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2013年12月12日 (木)

「『古事記』ひどい」は、真面目に言って「その通り」であることです。 「古事記、ひどいひどい」に、ぬか喜びの事。

女房が出雲参拝に行って小袋を買って来てました。

荷物が多くて、ちょっと入れる袋を買ったそうでした。

何やら片づけていた女房が、

「『古事記』ひどい、  むりむり」  と、

Kojikihidoi

漫画で描いてあったのを見て、「ありゃま! へー!」と、

これは?!  と、女房が見つけたのその事で、

息せき切って階段を駆け上って言って来ました。

Kojikihidoimurimuri

わたくしも、これには笑顔が言わずとも、勿論の事にほころびますです。

ヘーッ と、 の、  そんな事ですね。

『古事記』一辺倒のおかしげ時流にあって、どうしたのか?

ひょっとして、マトモなのかも?  と、 希望的観測に、

さっそく、調べてみましたら、

今は便利になりましたですね、ネットの有意さの事はさまさまであります、です。

10年前とは大違いになりました。

ところが、この、

「『古事記』ひどい、  むりむり」 の出雲のこの人は、

布野さんと言うそうなのですが、

詳しく見ると『古事記』大好き人間の作の、だそうでした。残念な事です。  ホント、これは心底に残念なことですね。

どうでも、いやならいやと、好きなら好きと、明瞭にしたら誤解も生じませんですね。

『古事記』がいかにひどいものであるかどうか?

この、疑問に対して、

是か非か、良しと判断するか、悪しと判断するか?

   この二分の、分かれ目です。

わたくしは、『古事記』を最低の極めて俗悪な書物だと判断してます。

国史としては、当たり前の事に尊重すべきは『日本書紀』です。

先駆的な判断の出来得る人たちのレベルでは、『古事記』はもはや時代遅れの認識が当たり前ですね。

戦後には梅沢伊勢三先生もお出になられてます。

ただ、

『日本書紀』の漢字文への翻訳前の文献の発見があったから、こちらに、ちゃんと戻しましょうね。  と、わたくしは主張しているわけです。

詳しく述べますと、12代ヲシロワケ(景行天皇)さんの57年までは、『ホツマツタヱ』を正史並みに認定して、それ以降は従来通り『日本書紀』や『続日本紀』、『日本後紀』などと6国史に続きます。

           ・         ・

先駆的人々の間では、当たり前になりつつあるそんな状況を、布野さんなる人は、知る由もあるかあらないか? おそらくは、この事実に無知のレベルでしょうね、残念ながら  ね。

時流の先先の端を知らないような低くいレベルの事のコマーシャル的なフローで、

反語的にひどさを言ってるだけの、極めて単純レベルだそうでした。

それは、残念なことでしたです。

こんなひどいのが『古事記』だったのでして、最古?(もう、間違いだったことは証明されてます)の書物(わたくしの判断では、私小説的な低俗的読み物)だった。

常識的判断から、『古事記』の世界観はおかしいでしょう?!

どうして?

気が付かないのか?

ここに、気が付いて欲しいですね。

                ・

本当に我が国・わが民族、その大切な歴史を自分たちのわが民族として、当事者として我がものとして考えているのでしょうか?

 

         ・             ・

 

昔のことに、松本善之助先生にお供して巡った山陰の海岸線のあちこちには、もう30年も40年近くも前ですが、「不法入国者を見掛けたら通報して下さい!」のポスターが、あちこちに張られていました。 相当な数の不法密入国者が我が国に侵入して来ていたのでしょうね。6万人以上であると、数日前かに、現在の不法入国者数の人数をどこかで見掛けた記憶が近々の事にあります。

昔から、大陸や半島から、虎視眈々と我が国の事を利用しよう併呑してしまおうと画策され続け来ています よ  ね。 実は、ヲシテ時代の末期から、やられっぱなしに、やられてます。ヲシテ時代の終焉を迎えたのは、そのことが原因です。      現在での大問題の、 尖閣諸島問題では、ようやく、我が民族のわが国家のひとつの碇が何とか保全出来得たような、ホッとしています。結局は戦争を覚悟する意思をかためることも大切なのですね。そうしてはじめて、引き下がる相手もいます。そうしないと、とことん引き下がらないのです。あれこれ、やっと、負け惜しみを言いだしたようです ね。相手が相手の場合は、しょうがないわけです。チベットはもう、終わりつつありますものね。ドイツも口をふさぎましたような事にと…  、 です。本当に、残念なことです。ホントにそんなことでよいのでしょうかね? ウイグル族も大変です。結局は、我が国の事に付き、どう考えてゆくのか? が、長い目で問われます。今日・明日は良いですが、さて?  もっと先先の事は、どう展望しますか?  の事です。   新刊書の『日本人の恩を忘れた中国人・韓国人の「心の闇」: 呉善花(韓国)が黄文雄(台湾)、石平(中国)に直撃』(徳間書店)も、参考になると思います、是非、ご一読をお勧めしたいと思います。

