2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近の記事

おすすめ

最近のコメント

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月31日 (火)

若い人に期待します。 本年のご共助の御礼と、明くる年には…、 。 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。  ストークスさん『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』のこと。      沼本克明さん『濁点の源流を探る』のこと。

先ほども、

若い、小学生の人が来て、

野の花を活けてあるのを見て、いたく、感動していました。

帰宅が日暮れ時になって、女房からの報告を聞いてのわたくしの感動でした。

フユ(冬)は日没が早いので、もう、野の花を採りに行くのは無理だと、

その残念そうなことだった、と、 この事に、 感動しました。

                   ・

われわれ、我が民族は、天地自然の中に恵みを受けて(享けて)、

「アメミヲヤ」の創造に感謝して、

その生活を、何千年もしてきたわけですね。

うるわしく。

Itukusimu_2

                    <いつくしむ こころはもとの

                     みをやかみ はつにいきふく

                     みなもとにこそ

                          平成25年12月31日

                                    池田 満>

やがて、縄文時代(明治以降の考古学によっての命名)の文化・文明の萌芽とともに、「やまと ことは」が徐々にゆっくりと形成されてきます。ヲシテの文字形は、天地自然の成り立ちに、その、哲学的な構成の発見を込めつつ積み重ねられて48音韻の「ヲシテ」に固まっていったものと推考されます。

さて、

48音韻の「ヲシテ」の成立。

http://woshite.com/page1.html

それも、何千年も前の事です。「縄文哲学」と表現するとシックリいくほどの精緻さがあります。そして、わが国語は「ヲシテ」48音韻からクリスタルのような極めて美しい言語構成が成り立っていました。動詞の活用の精緻な事! 江戸時代や明治期など言葉の構成の解明にずいぶん多くの顕学が挑みましたが、私の目には、ほとんど徒労に終わっていたように映ります。「ヲシテ」48音韻のそのイメージで、我が国語は基本構成が成されていたからです。http://www.zb.ztv.ne.jp/woshite/page24.htmつまり「ヲシテ」のイメージを知らずしては、我が国語の基本構成のロジックは解けなかったわけであると、言って良いのではあるまいかと思うわけです。

長い長い、回り道だったことです。

さて、

「ヲシテ」48音韻での根拠を据えての、我が国語の基本構成の解明の事ですね。じっくりあれこれやってます、詳細にやればやるほど本当に難解な事でございます。とにかくも、ここを先途とやってまいります。

旧年中は、ご助力の事を多く多く戴きまして本当に有り難う御座いました。

明くる年からも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

       

                  ・

 

ヘンリー・ストークスさんの『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)面白いです。

Photo

ストークスさんは、クエーカー教徒だそうでして、

主流のキリスト教から迫害を受けてきていたのだそうでした。

クエーカー教は、日本の漢字以前の伝統に近い感覚のようです。

世界は広いですね。

「産経新聞」の、Webで論説がありました。河村直哉さんです。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140101/waf14010104010003-n1.htm

  

                ・

今年はあれこれ年初から忙しくしてまして、

積んであった本の山から『濁点の源流を探る』(汲古書院)が出てきました。

汲古書院の年末カタログが来たりして…  。

Dakuten1

良くまとめて下さってます。

スキッとします。 ただ、ヲシテをまだ知らない沼本さんですから、その辺のあたりの事は、割り引きしてお読み下さいね。つまり、漢字国字化時代から以降での濁点の成り行きの事でして、国語の発生・成立の原初の時代から濁り音の発生のメカニズムやその意味についての解釈は、全くのところ、ひとつも当たっていません。  沼本さんの著書は、 漢字国字化時代以降に関しての限定で、「濁点」の歴史が解りやすいという意味の書籍です。

五十音図の事、少し触れられています。Gojyuuonnzu1

「五十音図」(ホントは、漢字国字化時代以前のヲシテ時代に歴史を遡及したら48音図だったのでした)の潜在的な存在を、平安時代ごろにも認める、私たちの考えと一致する常識的なレベルに至った人も、出てきたという事でしょうね。ちゃんとしての基礎の無いとこに、文化・文明は移入できるはずがありません。

詳しくは、直接に書籍をご覧願います。

何事も、漢字国字化時代以降の常識が、まだまだ世間では一般的のレベルですから、よくよく、ご配慮の事を。

でも、やっぱり、ちゃんとやってゆかねばしょうがありませんものね。

実は、『記紀原書ヲシテ』の上梓の際に、外二点の濁点を本文のヲシテの文章から除去しようかどうかと、随分と悩んだものでした。仮に、外二点の濁点を外してみたのですが、やっぱり、読み難いのです。朗誦するにも暗唱するにも、現段階では、外二点の濁点も残しといた方が使いやすいと、そう判断しまして、原写本で底本とした和仁估安聡の原文とおりに外二点の濁点も表記しました。

次回に、ヲシテ文献の根本教科書を刷る場合には、もっと、ヲシテ文献の成立時に遡っての雰囲気をプレスしたいですね。

わたくしの、たっての希望です。

その時代には、もう、紙ベースの書籍は終わってるかも知れませんですね。

時代の流れは、ますます、速いです。

 

今年は、本当に忙しかったでした。

正月休みも、そんなに有るような無いようなですが、

もうちょっと見ときたい書籍です、『濁点の源流を探る』は。

 

あしたは、生活費を得るための仕事です。

2013年12月27日 (金)

