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2014年1月10日 (金)

何でもいいから、広めりゃいい、とはちょっと違うと思います。

 1、子供のアイデンティティ育成のための歴史顕彰

 2、子育てに生かす


をしたいと、言ってこられたお方がありました。

そのうちには、やってゆくべき大切なことだと思います。

            ・           ・   

現状は、なかなか、困難であると思いますのですね。

世間からは「偽書でしょ!」と言われちゃうので、

お子さんの将来にどういう、世間的な影響が生じるか?

此処に、危惧を感じますのです。

                  ・ 

ヲシテ文献と、

世間にはまだまだ通り名には成ってません。

やっぱり「ホツマ」なんですね。「秀真」の方が通り名と言えるかもしれません。漢字でどう書くの?  の、雰囲気の時代性が充満してます。

Chinaの漢字なーんて、 と、わたくしはそう思っちゃうんですがね。

「ヲシテ文献」と、「秀真伝」との区別を付けとくのも好い方向性なのでしょうね。

                  ・

以前にも、元刑事さんで、文筆もやっておられる人が、

本に乗せようと思うんですが。

と、好意的に言って下さったことがありました。

気持ち的には有り難いことですが、良い返事をしませんでした。

                  ・

と言いますのも、この元刑事さん紹介のブロガーの人に、

いやな思いばかりが残っていたからでした。

つまり、

浅い理解で「ヲシテ文献」を紹介されても、

聞いた人は「秀真」だと思っちゃうんですね。

そして、こちらに誹謗中傷を掛けてくるわけです。

私の出してる書籍なんか見もしないで、「秀真伝」を見て誹謗中傷するのです。

困っちゃいます。

それで、

この元刑事さんのような、ヲシテも読めない、ヲシテ文献の一節も暗唱も、読みすら出来ない人がする事、それは、ちゃんとした紹介では有り得ないという事がはっきり解りましたのでした。

ある程度は、ヲシテ文献の素養が出来て、

「直訳偽書の秀真伝」への、ペンキ塗られちゃ困る! の、その思いが同感出来てきからの、その事だと思います。

             ・          ・

現状は、

「ホツマ」を全く知らない人が、9割余り。

1割弱ぐらいの人は、何だかどこかで聞いたような?

そのうちの、9割は「偽書」でしょ!  です。

その残る、1割ぐらい、つまり100人に一人ぐらいは、

鳥居礼クンの「秀真伝」を読んだりで、へー、面白そう。 の、オカルトのレベルです。直訳族です。

さらに、さらに、その1%ほど、つまり、1万人に一人ぐらいが、原字・原文でちゃんとやってきましょう、「直訳族」はひどいですね。と、解ってきての段階です。

                       ・

現状が、そういう感じの所ですから、

まったく知らない人に、安易に説明しても、

「直訳偽書の秀真伝」を増やすばかりの事です。

説明するには、説明者がはっきりとしての理解がないと、グチャグチャになるばかりです。元刑事さんの事で、ヲシテ文字も読めないでは、どうしようもないと思いましたです。

                      ・

とにかく、「偽書」だ! 「偽書」だ! と言われちゃいますから、

よくよくその辺りについて、きちっとした認識を得てから、  の、事に、広めようとの事ですね、

ワケも解らないでバタバタやるのは、元刑事さんの紹介のブロガーの人の事ばかりになると思います。これから紹介しようとする人にはちゃんとした人だけに限るべきだと思います。「偽書でしょ!」と言われるリスクについて、自覚して、なお取り組む胆力のある人、ちゃんと、精神的に自立しての、しっかりした人だけに限っての事が重要だと思います。いずれは、ブレイク・スルーする時代も訪れるかとも思いますが、それには、「直訳族」対策についてもっと考えを進める必要があると思います。

 

大目的は「ヲシテ国学」の樹立ですから。

 

Bebeさんのように、原文の暗唱の基礎から、きちっとしてゆけば、

何がどうあっても、うまく切り抜けて切り開いてゆけると思いますが。

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コメント

いけだ先生、
いつもありがとうございます(。-人-。)
ほんの初心者ですのに名前まで出していただき、誠に恐縮の極みです꒰#'ω`#꒱੭

しかし、
ヲシテで読まないと分からない!
は本当にそう思います(`◕‸◕´+)キリッ!

