳で御座います。

 

それと、目的意識の事が御座います。我が国の大切さを思う、その気持ちの事で御座います。 

Huti

           <フヂ(ノフジ、ヤマフジ)の
ツボミです>

また、楽しみのひとつには、即時性と言うものがあるようにも、

臨場感とも言えましょうか?

そう言うような雰囲気も思ったり致しております。今現在のその、臨場感がひとつのあるべき感触として、実感性がある感じられることも面白味の一つだともおもえますです。滝の流れの泡立ち炸裂してゆくさまは、いつまでも、見ていて飽きない事のひとつだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年4月11日 (土)

近々の予定に付きまして。さらに、ご参加希望のお方様には、ご連絡をお願い申し上げます。 青木純雄さんの新著作がもうあと少しで出版です。

定年のことで、 もう ヒマかと、

 

そう、連想される事も多いです。 わたくしの場合は、思いの外に、何やかやと用事が多くありまして、のほほんとしてるような具合では御座いませんでした。

Gankouji

        <先日に用事で伺いました元興寺さんにて。

            敷き詰めたほどにも。

            詠みましたウタ。

               散るとても のちなうらめそ

               さくらはな ひと葉ひと花

               思いみつれば    >             

近々の予定を列記致します。

4月30日、 「いせの会」にてお伊勢さんの内宮のお隣にて講義。

5月16日、京都の「ヲシテ講習会」の開催。

5月22日~25日、大阪の寝屋川市の女房の実家にて、定年記念展。(わたくしの書軸などと、女房の陶器を展覧いたします。お抹茶もお出しいたします。くわしくは、再度ご案内表示を致します)

5月31日、 「いせの会」にてお伊勢さんの内宮のお隣にて講義。

6月6・7日(土・日)、淡路島の伊弉諾神宮の参拝と、「ワカウタのアヤ」の講義。

なお、

それぞれ、ご参加をさらにご希望のお方様、

おいでになられましたら、ご連絡をお願い申し上げます。

                  ・

その間に、

青木純雄さんの新著作の『よみがえる日本語』の次作の校正などのお手伝い。もう、あと少しで出版です。よろしくお願い申し上げます。

および、

ヲシテ研究の新規分野での開拓的な研究の推進。

も、順次に進めております。

また、

ユー・チューブでの解説も、もっと作っておきたいと思っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年4月 3日 (金)

「トのヲシヱ」の現代的な理解に付きまして。 どうしても、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を古典に復活させねばならない事。   エボラ出血熱の問題の近況と広範な火災の事。  「ヲシテ国学 初めから」46話UPしました。

対人関係の、3段階の事。

「はたれ」

「フラット」

「トの理念」

このように考えてみると、

現代人にも解り易いかと思います。

Kuraimomo

              <我が国の固有種のモモです。

                  兵庫県上郡町の自生種、 鞍居桃>

           ・      ・     ・

「はたれ」は、記紀の原書であるヲシテ文献には、詳しく記述があります。残念な事に、『古事記』や『日本書紀』には漢字文への翻訳過程で削除されてしまっていました。それで、現代人にはちょっと見、解りにくいです。手前味噌で恐縮ですが『ホツマ縄文日本のたから』(池田満、展望社)や、『ホツマ辞典』(池田満、展望社)をお読み頂けましたら、ご理解がすんなりとゆきます、ようにと思っております。 おおよそ、「はたれ」とは、精神的に自立していなくって他人に、あるいは権威なんかにもたれ掛る気持ちが顕著に見られる事で御座います。それで、あれこれと、軋轢が生じてくるわけで御座います。 結局は、天地自然のことわりの「アメのミチ」のしっかりしっての理解が必要なのです。「縄文哲学」とも申せましょうか? 「アメのミチ」ミチの解らないままで、大きな問題の最悪な現れ方は、躁鬱的なこころの迷いになります。

「フラット」とは、対人関係に置きまして、平等感がこころの底にある状態です。ですから、嫌味を発したりと言うその事が無い訳ですね。「はたれ」の段階よりは、他人に悪影響を及ぼさないのでずっと上位になります。

