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2014年10月31日 (金)

季節の名称の事。  9月は「ナカツキ」でして、直訳の「長月」は誤訳です。  「ホツマ1アヤ」の「ナカキヨ」は、「長き世」直訳も誤訳です。詳しく解説も足しました。

月の名前、季節の名前、その、語源の事。

ヲシテ国学の進め行く方途には、

語源の真意を追い求める作業もあります。

『ホツマ辞典』でおおよその理解は提示しましたが、

まだまだ、詳しい語源探求にまでは、未着手です。

後に進む人には、このテーマの存在をぜひ知ってもらいたいと思います。

                ・

例えば、今の月の「ウルウのナカツキ」ですが、

これを「長月」と、直訳したら、単なる長い月の意味に固定解釈しての解釈を追認してしまう流れになってしまいます。

それでは、いけません。

わが「ヲシテ国学」に志すならば、「ヲシテ文字」の意味にまで遡及還元して解釈を進めなくてはなりません。

それでこそ、記紀の原書の発見・研究に値するわけです。

           ・           ・ 

要するに、旧暦の9月を、漢字国字化時代以降の「長月」に直訳したらダメです! という事ですね。

何故ならば、ヲシテ文字で「ナカツキ」の意味を考えましたら、「成ってゆく」の意味が濃厚なのです。ですから「長い」の意味に限定したらおかしいという事ですね。直訳の害をどうやって減らすかが、わが「ヲシテ国学」に課せられた重要な役割・意味です。チャイナ・ナイジングから、大切な我が精神をどう守ってゆくか? 

さて、『ホツマ辞典』261Pの、「月名の呼称一覧」を見ておきましょう。

H25281

『ホツマ辞典』は入門用にて、カタカナ表記を主体にしましたが、本来は、次の段階の辞典には「ヲシテ文字」を主の表記にすべきですね。

漢字の「長月」なんて直訳は、排除してるのは、このような意味合いからです。だって、漢字国字化時代の以前にこそ、わが大文明があったわけですからね。漢字が国字化されたばっかりに、程度の低下が起きたのです。と、わたくしは理解してます。

9月は「ナカツキ」「ナカ」だけの記載でしたが、「ナツキ」「ナノツキ」も加えた方が良いと、今考えてます。どちらにしましても、ヲシテ文献の用例には 「長い」の意味での用例は極々希薄です。つまり「長月」に直訳は誤訳にほぼ等しいという事になります。

さて、

他の月名にも、その語源をよくよく考えてゆかねばなりません。ヲシテ文字のイメージで、ヲシテ文献に典拠のある用例を根拠にしてのことですね。

             ・           ・

ついでながら、「ホツマ1アヤ」のまわりウタの「なかきよの」は、

上記同様にて、「長き世」に直訳は、原意を大きく損なってしまいます。

何故ならば、

「ナカ」とは、「ナカクタ(天の川)」の意味が強く、

宇宙の中心からの齎されが清らかで美しい、と言う意味が、

「なかきよの」です。

そう、思ってから、再度、朗読してもらうと解り良いと思います。

Nakakiyono

いかがでしょうか?

 

    直訳の「長き世」では、下俗でいかにも江戸時代風の雰囲気です。

    第一が、原文には、

    「なかきよの」と、「が」では無くて、清音の「か」ですよ。

    安・弘・武・内の完写本のすべてが、清音の「か」です。

    『定本ホツマツタヱ』『記紀原書ヲシテ』を見て下さいね。

 

          よもや、

    「直訳がいい」なーんて、

     思う人は、居ないと思います。

          それは、直訳とは、「反日的」で、「売国的」な所業だと、

   わたくしは、そう考えてますね。

  「ヲシテ文字」の「ナカ」を表示しておきます。

Photo

ヲシテ文字の意味合いは、

おおよそ、「成ってきて・つながってくる」のイメージです。
文字の意味合いは、下記で。
48音図の事は、下記で。
 
           ・          ・
 
 なお、
さらに、「なかきよの」のウタを、もう少し深く考えてみましょう。
一般にも解釈されやすい意味の、その、奥には、
深い哲理が詠みこめられていた、と、思うんですね。
「なかきよの」
   宇宙の中心からの齎しは清く宜しくて
「とおのねふりの」
   「ト」の導きから固まってくる様は、
   まさに、宇宙の中心の「ネ」からの振らせられのさまです。
「みなめさめ」
   「ミ」になってゆく「メ」とは、
   すべて「サメ」で美しくも清らかなるものです。
「なみのりふねの」
   「ナミノリ」の宇宙の中心からの「ナミ」の齎されの「ノリ(法則)」は、
   この故に、フネと浮かべることも、
「おとのよきかな」
   「オ」の「ト」の、「ト」に固まってゆくさまの、よろしきことのまにまに。 
 
 
このように、ヲシテ文字のイメージに還元して考慮して見ますと、
カナサキさんの思いが良く解ってきます。
地鎮祭のアヤの「ハニマツリのアヤ」を説き染められたのがカナサキさんですから、ね。 「なかきよの」のウタにも、深い意味が込められていると見るべきですね。「ハニマツリのアヤ」は、『ミカサフミ』に再編集されて収録されています。「ミカサフミ ハニマツリのアヤ」です。深い哲理の「ノト(祝詞)」のアヤです。
そうして、もう一度、「なかきよの」のまわりウタを、前からも、後ろからも、朗誦して見て下さいませ。
「の とおの」と、「の おとの」対比も、素晴らしいセンスだと思います。
そう言う理解に達して下さいましたら、
もはや、「長き世」の直訳ではどうにもならない誤訳だと、
そう、ご理解いただけますことでしょう。

 

 

 

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