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2014年1月27日 (月)

解明が続々で、かなりゾクゾクで、エキサイティングしてます。高度内容の事項です。  発見の後は検証作業です。

ヲシテ文献への、真面目に入門は、

困難な事が多いです。

ちょっと、写真など、こころ安めにと。

Kanamemoti

            <カナメモチの紅葉です。

             実の色は珍しいと思います。

             生垣に植えた樹は枝先をちょん切っちゃうので、

             実が成りません>

このところ、数日、

新解明が続々で、

ゾクゾクしてます。

高度解明なので、

説明が難しいです。

基礎の知識をしっかり持ってないと、何のことだか?

の、事です。

たとえば、

『縄文人のこころを旅する』に「ナガタ」のこころの解明を詳述しました。

「イセノサナカタカワ」(外二点濁点除去して考察を深めます)

Nakatakawa_2

直訳レベルだと、「イセのサ(南) 長田川」 として、

地名の捜索ばかりに明け暮れる、わけですね。

もっと低レベルですと『日本書紀』「伊勢之狭長田五十鈴川上」で満足しちゃいます。漢字に近い程低レベルが、基本常識です、わたくしの。

ところが、文脈をじっくり読みこんでゆくと、

わが「日本精神」における高度で崇高な精神が記されていると判明します。

Natataka1

Nakataka2

サルタヒコの「ナガタ」の精神の解明です。

此処の解明に至るには、わたくしは随分と苦労を重ねました。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-e234.html

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_b87f.html

                ・

一行直訳のペタッと貼り付けの

直訳レベルでは、どうしようもないのですね。

まさに、直訳レベルは「進駐軍のペンキ塗り」です。

まさに、床柱にペンキを塗られて「あ~~あ」ですね。

上記の引用の『縄文人のこころを旅する』の説明の佳境に至るまで137ページからの序盤をまくらに順次に20ページ余りにもわたって丁寧に説明してます。

これ程、だから、高度なんですね。わが「縄文日本文明」は。

Kiri

            <キリ(霧)がキャベツの上に漂っていました。

                         これで、うまみが増ます>

この数日来の新解明は、そう言ったような、高度な部類での解明の事項ですから、

また、

説明がむつかしいのですね。

この新解明事項も、

書籍にまとめるしか、正確に伝達する手立てが、有りませんですね。

近々の日々においてどうなるという、そんな事は無いでしょうからね。

100年の後にも、ちゃんと残る、という事が大事な事だと考えてます。

インチキに絡めちゃわれての事の、それだけは絶対に避けてですね。

Kousatu

語彙解析の辛気臭い作業を積み重ねて、いろいろ解ってきたのでして、その過程からの説明になると、詰めてやっても2~3日は掛かりますね。

もちろん、ヲシテの基礎学力が備わってる人であっての場合。

Sakurajima

                           <桜島の噴煙です>

どうしても解りたければ、直接に講義に来てきいてもらうか?

でも、初心者向けの講義では、高度内容を説明してもダメですので、

上級者向けの講義もしたいとこですね。

中日文化センターの講義でも、「お手柔らかに」と、言われてましたので、ホンの初心者向け講座でした。何しろ、初めて聞く人が半分以上でしたから、ね。

Roubai

       <ロウバイは香りが良いです>

花の香りは、嗅いでもらわないと説明が困難ですね。いろんな花の香りを知っていればこそ、説明もできます が。

どっちにしましても、

基礎のヲシテの学力がどうしても、ちゃんとした理解には必須に必要です。

ヲシテの基礎学力とは、

1、原文がスラスラ読めて、「ホツマ」1アヤから7アヤぐらいは暗唱できる。

2、『ホツマ辞典』で基礎語彙の理解が出来てる。

3、記紀との原文対比をみて、何処がどう違うのかが解っている。

 

        別に私の書籍だけに限った事ではありませんが、

        他には同列のランクの書籍はまだ出現してませんです。

        気に入らなかったら、自分でいちからやって下さいね。

 

 

                    ・

  - 追記 -

新境地の読み込みの発見があった後は、

いつも、検証作業にかかります。全体から見てどうなのか?