近視眼的な近々の事も、大切です。それは、勿論の事そうですが、また大切なのが、長い巨視的な展望です。縄文からの建国とその理念とさらにその後に渡る尊き成しゆきの事が、そこにこそ得難い価値を見出すべきだと考えます。

                   ・

何はさて置き、「縄文建国」のこと、

現代人の日本人には、

初めての事でしょうね、この事実をはっきりと認識する事こそ!

と、

わたくしは、主張し続けてます。

私は、『古事記』のさらにさらに先行していた原書を発見・研究を此処まで進めているから、言える事です。

記紀との対比の『定本ホツマツタヱ』、

『ホツマ辞典』や『ホツマツタヱを読み解く』や、

『ミカサフミ』や『カクのフミ』の「フトマニ」なども書籍にして万世の未来に残るようにしました。

それだから、言える事でして、主張してます。

  

           ・             ・

 

だって、

マトモに読んでみて下さい、『古事記』の特に出雲山陰地方の関連記事の「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話などなど、ホント、正視に値しないような物語ばかりです。こんなのが、「日本」の大切な神話の中心に有る筈がない!  と、そのように、私なら感じます。

外国人の創作文の挿入事項が「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話などです。

それらは『古事記』だけに書かれていた、おかしげ記事だったのです。

記紀との原文比較で明瞭に解ります『定本ホツマツタヱ』を見て下さい。

「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話は、インチキのねつ造の挿入の記事です。

「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話などなどは、Chinaあたりからの帰化人の作り話です。韓国ドラマよろしく、わいろなどの横行が主体の事々でしか有り得ません。わいろ生活そのものですね。

そんな、偏価な程度の低いのがわが「日本民族」であるわけがない。  と、私は思いますですね。

この意味で 「古事記、ひどい  ムリムリ」  の見方は正鵠だという事でしょうね。

『古事記』特有の「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話は、どうしても外国人的で汚らしいと思いますのです。

こんなひどい物語は、外国勢力に恣意的な汚染を及ぼされたからか?

そう考えてわたくしは判断します。

そう言う事です。

つまり、半島の人たちなどに、やられっぱなしに、やられてしまった挙句の果てが『古事記』なのです。

ちゃんと、もうちょっとマシな『日本書紀』があるのに… 、  何で? あんなヘンな『古事記』なーんか作っちゃうのか?  そこには、今も昔も、外国に媚を売る人いつでも居てるわけですね。

そもそもが、そもそものところ、

半島人や、大陸人たちの、嘘いっぱいに、

さらされ続けてきたのが、我が国・わが民族の1000年余りにも及ぶ錯誤の惑わされの時代でした。 その暗雲を一挙に吹き払うべきだと、私は考えます。

この意味で『古事記』の世界観はおかしい!  と、

主張して来ています。

少しは真面目な賛同者も、あってのことです。

先は長いことです。

焦らず、倦まなく、確実に。

です。

まだまあ先は長い事で御座います。

気長に  、真面目にと  、   です。

                  ・

そのような事でしたが、、

    深い「日本文明」の深奥には、ちょっとも、至ってないような事で、

   本当に、

残念ながら、

布野さんと言う人は、漢字文献しか知らなくて、そんなにもひどい記述内容の『古事記』が好きなんだそうでした。

あーっぁ、 毒されたのも知らないで 『古事記』のこころの人か?  ですね。

残念でした。

あーっぁ、  で、御座いましたです。

もう、話をする必要もひとつもないという事でしたでした。  またまた、残念・残念でした。 いつも・いつもの、ぬか喜びの巻でした。

2013年12月11日 (水)

ヲシテ時代の始めの頃から、普遍的なものを探り求めようとする、「縄文哲学」にも溯るわたくしたちのこころのルーツの事。

二極分化の考え方。
それは、対比を考えてゆく、分析の事ですね。

「見えるもの」「見えないもの」
そこから、「メ・ヲ」の分析が起きたのです。
「見えるもの」は、「メ」です。「見る」の動詞の活動態の意味もあります。
「見えないもの」は、「ヲ」です。落ち着き固まる究極の一つの中心でもあるのが「ヲ」です。

