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2013年11月14日 (木)

お火焚きのこと。 お花のこと『仙伝抄』。 ヌルテ(白膠木)の事、厩戸皇子(聖徳太子)についての不思議のこと。  ショウロのこと。

急に寒くなりました。

あれこれ忙しいこともあり、今年はうちのニワ(庭)でヌルテ(白膠木)を焚(た)きました。去年に切って乾かしてました。

Kanatuki1

ヌルテは、勢い良く燃えてのパチパチです。

一緒に燃やしたクワの枝とは、大違いでした。ヌルテは違います。

油分を多く蓄えてるのがヌルテですね。それで、ニスになる膠(にかわ)の意味の白膠木(しろ にかわ、素のにかわ)と漢字が当てられてのこと、「やまと ことは」では木材保護のニス(ヌルデ ウルシ)を塗る意味の「ヌリ テ」の名前ですね。

「ヌル テ」を焚く意味は、ヒトの身体の保護にと、

そういう意義になるのでしょうか?

焚いた炎の香りが身体に残ってます。

Nurute

寒くなってきた、カナツキ(カンナ、旧暦10月)に、

ヌルテを焚いて「モチヰ(しとぎモチ)」を施して、寒さ除(よ)けの病い払いをしたのがオホナムチだったのでした。

Kanatuki

  その伝統を受け継いでか、今、現在に京都では、新暦(西暦)11月に入ったら、京都盆地のあちこちでお火焚きがおこなわれています。

近々では、お粥の振る舞いの事が多いです。

http://www.e-kyoto.net/saiji2/610

Kanatuki2

ニワでの事で、うちもお粥にしました。 味付けは、シオ(塩)のひとつまみです。

温まりました。

「カミアリ」の用例を掲げます。

Kamiari

           ・      ・

サクラのモミチ(紅葉)も映えてきました。季節は、フユ(冬)です ね。

Sakuramomiti

               ・                  

トクサのボンボンが、揺れると胞子をたくさん振り撒きます。曲げられても曲がっても、トクサは、お元気ちゃんです。 

Kaki

      ツキのコも 強くおよびて

      トクサ穂の タネはけむりと

      カンナ ソヒ(11)のカ(日)

カキの自生種でしょうか? 甘くて美味しいです。直径は4cmほど。

              ・

それが、20年来毎日通ってる道の脇にあったのに、自生種のカキらしきを、なんと、今年になって初めて発見しました。モミチ(紅葉)の出具合も極めて繊細で複雑でうつくしいです。  花器は女房の作です。

気が付かないこととは、こんな事なのですね。 そんな事なのです。

Kaki3

               ・

ヲシテ文献研究では、

毎日毎日あれこれとなく、新しい考え方など発見の夜に昼にです。

           ・          ・

お火焚きで気になりました。

ヌルテの事で、思い出して気になりますのが、厩戸皇子(うまやどのみこ、聖徳太子)のヌルデ(白膠木)の話です。秋7月(西暦での9月ごろ)ですから、真っ赤な紅葉にはまだ至ってない頃です。

動乱の時代、崇峻天皇さんの即位前紀『日本書紀』の岩波版から引用します。

Nurute2

厩戸皇子のヌルテの事、何の意味だか?  まだ良く解らないでいます。

       ・       ・       ・

解らない事だらけです。

         

ビワのハナは、別物にて香り良くって、よく咲いてます。

Biwa2_2

ビワのハナの香りは、本当に良い匂いです。ハナ(鼻)もすうっとするような。

今抱えてる難問が、ちょっと、通ったような、

これが、ヨシ(OK)なら、スキッとするところです。

検証にまだまだ費やさねばなりません。

                 ・

タケのアオ ハ(青葉)の群がりが美しいです。Takemura

                  ・

お花のこと、

『群書類従』に『仙伝抄』が収録されてます。正編の19輯です。

序破急の事など、参考になります。お時間のある時など、ご覧下さい。

Sendenshou1

Sendenshou2

              ・           ・

ひょっとして、ショウロがあるかも?

で、

海岸を散策しました。

Syouro1

さわやかです。

Shouro2

完全防備で、ショウロ探索でした。

珍品は、そうは、容易く見つかる筈もありませんですね。

楽しみは来春の3月ごろか、 と    。

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コメント

厩戸皇子のヌリテの件、単に「ウルシ科のカチノキで仏像を作って勝ちを祈願した」とかではだめなのでしょうか?
ヲシテ文献、歴史勉強初心者で恐縮ですが。。。

 
 
 
        ・
その先の、と言うか、理由と言いますか、
なぜ? 「ヌルテ」なのか?
イクサに勝ったから「カチ」で、
それから「カチノキ」の名称が生じたわけですよね。
なぜ? 「ヌルテ」であったのか?
どうして、この樹である必要性があったのか? その理由が解らないと、厩戸皇子の気持ちも解りませんよね。
また、ひょっとしたらヲシテ文献にまで遡ることにも繋がれば、歴史の連続の例証にもなります。
もしも、あなたが厩戸皇子だったとしての事を、考えてみて下さい。どういう意味で「ヌルテ」を使ったのか?
その理由が解ってこそ、「百萬典経 日下の灯」たり得ます。つまり、今・現代に活かせることにつながると思いますのですね。
        ・
「シラカシ」の事も有ります。
ホ38-58(9824)
ホ39-29(10112)
この「シラカシ」であってこその何らかの理由があって、
そうしまして、遡っての「カシハラ」が良いと、定まったわけも、
「シラカシ」由来じゃないか? と、その理由も判明するのでは? ですから、その「シラカシ」であるべき理由が解らねばならないと思います。
「カシハラ」の用例は下記の所です。
ホ29-63(7768)
ホ29-67(7784)
ホ30-12(7837)
ホ31-1(7945)
ホ38-7(9623)