             ・            ・

 

新展開が、たくさん出てまいりましたですね。
ひとつ、検証作業に入りましょう。
いつも、いつも、新発見が出ましたら、一ヵ所だけの理解で良いのかどうか?
もう一から、全体見直しをしてみます。
全体の内にあって、新解明の境地がフィットしてるのかどうか?
その検証作業です。
                  ・
 
ズーッと積み重ねてきました解明の仕事は、斯くなる繰り返しの階段を上ってまいりましたる如きです。
1、用例を列記して抜書きして考慮を重ねます。
2、共通して言える事はどんなことか? そして、ひらめきます。
3、アイデアがヲシテ文献の全体を通してみて妥当かどうか? 検証します。
この3段階でやってきてます。
「ん」の音韻はとっても主張が強いです。 まさに、爆発してるような感じがします。物事の初め・終わりの内の、終わり方の事で、爆発して終わるのが「ん」じゃないか? 「わ」はのどやかに終わるのであるような雰囲気だと、そんな意味合いに感じてます。物事は終わってから、また、始まる、循環の内にあるような。草木は種を蒔いて、やがて根を出し芽を出して伸び栄えてゆきます。
解明の仕事も、アイデアが浮かんで、検証してゆき、大体良いところだろうか。と落ち着いて付きます。それが、また、種となって次にはもっと大きな発見が起きるモトになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年1月20日 (月)

将来の事、大きな構図に付きまして。「ヲシテ」の記紀の原書の位置とはどういうことを意味するのか。

私たちの取り組んでいます「ヲシテ文献」は、

記紀の原書として位置づけを根拠をもって確認できています。

『定本ホツマツタヱ』や『ホツマツタヱを読み解く』で、根拠の提示をしています。

国語の解明から『よみがえる日本語』も上梓してあります。

もはや、根拠はしっかりしています。揺るぎはありません。

さて、

今後の将来展望の事ですが、どうあるべきか?

Nannkyokuhyouzan_2

              <人工衛星のテラからの映像です。南極の氷山です。

               融解に関してのAFPの記事です。

               http://www.afpbb.com/articles/-/3006407 >

              ・

国立の研究所を、設置すべきですね。「ヲシテ」は記紀の原書であるから、当然の事です。

ナショナル・インスチチュート・オブ・ヲシテ でしょうか。

また、「国立ヲシテ大学」 、なども必要になります。

どうして? 既存の所に併存させるのが不適当なのか?

基本の学流が全く相容れないほどに食い違ってるからです。「ヲシテ国学」では、漢字など由来の外来思想を極力排除してゆきます。 ですが、既存の学流では漢字由来の語彙に変換してから考慮を進めるからです。根本の構図が根底から違うので、別建ての研究機関や教育機関の設立が必要です。

そこで養成したヲシテ専門家を既存の大学や、中等教育の方面にも派遣する必要があります。

ヲシテ学会も必要ですね。

 

         ・           ・

 

将来の展望はそのようなところになりますが、

ちゃんとした人がヲシテに関わってくることになりますから、

もう「直訳偽書の秀真伝」やってた人達は糾弾されてゆくことですね。

オカルト混ぜや、直訳本を出してたような人は、よほどの禊ぎが迫られますね。

 

            ・        ・

 

大きな展望に向かって、少しずつ歩みを進めてきております。

何時? ブレーク・スルーになってゆくのかは、予測も立ちません。ですが、考古学の発掘からヲシテ文字の文章が染められたキヌ(絹)布が発見されたら、明日にでも、ブレーク・スルーです。

                ・

着実な歩みには、もっと、読め切れてない語意の解明や、国語の解明や、ヲシテ時代の歴史の詳細な解明をもっともっとしなくてはなりません。そうでなくては、これ程の大きな文明を正しく見れてないのことになります。それでは、先人の偉人のお方々に対してまことに申し訳ないことです。

 

 

 

2014年1月17日 (金)

ソシアル・ダンスの事。 お茶の手習いの事。  富永仲基の「世界随心起」のこと。   小沢征爾さんの、ミチを求めての事。バーンスタイン先生の事。追記、「出る杭」か?「出過ぎた杭」か?   

ソシアル・ダンスをやってた、と言いますと、

さも不思議がられます。

いきさつなどの事、説明したいと思いました。

そもそもは、何の映画か40年以上もの過去の大昔ですから忘れちゃいましたけど、

うまくリードをするのが、

これが、不思議で不思議でなりませんでした。

離れているのに、あっち行ったり、こっち行ったり方向転換や、ターンをしたり、どうやって伝えられるんだろう?

