2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

最近の記事

おすすめ

最近のコメント

フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« ヲシテ(ホツマ文字)の、グリグリの「ア」や「ワ」の文字形のこと | トップページ | サツキ(旧・5月)のサミタレ(梅雨)です。 »

2013年6月 6日 (木)

佐佐木信綱の「夏は来ぬ」の「忍び音 もらす」の語感に付きまして 

ホトトギスの声を、夜中に、朝に、またまた時知れずと、聞く毎に、

「忍び音 もらす」は、なんか変だと、

そう言うような思いに駆られました。

佐佐木信綱は、「日本歌学全書」や「校本万葉集」など、

お歌のこと、とても立派な業績を残して下さっています。


―追記―

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

「匂ひ」など関連語の事。

コメントが来ましたので、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での用例を追加してUP致します。

Nihohi

何しろ、『古事記』『日本書紀』の原書の発見が、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」ですから、

国語にせよ、わが国の歴史にせよ、

一のはじめのはじめの端緒からの再構築をしてゆかねばならないという事で御座います。

そんな事から、

漢字国字化時代の以前に遡った、本当の我が国の確かな所を、

明らかにしてゆきたいという事です。

単に、国語辞典や古語辞典を元として云々やるような感じを、

わたくしは、やって行く気もないわけです。

辞書って、それは、本当の原典の辿りから始まるので、

どうしても、二次文献のランクなのですよね。

わたくしたち、いうなれば「日本ヲシテ研究所」に集結する人達は、

一次文献に付いて、その解明作業を志している訳で御座いますから、

研究者のレベルに相当する訳で御座います。

あきらかに、違うんですよね。

一般のレベルとはですね。

 

ここのところが、

よく誤解されやすいですが、

この頃にては、だいぶ改善されつつある風潮にあります。

世間的にも、やっとこせで、御座います。

要するに、

辞書の元の重大な文献の、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」を発見して、

現代研究を50年来にやって来たので、

もう、

この成果をもとに、

わが国の「国学」を再構築にして、

現代の再興を果たしてゆきましょう!!

と、言う事になってきた訳で御座います。

本当の理解者は、

ホツマ文字が、つまり、正確には、「ヲシテ文字」が、

ちゃんと読み書き出来て、

幼稚園は卒業ですが。

そこのレベルに至っていない人たちが多いのが、

わたくしには、頭の痛い事で御座います。

みみタコなんですけれどもね。

わたくしには、

くちタコなんですけれど。

そのようなこともあって、

区別も、いやらしいのですが、

あからさまなことも、区別の事ですが、

やっぱりと、してゆかねばならないかと、

あなたさまのコメントを頂きまして、

痛感を致しました所が、今日の、

大きな利の勉強で御座いました。

区別を付けてゆけねばしょうがない!!

との、その判断の事で御座います。

有り難うございます。


 

今年は、5月7日に女房がホトトギスの初鳴きを聞きました!

ちょうどわたくしは出掛けていたので、

メモを大きく書いていて、知らせてくれました。

昼ごろ鳴いたとの事でした。

わたくしは、よく夜中にホトトギスの初鳴きを聞きます。

結構、女房は興奮していましたです。

―追記の終わり(平成30年5月16日)―

            ・

気になってしょうがないので、佐佐木信綱記念館に訪ねてみました。

Unohanakakine1

ヒメ・ウツギは垣根にして調度良いようです。

Unohana2

スタンダードのウツギは実がいっぱいでした。

共に、香りは有りません。匂うが如くの意味の「におう」の歌詞の意味のようです。

さて、

ホトトギスの忍び音は、和泉式部が「時鳥世に隠れたる忍び音をいつかは聞かん今日も過ぎなば」に初出のようです。

姿も見せないで鳴く夜中の初音を、みんな、当時の平安時代のヒトも毎夜徹夜して待ち焦がれてたようです。それで、思いの人のこと、その、ホトトギスの初音に掛けて詠んだのですね。

そう言った事情が、詳しく解ってきましたら、「もらす」の表現は、わたくしはちょっと引っかかるので御座いました。表面的の文学的にはとっても素晴らしくもしっくりにいく「もらす」の言葉です。

  ですがですね、何しろ、ホトトギスの初音は、帰ってきたぞ!  と、実際に聞きますと、ホトトギスは大宣言してるように、私には聞こえるからです。あのホトトの、ホトトギスの声をしょっちゅう耳にしたましたら、「もらす」ではねー? と、思う訳で御座います。

この「夏は来ぬ」の歌詞は、佐佐木信綱25歳の時の作詞だそうでして、

すでに、東京在住してからの10年余もの日々を過ぎた頃の作詞です。自筆の歌詞記録があると、楽しみにしてましたら、若いころの詞を、晩年になってから記録したものでした。作詞をした当時の筆記記録なら、 良いヒントが得られるか?  と、思ったのでしたが、残念でした。

当時の東京で、文京区で、はたしてホトトギスが鳴いていたのかどうか?