渡辺惣樹さん『日本開国』のこと。  「God」の訳語の事。      鳥居礼クンの亜流の人は、「五臓六腑」に直訳でOKと思ってる事。それこそが「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」そのものです。 この誤訳で、せっかくの真書が、偽書になっちゃうのです。だから、そんなおとしめされちゃ困る! と、言ってるのです。

「God」の訳語の事について考えますと、

ヲシテ文献の文章を、ペタッと現代漢字文への直訳の語弊がどう発生するか? のメカニズムが良く解ります。

ちょっと読んで面白い渡辺惣樹さんの『日本開国』を、ご紹介します。

Nihonnkaikoku1

渡辺惣樹さんは、アメリカ合衆国で生活していて、西海岸に砲台がずらりと並んでいるのを見て、ハタッと気が付いたのだそうです。つまり、当時の明治・大正・昭和初期のころのアメリカ合衆国では、我が国に対して非常に恐れをなしていたということを、です。

それから、いろいろ調べるうちに、多くの発見をなさったのです。

私たちは、何を大切にして、ゆくべきか?  

               ・

ここで一つ、

直訳についての問題が説明してありました。

Nihonnkaikoku2

異国の概念の言葉の「God(Deos)」を、我が国において適切に理解するにはどういう言葉が近いのか?

1549年(天文18年、戦国)のころ、ザビエルと日本人の「あんじろう」は、「God(Deos)」の訳語に「大日」を当てました。でも、「大日」では、仏教臭が強いので、ちょっと違うのかな? と、ザビエルは気が付くのでした。 訳語の問題についての試行錯誤が始まります。

時代が下って、1815年(文化12年、幕末)に、ロバート・モリソンは漢語訳の「聖書」を発行します。その際にも、「God(Deos)」をどう訳すか? モリソンもまだまだ悩んで、幾つもの案を検討してます。

Nihonnkaikoku3

くわしくは、『日本開国』(渡辺惣樹、草思社)をご覧下さい。

アメリカ合衆国の領土拡張の歴史や、ハワイの併合に関しての成り行きなど、いろいろ、参考になります。

                  ・

今、現代の日本語で、

「God」をどう訳すか?

本当の所、難しいはずなんですが、

それが、

逆の事で、

本来の「カミ」の我が国の言葉の概念が、大きく変容してしまって来て、

特に、明治の初期と敗戦後の変化が大きいのです。

あるいは、現代語の「神」をもって、 「God」に直訳語だと、

そのように思い込んでる人も多いものです。

              ・           ・

すなわち、

明治の初期に『古事記』を中心にした「皇国史観」が作られて、

「天御中主神」と、「God」との近接的な概念の寄り添いが起きました。

  (それはそのはずで、既に、8世紀ごろにはキリスト教の景教が我が国に入ってきていて、その影響下に『古事記』が作られたのですから。近い概念のはずは当たり前でした。だから、本来の「日本精神」とは、大きな異質性を持ってるのが『古事記』です。その、ちゃんとした翻訳前の原書のヲシテ文献が発見され・研究も此処まで進んだから、だから、『古事記』の世界観からは離れましょう! と、わたくしは、主張しています。)

その後に、敗戦後に特にです、

キリスト教の広まりが一般化するにつれて、

「神」の語と、「God」の概念がさらに近づいて来ました。

クリスマスなんて、キリスト教の人達だけのものだと思いますがね。

でも、

戦国時代にさかのぼってもそうですが、

「God」と、「神」の概念の違いは大きいものです。

「あんじろう」の「大日」訳は、結構いい線言ってると思います。

それ程の違いです。

さらに、

漢字国字化時代のまえの、ヲシテ時代にまでさかのぼると、

「God」と、

Kami1

の、カタカナで記しますと「カミ」ですが、

この、ふたつには大きな違いがあるのです。

ヲシテ文献での「カミ」の用例は、

その多くが祖先の偉人を指します。

また、後世で言う「国司」などの役職を指す「カミ」の言葉も多いです。

こういった意味で、「神」に当てると大誤訳になります。

さらに、

創世神としての「アメミヲヤ」についてを、「God」に直訳当て付けも大間違いです。なぜならば、「アメミヲヤ」は人格性が希薄でヒト(人類)のすべてを守るからです。 「God」には、人格性が濃厚です。ですから「God」の気に入らないと、人間なんて殲滅させられてしまうのです。

この意味で、「God」と、 我が国の漢字以前の「アメミヲヤ」とはイコールでは決して結べないのです。

大きな違いがあるのにペタッと当て付けするのでOKと思うのは、ザビエルに協力した「あんじろう」よりも、深い意味が解ってないという事です。

ひどい、ぺったと直訳の当て付けなど、枚挙に余りあることです。地方紙のコミュニティ・ペイパー(新聞)の人が来てましたが、直訳偽書の「秀真伝」との違いも判らないようでした。しょうがない、という事の事々でした。

本当に、我が国の尊さの事は、

詳しくは、拙著『縄文人のこころを旅する』(展望社)に述べてあります。さいわいに、今、増刷が出来上がってきたところです。今、アマゾンへも送りましたところです。(H25年12月27日の発送)  一両日中には、定価での供給が再開出来ます。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4885460980/qid=1138382977/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/250-7801055-6318633