それで、習って見たいと思ったのでした。

二十歳前の事ですから、レッスンに行っても、皆目・全然のところで理解できません。

初心のブルースの1・2、3・4では訳が分かりません。足型だけでは、10%弱ですものね。

               ・

でも、不思議さの事、どうしても解りたいと思っていて、

機会があるごとに、レッスンを受けました。

大阪・神戸ではプロB級、プロA級の先生に教えて頂いてました。

三重県では、プロC級の先生に教えて頂いてました。

そんな事で、徐々に基礎が備わってきたのでしょうね。

転勤で関東に行ってた時はプロB級の先生に教えて頂いてました。ここで、みっちり、修行させてもらいました。

お金が不如意なので、短時間レッスンです。いっつも汗だく。

次の予約の人が来たら、汗だくを見て、びっくりです。

先生も、そんなに絞ってませんよ。 と。

そんなことから、あんまり(レッスンに)来ないのに、その割には上手。

と、褒められてました。金欠病ですからね。

クリスマスのパーティで、難しいリズムのチャチャチャの音楽が掛かって、私だけひとり違うリズムで踊ってました。あとから、先生は、あなただけが裏リズムじゃなくて正しかった、と、褒められました。十何人ものうちで、わたくしだけ? へーっと思いました。さすが強豪の並み居る関東でのプロB級の先生ともなれば、遠いとこからちょこっと見ただけで解るんですね。そんなとこもチェックなさって下さってましたのでした。

ダンスは、文章の書く上での修行になったかな? と、そう思ってます。何でも修行・勉強ですね。

痛風が痛くなったり忙しくに過ぎてで、このところ10年以上は、ずっとご無沙汰の状態が続いてますです。女房はゆきし日のパーティ・ダンスが身に染みてまして、レッスンも受けたことも無いか? ですから、ぴょこぴょこ動きのことです。もう直すのは無理でしょうね、これは別次元の事です。ヲシテで言ったら「直訳偽書の秀真伝」のレベルでしょうか。それでも、朝のラジオ体操で、ちゃんとピアノに合わせてと、しつこくしつこく言ってましたら、この頃は女房のリズム感もだいぶ良くなりました。今日のピアノは、どうだの、など、引手の違いの事を、意識してもらおうと、ちょこちょこ言ってます。リズムの次はメロディーと言うか曲想の事ですね、ラジオ体操のピアノでも毎日だいぶ違います。

ワルツを、スロー・フォックス・トロットを、優雅に、また踊りたいとは思ってます。

燕尾服もクリーニングしてあります。燕尾の尻尾が羽根になって良いラインに羽ばたき易い様にと。

いろんな微妙なターンも、イメージがやっと出来てきました。 微妙なとこですね、クローズド・ターンなど、 非常に難しいところでもあります。

富永仲基の「世界随心起」の言葉が思い出されます。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-1cb8.html

富永仲基は、特に特筆するべき人であると、常々書いてきてます、のは、

私の、近世中にてのもっとも尊敬する人であるからです。

              ・          ・

お茶の手習いは、官休庵の先生に習ってました。

身のこなしなど所作のこと、お茶にはいろんな知恵が込められてます。

文献だけでは、やっぱり解らないもの、

ダンスもそうですが、お茶でも全く同じことだと思います。

良い先生にと、お金もうけに走らない、真摯なお人に、めぐりあったら、

何かのお稽古事はしておくのが良いと思います。お茶だけなどのことに限らずに。

何でも同じですが、ミチに真剣さの事が大切で、

何人お弟子を集めたとかの、お商売の事だけに重要視をする人は避けたら間違いないと思います。 

                  ・

「日経新聞」小沢征爾さんの「私の履歴書」の続きです。

バーンスタイン先生は、また一味違いますね。

弟子を盛り立てることをしっかりやる人ですね。それには、小沢征爾さんが、もうこれだったらOKのレベルに至ったからでしょうね。 斎藤先生のしっかりした基礎。ミュンシュ先生のスムーズさ。 カラヤン先生の情熱性。 そして、バーンスタイン先生のあのくるみこむような世界観の表現性です。 小沢征爾さんは、ぴちっと極めて。それで、バーンスタイン先生も免許皆伝ですね。だから、自信をもって、盛り立てようと、為されたのであるとわたくしは理解しました。