それが、わたくしには疑問点です。

いまや、京都の御所でも、ホトトギスは言うまでもなく、ウクイスさえも鳴き声を聞いたことないと、冷泉さんもおっしゃっておられました。時代は遷り変わりますですね。冷泉さんのご先祖の藤原定家卿は、「今日は、ホトトギスが鳴かなかった」とか、結構『明月記』にも気にしての記述があります。

平安時代の当時には、京の街中でもホトトギスが鳴いてようです。

                   ・

佐々木信綱さんのこと、

もう、明治時代の東京ですから、ずっと時代は今に近いです。

歌学は幼少の時からの、厳父の指導も有ってのことです。

信綱さんの6歳の際の、お歌もなかなかで、これは自筆のように拝見しました。

つまり、そう言うことですね、耳学問には長けてはいても、本質の本物のホトトギスの鳴き声に対しての、真の理解があったのか?

そう言うようなことの意味合いに於きまして、わたくしには疑問符が生じてます。

信綱は、ホトトギスの声を、朝に夕に、夜中にと、焦がれて聴いていたのかどうか?  ですね。

とは言え、「夏は来ぬ」の歌はとっても良いですね。

また、今も、ホトトギスが窓の外で騒いでます。

 

     -追記  H27,6,15-

 和泉式部のあの歌から、この「忍び音」の感覚は独り歩きをしてたようでした。

フツフツと思いは高まって鳴いてるのに、 世には、まだまだ忍んでゆかねばならぬ。今日からは、はれて!!  大っぴらに出来る。  そんな日を こそ!

諸事情のある、その忍びの事をホトトギスの世上に喩えたわけですね。

教えて下さいましたお方がありましたので、ここに、追記を致しました。

詳しくは、こちら → 『うたことば歳時記』「ほととぎすの忍び音」

     -追記 終わり-

                ・

加佐登カサト)神社にも、ヤマトタケさまの、伝、ご陵にも参拝して来ました。

サクラの実(さくらんぼ)が沢山実ってました。

Kasato3

Sakuranomi1

帰宅してから、昨夜の夜中に、難しい所の記述をなんとか完遂のお祝いに、

サクラのミで乾杯です。

女房は苦いと言ってましたが、

その分、わたくしが頂戴致しました。

アマノコヤネさんの、お気持ちに、ちょとでも近付きたいと思いますのでの事で御座います。

Sakuranomi

サクラは毒性は有りません。ちょっと苦くても大丈夫です。

             ・

アジサイは、毒性があります。

決してアジサイは、食べないで下さい!

Kasato2

加佐登神社の参道には、カエテ(楓)のトンボの実が綺麗でした。 

Kasato1_2

アジサイ(アチ・サキ)の綺麗な花もありました。

Atisaki1

この季節、白い花が多いです。

ホタルブクロはこちらではシロ(白)です。群馬の方では綺麗なピンクですね。

Hotaruhukuro

写真をほめられたので、調子に乗って、

いろいろ、UP致しました。

もうちょっと、良いカメラが必要かもしれません。

写した半分は使えないものでした。

とはいえ、大きなカメラだと、手軽には持って行けませんし、

微妙なとこですね。

わたくしは、歴史や物語の構築や、あるいは哲理の究明のほうが、本業なわけで御座いますので。

下手にも簡単便利が、そんな、カメラがあったら良いですね。

                  ・

ウメが、とっても良い香りでした。

完熟ウメが大好きで、香りが良いからですが、

早速漬けました。

当屋での食物は、日常が塩分不足気味ですので、

梅干しで塩分補給をしてます。このため、梅干しは塩分量を20~30%で漬けてます。

梅干しの右端は、煮干しの酢漬け・いわゆる「お・かしら」、左端は上等の川海苔です。

Mume1

麦秋の風景も、ひとつ。

Mugi1

この頃は、

ヲシテ文献に対しての真剣な私の取り組みに、

世間的にも、パンダよろしく、珍獣扱い的な事で、

遠方からも、顔でも見てみたいと、

お問い合わせがちょこちょこあります。

風向きも少し変わってきたというような所で御座いましょうか?

