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2013年6月30日 (日)

ヲシテの文字も読めないで…。 ですね。 前よりマシでも、大して変わりませんですね。反省点を書いてれば、まだマシですがね。

古典は、やっぱり、原字原文を読めるようになってからのことですね。

他人の書いた現代解説は、あくまでも、参考程度にしか過ぎなくて、

原文に依拠しての議論しかマトモでは有りませんですね。

記紀の原書である、この、根拠について目を塞いで全く見もしないで、

原字での素読も出来もしないで、よう言うわ、と思います。

『定本ホツマツタヱ』を根拠にして議論をするようになれば、

ちょっとは進展でしょうかね?

同内容個所の精密な比較対比を、ちゃんとやってからですね。

お、話は、ですね。

               ・

わたくしも、思い違いや、解明の未だしの場合も多く御座います事で、申し訳なく、常々、反省してます。

その、申し訳ないの、この気持が有るか無いか? の事は、やっぱり、大きいと思います。

反省に次ぐ反省で、結局は、わたくしの場合には髪の毛が少なくなったと、そんな事かも知れません。

至らなかったら、すみませんと、

わたくしは、どうしても思いますです。

至らないことばっかりですから、 それで  … 、です。

         ・            ・   

また、

またのさらなる事で、

他の類例の個所の用例もちゃんと見て、ですね。

この当たりの事情は、

余りにもの当然自若の、

当たり前のことを、わたくしは、主張してると思いますが、 ね。

たとえば、29アヤでしたら、

28アヤも、30アヤも、当該個所について考えてからのことですね。

「ヤマアトカワ」の件は、もちろん、江戸での付け替え工事の以前のことですね。当然です。古い時代の「ヤマアトカワ」は「カワチクサカ」や「ヤオ」に行きやすい川筋です。それで、内湖のようなもののあった、弥生時代の推定図にピタッと合致するのですね。考古学は、ヲシテ文献をきちっと証明してくれるものですね。

見落とされ易いとこですが、「ヤオ」つまり、現代での八尾に相当します。ホ29-21にある用例です。渋川神社に参拝した昔を思い出します。当時、甲田先生もお会いはしたのだったのでしたが…。100歳超えまでは、ダメだったのでしょうか ね…。

さて、「ヤオ」のこと、

記紀にはブチッと翻訳削除個所です。

八尾は物部守屋と崇仏派との壮絶な戦闘が為されたほどの重要地点です。後には弓削の弓削道鏡の弓削の宮、称徳天皇の行幸もあらせられた重要地点です。

ヲシテ時代の晩期初頭でも、

「カワチ」の当時の中心地と考えられます。ホ29-21「ヤオ エ ヒク(ヤオに撤退する)」ですから。「カワチ」の典拠を掲げておきます。

Kawati

ホント、記紀はひどいものですね。『定本ホツマツタヱ』を引用しときます。ここでも、特に『古事記』の酷(ひど)さは際立ってますね。

28アヤも、30アヤも、他にもありますから当該個所は、見て下さいね。

H25016

H25017

H25018

『大日本地名辞書』も引いときます。

Yao

『式内社調査報告』も、ちょっとだけ、見ておきましょう。

大切なのは、記紀と一字一句も見逃さないで比較をする。

その、差異についてよくよく考えることです。

H25020

特に、漢字文献類は翻訳削除個所が多いものですから、

翻訳削除されなかった、大切な個所は、更に目を皿のようにしてよくよく考えるようにして下さい ね。

          ・        ・

「天の沼矛」関係だったら、「オノコロ」だったら、それは2アヤ、18アヤはもとよりのこと、23アヤも見なくちゃいけません。1ヶ所だけチラッと見ての云々は、直訳レベルと同然です。

