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2015年3月19日 (木)

鴨長明のウタの事。 人と人との、関係は、基本がイーブンである事が重要事項です。

これまで、ゆっくりと見れないままの、

見たい書籍を読んだりしていましたら、

こころに打つ書物も多く有ります。

鴨長明の言いたいことも、

こころに響きますですね。

Photo


解説が、必要なほどには、難解な文章ではないかとも思います。

でも、読み下しを掲げます。

「(鴨長明が)(後鳥羽天皇のおわします)御所に朝に夕にと侍りし(はべり、出入りして、なに彼と御用をおおせつかっていた)時。 常にも似ず、珍しき(普通はそんな事も無いような珍しいこと)御会ありき。

『6首の歌に、皆、すがたを詠み変えて奉(たてまつ)れ』

とて、(後鳥羽天皇が)おっしゃいますのでした。(深い和歌のおもむきの、さらに、深淵の事にと、追及をなさいましてのご深慮を後鳥羽天皇はお巡らしになられますので、御座いました)

さて、その、くわしいおもむきは、

『春秋は、ふとく・おほきに。

秋冬に、ほそく・からび。

恋や、旅は、えん(艶)にやさしく。

つかうまつれ(詠んで、提出してみなさい)』

もし、思うように、詠みおほせずば(詠めなければ)、その由をありのままに申し上げよ。歌のさま(風体)知れるほどを、ご覧ず(ご賢覧に具したい、見たい)と、おおせになられにあそばしましければ、

いみじき(とっても大切にして、大変なる事)大事にて、かたへ(大方の人)は辞退す(多くの人々は、詠んで提出する事は出来なかった)。

こころ、にくからぬ人をば、また、もとより召されず」

そう言ったことから、ちゃんと、6首・3様の詠み分けが出来ない人は、もとから、お召しになられるお心が無かったわけで御座います。結局のところ、6人だけが、この「珍しき御会」に召されて参集したわけであったのでした。

Tyoumei_2


この、鴨長明のウタの、

6首は、それぞれに、趣深いものだと、感じ入っての事で御座いました。

殊の外に、最後から2首目の、「しのばしよ」は、グッときましたです。

鴨長明は なかなかの苦労人のことで、偉いと思います。

7難8苦こそが、玉にするとは、よく言ったことだと思います。

               ・

何よりも、

初代クニトコタチさまの「トのヲシテ」にしましても、

「ト」を、その高度な関係を構築しますには、イーブンの立場での相互関係の立ち位置が絶対条件ですね。

其処の処が、

漢字文化の流入から千数百年経て、さらに、難解になって来ていてしまってる事が、今現代にあります。ま、ヲシテ時代の中期にも、ソサノヲさんの大錯誤の思い違いの事も有ったわけですから、むやみに、現代の時代風潮を卑下するのも間違いですが。

そう言った、

いわゆる「支配」とか「コントロール」とか何かと言ったような、構造的な思い間違いの強圧的な関係は、どうせ、長続きしないんですね。相手が機械だったら、「コントロール」が基本的なスタンスになりますがね。

相手がヒト(人間)ならば、 基本的なベースが、機械相手とはまったく違うという事を認識せねばなりませんですね。よくよくソサノヲさんも悩まれたことで御座いましたですね。

本当の意味の

リーダーシップとは何か? 

それは、お互いがイーブンの立場に立って、創意工夫をしつつ、より良くプラスを作り出してゆく事で、其処のあたりの導き方のサポートをするのが、本来の「トのヲシテ」の実現・成立に向けてのリーダーシップの有りようなのですね。

                 ・           ・

詳しくは、

『ホツマで読む ヤマトタケ物語』(池田満、展望社)にて、お読みくださいますと、はっきりと、理解が出来るように作って御座います。

これでもって、現代人にもちゃんと解る、本当の意味での、

「トのヲシテ」を説明する書籍を作れたと、自負しております。

 

 

                    ・

ダンスでならとても良く解る事なんですが、

リズムを感じていて、お互いに、イーブンに動いてるわけですが、

次の動作にどう移るかのまでの際には、微妙なやり取りがあるわけですね、そして、

そのしかるべくのタイミングの際にはどちらかが最終決定を下さねばなりませんです。ダンスの場合は最終決定は男性の役目になってます。そこに至るまでには、イーブンの立場でのお互いのやり取りがあるんですね。 此処こそが、それが、リード、リーダーのあるが姿の根幹と言うものです。だから、リーダー(この場合は男性)の頭の後ろに目が付いてなくても、他人にぶつかって当たる事は、上手な人には無い訳ですね。  それが高次元での「トのヲシヱ(テ)」の素晴らしい効力です。 後ろに目が付いてないのに? どうしてぶつからないの?   が、どうして? 優れているのか? 「支配」や「コントロール」の次元の感覚とはだいぶ違うという事をお解り戴かなくてはなりません。それが、我が国の本来的なる「トのヲシヱ(テ)」の存立条件の基礎成る処の重要な事項です。

現代でも、ほとほと、理解が難しいのですから、ソサノヲさんも大変だったはずですね。 

       ・          ・          ・

どうして?

中世の和歌の事にまで広げて思考をしようとするのか?

それは、

ヲシテは記紀の原書ですから、

ヲシテ文献での「ヲシテ国学」の樹立をしてゆくためです。

ウタの歴史は、

従来考えられていたよりも、ずっと長い訳ですから、

その、中世にも至る歴史も見ておこうという事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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