世界のトップレベルに到達した小沢征爾さんを見て、斎藤先生は、嬉しかった事でしょう。でも、もう、自分は過去だと、そう思われたのかも知れませんね。

   -追記-1月21日

   斎藤先生の、お気持ちが、

   1月21日の記事でやっとわかりました。

   「横に振れるようになったと」つまり、

   微妙なニュアンスの指揮棒を振れるようになったと、

   どう言う事かと、

   斎藤先生はその微妙なニュアンス表現の出来る

   レベルまでは指導してから外国に出したかったのでしょう。

   中途半端で、斉藤の弟子だ。なんて言われちゃ困る、

   の思いだったのでしょうね。

    -追記、終わり-

         

松本善之助先生もおっしゃっておいででした。「師を乗り越えていってこそだ」と。早く、わたくしなんか凌駕してゆく人が、もっともっと出てきてくれないと寂しいです。青木さんはちゃんとこなして下さいました。それで、「直訳偽書の秀真伝」対策をもっときちっとしなさいと、強く要望して下さいましたのです。

「直訳偽書の秀真伝」の程度の低いレベルから、すでに脱しているかどうか? の、判定は、青木さんにお願いする方が良いかも知れませんね。わたくしは、ついつい、甘くなっちゃいますから。それでも、わたくしは、こころをオニ(鬼)にして気張ってきたつもりでしたが…。青木さんの言うとこなれば、「それは、甘いですね」でしょうね。「大甘のですね」と言われる声が聞こえてきます。でも、初心の人には、どうやって説明したら良いのか? いつもいつも、悩みます。ほとんどが、あっちの左に行っちゃうんですけどね。レフト・オーバーが多いです。

「日経新聞」を購読してなくても、今は便利です。近くの図書館に行ったらちゃんと閉じといてくれてます。消費税も上がることですし、せっかく払ってるのですから、公共サービスは利用しない手はありません。うちの近くの図書館は、いっつもガラガラで便利です。買い物ついでにちょっと寄り、など。

 

- 追記 -

1月19日の小沢征爾さん「私の履歴書」にて。

世に「出る杭は打たれる」とよく言います。

日本だけの現象ではないようです。

アメリカでも同じことでして、

日本からアメリカに戻っても、さんざんにやられたそうです。

「出過ぎた杭は打たれない」になるには、覚悟と根性ですね。それに、ちゃんとした理解者です。

あの、小沢征爾さんですら、「シャワー」(楽団員の祝福のてんでバラバラの大きな音鳴らし)が一回こっきりだけの遭遇だったそうです。貴重な体験ですね、その「シャワー」の際に何の事だかさっぱり解らなかったとの事、やっぱり、面白い人だと思います。 

 

 

 

2014年1月16日 (木)

どういうように進めてきたか?  毎日、あれやこれやと、一つずつの発見を、日々に積み重ねてますです。  小沢征爾さんの話の続き

何千年ぶりの我が国の宝物が、突然に出現して、どう進めてきましたか。

その、路行きを振り返ってみます。

                  ・

ヲシテの発見で、初めは『ホツマツタヱ』でした、四国の宇和島から完写本が発見され、小笠原長弘写本です。松本善之助先生が影印本で印刷なさいました。これが当初の、テキストです。もうすぐ印刷できるよ、とのことで、わたくしは送って頂いたのです。

ルビは初めの方だけ付けてある写本です。ヲシテに慣れて読んでくと、言葉の調子の素晴らしさを思いました。しかし、難解です。どんな古語辞典を見てもさっぱりです。そのうち、『大言海』に既存辞書としての最善の参考書の位置を見出しました。でも、90%はやっぱり役立ちません。

それで、「辞典」を作る必要に思い至りました。

「索引」を名古屋の皿井寿子さんが作って下さいまして、役に立ちました。今では、大阪の平岡憲人さんのお作り下さいました「デジタル・ヲシテ索引」が大活躍です。

「索引」で類例を調べて、文献内の総合的な勘案を重ねる。このやり方しか有り得ないわけですね。そうして、『ホツマ辞典』を作ってゆきました。基礎的な理解は、『ホツマ辞典』で入門OKだという事になると思います。

