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2014年2月27日 (木)

「ヤマトタケ」か? 「ヤマトタケル」か? どう、お呼びするべきか?

たったひと音韻が、くっ付いただけで、

語感が、驚くほどにと変わる場合があります。

「ヤマトタケ」さんのこと、

「ヤマトタケル」と、「ル」の一音韻のくっ付きで、がらっと、人となりが貶(おとし)められてしまうのです。

               ・

この話は、松本善之助先生が極めて強調なさっておられた事でした。

          ・         ・

そもそも、千数百年の間、

私たちが目にしてきていたのは、

『日本書紀』『古事記』でした。

そこには、「日本武尊」あるいは「倭建命」と記されていました。

「ニホンブソン」なんて言ってるわけないですから、

「やまと ことは」ではどうお読みしたら良いのか?

「ヤマトタケ」の「ミコト」と、江戸時代の中頃には、本居宣長もルビを振ってますから、「ル」抜きのお呼びの仕方が当たり前でした。

それが、

明治時代の中頃に飯田武郷『日本書紀通釈』から、「ル」くっ付けが始まりました。そして今現在は、「ヤマトタケル」が通り名になっちゃってます。

さて、

そこで、

『ホツマツタヱ』などヲシテ文献が、40年余り前に現代発見され、現代研究が始まりました。そこには全用例に渡って「ヤマトタケ」として「ル」が付されていない記録が為されていました。

さて、どう考えるべきなのでしょうか?

時流にただただ流されて「ヤマトタケル」とお呼びしてのママで良いものかどうか?

              ・           ・

そこで、

原書の比較をおこないます。

『定本ホツマツタヱ』には、記紀との対比比較が一覧できるように編集しました。P631、「ホツマツタヱ」の38アヤ23ページの個所あたりから見て下さい。

記紀との比較をしながら詳しく読んでゆきますと、「ヤマトタケ」さんの人物像が、それぞれの書物に大きな違いがみられます。結構理解困難な所もありますから、 『ホツマで読むヤマトタケ物語』に読み解き本で出版してあります、こちらも合わせてご覧ください。

さて、

記紀では、泣き虫でビービー言いのくせに、乱暴で残虐な人物像です。これなら「ヤマトタケル」と、「ル」くっ付けがふさわしい感じがします。

『ホツマツタヱ』では、立派で部下には思い遣りの、かつ、勇敢な偉丈夫としての人物像です。立派な人の場合「ル」をくっ付けるとそぐわしくありません。「ヤマトタケ」さんとお呼びするべきです。

どうも、漢字文献に漢訳した際に、貶(おとし)めを潤色して編集されたと見て取れます。つまり、漢訳に拠って貶められたのです。

記紀の貶めて描いた人物像のママであっては、「ヤマトタケ」さんに本当に申し訳ないと思います。なぜならば、『ホツマツタヱ』などヲシテ文献は記紀の翻訳前の原書であると、比較したことから根拠をもって言えるからです。

つまり、

漢訳の貶めに対して、そのまま指をくわえてほっといていいものかどうか?

そこに、直してゆこうとする気持ちが、

あってこそ、

だと思います。

ここが、「ヲシテ国学」を立ててゆこうとする気持ちの原動力ですね。

                  ・

わたくしたちの文明が、漢訳によって大きく損なわれて貶めされていたことが判明したのです。これを、直してゆこうと、そう、こころに、情熱がともせる人だけです、私と話が合うのは。

 

 

 

 

 

 

 

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