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2014年3月26日 (水)

「みつ・を」の季節の到来の事。 鞍居モモのツボミの写真など、の追加(3月29日)。

「ミツ・ヲ」の到来のこと。

H25125

机の前に貼ってる図です。

Kuraimomo

           <鞍居モモのつぼみです。

            日本の固有種の原種のモモです。

            うちに来てくれたのは、原生地でもめずらしい八重花種です。

            トヨケカミが、ニシのハハカミ(西王母)に下賜したのですから。

            その結果『桃源郷』などの伝説もかの地で出来たわけです。

Susono

            今年は、4月2日が、旧暦の3月3日です。

            ちょうど咲きそうですね。  さすが、自生種です 

Kuraimomo5_2

              <追記、 3月30日の状況です。メシベが見えてきました>

ヲシテ時代の草期にも遡る、基本の季節・世界観の理解です。

「陰・陽」の考え方は、取り去ってゆくべきだと、考えが進んできています。ヲシテ文字の「メ」と「ヲ」でないと、本来の深い哲理には行き着けませんですから。

Momo

            <早咲きのモモは、咲きました。

                「ちよひめ」と言う品種です>

                  ・

『トシウチニ ナスコトのアヤ』(旧、溥泉蔵書、龍谷大学所蔵)は、

 『カクのフミ』の100編もあったと伝わる貴重な書籍群のうちの一冊だったとそう理解する方が良いと、数年前にやっと気が付きました。

この理解に至るまでに、30年余は掛かってしまったようです、わたくしは相当に遅い方です。

H25123

H25124

この写本では、助詞の「は」は標準ヲシテ文字の「は」が使われています。現在に既発見の写本の内の、おそらく最古のものです。溥泉さんの先師(先生)のお持ちだったもので、筆も、おそらくその先師だったのでは?

漢字訳の文章は、苦労の跡は認められますが、

価値については、全くの所、なさけなくて何をかいわんや?  です。

ヲシテ文字の「タ」を、「佗」に当てたら3本の温かさの意味が消えます。

http://www.zb.ztv.ne.jp/woshite/page21.htm

「カミ」の言葉も、この場合「神」に当てたら大誤訳です。

直訳より、もうちょっと、ヲシテ時代の中期にも遡れる感覚の文章を、2段階にて掲示いたします。

                  ・

  「(「ヒ」の、かみかたち)   タはキそらでる

  ミツヲカミ   キサラキなかに

  ミツヲきて  アオヒトクサも 

  ウルオセは  イトユフのとか」

 

まさに、今の季節です。寒がりの私も、トックリ・セーターを脱ぎました。

旧暦で、一昨日が下のユミハリ(下弦の月)でした。

 

  「(「ヒ」の季節の齎し生じさせる、形状です)

 

    「タ」の季節は、

    方角では「キ(東)」にあたります。

     ソラ(空)に照らし温める

  ミツ(みっつ)の「ヲ(温かさを齎す棒)」の季節の齎し生じさせる、形状です。

  キサラキ(ヲシテ時代に遡る語源は未詳)の中頃に、

  ミツ(みっつ)の「ヲ(温かさを齎す棒)」が来ます。

   アオヒトクサ(「ア(宇宙の中心)」から生じるヒトクサ(人間)も、

   ウルオセ(温かにする)は、

  イトユフ(地面からの仄かな立ち上り)も現れてのどやかになります」

 

旧暦は、太陰太陽暦で、ヲシテ時代中期にも遡る我が国古来からの、季節感です。

Uhayuri

                <ウバユリです。

                ヘンな風に意味を取らない方が良いと、

                わたくしは思いますですね。

                花もとっても美しいです。優美さがあります。 

                ヲシテ時代のヲシテ文献風に考えましたら、

                大きな葉で豪快なユリと、解釈できそうです。

                山菜として売ってました。半分は植えてみます。

                料理は、キノコ合わせの塩味おひたしにします。 

                                   「姥」の意味に取るのは、

                何だかどうしてもヘンに思えて解せないのですよね>

Photo

                  <料理にすると、写真写りが難しいです。

                   絶品の、とってもおいしくいただきました。

                   またとない、美味です>

Wasabi

                  <ワサビのハナ(花)です。 清楚です。

                   これまた、おひたしに、いただきました。

                   感謝です。

                   その分もっと、解明に精を尽くさねばと思います>

Kihuji  

                 <キフジが咲いていました>  

モモのこと、

典拠を掲げます。記紀ともに、翻訳削除個所です。

Momo1

Momo2

Momo3              

 

