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2014年12月 6日 (土)

茶釜の事、芦屋釜の秘密の事。  溥泉さんの寂照寺の事、それは、茶道の祖である、村田珠光のゆかりの称名寺の北東の隣地です。  ミチを立ててゆくと言う、大きな取り組みに付きまして、理解してもらえましたでしょうか?  追記 : 『茶の湯の釜』のご著書の事や『紹鴎茶話百首』など。 ユーチューブ36~38話をUPしました。

芦屋釜というのは、
特別な雰囲気があります。

Akemae

             <古い写真を探してましたら、

               カナツキの末頃のが見つかりました。

               今年は、今日がカナツキのモチ(満月)です。

               見れますかね~? >

大阪・神戸の近くの芦屋ではなくて、九州の北端の遠賀川の河口の芦屋です。今、芦屋町になってます。かつては、江戸時代の後期ごろ、芦屋千軒とも言われていたほどの大繁栄地だったとのことです。
http://www.town.ashiya.lg.jp/
不思議なんですね。
国宝にも指定されてる茶釜は、ほとんどが芦屋釜です。
また、芦屋釜の生産の起こりが早い時代で、西暦の1300年頃だとか? です。

鎌倉・南北朝のあたりですから、古いことです。それは、喫茶の流行の始まりの頃に近いです。茶道の確立期よりも、ずっと古い時代から、もう、芦屋釜なんですね。

                  ・

茶道がミチとして作法などの確立は、村田珠光(1423~1502)や武野紹鴎(1502-1555)、千利休(1522-1591)などの頃からです。  ついでながら、村田珠光が幼少期に過ごした称名寺は、北東の隣地に、溥泉さんの住寺だった寂照寺の跡が臨み見れます。おついでの際には、溥泉さんを偲んでみて、墓石など探して下さい。 ひょっとして? 溥泉さん、黙静さんなど、ゆかりのお人の何かが見つかるかも? 最古のヲシテ文献の写本の名前のわかってる伝来者です。溥泉さんが晩年期に住まいされていたお寺が寂照寺です。黙静さんは、溥泉さんのお弟子のようです。http://www.zb.ztv.ne.jp/woshite/page25.htm

http://woshite.com/ya/img081.jpg

黙静さんは、溥泉さんの弟子として代理で一筆入れてます。黙静さんのことが、何か新解明の発見が有ったら良いんですがね。結局のところ、わたくしには何も解らずじまいのママで、残念に思ってます。http://woshite.com/ya/img078.jpg

称名寺は、下記のアドレスです。

http://www.eonet.ne.jp/~syomyoji/

称名寺は、近鉄奈良駅から歩いて10分も掛かるかどうか? ほどにも、至便です。

Photo_3

そんな茶道にと確立が為されるよりもずーっと前のことに、もう芦屋釜です。 不思議ですね。

そもそも喫茶の大流行の始まりは、鎌倉時代の明庵栄西(みょうあんえいさい/ようさい,1141~1215)を端緒が定説です。栄西禅師に、喫茶の本格流行が始まったらしいです。お茶は、健康維持にとっても良いですからね。喫茶の大流行時から、もちろんのことに茶釜は、産地も、星のごとくの多さで、種類も多く有った訳ですね。当時は、お湯の沸かしの作業が、今とは大いに違って大変です。だから、カマ(釜)が大切に扱われたんですね。今なら、電気ポットで、便利ですけど。それでも、マホービンから、電気ポットの現在の省エネタイプにまでの変遷も、結構に大変化を遂げてますね。あらためて良く考えてみましたら、です。

さて、
今現在に国宝指定の9釜のうち、実に8釜が芦屋釜なんですね。不思議です。何が違うんでしょうか?
不思議なことです。

Photo_4
 
ヲシテ国学で言いましたら、今まさに、当該の黎明期にも匹敵してますでしょうか?

それでなのですね、どうして? 芦屋釜は、そんなにも珍重され続けたのか?
その秘密をどうしても知りたい訳ですね。

幸いなことに、
大西清右衛門さんがお話ししてくださいますそうです。立派な釜師の大西清右衛門さんは、芦屋釜を、今に再現なさったとか。

http://www.ikm-art.jp/event/2014_kamanobi.pdf
聞きに行こうと思ってます。
よろしければ、ご連絡くださいましたら、ご一緒に。

                ・

さて、

カマでは、ヲシテ時代の中期にも「にすてかま」

の事がありますね。

Nisutekama

わたくしも、

こころを磨かねばと思います。

つねに、曇り錆びますからですね。

また、「ナベ」と「カマ」とはどう違うのか? これも、解明してゆかねばならない、不思議のひとつです。

現代的には「おナベ」と「おカマ」にも関連してるんでしょうか? まったくの、疑問ですね。

 なお、

武野紹鴎が教えの和歌を、『紹鴎茶湯百首』に残してます。

『続群書類従』の19輯の下に収録されてます。

そのうちの一首に、

     我を捨て 人に物とひ(問い)