なお、『ホツマ辞典』刊行後に解りました新事実などは、

ある程度に、発見した新規の個所がたまりましたら、

書籍にまとめて、上梓してまいりました。

                  ・

『定本ホツマツタヱ』にて、記紀との原文対比をしてありますから、『古事記』と、あるいは『日本書紀』と、何処がどう違うかが一目瞭然に把握できます。

違う個所について、詳しく見て下さい。記紀は『ホツマツタヱ』よりも新しい事が解ります。『ミカサフミ』の同文個所の表示もしてありますから、『ホツマツタヱ』だけでなくて、総称名の「ヲシテ文献」と表現すべきことになります。

違いをどう見たらよいかの、参考書として『ホツマツタヱを読み解く』を出版してあります。

            ・           ・

記紀の原書の発見についてどうやってゆくか、と、大きなテーマですから、しっかりやってゆかねばなりません。我が国の基本の所をどーしてゆくか? の、言うなれば「国学」の位置になるわけですからね。此処の把握が「国学」としての位置の把握が出来てるかどうか、これが、岐路になります。左行っちゃう人が、過去に多かったのが残念なところですね。でも、また、気が付いたら引っ返して来たら良いんですね。

そうして、

『日本書紀』『古事記』などの漢字文献類と詳しく見比べて勘案しましたら、

次のような結論が出てまいります。

1、『古事記』はとんでもなくひどい書物だ。

2、『日本書紀』の景行天皇57年以前は、翻訳前の原書の『ホツマツタヱ』に国史としての位置を置き換えるべきだ。

この2点は、明瞭です。『ホツマツタヱを読み解く』で詳述してあります。

                  ・

さらにさらに、

毎日が毎日ほんの少しづつの発見が、続いています。微量にでも、少しづつ毎日重ねってゆきますと、10年たったら、だいぶ進んできてしまってるものですね。

その都度、まとまったら、書籍にして残してきています。

書籍にまとめる時点での、心血そそいで完成させた本ばかりですから、愛着がそれぞれにこもってます。

 

            ・           ・ 

「日経新聞」の小沢征爾さんの話は、参考になりますね。

ミュンシュ先生の指導は、滑らかさ柔軟さを 、でしたそうです。

カラヤン先生の指導は、気持ちの高揚どうやって感動を伝えるか?

小沢征爾さんは、立派ですね。

受け止めて、自分のものとして消化吸収して、こなして行ってるからです。

なぜなら、主人公は自分なんですからね。

1、どうやって、真実を見出し、

2、後世の人のためにと役立つものを編み出し、

3、それを、どうやって伝えてゆくか?

ヲシテの言葉にて例えれば、「カカン」「ノン」「テン」に相当しましょうか?

他人の話を鵜呑みにしてたらしょうがないですからね。

誰彼がこう言ってるのだと、こんなの単なる聞き流しの伝言ゲームです。劣化コピーばかりが発生します。これはダメ路線ですね。聞いたら、自分で確かめて、自分のものにしてこそです。

さらには、聞いたことよりも、もっと良いようにしてアウトプットをする事ですね。

だから、小沢征爾さんは立派なのです。

 

また、お父さんの話も、

また面白いですね。小林秀雄と取っ組み合いの喧嘩になったそうでした。偽せ壺の叩き割り事件でした。お父さんは他人の気持ちを重んじる人なんですね。

あの父にして、この子あり。小泉親子にも似てますね。

わたくしは小泉さん側に、選挙権があれば投票しますね。民主党には懲りましたけどね。非常事態の際の30km圏内の人が避難するのに、浜岡などでしたら、3日も掛かるそうです、道路渋滞が起きて。どう考えても、尋常の事じゃありませんですね。此処だけ改めてくれたら、安倍政権は万々歳ですがね。

  

小沢征爾さん、ヨーロッパでメが出なくて日本に帰国を、と、悩んでた際には、

井上靖さんに諭された事なども、なかなかだと思います。

それを気が付くという事がですね。

           ・          ・

マトモなニュースもあります。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20131209/plt1312091534001-n1.htm

 

 

 

2014年1月11日 (土)