Tabisuru                 

       <中古の本で、 定価より50%ほども高値に成っちゃってました>

                ・

つまり、

漢字以前の時代、本来の我が国の伝統に遡ると、

それは平安頃に成立してきた「神道」の以前に遡ってのことです、

そうしますと、

天地自然の恵みに対する感謝、それと、

祖先への感謝、先人の偉人への感謝が、主体のお祭りです。

これが、我が国の漢字以前のヲシテ時代の中期に、アマテルカミの頃にも遡る本当の伝統です。

「アメミヲヤ」は、常に守ってくれてるので、別段・特に祭祀する必要がないのです。キリスト教を信仰するのとは、大きく違うわけです。殲滅されては怖いので、それで、熱心に信仰するのですからね。たしかに拝みも大切な場合もあります。

ですが、我が国の伝統の事、漢字国字化時代以前のヲシテ時代においては、

その、祭祀の理念や方法など、キリスト者などからも、あれこれあれこれ言われるべき筋合いのものでは決して有り得ませんですね。

我が国の漢字国字化時代以前は、

つまるところ、の根幹の祭祀が、

天地自然への感謝と、祖先への感謝ですからね。

人格神としての無色透明の「アメミヲヤ」ですから、信仰するのもヘンなのです。

ちょっと考えて見て下さい、あなたの父母に、信仰しますか? たまには、申し訳なかったと贖罪の意味の手を合わせることはあっても、

本当の意味での、手を合わせるは、亡くなってしまってからの事ですよね。

「あー、 あの時、こうやってれば良かった!」 と。

誰しも、ひとつやふたつ、思い当たる事があるかと思います。

ヲシテ時代での「カミ」の言葉は、

祖先・先人たち・社会的なリーダーたち、の言葉が多くを占めています。

「アメミヲヤ」に関する用例は極めて少ないです。自然神の「カミ」の用例も少ないです。

要は、今現在の生活的感覚とあまり変わらないわけでして、

しもじもは、どうしても、怖いので、見えないものに恐れます。

ですが、

ちゃんと、理化学の探求の成果を勉強してる人たちは、今も・昔も、暗雲には捉えられてません。

西洋史的な把握の中世的な、世界には、そこは、距離を置きましょう!

と、

それは、アマテルカミのおこころと軌を一にしていると思います。

Awanouyamahi

ヲシテ時代の中期には、お正月のハツヒ(元旦)は、「アワのうやまひ」をするのでした。この用例の「アワ」は天地の恵みに感謝する意味ですね。

あるいは、モチ(満月、15日か・16日)にも「アワのうやまひ」をしたのかも知れませんね。

なお、平成26年の旧暦の元旦は、1月の31日になります。

H26gantan_2

            ・

アマテルカミの頃の、その、本来の伝統に遡及しよう、 と、

かねてから、

わたくしは主張しています。

  

せっかくの事に、奇跡的の事に、『古事記』『日本書紀』の本当の原書が発見され、ここまで、研究も進んできたのですよ!   少なくとも、もう、完全消去のように消されてしまう事もありませんですね。ここは、まあ納得のできるところです。もっと、先々に繋げてまいりましょう。国家を直し、我が民族の良さをさらに増して、世界にもさらに根幹からの貢献をしてゆくのが、こんなに素晴らしい祖先の文明を持ったわたくしたちの使命だと考えています。決して武力侵略などでは、有り得ませんですね「トのヲシヱ」なのです。相対しての総合的な幸せをコンポジットするのが「トのヲシヱ」の真実なのですからね。

此処の所の意味合いを「和の精神」と表現しても、この今風の事ですが、ちょっとそぐわないような感じに、と、私は思いつつあります。

「トのヲシヱ(トのヲシテ)」の精神を、やっぱり、今風にもうちょっと工夫して表現して、 これは! 良いな!  と、 はやらせたいですね。  これこそが、「ヲシテ国学」に初めてわかった、本来の「日本精神の神髄」であると。

  

  

何か良い、スパッとした、

表現できる言葉が、  あるまいか  と、  ? 

 

                    ・

  

なかなかに、良い理解に至ってきてくださった、千葉のある人に、

返事のメールを出しました。

掲載します。

Arumeru

「ねずみ男」のこと、詳細は、こちら。 代表選手は鳥居礼くんですね。その亜流の人なんかは、まだ「ヰ・クラ、ム・ワタ」と、「五臓六腑」の違いも解っちゃないのです!   ビックリですね!

「ヰ・クラ」は、目に見えないものの世界での事柄でなくっちゃ、17アヤは解けませんよ。

Yasukarasu

    

 

 

2013年12月23日 (月)

国民の幸せの事。 天皇陛下の尊さ。我が国柄のこと。  「いかに」・「いかん」の「か」とは、疑問の助詞の「か」であるべし。   「時代の旅人」のこと。

Kanamemoti

ご宝寿の御80歳のご傘寿に、

歩まれられておいででした、年月の映像をテレビで拝見させて戴いてました。

国民の幸せを思い、さらに、世界の平和を願ってのこと。

に、あらせられておいでの事。

ヲシテ時代の草期や中期のからの伝統のままに、

ずーっと、何千年も変わらない事を、

やはり感動を持って拝察させていただいておりました。

      <上の写真は、カナメモチの実です。自生種です。

       扇の要だからとの説もありますが、少々根拠は弱そうな、です。

       しっかりしたカナメとは、実は本当の所はモノ(物質)では無くて、

       精神であったり、目に見えないものであるべきだと思います>

 

            ・           ・

    