「トのヲシヱ」に目覚めた段階に、ですと、大きく風景が違ってまいります。他の人のなさいます事に付きまし、て、何か? 補助・手助けしてみる気持ちにこころが動いてまいります。決して、見返りを求めようとその気持ち無しの事で御座います。

                    ・

何でも、この、3段階にて、

判別を付けますと簡単な事で御座います。

さて、その、スパンの長い先に国家とか我が国のご祖先の方々の遺勲とか、それを見つつ、遠い未来志向においての展望を念頭に据えることで北極星の位置決めが出来ます。 これは、目的の事で御座います。

アマテルカミは、どうしたら「トのヲシヱ」に、人々を導くことが出来得るのか? その事を、一生懸命にお考えになられておられましたのでありましょう、と、わたくしは拝察申し上げてきております。

近世には芭蕉なども出て、心象風景の辿りにも、ヲシテ時代の雰囲気にも、少しは近付いての、事もありますが、 決して「トのヲシヱ」の雰囲気にまでは至らずじまいの事で御座いましたでしょうか、と、振り返ったり致しております。アマテルカミのおこころを、今に、よみがえらせてゆくには『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の原字原文での再興にしかミチ(道)は御座いませんと、そう、わたくしは考えに考えております。

 

                    ・

エボラ出血熱の問題は、

まだまだ収まっていないようです。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150329/k10010031691000.html

用心の事を、と願います。

なお、アクア(人工衛星)から見た画像で、火災がシエラネオネで強烈です。何か関連があるのかも知れません。

Fires_in_sierra_leone

 

             ・            ・

 

Kuraimomo2

こちら、我が国では、自生種の鞍居桃が咲き始めました。

我が国の基礎の事をしっかりとやってゆく事こそかと、思っております。

女房が、古くにあったマメをその辺に撒きましたら、イカルが今日も良い声で鳴いております。

なお、「トのヲシヱ」や「アメのミチ」の理解に付きまして、アマテルカミが「アマのミチ」を体得なさりました秘訣が『ホツマツタヱ』27アヤに記されています。その内容の「ヲシテ国学 初めから」46話をUPしました。

http://youtu.be/kiA4dwC0G0k

『ホツマツタヱ』27アヤの朗読・解説です。

今月の「日経新聞」最終面の「わたくしの履歴書」は、

家具屋さんの「ニトリ」の似鳥さんです。

鍛えられ方が違いますね。敬服いたすところで御座います。

似鳥さん、学校の勉強はどうも、お苦手のようでしたが、 知恵・叡慮の方はとっても優れたお方のようにお見受け致しました。

 

 

 

 

 

 

2015年4月 1日 (水)

『万葉集』のウタのこと。その雰囲気のやっぱり良いこと。デジタルとアナログのこと。

デジタルでの能率化は、とっても有り難いことです。

Sakura2

              <ヤマサクラの咲き初めです>

そもそも、

 「索引」なんて、その発想が、今のデジタルの使い勝手にも同一の路線です、つながります。

 どうしてそんなのが、調べられるの?

 

と、聞かれたりしますが、

 

それは、簡単な事でして、 先人の蓄積の「索引」のおかげです。

Sakura1 

            <あっと言う間に、 

             2日で今年は、

             近所のソメイヨシノも見頃ろになりました>      

            ・

 

『万葉集』の索引の、正宗敦夫さんの『万葉集総索引』をずっと愛用してますが、

 

漢字表記の『万葉集』原文で引いていますと、デジタルより時間も掛かります。

 

でも、その時代の雰囲気に親しめると思うんですね。

 

明治、大正や大戦までの時期には時間を掛けて原文に親しんでこられてますね。

 

その、

 

過程の、いろいろな形で、接することも大切だと思うんです。

 

デジタル処理で、簡便に今は出来得るようにもなってます。山口大学の検索はとっても便利です。

http://infux03.inf.edu.yamaguchi-u.ac.jp/~manyou/ver2_2/manyou.php

 

仮名検索も利便です。 時代の流れでしょうね。 この流れは、とどまるような雰囲気にはありませんですね。 大きな潮流です。わたくしのようなアナログ時代の人間にとっては、一首一首やや時間を掛けて原文で見直してみると、効率第一のデジタル処理だけでは、ちょっと違うような面も捨てなくて済む場合もあると、そう思う場合もあります。デジタルでの仮名訳文の検索での第一問題は、漢字での特殊文字に付いてが切り捨てられてしまう事にあります。時代の雰囲気が、ちょん切られると言う不具合です。