新発見の『ミカサフミワカウタのアヤ』の、

『よみがえる縄文時代イサナギ・イサナミのこころ』で、詳説しときました。

ヲシテ文献の研究は日進月歩で進んでいてて、

『よみがえる日本語』もちゃんと読んでからのことですね。  だと思います。

               ・

「花押」のことは、勿論、後世にくっ付いてきたものだと、

わたくしは判断してます。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-1d37.html

外二点濁点も、後世にくっ付いてきたものだと判断してます。この事は、幾らかは賛同者も現れ始めました。

「モトアケ(フトマニ図)」の円形表現も、後世にくっ付けられたものではあるまいか?  と、疑問を呈してます。 まだ、この是非について、何にも反応なしですが…。わたくしは、「モトアケ」の円形表現は、江戸頃の付着物であろうか? と、かつてから思ってますが、証拠となるものの提示には至っていません。

要するに、

ヲシテ文献は、消え入る寸前で奇跡的に残った文献でした。

伝承時代に多くの付着物があり、誤写も、さらには虫食いなどの欠損を補っての好意的な付着物もあります。

それらを、綺麗に除染しながら、ヲシテ時代の中期には遡りたいと、日夜作業を続けています。 放射能物質の除染と同様でして、ヲシテ時代への遡及は困難なことの連続です。直訳偽書「秀真伝(しゅうしんでん)」のレベルの人達が変テコな当て付けをやってますが、それは、無視して下さい。ヲシテ文字も読めないような人が言ってることは、偽書作りに過ぎません。直訳「鏑ホツマ」も直訳「千葉ホツマ」も酷くて、ヲシテ文字の形状も稚拙で、ミスプリも多すぎて、直訳文も何ともならないグチャグチャレベルですね。

信頼出来るのは、「日本ヲシテ研究所」の欄に推奨書籍として掲げています。

『ホツマ辞典』を例証に上げるのは良いですが、

用例個所位置を添記してますから、ちゃんと、原文に当って見てからにして下さいませね。その為に、用例個所の位置表示をしてます。

           ・            ・

時代把握のこと、

ヲシテ時代の草期は、襲名の時代です。

近世や現代でも、噺家や歌舞伎にも残ってますし、

富士山の御師でもやっぱり同じで、「本庄采女」や「小澤隼人」の名称で何代も世襲襲名してます。

つまり、初代クニトコタチさんも、2代目クニサツチさんも、

何代にもわたっての世襲名と言えますです。

Photo

富士山の噴火は、多く繰り返されてます。

近々では宝永噴火でした。

フトニのキミ(7代、孝霊天皇)の25年に、「500年前に噴火があった」の記事が見えます。500年かどうか、大体の年数だとは思いますが、そのようなことで、遠くニニキネさんの頃の地形とは変化があったはずです。湖の形状や数なども含めて、ハッキリ解っては居ません。火山噴火だけでなくて、地震でも、大雨での洪水でも、自然崩落でも、地形は変わります。先年の静岡のガケで崩落が起きての事件でも、現代ならではの河川バイパス工事をやったから、現状の維持は現代には出来ましたけど、500年前だったら、堰き止め湖ができて、川筋は変わったはずです。 重ねて言いますが、地形はしょっちゅう変わるものです。

Huji

オキツヒコの時代は、初代クニトコタチさんと、同一世代か、もっと古い時代です。考古学の研究も日進月歩ですから、単純当てはめしても、無意味なことが多いと思います。三方五湖のこと、新しいニュースがあります。

http://www.asahi.com/science/intro/TKY201210180720.html

http://www.tonbonome.net/index.php?page=local_022

                ・

ヲシテ文献の根拠は、記紀の原書であることです。

伝承時代には、付着物が付いてきてますので、綺麗に除染してゆかねばなりません。代表例は「外二点濁点」と「花押」ですね。

『古事記』だって誤写は当然あります。「沼矛」の漢字は、最古の写本の真福寺本には「治矛」と書かれてますよ!