 
 
 
         ・
 
ご回答ありがとうございます。
返信が遅くなってしまい申し訳ありません。
『カチノキ』の名称、そりゃそうですよね。
とても短絡的な考えでした。
「ヌルテ」は柔らかいそうなので、形作り易かったのかも?とも思いますが、像を作るならもっと太い木の方がよい気がします。どうしてなのでしょうね。
「シラカシ」の件、原文で読んでみましたが、なんせまだ初心者で、読めない文字もあり、まだ文の解読に苦労している段階です。なのでゆっくりじっくり考えてみたいと思います。

  
 
 
        ・
ヲシテ文献は、2000年来に近い程の、新発見ですから、むつかしいです。
何しろ、従来にあった古語辞典はほとんど使いモノにならないし… です。
そんな事ですので、あせらず、じっくりと構えて下さいませ。
少し掘ったら、もう、其処は最前線ですから、 ね。
 
今日は、ヌルテの樹を切ってきました。だいぶ探したので、去年よりも倍以上にもストックが出来ました、年々生物的な活性は低下しますので、わたくしには年中行事はこれから特に必要となってきます。ここのところ、鏡を見たら、毛の無いこと。  でした。  本日の、多くのヌルテの枝の大収穫は、今後に向けて、毎年できるようにもなれば、さらに楽しみです。
これから、来年の「お火焚き」用にと、 一年かけて乾かします。
ヌルテはキリ(桐)程ではありませんが、柔らかい方に属しますね。そんなに太い樹は見たことありません。 それよりも、夏に切ったら、ひょっとすると、白い樹液が垂れてくるのかも知れません。今日、ヌルテをあちこち探して切ってて思いが至りました。そうなれば防御の意味で、白いヌルテ樹液は特に有効な感覚が有ったとすれば、納得が出来そうですね。厩戸皇子のお気持ちに付きまして。 タラタラ、白いニカワ(膠)のタラタラで、そんなようなヌルテ(白膠木)の像を額にくっ付けて祈願して全軍に宣言したら、大きなアドバルーンを上げた形に成り得ますですね。この意味なら、厩戸皇子の行為への、その後の人々の帰順の事も理解も何となく出来得ますね。
ヌルテは木材の守りの効力ありから、そこから一般化して、何でも守りにはヌルテこそ!  と。 
つまり、
防御一番のヌルテ白い樹液したたる仏像で、防御万全だと、そう宣言して人々を安心させた。  とすると、納得できそうです。 このような、筋道なら、万人納得の事になるのでは? わたくしの言いたいのは、こう言う事で、私がその場に居合わせて、そうなってゆくようにと、納得できるか? それが、ヘンならば、何処かにインチキが隠されてるのでは?
ここを、きっちりと疑いますですね。
  
来年の夏に確かめてみたいと思います。ヌルテの事は。忘れてたら、お知らせ下さい。

   
  
            ・ 
ありがとうございます。
やはり白い樹液がカギなのでしょうかね。
来年の夏の結果を楽しみにしています。

自分が同じ条件の同じ場所にいたとしたら
どうだったか?ということですね。
良くも悪くもは様々な脚色がなされている歴史書はたくさんあるのだろうと思います。

この件とは関係ない話ですが、池田先生解釈のホツマツタエのお話が、小学校の国語の教科書になればいいのにとつくづく思います。

      

          
       ・      ・
 
それは、お褒め下さいまして有り難うございます。
おそらく「大意」の解説文のことを、読まれたのだろうと思います。
あの「大意」の解説文は、初心の人にザラッと概略だけ説明の程度でした。解説の文中で、【未詳】と、しておいた言葉にも、いろいろ、言い出したらキリがありません。あーだろうか? こーだろうか?  など。
新発見の『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の紹介の新刊書に書きました解説の文でも詳しく述べましたが、ヲシテ文献の古い時代の文章では、幾重にも意味が深く織り込まれての記述がなされてます。ヲシテ時代の中期にも遡る文章には、本当に尊きモノを感じます。深い哲学的な意味合いまで説明するには、読み手の側にも理解度が相当に高度になっていなくては困難を極めます。「キツヲサネ」の説明などや、「トホカミヱヒタメ」哲学的な構成のようなあたりから詳しくやってては、日が暮れてしまいますからね。結局のところ、ヲシテ文字も読めなくては… 、  ですね。
そのような事情もありますから、あの入門程度の「大意」の解説文のことは、初心の部類とご理解下さい。わが、「縄文哲学」はもっともっと、本当に高度なものであったと言う事です。


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