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2013年10月27日 (日)

『台湾人と日本精神』 蔡 焜燦(さい こん さん)さん。        『日本人はとても素敵だった』楊素秋(よう そしゅう)さん。

国外との関係の事を、いろいろ考えてましたら、

台湾人の蔡焜燦さんの「日本人よ胸を張りなさい!」のメッセージに、

いたく感動を覚えました。

『台湾人と日本精神』(蔡焜燦、小学館文庫)です。

単行本で、前に刊行された版もあります。

Saikonnsansan

「トのヲシヱ(ヲシテ)」の精神が、台湾統治の政策には活かされていた思いに感激します。とにかくお読み頂きたいです。

我々が忘れかけてるモノが、それが大切で、思い出させてくれます。

つまり「トのヲシヱ(ヲシテ)」の精神そのものです。

               ・

台湾人は目覚め、そして、今われわれを力付けて下さいます。

Kinbireisan

              <金美齢さんを思わせる輝きです>

2・28の事件の乗り越えの事ですね。此処が大きな転換点だと理解しました。歴史は、まさに、作ってゆくものですね。やられっぱなしでは、マグマがたまって、しかるべく噴火してゆくものだと思います。ひどい圧政の弾圧が、台湾社会に圧(の)し掛かってたわけでした。いずれの日にかは、圧政は崩壊しますね。それにしましても、李登輝さんは偉かったですね。

蔡焜燦さんの言われる「日本精神」の「公」のことは、

拙著『ホツマツタヱを読み解く』132Pなどにも諄々と「ヲヲヤケ(パブリック)」として説明しておきましたところです。China精神界に希薄な概念を漢字で表現することが不適切であると判断しまして、わたくしは「ヲヲヤケ(パブリック)」と、はじめの頃から表しています。China思想との区別です。

ヲシテ文献には「ヲヲヤケ(オオヤケ)」としての出典があります。

つまり、縄文文明の根幹が、此処に典拠として見て取れる重要さなのですね。

Wowoyake_2

Ooyake

               「ホツマ」31-93の用例は、氏姓の名称です。

          ・         ・   

片や、どうあっても高尚な精神に目覚めない人たちも、半島関係者たちには多くいます。

蔡焜燦さんも、幾つもの目を背(そむ)けたくなるような場面に敗戦時の混乱時期に出くわしておられたそうでした。 と、

『台湾人と日本精神』のなかで述懐なさっておられます。

半島関係者たちとは違い、  此処がまったく違うのは、台湾の人たちの温かい気持ちでした。

敗戦後の混乱期には、台湾人の蔡焜蔡さんたちはおにぎりを作って、京都駅で子供たちに配って下さっていましたそうです。この書物で初めて知って、わたくしも、涙しました。

Katura

            <ビナン カツラの実です。

             「ツクマ ナヘ」の言葉のように隠され忘れていたようです>

Tukumanahe

このあいだの東日本大地震の際での、台湾人の方々からの心のこもった熱い熱い支援を決して決して忘れません。

わたくしたちは、見るべき方向をずーっと間違い続けてきていたと、そう判断してよいかもしれませんですね。

   

              ・

   

それに比べて…  、 です。

ご参考には、下記アドレスなども…。

http://ccce.web.fc2.com/sinnsai.html

社会性の事ですから、おおよその割合の、大体の80%の人々がどう動くかで、

国民性・民族性が決まってくると、いう事です。

20%程度には、逆の性質の人々も、勿論居てるものです。

この事も、『ホツマツタヱを読み解く』などで論述しておきました。

  

本当は、個人レベルで云々すべきですところですが、

どう見てみても大きな違いが如実にあれば、目を向けないでも解ってしまいますよね。

 

        ・            ・

 