『古事記』にも、伝承時代での誤写はあり、ちゃんと文献成立時にまで遡及を試みていって除染すべきですね。わたくしは、『校本古事記』(昭和40年、古事記学会編、続群書類従完成会)を持ってて、見て言ってます。

原文尊重と、それは、原写本の尊重にも繋がるわけでして、

オリジナルのこと、過去に記した文章もありました。ご参考まで。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-0db8.html

2013年6月26日 (水)

中日文化センターの講座のこと、7月から半年間です。「縄文人のこころを旅する 「ホツマツタヱ」を読み解く」

- 6月21日、追記 -

お申し込み23人になったとの事でした。

有り難う御座います。

準備にかかります。

Hinokinomi

           <ヒノキのミです。

            ニニキネさんは、ヒノキのタネ、

            スギのタネを植えるようにと、

            おっしゃいました>

Hisugi

 

               ・

講座を開いてみては?   と、お誘いがありました。

ご担当の方が、真面目そうでしたので、一度、試みることにしました。

何が真面目だと言うかは、それは、ただ一点です。

記紀の原書である、このこと、最大の要点に思いの至ることです。

つまり、記紀原書としての位置づけを、解ってからの話なのか? 真書としての認識があるのかどうか?

そうではなくて、偽書の神代文字と同列認識なのかどうか?  の差のことです。

2

pdf woshite.com/tyuunitibunnka1

受け付けは、5月29日(2013)からと、いうことでした。

http://www.chunichi-culture.com/mgcgi/mgrqcgi.cgi?APPNAME=BunWeb&PRGNAME=kouza_shin_02

Tyuunibunnkasennta_2

偽書に、間違われ易かったのが、

40年来のことでした。中日文化センターさんの表現も、うまく、修正して頂けました。偽書に貶められやすいので、わたくしは気を使ってます。

記紀の原書ですよ、 と言う事が、

なかなか、真実に解ってもらい難いので難渋してます。

なぜ? そうなのか?

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」の跋扈も原因してます。

また、現代研究の開始からの初期は、解明作業も未だしの所もありました。

でも、『ホツマ辞典』『定本ホツマツタヱ』『ホツマツタヱを読み解く』、さらに『よみがえる日本語』の刊行の後には、

Chinaかぶれや、インドかぶれの、抵抗勢力はもう、拠るべき根拠はひとつとして無いわけですね。

そんな迷妄の人々の事は、過去のものとして置いときましょう。

Photo_2   

pdf woshite.com/tyuunitibunnka2

特に難しい、新発見の『ミカサフミ ワカウタのアヤ』の事など、

我が国の縄文時代からの長い本来の伝統について、

いわゆる「縄文哲学」の深い内容にも、

最終回の12月に至るまで、じっくりと説明して、書籍だけでは分かり難い面も、

ご案内出来れば良いかと思っています。

我が国のこと、

これからどうやってゆくか? 縄文建国にまで、腰を据えての見直しを、

きちっとやってゆかねばならない、と、考えております。

                ・

ジューンベリーの実が色付いてました。

Photo

   

  

  - 追記 -

募集の日程が近付いて来ましたので、

再掲いたします。

   

 - 6月4日 追記 -

おかげさま! もう既に、11名のお申し込みがありました。

最少挙行人数に達しました。有難う御座います。

開講のこと開催OKになりましたです。

中日文化センターさんからの開講の話を伺いました最初の際、果たして最少挙行のお申し込みがあるのかどうか?

 と、気を揉んで心配しておりました。

時代の流れなのでしょうかね?

本当の、この尊いわが大文明のこと、

その真相についての、真摯な求めの気持ちですね。

  

  

2013年6月25日 (火)

メールが消えてました。 6月20日から、6月24日まで。

なぜか?

メールの不具合でした。

6月20日~6月24日までの間は、

迷惑メールも入ってませんでした。

全部が消えていたようでした。

今、復旧したようです。

恐れ入りますが、

この間のメールは再送信願いたく存じます。

        ・      ・

メールのオカシイ際は、コメント欄に記入して下さい。

手紙やハガキが信頼性のことなど、優れていますね。

           ・

開封の確認メッセージを、

要求するような設定に、変更しました。

メール着の確認が可能になるようです。

2013年6月18日 (火)