ヲシテ文献の研究から、ヲシテ国学の樹立を進めてますが、

長い長い路のりです。これをマトモな筋道に持ってゆくには、実に真面目に、急がば回れのことわざの通りに徹する事だと思います。

この意味で、Bebeさんの真面目な進め方はとっても良いと思います。

つまりの所、

ヲシテの文字も、ヲシテ文献の原文も読めない人を、いくらたくさん集めても、しょうがない訳でして、真面目に古典に向き合うには礼儀と言うものがあると思います。アマテルカミのお心に、ちゃんと、そぐわないとダメだと思いますのですね。 何故ならば、アマテルカミは、漢字なんて見たことも聞いたこともない時代のお方様です。時代がずっと違います。それで、漢字のフィルターを掛けたらおかしくなってしまうのが当然の帰着です。

アマテルカミのおこころを、そこに理解を至るとするには、ヲシテ文献の原字で原文をスラスラが、当たり前の事だと思います。幾らなんでも、この、ヲシテ文献に対しての原字・原文主義は、これを崩すことは出来かねます。アマテルカミのおこころを、少しでも知るわたくしとしての判断です。

要は、本当にまじめに我が文明の根源のルーツの光り輝やきについて、求めようとするのか?  の、  その心構えの事ですね。

やっとのことで、千何百年ぶりに、2000年近くもの以前のちゃんとした文献が発見されて、研究もこれほどに此処まで進んできているのに、 どうして? 放棄してしまって、よいものか? の事です。 他国の国籍の人などあぶない人たちが盛んにあれこれやってきますが、そうはゆきませんですね。もはや千年先にもちゃんとしたものを残すべきだと、わたくしはこの仕事をやり遂げます、もう、おおよその所の基礎の固めは終えています。

 

そして、さらに地道に研究を通してわかったことは、書籍などの時代を経るべき手段にゆだねて残してゆきます。

本当は、今に生きてる人々にお解かり下さることこそとは、そうは願ってはおりますが、難しい事情もありますので、後世に託すための手段が書籍です。

             ・        ・

 

Kuromame

      <旧11月の末のユミハリ(下弦)に、と、ちょっと早いですが、

       クロマメのお粥です。

       貝類はカキにしました。キクのハナがもうこれで最後になります。

       「くろまめ」の用例を下記にしめします。

       ヲシテ文字の読みはこちらにあります。http://woshite.com/code200_2.pdf

Kuromame3

               ・ 

さて、

我が国の国語の醸成期の事、つまり、ヲシテ時代の草期の頃の事ですが、

あれこれ、地道な努力を重ねてますと、いくつか発見が出てきます。

今日の明け方には、「イカン」の言葉のどういう成り立ちであったか?

の、ひとつの試案が見出せました。

Ikan1

Ikan2

「いかに」の用例個所です。

Ikani

つまり、

「いかん」の「か」とは、疑問の助詞の「か」であろう、とする考えです。

『大言海』大槻文彦さんも、この考えには、まだ至ってないようだったみたいです。

「いかん」の「か」の、疑問の助詞の「か」であろうとする考え方は、あれこれやってまして、今朝の明け方にひらめきました。

 

                    ・

 

わたくしは、ずっと何をやってるのかと、それは「時代の旅人」かな?

と、いうような事かと。

女房も、そうかも、似つかわしい表現のことかもと言ってました。

2013年12月21日 (土)

防災の事などに付きまして。 富士山の名前のゆかりに付きまして。

中央防災会議の発表など、地球の中の熱いコアの事を思います。

薄い地表が、常にゆっくりと動いているのですものね。

下の写真は、人工衛星の「アクア」からの画像です。カムチャッカ半島のクリュチェフスカヤ山(4750m)の噴煙です。もう、今回の噴火は収束だそうです。

Photo

「なかはふり」のおウタを思いだします。

7代スヘラギ(神武以降の天皇陛下)のフトニのキミ(孝霊天皇)の、

ハラミヤマ(富士山)への行幸の際にお詠みになられたおウタです。

最後の三行が、ワカのおウタです。

Photo_2

「なかはふり なかはわきつつ」(外二点の濁点は、伝承時代の付着物と考えると良いようです)

その時に、タゴのウラ(浦)の人が藤の花を捧げてきたのでした。

Photo_3

その、力強く伸びて、美しき香り良い花の「フシ(フジ)」or「フチ(フヂ)」に準えられて、

ハラミの山を「フシ(フジ)」or「フチ(フヂ)」と呼ぶ、新たな名をお付けになられたのでした。

仮名遣いの「フシ(フジ)」or「フチ(フヂ)」のどちらか?

そういう風に、どっちかでなくてはならないというよりも、

蔓の伸びゆくさまを強調したい際には「フシ(フジ)」と、

そして、花の麗しさを強く言いたい際には「フチ(フヂ)」と、

そのような感じで、言葉が音韻の意味にもっと活き活きしていたと考えると良いように思えます。

国語の源流からの活き活きさは、現代にも引き継がれています。

 

 

  さて、

上記の富士山の名称のゆかりの事、『古事記』にも『日本書紀』にも、

完全に削除されてた個所でした。富士山の事ですよ! 名称の由来の事を没にするなんて、とても、「国書」第一の資格はないと、わたくしはそのように思います。

『定本ホツマツタヱ』にて、一目比較が出来ます。

 

                ・

 

富士山の防災関係は、内閣府のものがあります。何かにつけて、備えあれば…  、です。

http://www.bousai.go.jp/kazan/fujisan-kyougikai/

さらに、最悪の災害発生にまでたまに起きることですが、予想もなされてます。

山体崩壊のセントヘレンズ山のような事も、無いとも限りません。

http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/Fuji/tokyoshinbun121031.html

http://www.kazan-g.sakura.ne.jp/J/koukai/04/3.pdf

2013年12月12日 (木)