目的のこと、と、時代性の事などに付きまして。「ヲシテ・フォント」の使い方に付きまして。    小沢征爾さんのお父さんの事。

ヲシテ・フォントを使いたいと、

そのご希望の人から、

 「 神道の「大祓詞」を ヲシテ文字で書いてみるという野望のために、
フォントを使わして頂けるとうれしく思います。 」

と言う目的で、ヲシテ・フォントを使いたいという理由でした。

                ・

随分違う話だと、目的がですね、それは大違いに違う話だと判断しました。

「ヲシテ国学」は、ヲシテ時代の中期、アマテルカミの頃の我が文明の高貴を主体に今に活かしてゆこうとするものです。もちろん、さらに、根底になっている初代クニトコタチさんの時代も含めてです。

ですから、時代が随分と降ってしまった

神道の「大祓詞」を ヲシテ文字で書いてみるという野望」とは、

全く相いれないものです。

さらに、「神道」の言葉自体に付きましても、漢字国字化時代以降に発生した概念です。http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-eaab.html「ヲシテ国学」からしましたら、「神道」こそが大いに変革して直してゆくべき対象です。 何故ならば、ヲシテ時代中期に、また、ヲシテ時代草期に遡りましたら、わたくしの提唱し始めました「縄文哲学」の概念にて再編されるべしであるためです。http://www.amazon.co.jp/%E7%B8%84%E6%96%87%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E3%82%92%E6%97%85%E3%81%99%E3%82%8B%E2%80%95%E3%83%9B%E3%83%84%E3%83%9E%E3%83%84%E3%82%BF%E3%83%B1%E3%81%8C%E6%9B%B8%E3%81%8D%E7%9B%B4%E3%81%99%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%8F%B2-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E6%BA%80/dp/4885460980/ref=ntt_at_ep_dpi_9

すなわち、「大祓祝詞」は、漢字国字化時代以降の漢臭に染まりきったみすぼらしいもので、そんなものを、ヲシテで書いてどうするの? と、言う事に、なります。もはや、そんなシロモノは時代錯誤のどうしようもない変梃リン物以外の何物でもありません。

そんなけったいなものに、大切なヲシテ・フォントを使われたら、迷惑ですね。 進駐軍のペンキ塗りですね。

                 ・

さて、ヲシテ時代に遡る言葉だけに、ヲシテは使うのが、原則であるとは、ご理解いただけたと思います。

しかし、

例外もあります。

それは、現在に生きる私たちの名前の事です。

明治時代に現行の戸籍が作られまして、私たちの本名は漢字がベースになってます。幾らなんでも、自分の名前ぐらいはヲシテで書きたいものだと、それは、解る話です。

そこで、JISの第二基準にある音韻はヲシテ・フォントの文字を用意しました。でも、後世に発生した外二点濁点や、破裂音の記号につきましては、新しい時代性の雰囲気を表現しておきました。本来は、ヲシテ時代にあった音韻にのみ限っての「ヲシテ・フォント」が原則ですが、これから将来に活かしてゆくためには、JISの第二基準の音韻は網羅されるべきであると、この判断です。

             ・         ・

「ヲシテ国学」にきちっと向き合う真摯な姿勢があれば、どうぞ「ヲシテ・フォント」は使ってもらってうれしいことです。

でも、変梃リン・ペンキ塗りに使われたら、大迷惑ですので、この辺りの事情をよくお考え願います。「直訳偽書の秀真伝」の人にも、「ヲシテ・フォント」の使用を認めないのも、同じ理由です。

進駐軍は、床柱にもペンキを塗りたくって、「綺麗になっただろー」と自慢していたそうです。300万円もかけた床柱に、ペンキ! ほんとにもう! と、私は思いますですね。

  

  

                  ・

  

今朝の「日経新聞」の小沢征爾さんの「私の履歴書」で、

お父さんのお人柄が良く解りました。

ヨーロッパ留学へ、ラビット・スクーターをお父さんの同志の人が都合してくれたそうで、なお、分解修理のやり方も手取り足取り説明してくれたそうです。

こういう所に、ちゃんと出て顕われますね。のちの小沢征爾さんの活躍も、お父さんはじめ、祖先の余徳が普段は見えないけれどもとても大きくあっての事だと思います。

 

  ― 追記 ―

1月12日、

今朝の小沢征爾さん「私の履歴書」で、また、大笑いしました、人間、愉快じゃないといけませんですね。小沢征爾さんが多くの人から慕われる所以ですね。

座薬事件と言い、日本大使館逃げ出し事件と、アメリカ大使館での信任を得た経緯など、素っ頓狂さの愛されるお人柄ですね。

 