  

 

 

2014年3月18日 (火)

「海ゆかば」の事、予科練の航空隊の事。 香良洲神社のこと。     小田郡の「黄金山神社」が正しいですと言う事。「金華山」は大間違いです!  「およくき」の概念の事。

多くの先人たちが、命を賭して守って下さって、今あることを思います。

お彼岸も近くなりまして、香良洲海岸(からす かいがん)に参拝に行ってまいりました。

いわゆる予科練の航空隊が、昔あったところです。

もう、お花のお供えがしてありました。

Karasukaigan2

多くの、犠牲に挑んで行かれたお方の記名が記されています。

Karasukaigan1

すごい、松の枝です。

航空隊の跡地は、津波対策の高台避難地に造成が為されつつあります。

資料館です。http://www.ztv.ne.jp/benri/siryoukan.htm

                    ・

香良洲海岸には、

香良洲神社がお祭りされています。

「ワカヒメさま」をお祭りなさってるようなのですね。

平安時代の『延喜式』には記載が漏れた、式外ですが。相当に、立派にお祭りされてます。単に、編集時に漏れただけと見ていいかも知れません。

Karasujinnjya2

漢字表記では「稚日女命」となってますね。

漢字以前に遡ったら、「ワカヒメ」さまです。

アマテルカミの、おん妹君で、とっても立派なお方様です。

以前に祭神などの説明書きを書いてくれと依頼されたことがありましたが、上手くも書けませんでして、日の目を見ずに終わりましたが、そのうちには、また機会があるかもしれませんですね。記紀の原書たるヲシテ文献でしか、「ワカヒメ」さまの事のそのご立派さは解らないからですね。漢字文への翻訳過程で、抹消されてしまったようなもので、それこそ、ひどいものです。

Karasujinjya3

今年四月に 、ご遷宮のご遷御のご予定です。

今はカリミヤの方に、おいでなさっておられますので、写真も今なら写せます。

Karasujinjya1

お伊勢さんと、ほとんど同じ建築のご造営です。 

 

              ・            ・

 

さて、さて、

「海ゆかば」のこと、近々にもそうでした。

クニを思って、  の、 わたくしも参拝申し上げました。

この、「海ゆかば」の歌詞は、『万葉集』の大伴家持の長歌から抜粋の言葉でした。

4094番です。

岩波版『万葉集』を掲げます。

Umiukaga1

Umiyukaba2 Umiyukaba3_edited1 Umiyukaba4_edited1

オオトモ(大伴)の人達の「マメ(国家に対しての忠節のこころ)」の尊さを、よくよく、思います。で、オオトモのその祖の「ミチヲミ」さんの事、随分と考えましたが、未だに、血流の主な流れが未解明です。何か、解明のきっかけが、何処かに見過ごしてるのかも知れません。

Ootomo

Mitiwomi

Mitiomi

岩波版が、戦後の多くの流布本の主流だと、言えると思います。

ですが、よくよく見ますと、直訳程度に毛が生えたようなものかな?

例えば、小田郡に黄金が出たと言うのは、軽く流してます。

そこに、ちゃんと、『延喜式』に記載のある「黄金山神社」があるのだという事を、ちょろっと一行だけ。わざと隠そうとしてるような、そんな編集にも勘ぐられてしょうがないです。

江戸期からヘンテコ宣伝で流行った「金華山」なんて、もう、明治期にはそのインチキにみんな気づいていたんですよ! 