「『古事記』ひどい」は、真面目に言って「その通り」であることです。 「古事記、ひどいひどい」に、ぬか喜びの事。

女房が出雲参拝に行って小袋を買って来てました。

荷物が多くて、ちょっと入れる袋を買ったそうでした。

何やら片づけていた女房が、

「『古事記』ひどい、  むりむり」  と、

Kojikihidoi

漫画で描いてあったのを見て、「ありゃま! へー!」と、

これは?!  と、女房が見つけたのその事で、

息せき切って階段を駆け上って言って来ました。

Kojikihidoimurimuri

わたくしも、これには笑顔が言わずとも、勿論の事にほころびますです。

ヘーッ と、 の、  そんな事ですね。

『古事記』一辺倒のおかしげ時流にあって、どうしたのか?

ひょっとして、マトモなのかも?  と、 希望的観測に、

さっそく、調べてみましたら、

今は便利になりましたですね、ネットの有意さの事はさまさまであります、です。

10年前とは大違いになりました。

ところが、この、

「『古事記』ひどい、  むりむり」 の出雲のこの人は、

布野さんと言うそうなのですが、

詳しく見ると『古事記』大好き人間の作の、だそうでした。残念な事です。  ホント、これは心底に残念なことですね。

どうでも、いやならいやと、好きなら好きと、明瞭にしたら誤解も生じませんですね。

『古事記』がいかにひどいものであるかどうか?

この、疑問に対して、

是か非か、良しと判断するか、悪しと判断するか?

   この二分の、分かれ目です。

わたくしは、『古事記』を最低の極めて俗悪な書物だと判断してます。

国史としては、当たり前の事に尊重すべきは『日本書紀』です。

先駆的な判断の出来得る人たちのレベルでは、『古事記』はもはや時代遅れの認識が当たり前ですね。

戦後には梅沢伊勢三先生もお出になられてます。

ただ、

『日本書紀』の漢字文への翻訳前の文献の発見があったから、こちらに、ちゃんと戻しましょうね。  と、わたくしは主張しているわけです。

詳しく述べますと、12代ヲシロワケ(景行天皇)さんの57年までは、『ホツマツタヱ』を正史並みに認定して、それ以降は従来通り『日本書紀』や『続日本紀』、『日本後紀』などと6国史に続きます。

           ・         ・

先駆的人々の間では、当たり前になりつつあるそんな状況を、布野さんなる人は、知る由もあるかあらないか? おそらくは、この事実に無知のレベルでしょうね、残念ながら  ね。

時流の先先の端を知らないような低くいレベルの事のコマーシャル的なフローで、

反語的にひどさを言ってるだけの、極めて単純レベルだそうでした。

それは、残念なことでしたです。

こんなひどいのが『古事記』だったのでして、最古?(もう、間違いだったことは証明されてます)の書物(わたくしの判断では、私小説的な低俗的読み物)だった。

常識的判断から、『古事記』の世界観はおかしいでしょう?!

どうして?

気が付かないのか?

ここに、気が付いて欲しいですね。

                ・

本当に我が国・わが民族、その大切な歴史を自分たちのわが民族として、当事者として我がものとして考えているのでしょうか?

 

         ・             ・

 

昔のことに、松本善之助先生にお供して巡った山陰の海岸線のあちこちには、もう30年も40年近くも前ですが、「不法入国者を見掛けたら通報して下さい!」のポスターが、あちこちに張られていました。 相当な数の不法密入国者が我が国に侵入して来ていたのでしょうね。6万人以上であると、数日前かに、現在の不法入国者数の人数をどこかで見掛けた記憶が近々の事にあります。

昔から、大陸や半島から、虎視眈々と我が国の事を利用しよう併呑してしまおうと画策され続け来ています よ  ね。 実は、ヲシテ時代の末期から、やられっぱなしに、やられてます。ヲシテ時代の終焉を迎えたのは、そのことが原因です。      現在での大問題の、 尖閣諸島問題では、ようやく、我が民族のわが国家のひとつの碇が何とか保全出来得たような、ホッとしています。結局は戦争を覚悟する意思をかためることも大切なのですね。そうしてはじめて、引き下がる相手もいます。そうしないと、とことん引き下がらないのです。あれこれ、やっと、負け惜しみを言いだしたようです ね。相手が相手の場合は、しょうがないわけです。チベットはもう、終わりつつありますものね。ドイツも口をふさぎましたような事にと…  、 です。本当に、残念なことです。ホントにそんなことでよいのでしょうかね? ウイグル族も大変です。結局は、我が国の事に付き、どう考えてゆくのか? が、長い目で問われます。今日・明日は良いですが、さて?  もっと先先の事は、どう展望しますか?  の事です。   新刊書の『日本人の恩を忘れた中国人・韓国人の「心の闇」: 呉善花(韓国)が黄文雄(台湾)、石平(中国)に直撃』(徳間書店)も、参考になると思います、是非、ご一読をお勧めしたいと思います。

近視眼的な近々の事も、大切です。それは、勿論の事そうですが、また大切なのが、長い巨視的な展望です。縄文からの建国とその理念とさらにその後に渡る尊き成しゆきの事が、そこにこそ得難い価値を見出すべきだと考えます。

                   ・

何はさて置き、「縄文建国」のこと、

現代人の日本人には、

初めての事でしょうね、この事実をはっきりと認識する事こそ!