三重県への転居の経緯(いきさつ)に付きまして

転居の成り行きなんて、あまりに、私的な事でありますが、

「池田 満」の名前は、同姓同名が多いので、区別のためにも、

ひとこと、ご説明しておこうと思い立ちました。

Nemu

                <ネムのキのハナが咲きました>

               ・

そのような、同姓同名さん対策のことですので、

大したことでは御座いませんので、

読み飛ばしのことを、どうか御願い申し上げます。

Kama

                <ガマのホです、これもハナです> 

        ・             ・

わたくしは、大阪の豊中市生まれです。育ちが兵庫県の川西市です。

父の出身地が大阪府の北部の端っこの豊能町でした。

父は兄弟(と言っても兄や姉ばかりです)7人の末っ子ですので、山間地から街へ出て来ていたのでした。

それで、わたくしは、豊中生まれです。豊中は豊能郡の中心という意味ですから、クニを跨いで出て来たほどのことでも有りませんでした。

                ・

三重県への転居になるようなきっかけは、当時、川西市の駅前で再開発が動き出しての事に端を発します。

その頃に、母が脊椎カリエス(後には、誤診で、骨粗しょう症と判明)として入院していて、来週にも脊椎の大手術をやるのだ。と、医者の説明でした。それを、「絶対に、手術はイヤだ!」と、母です。わたくしも気質を受け継いでますように、こうと思ったら、後には引きません。そこで、父は悩みまして、たまたま新聞広告の3行の小さな蘭に、「温泉別荘地・格安!」を見つけました。経営がちょっと上手くいってないような、そんな不動産屋さんでした。ほんとに、温泉水が出てるのかどうか? 電気の供給がホントに大丈夫なのか? 後日に見に行った私も不安でした。でも、かねてから、傷の治りが早い温泉だとの、強い憧れを父が抱いていた榊原温泉のその泉質と同じだ、と言うので、す。 父は、決断の人でした。現地に、既に即座に見に行って購入を決めて、ひと月でプレハブの家を建てまして、転地療養するからと、母を退院させました。

それで、1年もたったら、母はすっかり元気を取り戻しました。三重県に来て良かったでした、平穏な暮らしが20年ほどワラビ採りやらで楽しめました。

さて、父も、持病持ちでした。心臓の心拍の電気系統に乱れが有って、若い時から毎年のように発作の大騒ぎでした。それで、わたくしは、死への直面を小さな時から毎日のこととしていました。

生きるとは何か? を、小さい時から考えていたんでしょうね。

父の心臓の欠陥は、結局、ペース・メーカーを入れることに拠って、

やっと、収まりました。ですが、若い時から常服していた薬によって、

肝臓などの臓器に大きな負担となっていて、三重県移住から十年ほどで、

母よりも先に亡くなりました。

                  ・

そのような事情から三重県にご縁が出来ました。わたくしは三人兄弟で、長兄が母の連れ子、次兄が父の連れ子です。このような事情から、こちらに家を建ててくれるとの事で、わたくしは三重県転居となりました。当初は、大阪に勤めに通っていました。二時間はかかります。一年半ほどは通いましたが、終電に乗り遅れる事も多くありましての、そのような三重県転居の経緯でした。

2013年6月12日 (水)

ヲシテ(ホツマ文字)の「ガ」や「カ」の使い分けのこと。 「カガミ」と、助詞の「ガ」、疑問詞の「カ」につきまして。

「カガミ」の言葉には、ヒゲニョロ濁点が多くの用例で使われてます。

Kagami1

Kagami2

Kagami3

Kagami4

中一点の「ガ」の特殊文字も少数例はありました。

                  ・

助詞の「ガ」には、ヒゲニョロも、中一点の濁点も多く使われています。

Ga1_3

用例が多いので、例数だけ掲げました。

中一点の「ガ」も多いですが、

ヒゲニョロ「ガ」も多いですね。

Biwa1

この、助詞の「ガ」の場合で、ヒゲニョロなど、よく考えるべきは、

単に助詞の意味だけでなくて、良くない意味の「ガ」を掛けて表現されている例が多く有ることです。

例えば、ソサノヲへの、ムカツヒメさんからの特赦のおウタです。

Ga2_2

オサノヲ「ガ」の、「ガ」は、ツミ(罪)の意味も含まれていますね。

それで、単純区別はなじまないのです。

原理からの考察が有効でしょうね。

濁点の意味合いは何かと、

本質について考えますと、ヲシテ(ホツマ文字)の構成要素の逆意ではあるまいか? と、思いが至ってきます。

中一点の「ガ」ですと、子音の逆意を表す。つまり、「カ行」の子音の縦棒の意味の「繋(つな)がる、来る、行き来する」の逆意で、「繋(つな)がらない、来ない、行き来出来ない」の意味です。

