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2013年9月14日 (土)

これまでの著作のなりゆき、に付きまして。 「ヲシテ国学」の大きな目標に向かって… 。

私の著書は、すべて、一冊・一冊に趣きが異なります。つまり、私の著書は全部見てもらう必要があるわけです。それは、その出版時点の段階において言うべきことが、世情の状況の変わることにともなって微妙に変化している意味もあります。研究の進展・深化のこともあります。

わたくしの、大きな目標には変わりはありません。それは、ヲシテに依る国学の構築の実現に向けて、どうしてゆくか?  の、大目的ひとつがあるだけです。

はじめから、この目標においての試行錯誤をしてきての結果です。

Kusu

            <クス(葛)のハナが優しく甘い良い香りです>

なにがどうあれ、お商売ではやってきてはおりません事だけは事実です。持ち出しばかりで、いわば国士のすさまじさ、だと、自認してます。誰も言ってくださいませんので、自認しかしょうがないです。この頃には、ご賛助くださいますお方さまも多くにご出現のことで、本当に助かって居ります。

 

              ・           ・

わたくしが、もっとも初めに世に訴えたいと思いましたのが、アマテルカミのお気持ちのことでした。 当時、今から22年前の平成3年(1991)の頃には、アマテルカミの事をひとこと言ったら、特殊な部類かと疑われやすかったのでした。それでも、アマテルカミの温かくて崇高な精神をどうしても世情に伝えたいと『ホツマ神々の物語』に編集しました。記紀ではなくて、ヲシテ文献に活き活きと解るアマテルカミの人物像の尊さのことです。

松本善之助先生からは絶大なお褒めをお頂きました。入門にあたっては「とにかく、この本を読むように!」と、篤いご推薦を頂戴致しました。

闇雲に女房の親戚の人のご縁での神戸の出版社でして、実際の頒布の方の仕事ぶりは頼りないにも甚だしかったのでした。 それで、後には、『ホツマ縄文時代のたから』として、原文朗読CDなどを補足して、平成17年(2005)に東京の展望社から再出版しました。

松本善之助先生のご推薦にあずかるほどですから、これからも、ヲシテ入門の第一書籍として有用になります事でしょう。

    ですが、大体100万円ぐらいの持ち出しのママです。

                  ・

記紀との原字・原文での対比比較の方は『校本三書比較ホツマツタヱ』の、再出版にこぎつけました。

一冊本にして『定本ホツマツタヱ』として、展望社から出版しました。

記紀との原文比較が、ヲシテ文献の8世紀以前の成立のどうしても動かすことの出来ない根拠になります。

欠かせぬ書籍です。『定本ホツマツタヱ』はですね。

これからの国史の基本書籍ですから。この、我が国の根本の史書であるから、それをどうするか? この、認識に対しての理解の得られるお人は、まだまだ、ほんの、少数派です。どうして、これほど私が『定本ホツマツタヱ』の出版・頒布にこだわり続けたのか? の理由の事はですね。大変な思いをして、著作・編集・出版・頒布と、まさに生命をかけて、全精力を賭しての仕事が『定本ホツマツタヱ』ですね。

記紀の原書のその、しっかりした根拠の提示です。

これは、これから作り直してゆく国史の基礎です。『定本ホツマツタヱ』は、どうあっても、欠かす事は出来ません。

    実際の収支として今の段階では、400万円ぐらい持ち出しです。ご賛助くださいますお方さまの出現は、わたくしの身を切る姿を見かねてのことなのでしょうね。

                 ・

Yamahatikami

           <ヤマのハシカミ(山椒)が、綺麗です。

            赤い外皮は香り良く辛み少なしです。

            中のピカピカの黒い実は、とってもしびれます>

さて、入門書と根拠書籍出版の、

その後からが、大変です。

今でこそ、「日本」の歴史のことは…、 なんて、話しても聞いて下さいますお人も増えました。 が、20年前だと、アマテルカミの事と、一言言っただけで、聞いてたヒトは後ずさりして、すっかり、3m余りの見えない垣根が出来ちゃいます。

それにも増して、当時の約20年前には、ヲシテ文献を直訳したら良いとの間違った思い込みが世間に敷衍していました。アマテルカミより、天照大神に訳したらいいじゃないか! の世界です。漢字訳して何が悪いんだ! と、うそぶくような、そのような、酷い世情でした。いわゆる直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」全盛期ですから、漢字直訳だけが訳本だと、これしか評価しません。漢字文への直訳しか、読者が付いてこれませんのが、当時の状況でした。

漢字なんて外国語でしょう? Chinaに、我々の尊いタマシヰ(魂)を売っぱらってどうしますか? 漢字直訳はダメですよ! と言っても、理解されない日々でした。

そんな酷い状況下でのこと。我が国の本当の大切なたからをどうやって復活し得るのか?  

  私はよくよく考えまして、「辞典」を作っておこうと、 考えました。それで『ホツマ辞典』を出版しましたのでした。お楽しみおちゃらかホイのオカルトがらみで物語的な読み捨て本の程度なら、そこそこ部数もはけそうですから、出版にも結びつきますが、その頃に「辞典」を出そうとしても、はたして、最低限の刷っただけの部数がさばけるのかどうか? 大きな、賭けでした。 

幸い、、何とか今にも増し刷りにも至っております。

この「辞典」、『ホツマ辞典』は、内容の拡充もしなくてはならないと、気に掛かっています。でも、今現在の解明の発見が多くスピードもとっても早いので、わたくしは解明の方にウェイトを大きく移すしか有りません。拡める方は、また別のヒトの出現が在っても良いわけですね。

しかし、入門から初期段階の漢字文献からの脱皮を図る辞書としては、この『ホツマ辞典』が、あと50年は生命を得ている書籍だと思います。

 

                    ・

この段階で、

記紀の原書の位置関係が解るわけです。

そこで、もうひとつ解説書として、国家の成り立ちの概要図を描いて提示する書籍を必要と考えました。

『ホツマツタヱを読み解く』です。

国家の成り立ちを、ヲシテ文献の用例から論説して、

考古学の研究成果との照合を概要に纏め、記紀との比較対比のやり方の例を掲げ、ヲシテ時代の哲学や世界観を提示して、ヲシテ国学の論理的な概要書としました。 良い評価を頂いて、今年の8月には5刷りに至りました。

 

            ・               ・

 

そうしまして、

『ホツマツタヱ』だけではなくて、もっと奥深い世界観や哲学の世界がヲシテ文献にはあります。それ迄の既刊書を読んでもらったら、このヲシテ文献の奥の院の世界まで辿り着く準備が出来たことになります。そこで、 『新訂ミカサフミ・フトマニ』の出版に行き着きます。

当初は、難解な『フトマニ』の理解に悩みまして『校註ミカサフミ・フトマニ』を出版しました。さらに、解明を進めて『新訂ミカサフミ・フトマニ』に大改定しました。 『フトマニ』のそれぞれのおウタに、理解が深まったからです。

『ホツマツタヱ』は「ヨヨ(世々)のヲキテ(オキテ・掟・基礎的理解)」だと述べるオオカシマ(『ミカサフミ』の最終編集者)さんの意図がわたくしにも理解されてきましたのが、『新訂ミカサフミ・フトマニ』の出版に至りました頃のことでした。http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-d4fc.html

Wokite

  

                   ・

 

ここ迄来ましたら、ルビ無し本も欲しい所です。

松本善之助先生からもキツく言われておりました。

「いつまで、ルビなんか付けてるんだ!」  と。

それで、

『記紀原書ヲシテ』を上下の2分冊にまとめて上梓しました。ルビ無し本が必要なのは、当然でして、わたくしなどは自分用の本はホワイトでルビ消しをして使ってました。ルビ消しも手間です、つまらない、面倒臭さですからね。

ページが多いので、辞書紙かバイブルのように薄い単価の高い高級紙で製本スべきだと、それで、ハンディになると考えました。これからの「日本」にとっての、謂わばバイブルですからね。

とはいえ、

なかなかに売れてゆくわけもなく、文句ばかり言われてしまうのが、現状の所です。塩漬け200年のレベルですね。

長生きしなくては… 、 です。

 修正シール貼りの仕事は、私の負わねばならない責務ですから。

 

           ・            ・

    

 

基礎学力としての記紀との対比・比較がすみ。

さらに、

ヲシテ文献内の深遠な哲学や世界観がある程度わかってくれば、

そうしたら、

「縄文哲学」に対しての理解が得られるのではあるまいか?

そこで、

『縄文人のこころを旅する -ホツマツタヱが書き直す日本古代史-』

を、著述・出版しました。

西欧文明の流入に対して、われわれはどうあるべきか?

縄文哲学との対比に、彼我、どちらを今後選択してゆくべきであるか?

その、

大きな、問いかけをしました。

この書籍は、500年の生命が有ると思っています。我が国の文明が、どうであるのか? 根本に遡っての原理・原則を明らかにする書物です。創造祖のアメミヲヤの意味合いを、今わたくし達がどう捉えるべきか? を、論じた書籍です。
 

                   ・

 

国語の解明にヲシテ時代まで遡及しようとの仕事は、

東京の青木さん、斯波さん、大阪の平岡さんの出現があって、

随分と進展しました。

概要の提示が出来るようになり、

『よみがえる日本語 -ことばのみなもとヲシテ-』を明治書院さんから出版することが出来ました。

さらに、この概要書に続き、各論編を用意しなくてはならないのですが、

ヲシテ時代への国語の遡及は、とっても、困難で骨の折れる仕事です。この方面の次著作は難航中と申し上げておきます。

この頃に、ヲシテ・フォントの開発と、立体ヲシテに取り組みました。

   ヲシテ・フォント制作で実際使った費用がおおよそ50万円ぐらい。立体ヲシテもおおよそ同額程度かかりました。もうちょっと多いかも知れません。多分そうでしょう。ソフト費・パソコン・意匠登録・商標登録などなどです。100万円は超してるのはそうだと思います。

 

                   ・

 

さて、ヤマトタケさんの事、

解かり易く読み物のような仕立ての書籍を作っておきたいと、

長年来の念願でした。世情は記紀由来の「ヤマトタケル」の呼び名が横行してます。「ル」を除去したい所です、この場合の「ル」は、断じて許せません。酷い貶めが「ル」くっ付けなのです。蛇足での貶めです。この記紀による暴虐・残酷な「ヤマトタケル」像を破却して粉々に打ち砕いて、 ヲシテ文献に拠る高潔無比でお優しいヤマトタケさまの人物像に直さねばならないと、強く思っていました。障壁だった幾つもの難しかった疑問点が融けゆきましたので 、一冊の書籍にまとめました。

ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語―古事記・日本書紀が隠した日本神話の真実の書籍です。

簡潔に読みやすく、それで、ヤマトタケさんの麗しい人間像を理解できる書籍としました。さらに、ニニキネさんや、クニトコタチさんの、その我が国の枢要の精神のハシラ(柱)のこと、それを、ちゃんと伝える書籍としました。

 

               ・          ・

 

ここまでの基礎が固まってきましたら、

昨年の暮12月25日に、 『ミカサフミ』の未発見書のアヤが富士山の御師の旧家から発見されました。実に驚くべき成り行きです。基礎研究が進んできていたので、新発見の『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の深遠で高度な内容も短い時間で理解に及びました。 『よみがえる縄文時代イサナギ・イサナミのこころ ―新発見『ミカサフミ ワカウタノアヤ』アマテルカミが解き明かす― 』の長い書題にしました。

「ネコヱのミチ」の意味が述べられているアヤで、長いこと詳細が解らなかった「ア・イ・フ・ヘ・モ・ヲ・ス・シ」が読み解けた一瞬でした。

7代アマカミのイサナギさまイサナミさまの御心がよく解ってきた、新発見のアヤです。オノコロの意味が、その深いおこころと、初代クニトコタチさままで遡る歴史を知るアヤです。記紀の低俗誤訳の「天の沼矛」の酷い神話を此処に根拠を以って直す事の出来る、とってもとっても大切で本当に貴重なアヤです。

 

          ・        ・          ・

 

さて、

この次には、

ヲシテ国学の詳細を論述する書籍を出版しなければなりません。

それで、

此処数年来、この仕事に努力してます。

昨年の暮の 『ミカサフミ』の未発見書のアヤが富士山の御師の旧家から発見されました事で、 その内容が格段のより良い向上があります。その再構築に取り組んで悩み悩みの日々です。

ざっと、このような進み方で取り組んできました。

出版を致しました順番に読んでいって頂きますと、

ヲシテ国学の樹立に向けての流れに理解が深まってもらえると思います。

まだまだ、仕事半ばにも至っていない状況です。ヲシテ国学の構築は大きな仕事であるからでしょうね。 

2013年9月 9日 (月)

国家の根幹のこと。考古学との対比比較のこと。  近世・現代の神憑りの世界観は後世由来であって、ヲシテ文献とは違う世界観であること。

考古学との対比のことにつきましては、

『ホツマツタヱを読み解く』に詳述しました。大きなご評価を戴きまして、こんなむつかしい書籍が、すでに、本年8月に5刷りにまで至りました。

また、国家の成立時期が縄文時代に、それも前期の前葉か中葉ころに有ることに付きましても上記の書籍に述べました。我が国の成り立ちが、どの時代に在ったのか? ヲシテ文献の現代発見・現代研究の以前と以降とでは、大いに認識が異なります。

Kuwa

               <アキ(秋)の雲に、クワの葉>

その根拠は、ヲシテ文献『ホツマツタヱ』や『ミカサフミ』などが記紀の原書であることを確認できた事実に礎(いしすえ)があります。『定本ホツマツタヱ』にて公開してます。それは、ヲシテ文献の存在は8世紀以前である根拠になっています。直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」は、時代ずらしの偽書です。直訳で時代をズレさせてしまったものです。そんなの見てたら、ダメです。そんな程度だと、江戸時代だ、享保期ごろだ、なーんて誤認をやっちゃうのですね。  古典は、原字原文が鉄則です! 直訳本なんか見てるのは、救い難いレベルです。

きちっと、記紀との対比・比較などの基礎研究をしてから、漢字以前の深く意味深奥の世界の解明について歩みを進めるのです。

記紀との比較をしてなかったら、まったくの、意味不明のレベルです、と申せましょう。

その事は、『ホツマツタヱを読み解く』にも詳述してあります。よく、まあ、こんなむつかしい本が5刷りにまでなったものです。

                   ・  

考古学との対比・比較のことは、下記のブログ記事にも述べておきました。

琵琶湖の湖底遺跡とか、とにかくも、地表は長い年月で見ますと揺れ動き変遷が大きくあります。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-0769.html

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-9a1f.html

その意味でも、古い時代の現在地考証は簡単には当て付けできません。

  

                    ・

 

Aosagi

     <遠い所にアオサギが居ました。解像度が良好には得られませんでした。

      わたくしのスナップ・カメラ程度では、こんな所です、 ね。

      神憑りでは、そんな様な程度の解像度じゃないかと思います。

      つまり、ボヤーッとの茫洋とした感覚しか得られないと思います。

      この写真ではアオサギがオスか? メスか? 判別は難しいです。

      それでも、なお、ボヤーのまま、物語を何かを書こうとすると、

      どっちかに決めなくちゃ書けません。

      そこには、感得者の主観が強く作用してしまい、

      謂わばフィルター掛けの様な画像になるのですね >

また、

近世や現代の神憑りでの岡本天明などとの似ているとのことに付きまして、大きな相違点のこと触れておきます。

つまり、ヲシテ文献の現代発見・現代研究の以前の認識であるのです。それら、近世・現代の神憑りの内容はです。 つまり、漢字国字化時代以降で、ヲシテ文献の現代発見・現代研究の起きた以前に、それらの近世・現代の神憑りの表現している世界観がおこなわれたということです。