        ・          ・

とは、申しましても、

いくら何でも、私の著作をひとつも見てない人が…、   では?

そういう事でしたら、

こちらとしましても、何の用意のひとつも出来ませんから、

それは、

スレ違いのことのみですね。意味をひとつも成し得ないのですね。

それは、時間の無駄というものですね。

避けねばなりません。

当方も、それなりに忙しいわけですから、

お断りを申し上げねばなりませんですね。

すべて、「トのヲシヱ」に準拠して、わたくしは物事を進めてゆくようにしています。

« ヲシテ(ホツマ文字)の、グリグリの「ア」や「ワ」の文字形のこと | トップページ | サツキ(旧・5月)のサミタレ(梅雨)です。 »

コメント

「ほととぎすの忍び音」についてですが、これを正しく説明している辞書にお目にかかったことがありません。一般には、初声のこと理解されていますが、誤解です。古来、ほととぎすは五月の鳥と共通理解されていました。もちろん旧暦の五月です。しかし実際には旧暦四月には来てしまいます。そこで古人は、おおっぴらに鳴いてもよい五月になるまでは、相性のよいとされる橘や卯の花に隠れて、その時を待っている。だから旧暦四月にはこっそり鳴いていると、人間の都合で決めつけてしまったのです。ですから実際には押し殺して鳴くような鳴き方はしません。
 また「もらす」というのは、卯の花の垣根の目が粗いので、垣根の隙間から声が漏れてしまうということを言うのであって、ほととぎすが漏らすわけではありません。生態としてはほととぎすが卯の花を好むことはなく、鳩よりやや小さいほととぎすが卯の花の垣根に潜むこともあり得ません。あくまでも王朝時代以来の古人のほととぎす理解に基づいて作詞されたのであって、実際の生態とはかけ離れているのです。「うたことば歳時記」というブログの中に「ほととぎすの忍び音」について書かれています。

 
 
                    ・
   
拝復

「うたことば歳時記」の筆者のお方も、
良いところにお住まいですね。
http://blog.goo.ne.jp/mayanmilk3/e/b4e9c0fa2c50abe38165e9dfa9a85561
わたくしも、この数年は、
「うつけ」のように新暦5月に入ると気が気じゃなくなります。
今年は、5月10日の朝に聞きました。旧暦だと今年は弥生3月22日のことでした。
ホトトギスは、面白い鳥ですね。
鳴き声も、微妙にニュアンスが時によって違うように聞こえます。
「ほとと・ききす」と言ったり、「ほとときぎす!」と言ったり。
何か、人のように考えてるように思えてなりません。
わたくしにも。

「忍び音」のこと、
そういう事情ですか!
有り難う御座います。
氷解いたしました。

わたくしは、これまでヲシテ文献から、記紀・万葉あたりまでを、
主な守備範囲にしてきていましたので、
古今以降が、不得手の所が御座います。
これから、少しは見てゆかねばと、思いはしつつも、
希望のようにはまいりませず、進みが遅くてすみません。

『万葉集』にあれだけ沢山のウタが詠まれてるのに、
ヲシテ文献には、ホトトギスは出例がありません。
不思議な事です。
あれだけ面白い鳥だから、詠まずにはおれないようにも思えます。
ですが、不思議な事に、
私が三重県に移り住んで30年余ですが、
ホトトギスの声を認識し始めたのが15年ほど前からでした。
今でこそ、住宅も増えてきましたが、
もっと前には、樹木も多くて、
ホトトギスももっと鳴いていたはずだとは思うんですが、
不思議の不思議の事で御座います。

ご教示有り難う御座います。


なお、
卯の花の垣根の事ですが、
実際の品種は「ヒメウツギ」のようです。
葉が小さくて垣根に適している品種でした。
佐々木信綱記念館にて確認した事項です。
かなり目が詰まってる垣根になります。
匂いは花には無くて、「匂うが如く」のようです。


                     敬具

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ヲシテ(ホツマ文字)の、グリグリの「ア」や「ワ」の文字形のこと | トップページ | サツキ(旧・5月)のサミタレ(梅雨)です。 »