この事情を、はっきり明記しないから、あるいはチャランポランの不勉強の「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」の罪かは判別不能ですが、ヲシテ時代の真実に煙か雲を掛けて覆い消そうと画策してる人達なんですね、  問題は。 

つまりも、それが、何で? 「金華山」なの?  そんなこと言うから、だから「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」だと言われちゃうのですね。インチキ絡めの。

ひどいことも、休み休みにして欲しいものですね。  ホント。

黄金の砂金の採取の土地だからこそ、

それで、

黄金山神社です。  なのでこそ、アマテルカミの「コガネ」の伝説に繋がるわけですよ。

Amatumiya

Amennomiya

Kokane

この、「アマつミヤ(アメのミヤ)」の現在地考証を、金華山に当てたら、大間違いもいいとこですね。

幾らなんでも、休み休みにして下さいと、変な事はですね。お願い申し上げます。

肩書の今現在的にはご立派なお方でさへも、

何回言っても、この大切なところがご理解してもらえないんですね。

この、敷居が解って、乗り越えてもらえないと、

やっぱり、どうしても、わたくしの「ヲシテ国学」樹立に真っ直ぐに歩む道筋とは、路線が全然違うと、そう判断せざるを得ない、ひとつのハードルです。

  

              ・            ・

と、言いますのも、

大坪併治先生に、ご拝眉をと、

その事から、澤瀉久孝先生のご著書も見とかないとと、『万葉集注釈』を求めました。すると、ちゃんと、「黄金山神社」の事が黄金の産地として極めて特筆にして掲載されてありました。この重要な事を、戦後の編集の岩波版の『万葉集』だと一行紹介だねに軽くしちゃう解説なんて?  ヘンですよね。 と、わたくしは思います、  ね。

どうも、戦後の学者は、立派な人も居られますが、どこか何だか変な人も多いですね。

Umiyukaba11 Umiyukaba12_2

Umiyukaba13_edited1

Umiyukaba14_edited1_2 Umiyukaba15_2 Umiyukaba16_2 Umiyukaba17_2 Umiyukaba18_2 Umiyukaba19_2 Umiyukaba20_3 Umiyukaba21_3 Umiyukaba22_2

やっぱり、

「なかれき」ではなくて、

それを受けて、

「およくき」の、その境地に至らないと、本当の「やまと こころ」には行き着いていないのですね。平成24年に新発見の『ミカサフミワカウタのアヤ』に詳しく述べられている、新しく私たちの知り得た「縄文日本文明」のエッセンスでした。「やまと ことは」の根本の文法の原理でもあったのでした。

Oyokuki

「やまと」の「ト」とは、

「トのヲシヱ(ヲシテ)」の「ト」の意味であったからです。

つまり、「トのヲシヱ(ヲシテ)」が解ってない「日本文明論」なんて、気が抜けたビールだったと言う、お話になります。

                

 

 

 

 

 

2014年3月17日 (月)

訂正個所の増えました件に付きまして。 『定本ホツマツタヱ』および、『記紀原書ヲシテ』です。

大切な基本書籍ですから、訂正シールを貼ってから、出荷してます。

何回見直しましても、また、訂正個所が出てきます。いたちごっこと言いますか。

で、過去にお手元にお届けしたものには、すみませんが、訂正を入れて頂きたくお願い申し上げます。

なお、

今回作りました訂正シールは、結構費用も掛かりました。

H25104

それと、

H25105

でした。

多かったので、印刷屋さんも大分まけて下さっても、この金額になっちゃいました。また、作業が多かったので、分納になりました。

これにご寛恕願いまして、どうか、ご訂正の事、お願い申し上げます。

                   ・

     - 新たな訂正個所 -

① ホ9-39の3行目 下から3文字目

    助詞の「は」を訂正して → 正しくは標準文字の「は」 

          (『記紀原書ヲシテ』は一部訂正済みもあります)