考えてみましたら、

わたくしも、いろいろ恵まれてた事はあっても、

かなりのところ、クロー人(苦労)だと思います。 それで、小沢征爾さんの話にいたく共感するのでしょうか? 苦労は、若いときに買ってでもせよと、昔からの言葉に聞きますですね。 実に、真実の事だと思います。若い時の苦労は、のち、何十年にもこやしになるタカラのモノだと、そのように思いますです。

2014年1月10日 (金)

何でもいいから、広めりゃいい、とはちょっと違うと思います。

 1、子供のアイデンティティ育成のための歴史顕彰

 2、子育てに生かす


をしたいと、言ってこられたお方がありました。

そのうちには、やってゆくべき大切なことだと思います。

            ・           ・   

現状は、なかなか、困難であると思いますのですね。

世間からは「偽書でしょ!」と言われちゃうので、

お子さんの将来にどういう、世間的な影響が生じるか?

此処に、危惧を感じますのです。

                  ・ 

ヲシテ文献と、

世間にはまだまだ通り名には成ってません。

やっぱり「ホツマ」なんですね。「秀真」の方が通り名と言えるかもしれません。漢字でどう書くの?  の、雰囲気の時代性が充満してます。

Chinaの漢字なーんて、 と、わたくしはそう思っちゃうんですがね。

「ヲシテ文献」と、「秀真伝」との区別を付けとくのも好い方向性なのでしょうね。

                  ・

以前にも、元刑事さんで、文筆もやっておられる人が、

本に乗せようと思うんですが。

と、好意的に言って下さったことがありました。

気持ち的には有り難いことですが、良い返事をしませんでした。

                  ・

と言いますのも、この元刑事さん紹介のブロガーの人に、

いやな思いばかりが残っていたからでした。

つまり、

浅い理解で「ヲシテ文献」を紹介されても、

聞いた人は「秀真」だと思っちゃうんですね。

そして、こちらに誹謗中傷を掛けてくるわけです。

私の出してる書籍なんか見もしないで、「秀真伝」を見て誹謗中傷するのです。

困っちゃいます。

それで、

この元刑事さんのような、ヲシテも読めない、ヲシテ文献の一節も暗唱も、読みすら出来ない人がする事、それは、ちゃんとした紹介では有り得ないという事がはっきり解りましたのでした。

ある程度は、ヲシテ文献の素養が出来て、

「直訳偽書の秀真伝」への、ペンキ塗られちゃ困る! の、その思いが同感出来てきからの、その事だと思います。

             ・          ・

現状は、

「ホツマ」を全く知らない人が、9割余り。

1割弱ぐらいの人は、何だかどこかで聞いたような?

そのうちの、9割は「偽書」でしょ!  です。

その残る、1割ぐらい、つまり100人に一人ぐらいは、

鳥居礼クンの「秀真伝」を読んだりで、へー、面白そう。 の、オカルトのレベルです。直訳族です。

さらに、さらに、その1%ほど、つまり、1万人に一人ぐらいが、原字・原文でちゃんとやってきましょう、「直訳族」はひどいですね。と、解ってきての段階です。

                       ・

現状が、そういう感じの所ですから、

まったく知らない人に、安易に説明しても、

「直訳偽書の秀真伝」を増やすばかりの事です。

説明するには、説明者がはっきりとしての理解がないと、グチャグチャになるばかりです。元刑事さんの事で、ヲシテ文字も読めないでは、どうしようもないと思いましたです。

                      ・

とにかく、「偽書」だ! 「偽書」だ! と言われちゃいますから、

よくよくその辺りについて、きちっとした認識を得てから、  の、事に、広めようとの事ですね、

ワケも解らないでバタバタやるのは、元刑事さんの紹介のブロガーの人の事ばかりになると思います。これから紹介しようとする人にはちゃんとした人だけに限るべきだと思います。「偽書でしょ!」と言われるリスクについて、自覚して、なお取り組む胆力のある人、ちゃんと、精神的に自立しての、しっかりした人だけに限っての事が重要だと思います。いずれは、ブレイク・スルーする時代も訪れるかとも思いますが、それには、「直訳族」対策についてもっと考えを進める必要があると思います。

 

大目的は「ヲシテ国学」の樹立ですから。

 

Bebeさんのように、原文の暗唱の基礎から、きちっとしてゆけば、

何がどうあっても、うまく切り抜けて切り開いてゆけると思いますが。

2014年1月 9日 (木)

「たのし(楽しい)」「かなし(悲しい)」の言葉のこと

「たのし」「かなし」は、

当たり前の言葉ですが、

どうして?  そうなのか?

