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2013年6月18日 (火)

三重県への転居の経緯(いきさつ)に付きまして

転居の成り行きなんて、あまりに、私的な事でありますが、

「池田 満」の名前は、同姓同名が多いので、区別のためにも、

ひとこと、ご説明しておこうと思い立ちました。

Nemu

                <ネムのキのハナが咲きました>

               ・

そのような、同姓同名さん対策のことですので、

大したことでは御座いませんので、

読み飛ばしのことを、どうか御願い申し上げます。

Kama

                <ガマのホです、これもハナです> 

        ・             ・

わたくしは、大阪の豊中市生まれです。育ちが兵庫県の川西市です。

父の出身地が大阪府の北部の端っこの豊能町でした。

父は兄弟(と言っても兄や姉ばかりです)7人の末っ子ですので、山間地から街へ出て来ていたのでした。

それで、わたくしは、豊中生まれです。豊中は豊能郡の中心という意味ですから、クニを跨いで出て来たほどのことでも有りませんでした。

                ・

三重県への転居になるようなきっかけは、当時、川西市の駅前で再開発が動き出しての事に端を発します。

その頃に、母が脊椎カリエス(後には、誤診で、骨粗しょう症と判明)として入院していて、来週にも脊椎の大手術をやるのだ。と、医者の説明でした。それを、「絶対に、手術はイヤだ!」と、母です。わたくしも気質を受け継いでますように、こうと思ったら、後には引きません。そこで、父は悩みまして、たまたま新聞広告の3行の小さな蘭に、「温泉別荘地・格安!」を見つけました。経営がちょっと上手くいってないような、そんな不動産屋さんでした。ほんとに、温泉水が出てるのかどうか? 電気の供給がホントに大丈夫なのか? 後日に見に行った私も不安でした。でも、かねてから、傷の治りが早い温泉だとの、強い憧れを父が抱いていた榊原温泉のその泉質と同じだ、と言うので、す。 父は、決断の人でした。現地に、既に即座に見に行って購入を決めて、ひと月でプレハブの家を建てまして、転地療養するからと、母を退院させました。

それで、1年もたったら、母はすっかり元気を取り戻しました。三重県に来て良かったでした、平穏な暮らしが20年ほどワラビ採りやらで楽しめました。

さて、父も、持病持ちでした。心臓の心拍の電気系統に乱れが有って、若い時から毎年のように発作の大騒ぎでした。それで、わたくしは、死への直面を小さな時から毎日のこととしていました。

生きるとは何か? を、小さい時から考えていたんでしょうね。

父の心臓の欠陥は、結局、ペース・メーカーを入れることに拠って、

やっと、収まりました。ですが、若い時から常服していた薬によって、

肝臓などの臓器に大きな負担となっていて、三重県移住から十年ほどで、

母よりも先に亡くなりました。

                  ・

そのような事情から三重県にご縁が出来ました。わたくしは三人兄弟で、長兄が母の連れ子、次兄が父の連れ子です。このような事情から、こちらに家を建ててくれるとの事で、わたくしは三重県転居となりました。当初は、大阪に勤めに通っていました。二時間はかかります。一年半ほどは通いましたが、終電に乗り遅れる事も多くありましての、そのような三重県転居の経緯でした。

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