疑問詞の「カ」は、「繋がって、茫洋とする」の意味なのに、文章がそこでブチッと切れるので、次に繋げて下さいと、意味提起が起きて疑問文になります。

順接の助詞の「ガ」は、子音の逆意だけですから、縦棒のイメージの逆意で「繋がらない、行き来出来ない、茫洋とする」で、順接的な所属の意味になります。

良くない意味、暗い意味のヒゲニョロ「ガ」は、子音と母音のダブルの逆意になりますから、「繋がらない、来ない、ウツホも無い」でヲシテの意味が現れます。空気を遮断したら、嫌気性の真っ黒な状態になって来ますね。ヒゲニョロ「ガ」の状態です。

                 ・

疑問詞の「カ」の、どうしてそうなるか?

原理の発見は、ゾクゾクものでした。

青木さん、平岡さん、斯波さんとのグループで発見されました。

ヲシテで、疑問詞のナゾが氷解したのです。

国語史に残る大発見だと思います。

          ・               ・

だから、

ヲシテ(ホツマ文字)でやらなくっちゃ!  なのです。

わが国語の本当の再構築は、ヲシテからです。

と、言う意味は、此処にもありますね。 

ヲシテの読み書きは、アマテルカミのお望みになられることだと思います。

そして、その逆意は、ヲシテの読み書きから逃げることは、

アマテルカミのお望みになられない事だと、わたくしは拝察致します。

                                          /

  

つまり、

こういうことも言えると思います。

Tokusa

    <トクサです。研ぎ草の意味のようです。

       お鍋を焦がした時に、太くてしっかりなので重宝してます。

       桐箱の研ぎ削りにもとっても良好で、いつも良く使ってます。

       溥泉さん探索で、奈良の柿本人麿ゆかりの奈良探訪時に

       http://ed.city.tenri.nara.jp/ichinomoto-el/index.cfm/1,2247,28,html 

       縁あって頂いたトクサで、大切にしてます>

記紀の原書だと、根拠もはっきりと提示して公開してますのに、

『定本ホツマツタヱ』も見ないで、『ホツマ辞典』も見ないで、

『ホツマツタヱを読み解く』や『よみがえる日本語』も見ないで、

直訳本の現代製造偽書(直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」)を、またまた偽書製造して出版する人も人です。

また、そんな程度の低いものをチラッと見だけで偽書当て付けのウリウリ本を書く人も人ですね。土台からして、ヲシテを一文字も満足に読めもしないのに、よう 言うわ?! 。 ですね。 それらの人達はですね。ヲシテも読めないで、何をか言わんやです。記紀との比較も、見たこと無いのに、よう言うわ!!  ですね。 さらに時代遡及としての当時の文字のヲシテも読めないで、何を解るか?です。  まったくのところ、彼ら達は、何か違う動機からの確信犯的事例ですね。ねずみ男の書いたものだけを標的にするのですね。直訳偽書を以って、槍玉に挙げる、余りにものひどさの低俗さです。折角に発見された記紀の原書、なのに、どうして覆い隠そうとするか? 真実を、我が国の大文明を解き明かそうと、真実のまごころが、彼らには、そんなものはどこかに行っちゃってるのでしょうね。国籍、民族や、国家意識として、なに人(じん)なのでしょうか?  ね。 ひょっとすると、Chinaか?インド人?かも知れません。

記紀の原書であると、根拠も、論証の根拠も掲げて公表してます。

もはや、直訳本の現代製造偽書(直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」)当て付けのウソ逃げでは、もうそろそろ、無理な段階に来てるでしょうね。世間的なことはそれとして。同じ時代に生きを得ていての隣人として、気になります。可哀想ですね。それは良心のことです。それが、気に掛かってしまいます。

そんな事で、と、あの、アマテルカミに本当に申し訳ないと、そんな良心の呵責が起きないのか?

