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2014年6月21日 (土)

「ハナ・ヲシ」と、「花押」との違いのこと。 どうやって? 「ヲシテ国学」の樹立に…   と。   その、路筋に…    と。 つまりは、本居宣長の仕事を凌駕するためです。

「ハナオシ」とは? 「花押」と、どう違いますでしょうか?

そう聞かれました。

Hanngesyou

            <ハンゲショウ、と、言いますが、

              漢字国字化時代以前は? ? >

大きな問題を含んでいる、事柄の一つです。

99%の人が、ヲシテ文献に典拠のあった「ハナヲシ」を、

安易に「花押」に直訳しちゃいます。

それは、それが、と言うべきでしょうね、

此処が、大きな間違いなのですね。

ここの、間違いが解らないと、海に漂うクラゲのようなもんですね。

聞いて来て下さった人には、

正直な事とて感謝します。

Mume

          <今年は、良いウメにと、たまたま運良く遭遇しました。

             こんなに早く、綺麗に香り良く梅酢が上がったのは、

              初めてでした>

                ・

ヲシテ文献に「ハナヲシ」の用例は4例あります。

Hanawosi

特に、注意してもらいたいのが、「ヲシ」の「ヲ」の48音図での位置ですね。

「わ」行に、すべての用例がありました。つまり、ヲシテ文献での「ヲ(ワ行)」の意味合いは、「ヲシテ」の意味が特段に強いわけでした。

つまり、「ハナ(始めに、切っ先の、序にして)」 の、「ヲシ(ヲシテ)」の意味なんですね。おおよその把握として。

                  ・

足利時代など、

書き判が流行しました。一種の、筆記におけるサインです。

それが「花押」と呼ばれていて、今現代にも引き継がれてきています。

でも、

ヲシテ時代の「ハナ・ヲシ」は、始めのしょっぱなの「ヲシテ」の意味で、つまりは、現代的に言うなれば「序文」の意味に理解しなくては、、「ハナ・ヲシ」4例の典拠に付いてシックリと理解が出来かねますのですね。

            ・           ・

まあ、

先に掲げた、「ハナ・ヲシ」の用例に当たって、実際に見て下さいましね。

特に、1番目の用例のホ0-7には、近い場所に「花押」が置かれても居ませんですね。それで、決定的になります。つまり、「ハナ・ヲシ」は、「始めの・ヲシテ」、つまり現代的な用語での「序文」の意味に理解しないとおかしいという事です。

中世や近世の言葉に当て付けして、例えば、「ヲシテ」を「押し手」だとかにですね、そんな事やるのが「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」族です。ヲシテ文献の言葉の事、精神世界の事を「言霊(ことだま・ことたま)」に当て付けしたりするのも「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」族です。「トのヲシヱ」の「ト」を漢字の「瓊」に当て付けするのが「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」族です。「瓊」に当て付けしたら、「ロ」のヲシテとの関連性が吹き飛ばされてしまいます。我が国の最初の国号である「トコヨクニ」を漢字の「常世国」に当て付けするのが「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」族です。いまだに、ヲシテ文献の「ヰ・クラ、ム・ワタ」の哲学用語を、「五臓六腑」に直訳して貶めてる人たちがわんさかいます。それらのやり口は、ともに、我が国の漢字国字化時代以前の大文明を虚仮(こけ)にして、貶めようとしてるんですね。それには、わたくしは断固として訂正を求めてゆきます。それは、本当の「国学」に目覚めたからです。これが、本当の国学としての「ヲシテ国学」の位置です。

                      ・

和仁估安聡写本を掲げます。

ホ0-7(0026)

Hanawosi1_3   

ホ0-24(0096)

Hanawosi2_2

ミ0-6(10809)

Hanawosi3_2

ミ0-14(10841)

Hanawosi4_2

中世や近世に見られる「花押」のような3例は、

伝承時代に、漢字直訳文が付されたと同じように、

くっ付けられたとみるべきです。

何故ならば、染め付けてヲシテを記していた時代に、

複雑なデザインは筆記不可能だからです。

こういった、明らかに後世の付加物は、除去するのが正しい進め方です。

この故に、

『定本ホツマツタヱ』や『校註ミカサフミ・フトマニ』や『記紀原書ヲシテ』などには、

後世の付加物と判断して、「花押」様の3例は載せていません。

 

この判断が、見識と言うものだと思いますですね。

  

                  ・

  

いわば、この例などは、

あんまり難しくも無いようにも思える、判断の事項だと思います。

それには、用例を検索して、ヲシテ文字の原意に遡及して、

いろいろ考えて、本来の、漢字国字化以前の我が国の本意に目覚めてゆくという流れが大切ですね。

ちょっと言ったらわかる、

そんな、マトモな人も、多く出て来て下さってます。

時間は掛かりますとも、まじめに、丁寧に、しっかりとやってゆくのみで御座います。

どうして?

細かなことを気にして、直訳はダメだと、言うのか?