     習うこそ 後は上手の

     もとい成りけり

釜のことは、大西清右衛門さんに尋ねたいと思います。

『茶の湯の釜』良い書籍です。

Oonisiseiemonsan

そう言えば、

棗に記されていた和歌がありました。

典拠は『紹鴎茶湯百首』でした。

稽古とは 一より習い

     十を知れ 十よりかえる

     もとのその一

また、こんなのもありますね。

わたくしも、耳が痛いです。

     目にて見よ 耳に触れつつ

     香をかぎて 事を問いつつ

     能くかてん(合点)せよ

 ためして合点、でもないですが、根掘り葉掘り、得心のゆくまで聞ききる事が大切だと思います。「聞くは一時の恥、聞かぬは終生の恥」 と、言う語句を覚えていました。 

また、

     習いをば ちりあくたぞと

     これを知れ 書き物は反古(ほご・捨てる)

     腰張りにせよ

尊敬する、谷川士清(たにがわ ことすが)さんは、書きつぶしを、反古にして塚にして納めてます。一つのやり方でしょうね。

でも、

後世の人が、辿るのは難しくなります。 間違いは間違いとして、恥をも後の人の肥やしにする気持ちがどうか?  と、 其処のありようは、むつかしいものですね。 わたくしも、過去におけるところの、全部のヘンなのは燃やしてしまいたい気持ちも常にあります。 ここは、判断に逡巡するところでしょうね。谷川士清さんは、ちゃんとした理解者に付いて、政治的な動乱の事も有って、表向きに残すのも身に迫っての危機感がヒシヒシのことで憚られたと見るべきかと、わたくしは推察しています。 当時も、谷川士清さんの時代も、本当にそう思います。また、今現在も、ちょっと違う意味合いに於きまして、それはそれで、大変に気を使うわけで御座いますですね。甲乙つけがたしと、わたくしは、そう思っておりますが…。

_edited1

                         <現代人に読みよいように、すこし、

             修正を入れましたので。

             現在の稿本を掲げます。

             『続群書類従』19輯下 です。

             『紹鴎茶話百首』の次に収録されてるのが、

             『利休台子かざり様之記』ですね >

此処までゆかないと、本物の輝きが出てきませんですね。

やはり、武野紹鴎(たけの じょうおう)さんの事だけはあります。

利休にとっての、大先達の、いわば大先生ですからね。紹鴎さんは。

クニを経(た)ててゆこうとするミチは、

地道に小さな小さな積み重ねしか有りませんです。

茶道の事よりも、国学の事は、もっと大きな重要なミチであると思います。

比べるのも、どうかとは思いますが。

ヲシテの国学としての立論の事は、どうしても忽(ゆるが)せには出来ない事だと、わたくしは信じてます。

その意味からしまして、

何だかんだと言われても、

小さな積み木を積み重ねてゆく事だけが、私に出来得る、唯一のちゃんとしたミチだと、この事は、恬(てん)として一物の疑いも無く信じてます。

着実な歩みだけが、大切と。   

             ・            ・

ユーチューブ「ヲシテ国学 初めから」36話「ホツマ18アヤ」UPしました。

https://www.youtube.com/watch?v=zbozm5AL7A8&feature=youtu.be

      37話「ホツマ19Aアヤ、歌論のこと、『フトマニ』のこと」UPしました。

https://www.youtube.com/watch?v=KgmQnwIiDgo

  38話「ホツマ19Bアヤ、馬術の事、お茶のミチの事」をUPしました。

https://www.youtube.com/watch?v=0SCCZtmRVU8&feature=youtu.be

 

           ・                ・

2014年12月 2日 (火)

ヲシテ文献への道は、『ホツマ』に親しみ、『ミカサ』に親しみ、そして『フトマニ』など『カクのミハタ』に馴染んでゆく事。この道のみです。 「ヲシテ国学 初めから」35話「ホツマ17アヤ」をUPしました。

国家の事を、 と、

そう思って、40年以上にわたって取り組んできてますが、

時代は怒涛のように、今まさに、波打って動いています。

Photo

               <サクラのモミチ(紅葉)に百葉箱の白が映えます。

                右の百葉箱は、錆びて来て、

                疲れがたまってるかも知れません。

                身に迫って、リフレッシュをしてゆきたいです。

                今日は、ゆっくりと休養をいたしました>

まさに、大きな時代変化の分岐点ですね。

そして、

ヲシテ文献にも、「この道」しかないですね。

原字原文の『ホツマツタヱ』など、ヲシテ文献に親しみ馴染んで着実に進みゆく道です。

Photo_8

           <ウタを詠みつつ、ずーっと考え続けて来たから、

            そう、  思うんですね。

            この頃は、女房もウタを詠むようになってきました>

今日のこがらしは、強烈です。吹き荒れてます。 荒れています。 この吹き荒(すさ)びこそが大切です。 もう、この吹き荒れのおかげで、朝にも夕にもと悩まされての困った困ったの、イヤなカ(蚊)も完全に絶滅します。今日のこがらしはとっても強烈です。ピューピューと、時にはゴーゴーと唸ってます、たいそうに冷たくて大風です。カ(蚊)は確実に居なくなります。 思いっきりにのこと、吹き荒んでください。