Ha

② ホ12-1の2行目 上から2文字目

    標準文字の「つ」を訂正して → 正しくはナカシロの「つ」

    それに伴い、

    校異に「ナカシロのツ 安 、 標準文字のツ 弘武内」

Tu

③ ホ12-7の3行目 下から5文字目

    標準文字の「つ」を訂正して → 正しくはナカシロの「つ」

    それに伴い、

    校異に「ナカシロのツ 安 、 標準文字のツ 弘武内」

④ ホ12-7の4行目 下から5文字目

    標準文字の「つ」を訂正して → 正しくはナカシロの「つ」

    それに伴い、

    校異に「ナカシロのツ 安 、 標準文字のツ 弘武内」

⑤ ホ12-9の2行目 上から2文字目

    標準文字の「つ」を訂正して → 正しくはナカシロの「つ」

    それに伴い、

    校異に「ナカシロのツ 安 、 標準文字のツ 弘武内」

⑥ ホ12-10の1行目 上から2文字目

    標準文字の「つ」を訂正して → 正しくはナカシロの「つ」

    それに伴い、

    校異に「ナカシロのツ 安 、 標準文字のツ 弘武内」

⑦ ホ12-21の2行目 上から2文字目

    標準文字の「つ」を訂正して → 正しくはナカシロの「つ」

    それに伴い、

    校異に「ナカシロのツ 安 、 標準文字のツ 弘武内」

 

⑧ ホ28-90の4行目 下から2文字目

    「め」を訂正して → 正しくは「れ」 

Mere

              以上の、8個所(及び、校異の6個所)です。

              よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

2014年3月16日 (日)

嘘を嘘で重ねるのではなくて、根拠を正しく見据えてこそ。「ホツマツタエ」などヲシテ文献は、記紀の原書である事。 見定めが肝心です。

空想や幻想や夢想に基付くと、言い誇りのようなちょっとの嘘が、巨大化して挙句の果てには破たんします。

根拠をきちっと見据えてこそですね。

有りもしない空想や夢想や幻想は、自分の頭の中にだけに秘蔵すべきです。そうでないと、傍(はた)で見るにもあわれなる変な顔になっちゃいます。

隣国の人達の、そのありさまを見まして…  。  あまりに、唖然の事から。この一年間で、もはや憐みしかないような感じの、  ですね。

無残な事ですね。哀れな事ですね。 かわいそうとか、そのようにか、どう言って良いものか? むつかしいですね。

哀れすぎても、 で、手打ちも、 私だったら、握手は2m~5mほど遠くにとご遠慮申し上げまして、ご返礼程度に、とですが。安倍さんも大変ですね。

かわいそうといえば、おかわいそうな話で御座いますです。

むかし、

「おあわれみ」の早口言葉が流行っていました。結構難しいですよ、「おあわれみ」。

                ・

マトモな人の誰にでもが、納得できる根拠。

これを、きちっと定礎の据えてからが、話の初めになります。

ヲシテ文献で言うならば、記紀の原書としての、

原文の対比比較の事です。

これが、解ることが第一番の基礎です。

  

「トのヲシヱ(テ)」の事が、ひとかけらでも、記紀で解りますか?

「トのヲシヱ(テ)」の事が、ひとかけらでも、神憑りで解りましたか?

両方とも、ゼロです。

 

       ∽      ∽       ∽

 

『古事記』は、なんてひどいんだろー!

『日本書紀』も、結構にボロボロだな!

この、

認識を、原文比較で自分で見て、

(可能なら、自分で一からやってみる!)

わかることです。

              ・

我が国の本来の精神は、一体どこにあるのか?

『古事記』のような酷いモノではね? そんな誤訳の一杯に溢れる、ズタズタ抄訳ばかりの『古事記』じゃー??   ねー?  ですね。

此処が解って初めて、「ヲシテ国学」の入り口です。

        ・           ・

 解らんチンの、言い誇りは、

『フトマニ』の「い・ぬう」の項目に、詳しいです。

解らんことは、ちゃんと「解りません」と、言うべきです。

間違った、すみません。  は、解ったら、ちゃんと表明すべきです。

嘘を嘘で絡めるのは、民族が違うんでしょうね。

             ・

さて、

我が国の、ヲシテによる本当の国学の樹立に向けてまっすぐに進んでおります。

研究初期の、『フトマニ』に対しての解き明かしの苦悩ですね。その、「ぬう」などのミソフ主体の列記のノートを掲げます。

Hutomaninuu

初期のわたくしのヲシテの文字体ですね。おおよそ、40年前です。

頭記の、ウツワの形状は「フトマニ茶碗」を作っていたその形です。

「フトマニ茶碗」は全椀揃えましたが、だいぶ散逸しました。

それから、ほぼ40年。

『新訂ミカサフミ・フトマニ』の上梓をしました。

そこでの、「い・ぬう」の項目の解説は、

Hutomani

だいぶ理解が進みました。

でも、まだまだだと思ってます。

「い・ぬう」の項目の教えには、

目先のわずかな利得のために言い誇ったり・インチキしたりしたら、「ヲヲヤケ」を毀損してしまう事になりますよ。「い(こころ)」に「ぬう(繕い縫う)」が過ぎての、嘘を嘘で繕うことですね。これは、近隣諸国の指導者の人達に、重々に説明してあげるべき、我が国の本当の精神のエッセンスですね。