それは、本居宣長の仕事を凌駕せねばならない、責務を負っているからです。

なぜならば、記紀の原書の発見と、現代研究を通して、本当の「国学」樹立を進めているからです。

                   ・

その意味で、

ヲシテ・フォントの使用認可には、本当にわが祖国のことについて、どう思ってるのか? など、よくよく聞いてから‥ と、思ってます。

Hiahuki

このところ、反日勢力の跳梁がひどいので、

せめて、国籍の事と、本籍の住所ぐらいは、確認しておいた方が良いと、そういうような考えに、思い至りました。

本当の国学を目指すのですから、この事柄は、当たり前な確認点だと思えます。

          <ヒアフギが、とても、元気です。

          あと、半月ほどで、花芽が付いてきましょうか?

          楽しみの事は、いろいろ、多いことですね。

          おかげさまでの事で御座います>

                ・

なお、漢字国字化時代のその以前の、

ヲシテ時代の高度な精神文明へのいざないかたは、

『縄文人のこころを旅する』にて、詳述してあります。

特に、7章の「サルタヒコの尊さ」に、解明の秘訣を解るように明示しました。

 

 

 

  

 

 

2014年6月17日 (火)

ネムの花が咲き始めました。ヲシテ文献は、記紀原書としての位置にあることの認識に付きまして。 ちゃんと解れば『古事記』なーんて! と、思うはずです。

Nemu

           <咲き始めて、右上の方にもツボミがたくさんあります>

夢見るような、優しさの花です。

ヲシテ文献には、典拠が今の所見当たりません。

『万葉集』には、出典してます。1461番と、1463番です。

ともに大伴家持のウタです。1463番を掲げましょう。

  吾妹子之 形見乃合歓木者  (わぎもこの かたみのねぶは)

  花耳尓  咲而蓋         (はなのみに さきてけだしく) 

  実尓不成鴨            (実にならじかも)

ネムは、「ネブ」と、飛鳥・奈良朝頃には訓(よみ)があったようです。

  

ビワの実が、売ってるモノは、立派でした。

Biwa

何か実に成るものがあるといいですね。

ヲシテで言えば、解明作業も、一つの仕事ですし。

また、啓蒙に特逸しての教育も、立派な仕事です。

    (これは、もちろん「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」からの、

    低俗レベルから卒業してから、伝道師としての格式が備わります)

                    ・

例えば、解り易いのが、

「医師」と、

大学などの研究の部類の仕事、

この二つの補完・相関関係の事です。

掛かり付けの医師にいろいろ相談しますと、それは保険の方がどう言いますでしょうか?

と、時々言われます。

つまり、一般的になってきた事については、「医師」はすぐにでも実行できます。

ですが、

先端的な事で一般に常識化していない治療方法に付いては、なかなか、思い切ったことが実行が出来ないのが実情です。

「医師」は、常識的な治療に付いてはすぐできますが、最先端的な事に付きましては、知見が無い場合は、踏み出すのは困難なわけですね。

ヲシテ文献は、記紀の原書であることは、ちゃんと見れば誰でも解るようにはしておきましたが、世間的な常識レベルにまでの落とし込みはまだまだです。

それで、

掛かり付け医師のように、世間的な常識に束縛されている立場だと、なかなか難しい状況が現在にもずっとあるわけです。

いつかは、ブレーク・スルーの時代も来るんでしょうが?  と、思います。

                 ・

 

要は、ヲシテ文献が記紀原書である事に付いて、

はっきりと自覚をする事。

そうしましたら、『古事記』由来の妄説を聞いても、

それは、おかしいでしょう! と、ちゃんと反論できるはずです。

そうでなかったら、まったくの、意味不明の活動に落っこちてるんですね。

それは「ねずみ男」の路程です。だから「偽書」だと言われちゃうんです。

それは、フラフラしてる「ねずみ男」が悪いんです。

もしも、誰かが、

『古事記』説を、主張してきたら、ちゃんと反駁できねばしょうがないです。

当たり前の事ですね、 記紀原書だとしての位置付けが、解ってからの「ヲシテ文献」なのですからね。

根拠が解ってない状態は「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の段階です。

          ・              ・

Umehisi

ウメ(ヲシテ文献には「ムメ」として出典してます)が良い香りで、

早速に、塩漬けしました。ひと箱10kgを30分で料理の、いつもの、簡単テキトー料理です。

食塩を20%強にしてます。

いつも不足がちな食塩ですから(ウチの食事では)、

梅干しが、大切な塩分補給の役目になってます。

Umehosi1

   <簡単テキトー料理法:  (完熟の黄色くなってきた梅を用いる)

    ウメの計量→さっと水洗・ダメな実の除去

    →瓶に入れて食塩(梅の重量に対して20%以上にする事)を入れる。   

    梅酢が上がってくるまで、毎日忘れずに振り混ぜる。 2週間程度。

    ある程度梅酢が上がってきたら、塩漬けのシソが販売されてきます。

    市販のシソの塩漬けを入れる。 → 完了 

    (完熟でない青梅を漬けた場合は、硬いので、盛夏に日干しが必要。

         これは、とっても手間です。わたくしには、できません。

         なお、青梅では香りが少なくて酸っぱみも強烈です。

         それで、完熟のウメをわたくしは漬けます。

         完熟ウメは、香り良く、酸っぱみも適度です)>

Mume

                  ・

ヌルテに蕾が付いて来ていました。

Nurute

初冬には、お火焚きの用意にと、見てましたら、ナツのヌルテも美しいことです。

Nurute1

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