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2014年1月11日 (土)

目的のこと、と、時代性の事などに付きまして。「ヲシテ・フォント」の使い方に付きまして。    小沢征爾さんのお父さんの事。

ヲシテ・フォントを使いたいと、

そのご希望の人から、

 「 神道の「大祓詞」を ヲシテ文字で書いてみるという野望のために、
フォントを使わして頂けるとうれしく思います。 」

と言う目的で、ヲシテ・フォントを使いたいという理由でした。

                ・

随分違う話だと、目的がですね、それは大違いに違う話だと判断しました。

「ヲシテ国学」は、ヲシテ時代の中期、アマテルカミの頃の我が文明の高貴を主体に今に活かしてゆこうとするものです。もちろん、さらに、根底になっている初代クニトコタチさんの時代も含めてです。

ですから、時代が随分と降ってしまった

神道の「大祓詞」を ヲシテ文字で書いてみるという野望」とは、

全く相いれないものです。

さらに、「神道」の言葉自体に付きましても、漢字国字化時代以降に発生した概念です。http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-eaab.html「ヲシテ国学」からしましたら、「神道」こそが大いに変革して直してゆくべき対象です。 何故ならば、ヲシテ時代中期に、また、ヲシテ時代草期に遡りましたら、わたくしの提唱し始めました「縄文哲学」の概念にて再編されるべしであるためです。http://www.amazon.co.jp/%E7%B8%84%E6%96%87%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E3%82%92%E6%97%85%E3%81%99%E3%82%8B%E2%80%95%E3%83%9B%E3%83%84%E3%83%9E%E3%83%84%E3%82%BF%E3%83%B1%E3%81%8C%E6%9B%B8%E3%81%8D%E7%9B%B4%E3%81%99%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%8F%B2-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E6%BA%80/dp/4885460980/ref=ntt_at_ep_dpi_9

すなわち、「大祓祝詞」は、漢字国字化時代以降の漢臭に染まりきったみすぼらしいもので、そんなものを、ヲシテで書いてどうするの? と、言う事に、なります。もはや、そんなシロモノは時代錯誤のどうしようもない変梃リン物以外の何物でもありません。

そんなけったいなものに、大切なヲシテ・フォントを使われたら、迷惑ですね。 進駐軍のペンキ塗りですね。

                 ・

さて、ヲシテ時代に遡る言葉だけに、ヲシテは使うのが、原則であるとは、ご理解いただけたと思います。

しかし、

例外もあります。

それは、現在に生きる私たちの名前の事です。

明治時代に現行の戸籍が作られまして、私たちの本名は漢字がベースになってます。幾らなんでも、自分の名前ぐらいはヲシテで書きたいものだと、それは、解る話です。

そこで、JISの第二基準にある音韻はヲシテ・フォントの文字を用意しました。でも、後世に発生した外二点濁点や、破裂音の記号につきましては、新しい時代性の雰囲気を表現しておきました。本来は、ヲシテ時代にあった音韻にのみ限っての「ヲシテ・フォント」が原則ですが、これから将来に活かしてゆくためには、JISの第二基準の音韻は網羅されるべきであると、この判断です。

             ・         ・

「ヲシテ国学」にきちっと向き合う真摯な姿勢があれば、どうぞ「ヲシテ・フォント」は使ってもらってうれしいことです。

でも、変梃リン・ペンキ塗りに使われたら、大迷惑ですので、この辺りの事情をよくお考え願います。「直訳偽書の秀真伝」の人にも、「ヲシテ・フォント」の使用を認めないのも、同じ理由です。

進駐軍は、床柱にもペンキを塗りたくって、「綺麗になっただろー」と自慢していたそうです。300万円もかけた床柱に、ペンキ! ほんとにもう! と、私は思いますですね。

  

  

                  ・

  

今朝の「日経新聞」の小沢征爾さんの「私の履歴書」で、

お父さんのお人柄が良く解りました。

ヨーロッパ留学へ、ラビット・スクーターをお父さんの同志の人が都合してくれたそうで、なお、分解修理のやり方も手取り足取り説明してくれたそうです。

こういう所に、ちゃんと出て顕われますね。のちの小沢征爾さんの活躍も、お父さんはじめ、祖先の余徳が普段は見えないけれどもとても大きくあっての事だと思います。

 

  ― 追記 ―

1月12日、

今朝の小沢征爾さん「私の履歴書」で、また、大笑いしました、人間、愉快じゃないといけませんですね。小沢征爾さんが多くの人から慕われる所以ですね。

座薬事件と言い、日本大使館逃げ出し事件と、アメリカ大使館での信任を得た経緯など、素っ頓狂さの愛されるお人柄ですね。

 

考えてみましたら、

わたくしも、いろいろ恵まれてた事はあっても、

かなりのところ、クロー人(苦労)だと思います。 それで、小沢征爾さんの話にいたく共感するのでしょうか? 苦労は、若いときに買ってでもせよと、昔からの言葉に聞きますですね。 実に、真実の事だと思います。若い時の苦労は、のち、何十年にもこやしになるタカラのモノだと、そのように思いますです。

2014年1月10日 (金)

何でもいいから、広めりゃいい、とはちょっと違うと思います。

 1、子供のアイデンティティ育成のための歴史顕彰

 2、子育てに生かす


をしたいと、言ってこられたお方がありました。

そのうちには、やってゆくべき大切なことだと思います。

            ・           ・   

現状は、なかなか、困難であると思いますのですね。

世間からは「偽書でしょ!」と言われちゃうので、

お子さんの将来にどういう、世間的な影響が生じるか?