わたくしには不思議で不思議で、ホントに不思議でなりませんです。

アマテルカミに対して、どう言う気持ちで裏切れるのか?  わたくしには絶対疑問です。

私だったら、夜中に何回も魘(うな)されて、とても熟睡なんて出来ませんね! どうしても、わたくしはアマテルカミを裏切るなんて、できません。

Sakuraha

                            <サクラのハ(葉)です> 

そうでもないような、

そんな人達は、ヤッタラに残念ながら多く居ますようですので、ご注意のことを、よくよくお願い申し上げねばならないと思います。本当に残念なことです。

それは、単に理解不足と言うだけの事かもしれませんが…。  ご気楽的なちょっとした親切が、クニ(国家)の尊厳を売ってる行為だとは、中々気付きませんですが、1500年来の誤った固定観念・大間違いの常識でした。気が付くのも難しいですが、哀れなことですよね。アマテルカミのお使いだった何千年来の伝統のヲシテ文字を忘れて、せっかく発見されたのにも、今現在もまた忘却したいと、思い込んでる哀れさです。

とは言え、

そんな逃げの考え方が、わが大文明をChinaにインドに二束三文で叩き売ってる、事実は曲げられません。

 

わたくしは、厳しく言ってるわけでは有りません。

淡々と事実の提示をしているのみだと思っています。

それと、本来のわが文明に恋い焦がれていての事で御座います。

Sinanoki

                 <セイヨウ・シナノキ(菩提樹とも言います)

                  ハナは高貴な良い香りがします。

                  我が国のシナノキと近隣種です。

                  信州のシナノの名称はシナノキからの説が有力です。

                  上等のヌノ(布)の材料ですね。租庸調の当時の税金でもあります。

                  ヲシテ時代の「タクハタ」の材料かも知れません

シナノの名称はヲシテ時代から有る立派なものです。

Sinano

オモイカネさんの時、アマテルカミの当時にもちゃんと実在した名称です。

                     ・

タクハタ・チチヒメさまの事。9代アマカミのオシホミミさまのご正室に入られた高貴なお方さまです。

上等ヌノの織手の名人としての讃え名なのでしょうね。みなみなさま、ちゃんと、お仕事をなさったおいでであられます。神憑りでは、決して、そのような事では御座いませんですね。

Takuhata

 今でも、冷泉家の乞巧奠(きっこうてん)にも、五色の布が供えられます。

http://nitinitikorekoujitu.at.webry.info/200911/article_2.html

カヂ(梶)の葉には切れ込みの少ないのもあれば、

3葉にも見えるほどに、切れ込みの多い品種もあります。

個体差が多いことは、原生種としての歴史が相当に長いことだと思います。

サクラでも、この事は同様です。モモでも日本固有種のその個体差のバラエティに富んでいることを、再認識するのは、これぞ、植物学者にとっても我が国の尊厳確立の第一歩だと思います。

http://www.geocities.jp/ura_kyoto_matsuri/sub142.html

索餅も、ヒサシ貸したら…で、

元々は「マガリモチ」「フトマガリ」であった、そこからの変形ですね。

タナハタと、同様ですね。牽牛織女なーんてホントにひどい話ですね。

ゴマンと同様事例があります、これを正すのも立派な分野になるでしょうね。

2013年6月11日 (火)

「こころを整えること」、「カガミ」の意味を、現代に説いて居られます立派なお方が居られました。 『「気づき」の幸せ』(木村藤子、小学館)