Mewo_2

    < 「メ・ヲ」の「ヲ」には、

      特殊ヲシテ文字の「中の横棒のタイプ」が良く使われます。

      「中の横棒」は「広がり・普遍性」を意味しているのかも知れません。

      そうしましたら、ヲシテ時代の草期に成立していたとも、推考出来そうです>

Wo_2

         <赤字の所はユニコードに当てはめた、従来文字の表示です。

          特に、当てはめに意味はありません。変換がしやすいことに、

          主眼を置きました>


このヲシテ時代の「メ・ヲ」の意味からしますと、後世の漢字での「陰陽」の考え方とは明らかに違うと言えます。

Tyano_3

     <チャの白い蕾です。丸くって。

         紫の実はムラサキシキブです>

「見えるもの」の、「メ」はさらに分化します。
「ミツ(液体)」と「ハニ(個体)」です。
また、
「見えないもの」の、「ヲ」は、二つに分化します。気体の状態のモノと、状態変化をもたらすものの分化です。

「ウツホ(気体)」の他の、

状態変化をもたらすモノは、さらに二つに分かれます。
「カセ(冷たいエネルギー)」と「ホ(温めるエネルギー)」です。

こうして、この5要素の、
「ウツホ(気体)」と、「カセ(冷たいエネルギー)」と「ホ(温めるエネルギー)」と、「ミツ(液体)」と「ハニ(個体)」に分化するのでした。

さらには、この5要素が国語音韻の「あ、い、う、え、お」にも対応して形造られていったのでした。動詞の活用の原理にもなってますから、発生時期は、「縄文時代」と考えて問題ありませんようなところですね。
ひらがなでは解りにくいのでヲシテ文字で表しましょう。

Aiueo

発声する際の口腔の形状にもぴったり準えられてもいます。
ここまで、見ますと、後世の漢字での「陰陽」の考え方とは明らかに違う事は、明白になります。

Tyano2_3

      <青い実はアフチのミです。

         チャの開きかけは、香りが強くあります。

           ツボミは「ウツホ」の「ア」。

           開きかけは「カセ」の「イ」。

           満開は「ホ」の「ウ」。

                 にも、似ています。

           「イとヤフレ」の用例が、

          『ミカサフミ ワカウタのアヤ』ワー079にあります。>

このように、わが「縄文文明」の起き来ったルーツには、分析して普遍的なミチを見い出そうとする心の趣が存在していたのではなかろうか?  と、推察するところです。
ミチなんですよね。普遍的なものを探り求めようとする、「縄文哲学」にも溯るわたくしたちのこころのルーツだと思います。

われわれの「縄文哲学」の時代からの「ミチ」の言葉・概念は、漢字で置き換えるとヘンになってしまいます。

Miti_2

ヲシテ時代の言葉の「ミチ」は、現代的表記にする場合、最低限でもカタカナ書きでしょうね。

              ・

 
そのような事もあって、わたくしは、用例の比較をして言葉の詳しい意味合いを見い出すことを常に行ってきました。おおよそ現代人に見てもらうべき用例および基本となるべき説明は、「年表」や「系図」などをセットして『ホツマ辞典』にまとめてあります。
さらにさらに、詳細に国語のヲシテ時代のその黎明期からの姿を、今にもこれからもズーッと求めてまいっておりまして、これからも延々たる仕事です。わが「縄文文明」の奥深さには、まだまだスゴイ価値があると見ております。我が国語の比類なき高度さに帰順して、さらに深く理解を進めるのが、正しい「ミチ」だと思っております。
用例数が100例ぐらいまでですと「用例比較」と表現して良いと思います。もっと、広範な比較になりますと、たとえば1000例を超えてくるようなですと、「語彙分析」とか「語彙解析」と言った表現の方が適切のように思われます。
用例の分析・解析をベースにして、そこから考慮を及ぼしてゆくわけですね。つまり、「作業」と「考慮」が二本立ての柱です。

どちらかと言いますと、「考慮」の方が、重要度のウェイトは大きいですね。

Nurute

          <日当たりの良い丘には、

              ヌルテが青青としていました>

 
          ・        ・

「よし・あし」の二極対比の言葉もありました。
「よし・あし」は5例の用例があります。

Yosiasi

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