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2013年7月28日 (日)

ヲシテ国学への道筋の、ひとつ。 「ウタ」などの読み解きの方を重んじます。

場所の特定のこと、時代が相当の太古の部類に属することは困難な場合が多いです。
ヲシテ文献の各地の、いわゆる現在地考証は、困難な場合が多いです。

Hiougi

              <ヒアフキです。

               やっと、咲きました。8月4日>

                ・

さても、神社にしても、時代が変わると移転したりします。
また、政庁だったミヤの場合は、今で言えば「市役所」のような役割りですから、
行政区画が変われば、すでに用無しとなります。最近の平成の町村大合併でも、多くの町役場が不要になりました。 もうちょっと前でも、平安時代の頃の「国衙(こく が)」なんかも、跡地さへ不明なところも多くあります。
地震・津波・川筋の変化・海水面や湖水面の上がり下がりもありますから、人家も神社も長い時代変化で位置が大きく変わります。
そういう事情もあって、2000年やもっとそれ以上にもわたる長年月を遡っての現在地考証は複雑怪奇です。おおよその位置関係の把握には、意味合いもあるでしょうが、詳細についてはそれ程神経を尖らせて云々するのも疲れるばかりのような気もしないではありません。

Goma

             <ゴマのハナです>

通常は、一年に1mm地層が振り積もってきます。2000年経ったら、2000mm、つまり2mの地底にその時代は埋もれます。6000年だったら6mの地底です。
           ・         ・
それよりも、「ウタ」の読み取り方についての解明は、当時のお方様方のお気持ちを知る上で大きな意味があると思います。『ホツマで読むヤマトタケ物語』では、「ニイハリツ」のウタの読み取り方を、記紀などからの「幾晩寝ましたか?」の軽い意味だけではダメでしょう! と、主張する書籍にまとめました。
ヤマトタケさんの、あれ程の、あのお偉いお方が「幾晩寝ましたか?」だけの意味で、「ウタ」を陣内に回される訳がない。 と、その疑問に対する答えです。
くわしくは、『ホツマで読むヤマトタケ物語』をお読み願います。

10代アマキミのニニキネさんの事を意識なさったおウタだったのですね。初代スヘラギのタケヒトさん(神武天皇)の二朝廷並立時代の統一を込めたおウタだったのですね。

「ツツウタ(ツスウタ)」の関連のこともあります。
「ヒ・ミツのハラヒ」の事も関連しています。
現在地考証はサラッと流しましたのは、心の方に焦点を当てたい、と言う構成にしましたためです。

                ・

「ウタ」の読み取り方を重要視しますのは、

それこそが、わが文明の尊さの根幹に関わる重要な要点だからです。

Biwa

    <ビワの新芽です。

     ゴマもビワも、漢字国字化時代以降に渡来したものです。

     漢字・儒教・仏教も産業革命も、

     われわれは上手に使いこなしました。

     これが文明力ですね。 また、次の時代は創造してゆくのも、

     われわれに課せられた文明力のチカラです> 

後世の江戸時代などに、芋づる式にくっついて来る「場所伝承」は、さほど重要ではないためです。伝承発生の時代の特定も怪しげなるものは、要注意です。根拠のハッキリしない伝承ばかり並べても、「アヤしげければ…」とも言います。大切な「アヂ」の方を隠して見えなくしてしまい、かえって、本筋の理解への妨げにもなりかねません。

Atimiesu

わたくし達の、本当の主要テーマは、

わが文明の尊さの取り戻しです。

                ・

漢字国字化時代を遡らなくてはなりません。

何故ならば漢字以前の、ヲシテ時代にこそ、わが大文明の精華があるからです。

この故に、

漢字直訳は最も避けるべき要所です。

『古事記』に擦り寄るなんかは、言語道断のダメ路線です。

誤訳の成れの果てである『古事記』は、どう仕様もないヒドイものだと、

ちゃんと分からないでは、それこそ、困りものです。

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