と、

わたくしは、主張し続けてます。

私は、『古事記』のさらにさらに先行していた原書を発見・研究を此処まで進めているから、言える事です。

記紀との対比の『定本ホツマツタヱ』、

『ホツマ辞典』や『ホツマツタヱを読み解く』や、

『ミカサフミ』や『カクのフミ』の「フトマニ」なども書籍にして万世の未来に残るようにしました。

それだから、言える事でして、主張してます。

  

           ・             ・

 

だって、

マトモに読んでみて下さい、『古事記』の特に出雲山陰地方の関連記事の「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話などなど、ホント、正視に値しないような物語ばかりです。こんなのが、「日本」の大切な神話の中心に有る筈がない!  と、そのように、私なら感じます。

外国人の創作文の挿入事項が「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話などです。

それらは『古事記』だけに書かれていた、おかしげ記事だったのです。

記紀との原文比較で明瞭に解ります『定本ホツマツタヱ』を見て下さい。

「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話は、インチキのねつ造の挿入の記事です。

「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話などなどは、Chinaあたりからの帰化人の作り話です。韓国ドラマよろしく、わいろなどの横行が主体の事々でしか有り得ません。わいろ生活そのものですね。

そんな、偏価な程度の低いのがわが「日本民族」であるわけがない。  と、私は思いますですね。

この意味で 「古事記、ひどい  ムリムリ」  の見方は正鵠だという事でしょうね。

『古事記』特有の「因幡の白ウサギ」だとか「八上姫」とか「大国主」の話は、どうしても外国人的で汚らしいと思いますのです。

こんなひどい物語は、外国勢力に恣意的な汚染を及ぼされたからか?

そう考えてわたくしは判断します。

そう言う事です。

つまり、半島の人たちなどに、やられっぱなしに、やられてしまった挙句の果てが『古事記』なのです。

ちゃんと、もうちょっとマシな『日本書紀』があるのに… 、  何で? あんなヘンな『古事記』なーんか作っちゃうのか?  そこには、今も昔も、外国に媚を売る人いつでも居てるわけですね。

そもそもが、そもそものところ、

半島人や、大陸人たちの、嘘いっぱいに、

さらされ続けてきたのが、我が国・わが民族の1000年余りにも及ぶ錯誤の惑わされの時代でした。 その暗雲を一挙に吹き払うべきだと、私は考えます。

この意味で『古事記』の世界観はおかしい!  と、

主張して来ています。

少しは真面目な賛同者も、あってのことです。

先は長いことです。

焦らず、倦まなく、確実に。

です。

まだまあ先は長い事で御座います。

気長に  、真面目にと  、   です。

                  ・

そのような事でしたが、、

    深い「日本文明」の深奥には、ちょっとも、至ってないような事で、

   本当に、

残念ながら、

布野さんと言う人は、漢字文献しか知らなくて、そんなにもひどい記述内容の『古事記』が好きなんだそうでした。

あーっぁ、 毒されたのも知らないで 『古事記』のこころの人か?  ですね。

残念でした。

あーっぁ、  で、御座いましたです。

もう、話をする必要もひとつもないという事でしたでした。  またまた、残念・残念でした。 いつも・いつもの、ぬか喜びの巻でした。

2013年12月11日 (水)

ヲシテ時代の始めの頃から、普遍的なものを探り求めようとする、「縄文哲学」にも溯るわたくしたちのこころのルーツの事。

二極分化の考え方。
それは、対比を考えてゆく、分析の事ですね。

「見えるもの」「見えないもの」
そこから、「メ・ヲ」の分析が起きたのです。
「見えるもの」は、「メ」です。「見る」の動詞の活動態の意味もあります。
「見えないもの」は、「ヲ」です。落ち着き固まる究極の一つの中心でもあるのが「ヲ」です。

Mewo_2

    < 「メ・ヲ」の「ヲ」には、

      特殊ヲシテ文字の「中の横棒のタイプ」が良く使われます。

      「中の横棒」は「広がり・普遍性」を意味しているのかも知れません。

      そうしましたら、ヲシテ時代の草期に成立していたとも、推考出来そうです>

Wo_2

         <赤字の所はユニコードに当てはめた、従来文字の表示です。

          特に、当てはめに意味はありません。変換がしやすいことに、

          主眼を置きました>


このヲシテ時代の「メ・ヲ」の意味からしますと、後世の漢字での「陰陽」の考え方とは明らかに違うと言えます。

Tyano_3

     <チャの白い蕾です。丸くって。

         紫の実はムラサキシキブです>

「見えるもの」の、「メ」はさらに分化します。
「ミツ(液体)」と「ハニ(個体)」です。
また、
「見えないもの」の、「ヲ」は、二つに分化します。気体の状態のモノと、状態変化をもたらすものの分化です。

「ウツホ(気体)」の他の、

状態変化をもたらすモノは、さらに二つに分かれます。
「カセ(冷たいエネルギー)」と「ホ(温めるエネルギー)」です。

こうして、この5要素の、
「ウツホ(気体)」と、「カセ(冷たいエネルギー)」と「ホ(温めるエネルギー)」と、「ミツ(液体)」と「ハニ(個体)」に分化するのでした。

さらには、この5要素が国語音韻の「あ、い、う、え、お」にも対応して形造られていったのでした。動詞の活用の原理にもなってますから、発生時期は、「縄文時代」と考えて問題ありませんようなところですね。
ひらがなでは解りにくいのでヲシテ文字で表しましょう。