私たちの反省点として考えるべきは、その最たるものとして、

蔡焜燦さんのいう「日本精神」の根拠を、詳細に説明できるモノを当時には持っていなかったのが、いけないことだと顧みるところです。

漢字国字化時代での汚染に塗(まみ)れる前の、

ヲシテ時代での真相を根拠として定め得るヲシテ文献が発見され、研究も此処まで進んできています。

やっとのことですね。

時代は、もう少しで、まともな路線に乗せることが可能になってきましたようです。わたくしは愚直に、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」との大きな路線の違いを泥をかぶっても詳しく説明してきたからだと思います。

やっと、緒に就いたばかりのところの「ヲシテ国学」です。

救国の精神に満ちた人物の出現を待ちます。

 

             ・

 

  -追記-

台湾関係で、もう一冊来てました。とっても良い本なので、

紹介します。

Yousosyuusan

楊素秋さんも、われわれに、諭して下さいます。

台湾人が、どうして極端に朝鮮人を嫌うのか実感として良く解りました。

敗戦後の混乱時期に威張り散らしだしたのですね、台湾で。

われわれは、目を耳を何十年にわたってふさがれ洗脳され続けてきたのでした。戦後10年生まれ世代と言うのは、そういう事でした。戦前生まれの女房からいろいろ聞いても、なんか右から左でした。反省してます。ここに、やっと楊素秋さんの言葉は、良く解りますのでした。国外の情勢が逼迫(ひっぱく)してきたからでしょうか? 差し迫ってきてこそ、どうしたらいいのだ! と、疑問にも真摯に向き合うことになります。理解が今にやっとで、あまりにも遅かったことに、慙愧での感涙の涙してます。

観光地などで中国語的な音声を耳にしたときは、台湾人か?  大陸の人か?   その区別を初めに聞いて下さいますようお願い致します。

その差も知らなかった不実を、悔やみます。

台湾では、敗戦から、Chinaが来た際の中国兵のひどさと横暴さ、

それから40年。  も、この本で肌の感覚で実在的に実感できました。

長い間の苦しさ「失声」の事情の事、切実にやっとわかります。 つらかったでしょうね。いたみいります。

乗り切った、楊素秋さんは、とっても偉いお方だと思います。

桜の花出版からの刊行です。

不勉強にて、わたくしは、この出版社を初めて知りました。

まだまだ、勉強が足りてません。不明を恥じます。

久々に、なみだ・涙なみだの、本でした。『日本人はとても素敵だった』(楊素秋、桜の花出版)。

とにかくも、お読み願いますとうれしいです。

実情が目の前に見えてきます。

                ・

でも、ひとことだけ、どうしてもちょっとだけ言いたいことが、あります。

本当の我が国の「さくら」とは、ソメイヨシノじゃなくて、

自生種のヤマ サクラが、賞美されるべしだったのですよ。  です。

と、意識をあらためて欲しいことです。わたくしの反省もあっての事です。

あの時も、疲れました。

私の書籍のカバーでも、すったもんだの末に、結局はソメイヨシノになっちゃった経緯もありますから、難しいもので御座いますです。他人様の事も言えませんですが、意識は持ってます。長い年月で生じた鬱屈とした壁は、厚いです。

でも、勇気をもって、言い続けるしかないと思います。

『新訂ミカサフミ・フトマニ』にての出版には、ちゃんと、直しましての表紙にしました。辛く長い路行ですが、 何に付けての事でも粘り強く納豆の糸引きのように、息長くやってゆかないと成就できません。 何故ならば、本当の我が国の歴史は、縄文建国に遡ることが、ヲシテ文献の発見・研究によって判明したからです。これは、千数百年ぶりにもわたるビックリの新発見だからです。

ソメイヨシノは、江戸末期ころからの新品種でしか有り得ませんです。たった、200年にも足るかどうか? 極めて浅い歴史です。そんなものに思いを託すと間違えちゃいますのですね。当たり前の論理だと思います。

本当に、先は長い話であります。 ですので、どうあっても、長生きをしましょう。先達には大坪併治先生がおいでになられます。これが、私たちにとっての「ヲヲヤケ(パブリック)」に殉ずる覚悟の行為だと判断するからです。8月15日に病の床に伏した我が国をどうしてゆくか? の、その話が「ヲシテ国学」です。

      

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