例えば、今7アヤですので、
そこから例を出しますと、
タオヤメは、ヲシテで見たら全然「手弱女」とは違った印象を受けます。もっとしっかりとして、且つしなやかな感じの女性のように感じられます(#^.^#)

また、Blogにも書きました通り、ヒゲ濁音の「ド」の字の意味合いは、なかなか漢字仮名交じりでは表現できませんヽ(;▽;)ノ

ヲシテによって、漢字ならば「新」と表すであろう3-11の「サラ」と「アラ」の違いが見えてきたりします。

ミカサフミのトシウチニナスコトノアヤやナメコトノアヤに出てくるヲシテの文字自体が『カミカタチ』であり、その文字の形自体を説明していることなど、ヲシテでなければならない明確な根拠だと思いますo(^▽^)o

それから音だけ暗唱すれば良いのではなく、ヲシテで読み書きをすればこそ!だと思います( ´ ▽ ` )ノ

暗唱の恵みはまだまだ沢山あって、まだほんの7アヤですが、
例えば単語「シム」は、あそことここに出てくる!とかそういった事がさっと引き出せます。
ま、その程度で、この先総てが覚えられるとも思っておりませんが(#^.^#)
ヲシテも慣れな【だけ】ですし、最初は漢字仮名交じりに馴れていればいるほど不自由に感じるかも?ですが、ヲシテによる恵みは沢山沢山ありますし、
第一、当時漢字や仮名は無かったのですからヲシテで読むしか真意は汲み取れないと思いますo(^▽^)o

アワウタをカナにしたって、意味や凄さは分かりませんよね!
極端な話、カタカナで英語文献を読んでも仕方ないのと同じように感じております。

それにつけても、教科書「記紀原書ヲシテ」の素晴らしさと言ったら!!
いつも解釈とか迷う時、異字体を参考にさせていただいておりますが、それを一つ一つなさったいけだ先生の一文字一文字の御努力にただただ感謝と頭が下がるのみです。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。
こんなに素晴らしい本をありがとうございますヾ(˹ᆺ˺✿)ノ゙

またまたしつこくて恐縮ですが꒰#'ω`#꒱੭
今丁度練習し始めた、
7-36の
「カンクラノトノ カンカガリ」も、
キチッとヲシテで読めば、篝火だなんてしないでしょうし、
「ガ」がヒゲ濁音であるのみならず、
この「ン」の字の強さに、
モロカミ(とモロタミ)のアマテルカミにお出でましになって欲しい(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)という強い願いも入ってると思います(#^.^#)

 
 
 
         ・
『記紀原書ヲシテ』は、ひとえに、松本不二子さんのおかげです。松本先生から、「いつまでルビを付けてんだ!」と、厳しく言われちゃって、「夢の夢だー」なんて言って困ってましたら。「それなら、夢をかなえましょう」と不二子さんです。
この頃、出るペースが速くなってるようで、おかげさまで嬉しいのですが、訂正テープ貼りが切羽詰まってきて、身から出たサビですが、嬉しい悲鳴です。
         ・
ヲシテのすごさ、ヲシテの尊さを、毎日実感してます。どうしてこんなとてつもなき素晴らしい発明を私たちのご先祖さんの成されたことか!  と、思います。
 
「カミカタチ」の用例の「カミ」も、ヲシテのイメージでの「繋がり茫洋として、生じて見えるような感じ」の意味合いで、漢字の「神」とは似ても似つかない概念だと思います。
 
「ん」のこと、今あれこれ考えてますが、動詞として見ていいのじゃないかと、な? と、
試行錯誤の思考をしてます。
「わ」「ん」が動詞で、「を」は動詞じゃないが名詞体の言葉。
「わ」「ん」は、「み」とか「し(為す)」と同じ一音動詞として考えると、スキッとしてくるように思えるのですが、如何? 
「かかん」とか「ををん」とか、何の事かと思ってましたが、一音動詞として見てみたらどうでしょうか?
「かん」は、すなわち「か」を「ん(まさに為し顕われている)」の意味にとるわけですね。ヲシテで書かなくっちゃ、何のこと言ってるか訳が分かりませんですね。やっぱり。「ん」のヲシテ文字は現代的に言ったら「爆縮」じゃあないかと。どう言う事かと言いますと、ブラックホールの出来る際のように、爆発していて、中心に極めて高濃度の中心核が出来るほどのさまを表している、と。
 
そうして考えますと、助詞の「は(わ)」は、「ワ行」でいいんじゃないか?  つまり、「か」や「な」などと同じの発生の段階で、あるには疑問詞に用いられて発達し、あるいは感嘆詞にと定着したり、あるいは助詞になったり、と、発達したんじゃないかと。 どうして、助詞の「は(わ)」は「wa」と発音しているのかが、この大きな疑問に解答が出来そうに思いますですね。

 
 
 


いけだ先生、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))

「ン」が動詞!
面白いと思いますし、そうかも?とも思いますので、暫く考えてみますねぇ( ´ ▽ ` )ノ
「ン」には物凄く強い意味、的というか、そのクロスした部分に力を集めたい思いが入ってると感じますo(^▽^)o