此処に、危惧を感じますのです。

                  ・ 

ヲシテ文献と、

世間にはまだまだ通り名には成ってません。

やっぱり「ホツマ」なんですね。「秀真」の方が通り名と言えるかもしれません。漢字でどう書くの?  の、雰囲気の時代性が充満してます。

Chinaの漢字なーんて、 と、わたくしはそう思っちゃうんですがね。

「ヲシテ文献」と、「秀真伝」との区別を付けとくのも好い方向性なのでしょうね。

                  ・

以前にも、元刑事さんで、文筆もやっておられる人が、

本に乗せようと思うんですが。

と、好意的に言って下さったことがありました。

気持ち的には有り難いことですが、良い返事をしませんでした。

                  ・

と言いますのも、この元刑事さん紹介のブロガーの人に、

いやな思いばかりが残っていたからでした。

つまり、

浅い理解で「ヲシテ文献」を紹介されても、

聞いた人は「秀真」だと思っちゃうんですね。

そして、こちらに誹謗中傷を掛けてくるわけです。

私の出してる書籍なんか見もしないで、「秀真伝」を見て誹謗中傷するのです。

困っちゃいます。

それで、

この元刑事さんのような、ヲシテも読めない、ヲシテ文献の一節も暗唱も、読みすら出来ない人がする事、それは、ちゃんとした紹介では有り得ないという事がはっきり解りましたのでした。

ある程度は、ヲシテ文献の素養が出来て、

「直訳偽書の秀真伝」への、ペンキ塗られちゃ困る! の、その思いが同感出来てきからの、その事だと思います。

             ・          ・

現状は、

「ホツマ」を全く知らない人が、9割余り。

1割弱ぐらいの人は、何だかどこかで聞いたような?

そのうちの、9割は「偽書」でしょ!  です。

その残る、1割ぐらい、つまり100人に一人ぐらいは、

鳥居礼クンの「秀真伝」を読んだりで、へー、面白そう。 の、オカルトのレベルです。直訳族です。

さらに、さらに、その1%ほど、つまり、1万人に一人ぐらいが、原字・原文でちゃんとやってきましょう、「直訳族」はひどいですね。と、解ってきての段階です。

                       ・

現状が、そういう感じの所ですから、

まったく知らない人に、安易に説明しても、

「直訳偽書の秀真伝」を増やすばかりの事です。

説明するには、説明者がはっきりとしての理解がないと、グチャグチャになるばかりです。元刑事さんの事で、ヲシテ文字も読めないでは、どうしようもないと思いましたです。

                      ・

とにかく、「偽書」だ! 「偽書」だ! と言われちゃいますから、

よくよくその辺りについて、きちっとした認識を得てから、  の、事に、広めようとの事ですね、

ワケも解らないでバタバタやるのは、元刑事さんの紹介のブロガーの人の事ばかりになると思います。これから紹介しようとする人にはちゃんとした人だけに限るべきだと思います。「偽書でしょ!」と言われるリスクについて、自覚して、なお取り組む胆力のある人、ちゃんと、精神的に自立しての、しっかりした人だけに限っての事が重要だと思います。いずれは、ブレイク・スルーする時代も訪れるかとも思いますが、それには、「直訳族」対策についてもっと考えを進める必要があると思います。

 

大目的は「ヲシテ国学」の樹立ですから。

 

Bebeさんのように、原文の暗唱の基礎から、きちっとしてゆけば、

何がどうあっても、うまく切り抜けて切り開いてゆけると思いますが。

2014年1月 9日 (木)

「たのし(楽しい)」「かなし(悲しい)」の言葉のこと

「たのし」「かなし」は、

当たり前の言葉ですが、

どうして?  そうなのか?

の話です。

実に、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」まで遡らないと、良く解らなかったのでした。

つまり、

「たのし」は「ハル(春)の季節のウキウキする」意味でした。

「かなし」は「アキ(秋)のモミチ(紅葉)に寂しげになる」意味でした。

「たのめ」「かのめ」とも同じルーツの言葉でした。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_cece.html

それは、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の季節の当て嵌まりを見たら、さっと解ります。

「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」で解明。

実に明快です。 

                   ・

つまり、

「たのし」「かなし」の言葉の発生時期は、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の概念の発生の後だという事が解ります。

用例を見ておきましょう。

Tanosi1 Tanosi2 Tanosi3 Kanasi1

ひとつも言葉の説明にも、

どうしてもヲシテ文字のイメージから、話を起こさないと、

訳が分かりませんですものね。

Ta_2 

「た」の「為しゆく」が、「たのし」です。温かの棒が、3本ありますね。温冷の棒は全部で4本です。

Ka

「か」に「なって」「為しゆく」のが「かなし」です。温かさの棒が1本にまで減っちゃいました。残る3本は冷たさをもたらすはたらきです。

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