ちょっと、気持ちを直せば済むだけですね。

                 ・

 

『フトマニ』とは、

神憑りのようなヘンテコものではなくて、

大宇宙の成り行きの変化を感じ取って、それからどうやってゆこうとするべきか?

つまり、

現状がこのようであった。

良い兆候が、このように表れてる。 どうやってゆくと、さらに上手く発展させることが出来ようか?

また、

其処には、間違いがどうあったか?  どう直したらよいのか?

つまり、「なかれき」と「およくき」のその関わり合いに真価があるのです。

  

              ・

現在の近隣諸国の動向など見ましても、

嘘を、嘘の上塗りにしては、いつまでたっても治りませんね。

間違いは、すみませんと、言って直すべきです。

もう、フツーの人も、近隣諸国の人達の事に付きまして、理解が正しく深まりましたね。

明治期にも同様の議論は多くありました。福沢諭吉もそうでしたね。付き合いきれない民族と言うのもあるようですね。

もはや辟易したというのが、正直なところでしょうか。

しょうがないですね。

襟を正してくれることを、切に、願います。

  

  

それにも、

わたくしたちが、

はっきりと本当の我が国の真価に目覚めてくれなくては、

マトモな説明もできませんものね、先は、長い、話だと思います。

それには「ヲシテ国学」の樹立あるのみが可能性の唯一なのですね。

 

          ・         ・

 

「なかれき」と「およくき」の概念に付きましては、新発見の『ミカサフミ  ワカウタのアヤ』に詳しいです。ヲシテ時代の中期に、こんな高度な考え方が有っただなんて驚きです。さらに、その祖形の基礎構造は、 国祖のクニトコタチさまの時代に精密に構成が成されていたのでしたから、何重にも驚きの事です。

  

 

 

 

  

2014年3月13日 (木)

やけど・キズの治療の革命的方法の事。夏井睦(まこと)先生の湿潤治療方法のこと。

女房が寒いだろうからと、熟睡中に「湯たんぽ」を入れてくれて、低温やけどでした。

今日も、湿潤療法をやっている近くのお医者さんで診てもらってきました。「日にち薬で、2か月かな?」の診断でした。

と言いますのも、先月の大雪の日に寒いだろうと、で、「低温やけど」もう、かれこれ、ひと月にも及ばんとしてます。500円玉弱の低温やけどで、これが切っ掛けで、夏井睦(まこと)先生の湿潤治療法を知りました。何でも勉強です。

とっても良いので、紹介せねばと思いました。

Natuisensei1

            <主婦の友社からの出版です>

それが、革命的で、三重県にもまだ、3人しかこの治療法をやってるお医者さんはいません。遠いところを、診察に行きまして、机上では解らない誤認も多く教えてもらいました。

とにかく、夏井先生のスタンスは、私たちの気概によく似ている雰囲気があります。「ヲシテ」は記紀原書だから国学にと進めようと取り組んでいる、私たちの気概に、どことなく、共通性があると思います。上記のご著書のまえがきを掲げます。

Natuisensei11

Natuisensei12

Natuisensei13

大災害の発生も、また近いかも知れません。備える意味におきましても、新治療法の「湿潤治療」についてやり方をマスターしておいてもらうのは、とっても大切かと思います。やけどに特化した、もう少し詳しい書籍は、下記に掲げます。

Natuisensei2

ちなみに、わたくしの間違いは、「プラス・モイスト」の使用の貼り付け方が、裏・表が逆だった事でして、大笑いでした。

湿潤療法、お試しください。

もしや、アマテルカミがこの発明をご覧になられましたら、

おそらく、お褒めの「ヲシテ」を賜る事でしょう。

何と、お染になられるでしょうか?  「うるおい なおし の カミ(長官)」でしょうか?