助詞の「ハ」は「ワ」ではないか?とずっと思っておりました(#^.^#)
何故なら、助詞の「オ」も、「どれ?」の中から固めてやる意味で、ハニにて固めてやるのだなぁと考えております。
助詞の「ワ」も、「だれ?」や「どれ?」を固めてやらなければ、主語を使う意味が薄れてくるのでは?
「ハ」ならば、ヒラヒラしてて誰でも良いような軽さがあるように感じます(#^.^#)
また、丁度今読んでいる7アヤの、7-38
「イ【ワ】トノマエニ」も助詞のハ(ワ)ですが、
アマテルカミが心閉ざされて、入られたイワムロ(7-33)ですから、
やはり「ワ」の様に思います(*´∇`*)
確かに奉呈文20の、呼び方名称としては、助詞などのことを「テニオハ」と呼んでいますが、
助詞のWAも、ワの分類で良いのでは??
と思っておりますo(^▽^)o

あ、それから関係なくてごめんなさい、ですが、
7-35で、マサカキに、
「カケヰノラント 【ウスメ】ラニ」の、
ウスメ!
ウスと言うと、「【ウス】のニココロ マタキトテ」2-11、「オオキスクナキ 【ウス】ノナモ」2-13、
そして「ウム(ギ)スギ(ギ)サカメ」1-19、
など大小の意味のウスが連想されるのですが、
池田先生はどのようにお考えですか??

「ン」について少し考えて、
まだほんの少しですが、
動詞とのお考え、良いかも!!
と思った理由が一つありましたので、ここに記述いたします( ´ ▽ ` )ノ

まず、「ン」の位置なのですが、
これをワ行のウ段と考えました!
すると動詞形と納得出来る感じです(●ꉺωꉺ●)

今のアイウエオの50音だと、
どうしても「ン」てはみ出している感じですが、
アワウタでも、ワ行ウ段の位置っぽくないですか??

また形としても、◇にクロスX は、
ワ行のホ△のバリエーションかも??
なんて思えてきました(((✿ฺ≧▽≦)彡☆

他にもウ段は、ルとか、変形バージョンもありますし、
厳密にワ行ウ段かは、分かりかねますが、
動詞の終止形は、ウ談ですから、
ンが動詞であることも、ワ行ウ段だとするならば、
納得出来る感じがしてまいりました(#^.^#)

また暫く考えてみま〜す( ´ ▽ ` )ノ

あ〜〜、
何度もスミマセン꒰#'ω`#꒱੭

もっとよく考えてからコメント書いたら良いのでしょうが(#^.^#)

所謂「動詞」というのは、
「みる」とか「きく」とか「いく」とかそういうのですけれど、
そういう意味では、
動詞というより、
動詞の一つの形!
未然、とか終止とか、
そういうジャンルかな??
と思っておりますです、はい(#^.^#)



「み」だけで、「見る」の意味がヲシテ時代の中期には充分理解できていたのが、時代が下ると「み(実)」等との区別が付きにくくなって動詞化言葉の「る」をくっ付けるのが多くなってきたようです。
ヲシテ時代中期の言葉の「ん」は、「み」と同レベルのインパクトの強烈な自己主張の意味があると思うんですよね、それで、「ん」は動詞じゃないかと。 そうすると「わ」もやっぱり動詞じゃないとおかしいわけですね、論理的に。さて、助詞の「は(わ)」の問題も、今・現代にもどうして「は」と書くのに「WA」と読むの? 非常に不可思議千万です。この大問題を解決できるのではないか?  と、言うことです。
国語における、何千年来の大問題です。これが解決出来たら、大きい事ですよ! まさに、ノーベル賞もののランクじゃないかと思いますね。


 7-35で、マサカキに、
「カケヰノラント 【ウスメ】ラニ」の、
ウスメ!
ウスと言うと、「【ウス】のニココロ マタキトテ」2-11、「オオキスクナキ 【ウス】ノナモ」2-13、
そして「ウム(ギ)スギ(ギ)サカメ」1-19、
など大小の意味のウスが連想されるのですが、

「ウスメ」の語意もまだ良く理解できてません。「アオメ」も、同類語であります。「タオヤメ」もありましたね。いろいろ、分析してみましたけど、これと言った結論は私には解らないままです。「ウス」は、薄いだけでは、ちょっと意味を為し得ない様に思ってはおります。ひょっとして、これも、どなたか解明してもらえましたら…。
「ウム(ギ)スギ(ギ)サカメ」1-19、のことは、「ウム」は「生む・生じる」と取って良いのでは? と思いますが。あれこれ、全部、むつかしいです。

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