Aiueo

発声する際の口腔の形状にもぴったり準えられてもいます。
ここまで、見ますと、後世の漢字での「陰陽」の考え方とは明らかに違う事は、明白になります。

Tyano2_3

      <青い実はアフチのミです。

         チャの開きかけは、香りが強くあります。

           ツボミは「ウツホ」の「ア」。

           開きかけは「カセ」の「イ」。

           満開は「ホ」の「ウ」。

                 にも、似ています。

           「イとヤフレ」の用例が、

          『ミカサフミ ワカウタのアヤ』ワー079にあります。>

このように、わが「縄文文明」の起き来ったルーツには、分析して普遍的なミチを見い出そうとする心の趣が存在していたのではなかろうか?  と、推察するところです。
ミチなんですよね。普遍的なものを探り求めようとする、「縄文哲学」にも溯るわたくしたちのこころのルーツだと思います。

われわれの「縄文哲学」の時代からの「ミチ」の言葉・概念は、漢字で置き換えるとヘンになってしまいます。

Miti_2

ヲシテ時代の言葉の「ミチ」は、現代的表記にする場合、最低限でもカタカナ書きでしょうね。

              ・

 
そのような事もあって、わたくしは、用例の比較をして言葉の詳しい意味合いを見い出すことを常に行ってきました。おおよそ現代人に見てもらうべき用例および基本となるべき説明は、「年表」や「系図」などをセットして『ホツマ辞典』にまとめてあります。
さらにさらに、詳細に国語のヲシテ時代のその黎明期からの姿を、今にもこれからもズーッと求めてまいっておりまして、これからも延々たる仕事です。わが「縄文文明」の奥深さには、まだまだスゴイ価値があると見ております。我が国語の比類なき高度さに帰順して、さらに深く理解を進めるのが、正しい「ミチ」だと思っております。
用例数が100例ぐらいまでですと「用例比較」と表現して良いと思います。もっと、広範な比較になりますと、たとえば1000例を超えてくるようなですと、「語彙分析」とか「語彙解析」と言った表現の方が適切のように思われます。
用例の分析・解析をベースにして、そこから考慮を及ぼしてゆくわけですね。つまり、「作業」と「考慮」が二本立ての柱です。

どちらかと言いますと、「考慮」の方が、重要度のウェイトは大きいですね。

Nurute

          <日当たりの良い丘には、

              ヌルテが青青としていました>

 
          ・        ・

「よし・あし」の二極対比の言葉もありました。
「よし・あし」は5例の用例があります。

Yosiasi

2013年12月 3日 (火)

ヲシテ時代の語彙を直訳しての「言霊」では、どう言うように、おかしいか?    ヲシテ時代語の解析の事。  根拠を確認もしてない否定論は、お話にもならないのこと。「ヨナさん」の事。

ヲシテ文献に用例のある「コトタマ」は、1例だけです。

しかも、人物名としての「コトタマ」さんの事です。

Kototama

27アヤ39ページですね。

Huyunokawa

          <シツカ(静か)にササナミ、初冬の日差しです>

Kototama2

「コトタマ」さんが系図上の何処に位置するのか、残念ながら未詳です。

人物としての「コトタマ」さんを「言霊」に当てたら大誤訳です。

Otya2

         <お茶の花が、野に咲いてました。

                     良い香りです>

どう見ても、どう考えても、

人物の実際の、例えばわたくしでも死んでから「言霊」と言われたら気持ち悪いですよね。全然関係ないのに。

Otyanohana1

          <活けてみましたが、花は野にあるように、

             とは、

            そうは、うまくゆきません。

            サザンカと、下の赤い実はビナンカツラです> 

Jiseinokaki

            <自生種のカキのようです。

          ヲシテ文献に「カキ」の典拠が無いのが不思議です>

           ・         ・

 

一方で、「ネコヱ」のミチの詳細が明らかになりました。昨年から、今年の春に至る時でした。

昨年の暮れに新発見されたヲシテ文献の、

『ミカサフミ ワカウタのアヤ』において、詳しく細述がなされてありました。 アマテルカミのご親講にかかわる極めて貴重な論説です。

「ネコヱのミチ」とは、具体的に何を指すのか?

妹君のワカヒメさんに、諄々と解説をなさっておられます。

とっても貴重な内容です。

そこには、理知的で論理的な「ネコヱ」の原理が説かれています。

Aosagi1

             <アオサギがカメラに気付いて、

                     飛んで行きます。

                       感が良いです> 

            ・           ・

 

後世も後世の江戸時代や明治・大正期に流行した「言霊(コトダマ)」思想なんかのような薄っぺらいモノとは、原理からして違います。

ヲシテ時代中期の「ネコヱ」のミチは、まさに、高度です。

この意味で、ヲシテ時代の「ネコヱのミチ」を、「言霊」に当て付けしたら大間違いの大誤訳になるわけですね。 我が大文明に、泥を塗る行為が「言霊」当て付けです。

Sakuramomiti2

          <サクラのモミチ(紅葉)が、

              今年は特に美しいです>

 

         

 

                 ・

  