また、原字の漢字で読むと、ヲシテ文献での知識で、正しい読みの発見にもつながります。『ホツマ辞典』(池田満、展望社)100pです。

H25390
『万葉集』の中に、「キツ(東西)」の言葉があったことを、発見しています。

まだ、他にも、ヲシテ時代の言葉が隠れていることも予想されます。

ひとつ在ったのですから、ふたつ・みっつとまだ他にも在るかも知れません。

発見なさいましたら、是非とも、お知らせ願います。

「文献考古学」とも言えましょうか。

効率の重視も重要です。助かります。スタンダード化を進める事で、その流れのおかげで、ヲシテ文献の解明も、やっとの事で、ここまで進んで参りました。 

 また、ちょっと時間が有っていろいろ思ったりしてますと、心に染み入るような感慨に得てぞ、の、こその所もあります。この両輪の相い立っての補完関係の構築です。目指すべきは、です。

 

『万葉集』の原文の漢字表記には、結構の処、意訳的な漢字の表記に思いを込められている場合も多いんですね。 わたくしが、こんな弁護をするのもヘンですが。『万葉集』には、漢字表記を尊びたいと思います。

まあ、わたくしが、漢字表記の弁護なんて!!    です。

 

          ・           ・             ・ 

Biwa1

           <ビワの新芽が照り映えてます。

              右下には、実も付き始めてます>

 

翻るがえっての事に、わたくしたちの直面する問題についてですが、

 ヲシテ文献の、国学への再構築の進め行きは、まさに前人未到の新開拓ですから、まさに新しい発想で取り組んでゆかないとなりません。

 『万葉集』のウタに、このごろ、ふれていますと、心に響くものが多い事で御座います。

  

ヲシテ文献 → 『万葉集』 → 王朝時代の各和歌集 → 連歌の時代 → 芭蕉などの活躍 → 現代

 と、そのような、大きな流れの一連の我が国の思想信条の体系に付きまして、簡便に解り易い解説を出来得るようにとしてゆかねばなりません。

 そして、

 何よりも進めてゆきたいのは、ヲシテ文献による、現代へのウタ(和歌)の再生運動です。

 

『万葉集』も、それぞれの歌がすばらしいとは、島木赤彦さん達なども 言ってますが、さらに、もっと前のヲシテ時代にこそその素晴らしさの源泉があったのですね。これ程にもの、ダイヤモンド的な大きな鉱脈を見つけたのに、知らせずにして隠匿しようとするのは、国士としてどうしてもやむにやまれぬ気概にかられます。 それが、わたくしの心情です。

 

                     ・

 今にしても思いますが、

 

その時その時にて、歴史について欽述してゆくのには、

 

相当に、と、骨が折れることで御座います。

 

『昭和天皇実録』も刊行がなされつつありますが、品切れ状態がまだまだ長いかも知れません。

 

昭和の時代に付いての回顧も、一般国民にとりまして、これからが本格的になってゆくような事なのですから、

 

まして、

 

漢字国字化時代以前の、長い長い時代のヲシテ時代に付いては、

 

まさしく、

 

これからもこれからの、さてもの、その先の事で御座います。

 

           ・                   ・

 

きょうは、雨で、早かったサクラが、散り加減になりつつあります。

 

      キサラキの アメはたのしみ

      散るハナも 明日の浜辺に

      キノコ生(お)ふみん

 

ショウロ(キノコ、松露)は、

雨が降った後に多く発生してくると、毎日海岸を散歩している人に聞きました。

得難い重要情報です。 その期待を思います。

もはや、わたくしは還暦ですが、次にコメ・ショウロ(白くて初々しいショウロのキノコ)の多くの発生こそをと、その思いで御座います。

色々な形で、

ヲシテ国学への生え出つる萌芽は、止めども無く起きつつあります。

 それは、アマテルカミのおこころなのでしょうね。

また、

クニトコタチさんの「トのヲシヱ」なる崇高な理念の帰結にも由(よ)るのでありましょう。それが、大きな国柄と言うものなんでしょうね。文明とも言っても近いかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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