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2013年7月27日 (土)

情況証拠と、根拠の違い

ヲシテ文献を真書とするわれわれには、 悲しいかな、抵抗勢力が多く居ます。

2000年近くにもなる積み重ねがありますので、仕方のない事です。

Mega

         <ミョウガです。ヲシテ文献には「メガ」と典拠があります>

そんな中で、仕事を進めなくてはなりませんから、

いろいろ気を遣うわけです。

                ・

それは、誰が見ても根拠であると、その事実からの組み立てを心掛けることです。

情況証拠を用いる際には、そんな事もあるかと、一歩引いての論拠にしなくてはなりません。

          ・          ・

記紀との比較対比からの、先行性確認は、根拠になります。

8世紀よりも古い時代にヲシテ文献の成立を確認できるからです。

神社関係での相似性については、『延喜式』記載の文面は、1000年を遡れるので根拠たり得ます。 ただ、『延喜式』の「神名帳」は神社名の羅列ですから、社名は根拠たり得ますが、その他の祭神名などの伝承関係は情況証拠のランクになります。

つまり、精密に論を起こす必要性が、我々にはありますので、状況証拠ばかり言ってはいけないのです。

根拠たり得る事実から、構築せねばなりません。

Kuwa

                  <クワの新芽です>

                ・

また、国語の原理にヲシテのイメージが強く作用していることも、

根拠たり得ます。

動詞の活用に内在しているヲシテの概念の事。

子音のヲシテの意味から、助詞の作用が働いていること。

などなど、これは根拠だと考えられます。

概説は『よみがえる日本語』(青木純雄、平岡憲人、明治書院、池田満監修)にて、公表しています。

           ・          ・ 

根拠と、状況証拠の違いを、よくよく意識なさって下さい。

何故ならば、

われわれは、記紀の原書が見つかったので、ヲシテ国学を構築してゆかねばならないと、志しているのです。

2013年7月23日 (火)

『誰も書かない中国進出企業の非常なる現実』(青木直人、祥伝社)のこと。

宮崎正弘さんの、

『習近平の断末魔の叫びが聞こえる 2013年後期の中国を予測する』 (WAC BUNKO) [新書] 宮崎正弘、石平

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