「カミ」のヲシテ時代語の解析は、ほぼ一か月掛けて大体目鼻が付きました。文章にまとめるには、まだまだ考察がうんと必要ですが。

分析作業においては、それの努力の事で、

パソコン活用の手法が解ってきました。

常に工夫を考えての事ですね。

今度は、国語文法の方面で、語彙解析作業を始めてます。

20000例程にもなろうかと、それは、パソコンさま様です。

地道な作業が、土台になります。イシスヱ(エ・礎石)ですね。

そのような、研究の成果から新概念がいろいろと生み出されてきました。

新概念を表すには、新造語が適切です。

「ヲシテ」の言葉はヲシテ時代にあったわけですが、

そこから「ヲシテ文献」の言葉を新たに作りました。

「記紀原書」の言葉もそうですね。

「二朝廷並立時代」の言葉も作りました。

ヲシテ時代の語彙は漢字国字化時代以降の言葉に直訳したらおかしいですから、十分に咀嚼してから、どう言い表したら現代人に誤解を招かないように出来るか? このあたりを、よくよく考えねばなりません。

Kuromojituki

          <クロモジのモミチです。

           数日前の写真です。

           今日はシモツキ(旧・11月)のツキタチ(新月・朔)。

           左上に、明け方の細いお月様です>

 

 

                ・

  

否定論を言うなら、

「ような」じゃ、話になりませんね。

何しろ、私たちはヲシテの漢字以前の根拠を、

きちっと世間に対して公表してます。

ホツマツタヱ真書派は、記紀とホツマツタヱを比較すると内容的に後者の方が古い( つまり原本)というよな主張を展開している。」(コピペです、ママ、イウヨナは太字にしました)

Hiteironnnoteireberu

上記の「いうよな(ような、の意味の誤植なんでしょうね、出身地の特有方言かも知れませんですね)」では、こちらのちゃんと提示している根拠を見てもないわけですからね。それでは、お話になんかなるもんじゃ、有り得ませんですね。

ワケも分からず、の、クレーム・オバサンを彷彿として、お隣の大統領はモンスター・オバサンの名をいよいよ冠たるモノとして頂戴しつつあるようですね。そう言えばキムヨナちゃんは、今度はあんなにも前の時より西欧諸国の選手たちからあれ程にも極端に避けられての嫌われずに済みますかね? 朝鮮半島の民族のイメージは、あの頃よりもズーッと悪化しちゃいましたからね。  恩を受けてもアタ(アダ・仇)で返すのが常識とは …  、  みんなわかっちゃったら、 もはや、 トホホ です。  みんなが、30m~50mの距離を置きますですね。全部が全部、マイナス発想の話では、いやになっちゃいます、 ですね。当たり前の事だと思います。「キムヨナ 嫌われ」の言葉で、検索してみて下さい。

どうもおかしいことですね。

我が国の、マトモな道筋とは、まったくもっての対極にありますね。

AFPも、真央さんと、羽生さんのトップ記事でした。

http://www.afpbb.com/articles/-/3004712

この、違いのこと、

真面目にやってゆこうとする、精神ですね、我が国の根幹の精神は。

未来にどうしてゆくか?  極めて大切な考慮の事柄は、ヲシテ文献からの解明によって初めて明らかになると、   わたくしは、考えて、そして、信じてます。

この、

本当の我が国の国学を再構築すべしとする、わたくしの志を、

いわれなく嗤う、この人を、匿名でもあるので「イウヨナ」から「ヨナさん」と仮に呼んでおこうと思います。

そう言う事ですね。

ちょっと違うのです。

そういうことです。

  

                  ・

  

こんなこと、

ソサノヲが、汚名を晴らすには、

相当の努力をしました。

ソサノヲの事、見習うと良いかも知れませんですね。

地にまで落ちた信頼を復旧するのは大変です。まずは、普通の会話のあいさつ程度の再開から始めねばなりません、ですね。あいさつ程度の再開が、始めでしょうが、そこからどうやって信頼の深いとこまで進めてゆけるか? 信頼関係の、大きくそこなってしまったら、復旧には、相当の努力が必要ですね。そんな複雑な対処方法など、いろいろな考え方など、ヲシテ文献の内には、タカラがいっぱいギュウギュウに入っています。

なぜならば、我が国は、初代クニトコタチさん以来の縄文建国以来の大文明国だからですね。

これを、ヲシテ国学の再構築を阻(はば)み阻(こば)もうとするのは、それは、こころの精神がヘンちくりんな「反日」だけの半島人か、それに類した人だからでしょうね。プラスの精神が全くの欠如の状態のこと、それは、病的と言うべきでしょうね。普通の日本人にも、このように考える人は、けっこう多くの割合での存在の事でもあります。それなど、残念にも、今も昔も、  です。

そこから、どうしても、  初代クニトコタチさんの、この尊き「トのヲシテ」の精神の通る時代に持ってゆきたいと念願しているわけです ね。アマテルカミのお志(こころざし)と同一の念です。

わたくしも、自らの行いの不手際・不適切だった事に、思いを馳せて、いつも常に常に反省してます。今度こそは、良く!  と。

そうは思ってても、なかなかそうはうまくゆかないのが、やっぱり、  現実なのですが …  。

  

            ・            ・

  

  (12月6日、朝の追記)

ラジオ体操をしてましたら、

小鳥のクロジちゃんがピアノに合わせて鳴いてました。http://migichan.miz.jp/torisounds02.html

いつもは、ちょろっと鳴くだけなのに、今日は元気でご機嫌でした。

第一体操の深呼吸まで、ちゃんと、チッチの伴奏をやってました。えらいものですね、と思いました。チッチのクロジちゃんと一緒でたのしいです。

昨日の、三日月を見て元気になったのでしょうか?

「ヨナさん」も、我が国の事、歴史観・国家観を持って欲しいものです ね。日本国の国籍があれば、  の事です、 が  。外国人に押し売りはできませんからね。    それと、感謝と自信ですね。誇りとまではゆかないまでも、 ですね。    

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »