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2013年8月10日 (土)

学問の起きにし所。  大坪併治先生の尊き現役のご宝寿103歳、ご拝眉のこと。 「キヒ・タカシマ」、「ミのクニサツチ」さんの事。

   ももみとせ きくと香れる
   たちまひの かろかろはこび
   恵み込めつの

椅子を軽々とテーブル越しに手渡して下さいました。

103歳の大坪併治先生は。

そんな事で御座います。とってもお元気であらせられます。

Ootubosennsei2_4    

さらにヘルパーさんにも、とっても、感謝をなさって居られるので、もっともっとの好循環にと巡るような成り行きで御座います。それが、またまた不思議にも、高齢臭はついぞのことにちょっとも気にも付きませんでした。お気持ちの事もですが、お耳のすぐ傍まで声をお掛けしましても何にも香りさへ匂いませんでした。この、大猛暑での事でもです。

岡山のヘルパーさんはとっても良いようでもあるようです。

Ootuboheijisennsei_2

                   <女房と一緒の方がお楽しそうです>

Kiku

       <冷泉家のおウタに、お題が「菊」でして、

        このウタを寄せました。 平安時代頃にも解る、

        そうなると「キク」でもフィットしませんし、

        漢字で「菊」と書かねばしょうがないですね。

        ヲシテ時代語ウタ会も作りたいものですね>

         ・            ・

お酒は毎日5酌、燗をして。食事が終わったら、もう覚めちゃいますが。  と、

大笑いなさって居られました。

大笑いが、とっても良さそうなヒントに思いました。

仕事に支障が無いように、と、 そのご配慮の事であられました。

もうひとつ、身体と、心のことの、気持ちの方ですね。

大坪併治先生は、平安時代語のことに深く研究を為されておいでです。また、今日も、新聞でこれはと思った擬声語をノートなさって居られました。ふたつの方向でと、他の人に言われたそうですが、わたくしは、そうは思いませんです。擬声語は、国語の醸成創成の当時からの原初的なモノだと思うからです。平安時代の訓点語も、飛鳥・奈良時代の時代漢字の強烈影響下から、わが国語の本来への揺り戻しの現れだと考えています。

併治先生、今日も昨日も、その前も、毎日の事に新擬声語のメモを取られておいでであられます。お気持ちが、やっぱり、お若いのです。どうやってゆくか?  ここには、萌芽の兆しばかりが充満してます。学問の起きる間(はざま)です。これが重要なポイントですね。

Ootuboheijisennsei2

それにしましても、絵はなかなかに達者であられました。

本当は、青春時代の夢に絵描きになりたかったと、

でも、平山郁夫さんの絵を見て、

その方向に進まなかってよかったと、ご述懐なされておられました。

芸術とスポーツは天性の才能が無くてはダメだと。

Ootuboheijisennsei3

           <給水活動のスケッチだそうです。

            China当地の水は、 

            硬水の極端なことで、沸かして冷ますと、

            白くミネラル分が沈殿するので、

            飲料水に処理して浄化した水を給水活動のことです。

            日本の国土は有り難いことだと、おっしゃっておいででした>

鉄砲をひとつも撃ったことなく、で、 早い時期の昭和14年に帰還命令で帰国なされての事が、

めぐり合わせの、幸いのことであられたようです。

Ootuboheijisennsei3_2 

すべて、巡り合わせの妙です、ね。

昭和14年の暮にご帰国のことであられた、との事でした。

                     ・

大坪先生の平安時代語のご研究と、

わたくしたちの為しゆくべき、ヲシテ文献研究と比べますと、

もうちょっとと言うか、こちらは、だいぶ前のと云うかの、さらに大昔の漢字以前の事ですけど、

漢字国字化時代の導入当時の混乱期、や、奈良朝・平安朝などやっと、漢字国字化の彷徨いの抜け切ってくる頃など、その、揺り戻しのバウンドは結構見るべきものが在ったのでは無かったか?

其処に、平安時代語の、詳細なデータの解明が、漢字以前のヲシテ文献研究においても、大きな要所としての伝承のラインに乗っているわけです。

平安時代語の、事。

奈良朝の時代頃には逼塞してきていた「ヤマト コトバ」ですが、 訓点資料の発見で死に絶えることも何とか防げて生き永らえてきていたことの解明も随分進みました。平安時代語の解明での、大坪併治先生は立派な立役者であらせられたのでした。築島裕先生より、ひと世代前で、言わば大先輩の大坪併治先生には、築島先生も頭が上がらなかったのでした。この事情が、なかなか分からないでいたので、訓点語の研究のこと、仄聞的に築島先生のご著書だけを拝見してきていても、大切な要点が掴みかねていました。

富永仲基でもないですが、コトの起これる元、詰まり「学の起これる」其処の場所にキチッと焦点を当てなくてはならないと思います。

            ・            ・

大坪併治先生は、

今年中には、次期の刊行の書籍の完成のことにと、お励みになられておいででした。

索引のこと、パソコンで作成なさって居られました。

                   ・

こここそ肖(あやか)りての事です。

ヲシテ文献のこれを「ヲシテ国学」にまで高めねばなりません。

その、ヤマの大きさを、一頻り感慨に、と、

大坪併治先生を拝して二拍手の事でと思いました、

が、

門まで、さらに、

自動車が見えなくなるまで、ずーっと手を振って下さいまして、

まことに恐縮なことに、ずーっとの見送りを、こちらが為されしまいました。

女房の叔父さんが森亮さんで、島根大学時代の同僚で心好くなさって居られたこともあられたのかも知れません。親友だとおっしゃっておいででした。

           ・          ・          ・

漢字国字化時代から前の、其処に国史の基準を据えようとしたら、

そこには、ビックリする程の多くの解明や啓蒙事業も必要となってきます。

さて、

それよりも、解明作業の方も、これまた前段階として重要です。

岡山城の烏城と言われる黒い姿は、

姫路の白鷺城に対比してのシロ・クロのカラスの烏城(うじょう)の名だそうです。

ホテルの窓から、眺めつつ、はたと気付きました。

Okayamahyou

そも、

「キヒ・タカシマ」のこと、

「ミのクニサツチ」さんの事、

そして、

トヨスキイリヒメさんの4年ものご滞在の名方の浜の宮の事をです。

この、三者のベストマッチが有るようです。

Kihitakasima

「キヒ・タカシマ」には諸説のいろいろがありますが、

あちこち訪ねても、せんじる所、JR高島駅付近のほうが、最もふさわしい様に思います。

Kihitakasima2

「宮浦」など、さびしい泊まりでしか無いためです。

                  ・

以前に、

伊勢宮の、吉備の伊勢神社、

つまり、トヨスキイリヒメさまの名方の浜の宮を参拝してました。

昨日も再訪参拝を致しました。

Isemiya

よく良く考えますと、

「ミのクニサツチ」さんの「ミ」は、ここ岡山の「御野郡」であった可能性が有るのではなかろうか?

その、アイデアに思いが至りました。

『延喜式』に御野郷に「天神社」があります。

山を登って参拝致しました。

酷暑の日には相当な山道です。

Tennjinnjya2

入り口までの道路が細いので、もしや参拝為される場合は、よくよく調べてからにして下さい。ちょっと大きな普通車だと、通過が困難だと思います。

Tennjinnjya3

Tennjinnjya

もう少し南に、伊勢神社との中間ぐらいに天計神社もあります。

Amehakari2

Amehakari1

中世・近世からの伝承はとても不確かですが、『延喜式』には、ちゃんと、

天神社も天計神社も御野郷に有る訳です。つまり、平安時代以降の国乱の戦国時代の戦乱混乱の時代に衰亡の時代を経たと理解するべきです。

            ・         ・

さて、この、解のことですね。

時系列に考えますと、

遠く、初代クニトコタチさんからの、その時代に、

ミのクニサツチさんが、「ヱ」と「カ」の間の方角に派遣なされました。

その後、

スヘラギ(人の世)の時代になる頃に、

タケヒト(のちに神武天皇)さんは、ヤマトウチの途上に「キヒ・タカシマ」に3年おわしまして、イクサの準備が整ったのでした。深いユカリが無くては成り行きません。

そうして、

スヘラギ(人の世)11代、の時トヨスキイリヒメさんは、

アマテルカミの想い出深い土地を巡られた際に、

ここ、ミのクニサツチさんのユカリの(御野の里)里に4年間もお留まりになられたと、そういう事です。すなわち、「ミのクニサツチ」さんゆかりの土地なら、すべてが納得ゆくわけです。

詳細の事柄は、これからも心して検証してゆきますが、読者の皆様にも、お心当たりの事が御座いましたらお教え願いたく思います。

 

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