女房が、テレビのこの番組を見たいと、  で、

それで、木村藤子さんを知りました。

早速、著書を取り寄せました。

『「気づき」の幸せ』(木村藤子、小学館)を読みました。それで、現代のこと、喫緊に重要だと思いました。

『ホツマツタヱ』のアヤもアヤもアヤも、あの難しい17アヤも28アヤもです、

現代を知ってこそ、良く解ると思いました。今への対応・直し方もですね。

ヒトは、昔も今も、1万年来はおおよそほとんど同様だと思います。

「カガミ」がどうして必要か?   ですね。

どうしても必要な理由をです。

H25015

相談者の90%以上は、本人のこころの間違いから問題が起こっていると、

透視したら、そう言うような事だとの木村藤子さんの報告です。

除霊をすべしの事例は、本当に少ないとのことです。

わたくしも、寡聞ながらにも、同感します。

Kuwa1

                    <雲龍の枝のクワです>

他人のせいに、どうしても、濡れ衣をかぶせたがるのは、

世の常であって、アマテルカミでさえも大きな判断間違いをなされてしまう、

そんな事々もヲシテ時代の中期にも有るほどでした。

それで、カガミを追加為されたのですね、アマテルカミは。

Kagami_4   <ヲシテでないと、特殊文字の表現が出来ません>   

「ト・ホコ」の2種のタカラから、さらに進展しての、ミクサ・タカラの成り立ちです。

初代クニトコタチさんの頃は「トのヲシヱ」だけだったのに、

「ツルギ(ホコ)」が加えられて、

さらに、「カガミ」も付加されて、

ミクサ・タカラにと進展したことが、ヲシテ文献で初めて解ったのです。

記紀の原書なんですから、その、真価のこと、重要です。

ミクサ・タカラは進化形だという事実のことです。そしてアマテルカミの御心遣いの事を、わたくしは思います。

ハタレのハルナに「ハナトルナ(鼻にかけてせせら笑うな)」と、釘を差してから、

アマテルカミは諄々とお諭しになられます。

Hanatoruna

                  ・

その、「カガミ」の働きで、どう直してゆくべきか、やり方など事例の現状などからの真髄が、

現代実践家の木村藤子さんが冷静に語られています。

びっくりする記述もあれこれ多いですが、おおよそは、そんなトコかも知れません。

ワクチン的にも、ちょっとは、そんな現状を知っとくのも悪く無いと思いました。

                   ・

わたくしのパソコンには「ウトウ」を画面に表示してます。

あの、凄まじい恐ろしさのこと、忘れないで凝視しておかねば、と思うからです。

誰のこころにも、勿論、私のこころにも見つめ直さなくてはならない部分はあると思いますから…。

Utou

Utou2_2

モチコさま、ハヤコさま、そして、ミヒメコさん達の事など、

その、思いのことに  です。

外ヶ浜は、また、探訪したいものです。

「ウトウ」は、江戸時代には外ヶ浜にも居たようですが、現在はほとんど天売島だけが生息地にと縮小してるようです…。

2013年6月10日 (月)

サツキ(旧・5月)のサミタレ(梅雨)です。

空梅雨で農業にも大変か、と心配してましたら、

9日は新月、サツキ(梅雨の月、旧・5月)に入りましたです。

台風3号が来そうで、最早、雨になりました。

潤いは有り難く大切です。

風の害が少なくて、雨の適度さを願います。

ヲシテ文献のサツキ(サツユツキ)の用例を見ておきたいと思いました。

Satuki1

Satuki2_3

上は 『ミカサフミ ナメコトのアヤ』です。

下は『カクのフミ(ミハタ)』の「トシウチニナスコトのアヤ」 です。

「サツユ ツキ」の言葉を復活させたいものであると思います。

ヲシテ文献は記紀原書の位置にあるのです。

だから、「サツユツキ」の言葉の復活を、図るべきなのですね。

「サ」の「ツユ」の「ツキ」の意です。ヲシテ文字の各音韻のイメージでお考え願います。

現代的「梅雨」のマイナス的なイメージより、

「サツユ ツキ」は爽やかで潤いを享受して楽しむ語感があります。

              ・

此処の、記紀原書の位置についての理解の薄い人は、

China媚びの直訳アレンジや、江戸神道説アレンジの時代ずらしなんかのコピペ当て付けをやって、

二束三文の売り飛ばしをやっちゃうのですね。直訳偽書に貶(おとし)めての投げ売りで、余計に不興を招くのです。なげかわしいことです。

記紀の原書なんですから、ドーンと構えてれば良いのです。売り急ぐから、投げ売りになっちゃうのですね。 ヲシテ文献が主体で、こっちを根拠にして考えを進めなくては、本物では有りません。ここが、肝心のカナメ(要)ですね。