    例証を掲げましょう。

岡本天明は丸チョンの記号を宇宙の中心のことにとります。

でも、

ヲシテ文献での近似形は、概念が全く異なります。

ヲシテ文献での、

A_2 

の文字形は「あ」でして、中にある点は「始まり、植物で言えば種のようなもの」そして、丸の図形は「ウツホ(気体)、茫洋としているさま」を表します。さらに、5要素の「ウツホ(気体)」「カセ(冷たくて下がる)」「ホ(温かくて昇る)」「ミツ(液体)」「ハニ(固体)」のセットの内に組み込まれている事が重要です。

Aiueo の、セットものの内のひとつの概念です。ひとつだけ、切り離して云々するのは間違いと言うものです。

 

一方での、宇宙の中心などのイメージは、ヲシテ文献では「コ・ホシ」です。つまり中心の「アウワ」とその周りの「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の合わせてが、「コ・ホシ」の概念です。

「コ・ホシ」の概念を「ア」の文字では表せられません。

つまり、違う概念をよく似た形状だからとごっちゃに混ぜちゃうと良くないわけですね。

Nurute

                  <ヌルテ(白膠木)の花盛りです>

さらに言えば、

ヲシテ文献での記紀原書での、宇宙の始まりのことは、「アウワ」

Auwa

5要素の「ウツホ(気体)」「カセ(冷たくて下がる)」「ホ(温かくて昇る)」「ミツ(液体)」「ハニ(固体)」の混ざり合うことでヒトが生じた。その源の「アウワ」の

U2

「ウ」が宇宙の始まりを意味します。

「ア」と「ワ」は上に拡がったり、下に拡がったりのイメージを表してます。

A2

上に昇ってゆく「ア」です。

「ワ」の方は、下に下がってゆく意味です。

Wa2

「ウヲマサカミ」の表現があります。

「ウ」が宇宙の根源だという意味です。

Masakari

          <『生洲問答』に『ミカサフミ ハニマツリのアヤ』が、

           ひとアヤ写本されて残されていました。

           『ミカサフミ』の8アヤとしてナンバリングしました。

           本来は、地鎮祭関係だけで、他にあと5アヤ分が

           江戸時代には在って、都合6アヤあったと、

           『生洲問答』に記されています。

           安曇川平野の南端で、旧、大溝藩士の旧家の

           高島の野々村家の所蔵書が『生洲問答』です>

記紀の原書の世界観が在って、

縄文時代からの長い歴史のあるもの、

それが、漢字国字化時代になり、ほとんどが忘れられました。

漢字国字化時代でヲシテ文字・ヲシテ文献が忘却されたからです。

 

               ・

ただ、

ほんの一部だけは、記紀などに残照が残されました。

それらを元に、近世・現代の神憑りの人達が述べたのです。                

「国常立尊」や「国之常立神」の名称は『日本書紀』『古事記』に残されていました。近世や現代の神憑りの人達は、その名称だけを言ってるばかりです。そこに、自分で作った想像をくっ付けただけです。

それが証拠には、近世・現代の神憑りの人達の話には、「トのヲシヱ(ヲシテ)」の概念のこと、これっぽっちも、見当たりません。

「トのヲシテ」にセットに成ってる「ロのヲシテ」の概念も、少しも見当たりません。ヲシテが理解ってれば、「ト」と「ロ」がセットになることは明白です。こんな簡単なことも、理解ってないのです。

 

           ・          ・

 

さて、さて、それから、

やっと今になりまして、

ヲシテ文献の現代発見・現代研究が起きて、漢字国字化時代になる前の本来の我が国の世界観が解ってきました。

だから、「トのヲシヱ(ヲシテ)」の精神は、初めて、ヲシテ文献の現代発見・現代研究の起きてから判明したと言えますのです。「トのヲシヱ(ヲシテ)」の概念を端的に言い表したのは、私の著述を以ってからではないかと、考えています。『ホツマ辞典』が、より精密に記述がなされた初めではないでしょうか? 『ホツマ辞典』には、何アヤ何ページと、典拠の場所についても掲げてます。つまり、すべての人に再考証・再点検が此処に可能になる訳です。

本当の我が国の光輝を見ようとしたら、漢字国字化時代の残渣は綺麗に拭い取ってゆかねばなりません。近世・現代の神憑りの人達の作った世界観は、漢字国字化時代での産物であると判断できます。

 

 

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