の話です。

実に、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」まで遡らないと、良く解らなかったのでした。

つまり、

「たのし」は「ハル(春)の季節のウキウキする」意味でした。

「かなし」は「アキ(秋)のモミチ(紅葉)に寂しげになる」意味でした。

「たのめ」「かのめ」とも同じルーツの言葉でした。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_cece.html

それは、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の季節の当て嵌まりを見たら、さっと解ります。

「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」で解明。

実に明快です。 

                   ・

つまり、

「たのし」「かなし」の言葉の発生時期は、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の概念の発生の後だという事が解ります。

用例を見ておきましょう。

Tanosi1 Tanosi2 Tanosi3 Kanasi1

ひとつも言葉の説明にも、

どうしてもヲシテ文字のイメージから、話を起こさないと、

訳が分かりませんですものね。

Ta_2 

「た」の「為しゆく」が、「たのし」です。温かの棒が、3本ありますね。温冷の棒は全部で4本です。

Ka

「か」に「なって」「為しゆく」のが「かなし」です。温かさの棒が1本にまで減っちゃいました。残る3本は冷たさをもたらすはたらきです。

2014年1月 4日 (土)

明けましておめでとう御座います。 未来展望はかぎりなしです。    

明けましておめでとうございます。

              ・

ヲシテ時代のそもそもの始まりの頃はどうだったか?

これが、大きな根本疑問の事です。

Wosite

たとえば、

「ひ」「ふ」「み」「よ」…  。

と数える言葉は、ヲシテの成立以前なのか? 成立以降だったのか?

そも、

「ひ」の語意は何か?

「ふ」の語意は何か?

「み」の語意は何か?

「よ」の語意は何か?

Hihumi

が、なかなか難しいです。

撥ねの特殊ヲシテ文字の数詞ハネは、漢字国字化時代以降の伝承時代の付加物のように考えられます。しかし、現代人がヲシテの文章を読むには、数詞ハネは便利なものでしょうね。読みながら、頭の中でハネを除去して見て下さいませ。

「うつほ」「かせ」「ほ」と「みつ」「はに」の語意も、

5youso

以前は特に難しいと思ってました、「かせ」と「みつ」が先に理解出来てきました。

でも、5要素の概念の詳しい内容の事や、成立に至る歴史の想定にも路半ばにも達してはいません。

 

ワ行は3音韻であることも、これもかねてからの難解です。 これには、少しアイデアが見えてきております。

 

         ・           ・

 

宇宙の歴史の解明の事は、

137億プラス5000万年の歳だと、明確になって、

かつては怪しげとも思われてました、ビッグ・バンもほとんど常識化してきました。

未来はどうか? はたして、ビッグ・リップに成り行くのか?

現代宇宙論の進展はさかんです。

日本人の研究者、小松英一郎さんも活躍してますが、

http://ip-science.thomsonreuters.jp/interview/komatsu/

意外な事に、

我が国史の研究にも同様の始まりへの究明の作業もこれと良く似ています。

               ・

ヲシテの概念で割り切れる・理解出来得る語彙は、

ヲシテ時代に入ってからのものではないか?

ヲシテの成立以前に成立していた古い言葉は、ヲシテの概念での理解が困難なのではないか?

これが、現代宇宙論に準えるならば、宇宙の晴れ上がりの以前・以降の区別に相当するのかも知れません。

あるいは、ビッグ・バンの起きる以前・以降の区別に相当するのかも知れません。

その辺りに照準を当てて考えると、結構おもしろいです。でも、難解なこと、大海を小さなボートで渡ろうとしてるようなものでもあります。

H26sanpai

そのような、根源疑問をあれこれ考えて悩んでます。

それで、ニコニコとはゆかず表情が硬くなっちゃいます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

  

 

地道に、解析作業をやってます。

Goikaiseki

仕事を進め行くのが、これが大切と、そう考えてます。

             ・

  

   

青山繁晴さんです。

http://www.youtube.com/watch?v=9OOT8ukZ-_c 

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