Ikioeru

活きを得る、と、その意味ですね。

 明日の日の未来からが楽しみですね。

Photo_9

           <こからしは ふききたれるか

            あすのひの ミチをしめせる

            トのヲシテこそ  H26,12,1

                                 池田 満>

直訳なんてのは、反日勢力そのものなんですね。

それが、マトモとの違いが解るには、ヲシテ文献の原字原文に親しむことだけですから。

_edited1

            <ハゼのモミチ(紅葉)です。

          良く似た樹には、

             ウルシとヌルデがあります。

             見た目にも、ちょっとつつ、違うんですね。

          フユ(冬)に、黄ばみ落ちの、クヌギです

          ハル(春)には、良い新芽が生えます。

          落ちて枯れて、

          ハル(春)に良い芽を >

常に、あやしげなるものとの戦いでもあるのが、わたくしの日常です。そんななかでも、幾つも幾つも良い出来事も起きてきているこの頃です。

Photo_2

そのうちに、さらにより良い結実となってゆくであろうと、

思っています。

                ・

ショウロの料理です。

Photo_4

面白いことに、私を、「料理研究家」だと思って下さってるお方もあるようです。

そこには、実のところ、材料と道具が肝心なんですね。

隠していたわけでもないですが、秘密を、少し述べようと思いました。

油は、やっぱり、竹本油脂さんの太白ごま油。

Photo_5

         <竹本油脂さんは、絞りにこだわって来ておられます。

          極端な高額食品ではなくて、日常常用にしての、

          最高の品質を実現して下さっておられます。

          有り難いことであると感謝の念を常に思ってます。

          やっぱり、おいしいんですね>

テンプラ鍋は、南部鉄器の、分厚い道具です。極めて厚い鍋です。

Photo_6

         <注ぎ出し口が一般的に売ってるような、

           そんなようには、曲がってませんよね。

           それだけ重厚な南部鉄器の特殊ナベです。

           これで、一味違うんですね。

           フチでの厚みは1cmです。

           もう、20年来使ってます。

           何処で購入し得たのか?

           今は、もう、不明になってしまいました。すみません。

           その時も、購入には、大分大変な思いをした思いでだけは、

           記憶にあります>

ヲシテ文献で言えば、

この事は、材料と道具にあたります。

そのなぞりましての本意をご説明しましたら、

原字原文に忠実であることと、語彙検索の道具の「索引」の活用です。

これで、一味もふた味も違ってくるんですね。

『ホツマ辞典』を見てもらいましたら、その、やり方が解ります。

だから、

「ヲシテ国学」だ!  と、そう言う事にも繋(つな)がってゆくわけですね。

こうなりましたら、これで、

本当に、我が国の本物の「タカラ」モノ!(宝物)ですね。

一味もふた味も違うわけは此処にありますです。 と、そう言う事なんじゃないか、と、 そう 思うんですよね。

                 ・

テンプラ鍋の厚みがたった5mm、

わたくしは10mmほどの厚いナベ。

ちょっと薄い5mmほどの軽いナベ。

何処がどう違うのか?  そんな、ちょっとの、こだわり程度の違いです。

キモは、大切なところと、それ程の重要さの無い場合。

軽重の違いを、解っちゃえば、簡単です。

           ・            ・

此処だけは、絶対間違えたらマズイ! の、その、押さえの事です。

些細な事、大きなことでもない事は、「つく・はなる」の教えにもありますように、気にしないようにすべきです。

でも、

大切な事は、おろそかにしてはなりません。

この違いを、見極める目が、その見識が大切です。

ちょっと、 

違うだけなのに、と。 そんな、ほんの、ちょっとの小さな違いが、天下国家をどうしてゆくか?  と、隣近所の日常のいざこざとのレベルの些細な問題との、  その差の広がりになってゆきます。

わたくしは、テンプラ鍋は10mm厚みをずっと使ってきています。

同じ南部鉄のナベでも5mm以下のテンプラ鍋だと、どうしても、やっぱりお軽くなっちゃうんでしょうね。

お料理のテンプラだけに限定したら、どっちでも良いことで御座います。勿論の事です。  でも、我が国の未来に関して、どうしてゆくか? に発展して考えてゆく事にもなりましたら?  いかがで御座いましょうか?

            ・           ・

 

ユーチューブ「ヲシテ国学 初めから」35話「ホツマ17アヤの高度なカガミに付いてのアヤです」をUPしました。

https://www.youtube.com/watch?v=6r8hdRnYBwo&feature=youtu.be

気長に気長にと、教えゆくべきだと、

そう、アマテルカミは、 おっしゃっておいであられますですね。

それには、

ミチを聞きに来てくださるおこころがあって の事からで御座いますですね。

訊きに来てくれなくっちゃ、アマテルカミでさえも、ミチをお説きにもなれませんから。

    

 

 

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