 

 

 

2014年3月 9日 (日)

なるほど! ヘー!  のこと。  自分たちの本当の歴史と思うのかどうか?

我が国には、これ程に漢字渡来以前に大きなうるわしい文明があったのですよ。

そう言って、説明しても「へー」でもなくて、右から左、

聞きもしません。

それで、続く質問が、

なに書いてるの?  で、  それが、今のところの一般的な現実です。

「訳してよ」です。

要するに直訳ですね、そのお求めは。

ヲシテの字も読もうともしないで…  。

アマテルカミがお使いだった文字がヲシテですよ!  そう、言ってもですね。

                 ・

あまりにも、ひどい話だと思います。

それが現状と言いますか、これまでの状況です。

我が国の大切な古典だと、その認識が無いのです!

ひどいことです。

                 ・

記紀の原書ですから、本当に大切なものですよ!   と、懇切丁寧に、何十年もかけてコツコツと説明に、これ、務めて来てます。

これ程にも大切なものであると

記紀の原書だという位置に付きまして、

アマテルカミのそのお心の高貴さについて説明するにも、前提条件がまったく整ってる状況でない訳でして、言うだけ、錯誤を生じさせるばかりの状況です。 こんな場合は、いち早く退散すべきです。まじめには聞く耳持たない人に、説明しようと、真摯な気持ちで接してゆくこと自体が、大きな間違いなのですね。

記紀由来の「天照大神」と表記して、何とも違和感を覚えないレベルの人なんかとは、まったく、はなしが噛み合うわけないですね。「天照大神」で訳したと思って恥じない人は、100%「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」です。それが、自分で貶め族だと気が付いてないのが、いわば、とてもとてものご立派さまのことですね。本当に、ご立派な事で御座います。   どう説明していいものか?  ですね。

結構、立派な肩書を持ってる人であったりしますから、問題は根深いです。

           ・          ・

そのように、

ヲシテ文献のはなしは、近々に出現した新知見に基づくものですから、

一般的には常識の壁がブロックになって、深い理解にはたどり着きがたいものです。

ヲシテ文字の読み書き、ヲシテ時代の中期ごろの古い時代の源流の雰囲気の濃厚な文章、それに親しんでこそ、目が開けてきます。ここが、どうしても、外せない個所です。原文の原字での朗読です。

やっぱり思うんですね。大切な話を聞くときは、せめて、正座したり手を洗ったりしてが当たり前なことで、思うべきは正装して事に臨むものであるわけですね。

理解が難しいとか、難癖付けて、足蹴にして、程度の低いおとしめようと、そんな気持ちで接しての人との顔合わせの状況では、わたくしなら即座に席を蹴って帰ります。だって、あと、300年ぐらい経たら、真実はどうせ明らかにはなってゆくものですからね。あんまりひどい、対応では、やるせないです。大切に思う気持ち、これが重要な事です。言うまでもないことですが、記紀の原書であることは立証しておりますから、こちらは、あくせく、安売りなんかする必要なんかないわけです。安売りが、最もいけないやり方ですね。程度の低い解らんチンの不勉強どもは、ほっとくに限ります。どうせ、何万人と集まっても烏合の衆で足引っ張りでしか過ぎません。どうせ、邪魔するだけでしか有り得ませんです。

                  ・

わたくしたちは、まじめに、

襟を正していてヲシテに接しています。

貶められての席では、いくらなんでも、解り易くやさしくと気持ちを広く広くに設定して居ての許容範囲にも、ブチュッとはみ出ちゃうからですね。

 

『古事記』のほうが大切だ、なんかの、ひどい理解だとどうしようもないですね。0.1秒で席を立ちますね。 当然です。

  

2014年3月 5日 (水)

Bebeさんの広島の講座の事。  ヲシテの文字を読んで、ヲシテ文献のその時代の文章を読むという事。

ちゃんと、進めるという事。

ヲシテの文字を読んで、ヲシテ文献のその時代の文章を読むという事は、

基礎だと思います。

大切な基礎を、スっ飛ばそうというのは、そもそも間違った考えだと思います。

ヲシテの文字で、ヲシテの原文を読むのが、当たり前です。

ここだけは、どうしても外せない個所です。

真面目に進めてゆこうと、

その、気概が私たちにはあります。

「直訳偽書の秀真伝」の人達は、第三国人かどうか知りませんですけど、我が国・我が文明に対しての愛(恵みに感謝・有り難いとおもう)はありますとも、言えますのかどうか?

そんな人たちは、ほおっておきましょう。

                ・

真面目に取り組むBebeさんたちが、

それこそに、

当たり前だと思います。

「アートサロン広島」にて、3月8日開催になりましたそうです。

http://woshite-1nensei.doorblog.jp/archives/36738959.html#comments

お近くでしたら、ご参加のことお願い申しあげます。

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ヲシテ文献は、

記紀の原書としての位置を立証してますから、

ここから、本当の我が国の「国学」を再構築してゆかねばなりません。

その、しっかりした気概があるかどうか?   です。

                  ・

何万人とヲシテの文字も読めない烏合の衆が集まっても仕方ありません。逆に、ヲシテも読めなくては貶め族の足引っ張りでしか有り得ませんです。

まったく、

ヲシテの文字も、ヲシテ時代の文章も、たった一節さへ読めもしないでどうしましょうか?  ヲシテの文字も、ヲシテ時代の文章も読めなかったら、言うなれば、異国人の位置ですものね。  そんなひとは、これからの時代、まったく違うわけです。

そのことからも、

ちゃんと真面目にヲシテ時代に入っての事で、其処からの考案を積み重ねなくてはマトモでは有り得ません。

ヲシテの文字を覚えて、

ヲシテの文字の読み書きをして、

ヲシテ時代の文章を読み親しむ。

この、

古典に対する最低条件の礼儀を経ない人は、しょうがないわけです。その、お遊びのランクとは、どうしてもミチは違うという事です。

なにしろ、

記紀の原書について、新発見ですから、これを、真面目にどうやってゆこうか?  と、一生懸命に尽力・努力してるのが、私たちです。

路線の違う人は、

離れて行ってもらう事こそ、が、順当です。

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直訳のおかしさから、抜け出せない人が多く、今日もハガキが来ましたが、

どう説明しても解ってもらえるのかどうか?

でも、

解ってもらえるようにと、

解説書籍も幾冊も大変ですが出しています。

一体全体、読んでもらってるのかどうか?

ですね。

この、ブログの文章を送ってみます。    

この、大切な絶対条件を理解して進めようとしてくれてるのがBebeさんです。

2014年3月 2日 (日)

作ってゆくという事、仕事の事。  何を見つけてゆくか? それが、「ニ」のこころ。

アマテルカミも、そうでした。

幾つもの困難に直面なさいまして、

それを、ひとつひとつ、と、 どうやってゆくかを、

悩み、お考えになられてゆかれたのでした。

               ・

現代は、豊かになったことは有り難いことですが、

多くの問題点も出て来てます。

どうやって次の時代に、より良い様に、

と言うよりも、

せめて、あんまりにも、ひどいことにならないように、の、そんな事態になっちゃいました。

Hina2

                 <四国の合田さん作のおヒナさま>

どうやってゆくべきか?

余りにも、大問題が山積で、頭が幾つあっても間に合わないような状況にも至りつつあります。

それでも、逃げる訳にはゆかないのですね。真面目に前に進んでゆかなくてはなりません。 

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今ある状況を踏まえてから、其処からどうやってゆこうか?

それしかない訳です。

良い時代も、 それから、 ひどい時代になった時でも、  やっぱり同じです。

「やまとことは」の根幹に位置していた、「なかれき」と「およくき」の、この対の概念の事。

くわしくは、『ミカサフミ ワカウタのアヤ』をお読み下さい。

こんなすごい考え方が、時代で言ったら、考古学での事での縄文時代のあたりか、弥生時代の初めかの頃にはちゃんと我が国にはあったのでした。

これが重要な事だと思います。

                ・

この感動を、

どうしましょうと、  そう言う事です。

それが、「ニのこころ」が、そんな我が国の文明の根幹ともいうべき時代に、ちゃんと有ったと、そう言う事なんですね。

 

 

 

 

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