                ・

さて、ヲシテ文献の解明作業は、

何千年ぶりの、ひょっこり出現ですから、

その理解は、とても難渋するのは、どうにも仕方ないです。

「トシウチニナスコトのアヤ」は、『カクのフミ(ミハタ)』の内に所収されていた文献であろうと、この理解に至ったのが、40年掛けてのことでした。

「トシウチニナスコトのアヤ」は、1980年発見です。1~2年前からやっと解ってきましたので、正確には32年程掛かってと言うべきですか? 今も、龍谷大学で初見した時の驚きを思い出します。

今も、毎日毎日が、

解明作業の日々でして、あれこれ、毎日毎日何かしらの、

新発見の日々です。

これからも、わが大文明の深遠さが、

とても大きいので、その理解はまだまだ先が見えてもこない状態です。

また、大発見が出そうな雰囲気もありますですね。

それは、既発見文献での解明作業においてでのことです。

勿論、更なる新発見写本の出現も、是非とも願いたいものではあります。わたくしは、出来得る事を為しゆくのみで御座います。

2013年6月 6日 (木)

佐佐木信綱の「夏は来ぬ」の「忍び音 もらす」の語感に付きまして 

ホトトギスの声を、夜中に、朝に、またまた時知れずと、聞く毎に、

「忍び音 もらす」は、なんか変だと、

そう言うような思いに駆られました。

佐佐木信綱は、「日本歌学全書」や「校本万葉集」など、

お歌のこと、とても立派な業績を残して下さっています。


―追記―

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での、

「匂ひ」など関連語の事。

コメントが来ましたので、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」での用例を追加してUP致します。

Nihohi

何しろ、『古事記』『日本書紀』の原書の発見が、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」ですから、

国語にせよ、わが国の歴史にせよ、

一のはじめのはじめの端緒からの再構築をしてゆかねばならないという事で御座います。

そんな事から、

漢字国字化時代の以前に遡った、本当の我が国の確かな所を、

明らかにしてゆきたいという事です。

単に、国語辞典や古語辞典を元として云々やるような感じを、

わたくしは、やって行く気もないわけです。

辞書って、それは、本当の原典の辿りから始まるので、

どうしても、二次文献のランクなのですよね。

わたくしたち、いうなれば「日本ヲシテ研究所」に集結する人達は、

一次文献に付いて、その解明作業を志している訳で御座いますから、

研究者のレベルに相当する訳で御座います。

あきらかに、違うんですよね。

一般のレベルとはですね。

 

ここのところが、

よく誤解されやすいですが、

この頃にては、だいぶ改善されつつある風潮にあります。

世間的にも、やっとこせで、御座います。

要するに、

辞書の元の重大な文献の、

『ホツマ ツタヱ』など「ヲシテ文献」を発見して、

現代研究を50年来にやって来たので、

もう、

この成果をもとに、

わが国の「国学」を再構築にして、

現代の再興を果たしてゆきましょう!!

と、言う事になってきた訳で御座います。

本当の理解者は、

ホツマ文字が、つまり、正確には、「ヲシテ文字」が、

ちゃんと読み書き出来て、

幼稚園は卒業ですが。

そこのレベルに至っていない人たちが多いのが、

わたくしには、頭の痛い事で御座います。

みみタコなんですけれどもね。

わたくしには、

くちタコなんですけれど。

そのようなこともあって、

区別も、いやらしいのですが、

あからさまなことも、区別の事ですが、

やっぱりと、してゆかねばならないかと、

あなたさまのコメントを頂きまして、

痛感を致しました所が、今日の、

大きな利の勉強で御座いました。

区別を付けてゆけねばしょうがない!!

との、その判断の事で御座います。

有り難うございます。


 

今年は、5月7日に女房がホトトギスの初鳴きを聞きました!

ちょうどわたくしは出掛けていたので、

メモを大きく書いていて、知らせてくれました。

昼ごろ鳴いたとの事でした。

わたくしは、よく夜中にホトトギスの初鳴きを聞きます。

結構、女房は興奮していましたです。

―追記の終わり(平成30年5月16日)―

            ・

気になってしょうがないので、佐佐木信綱記念館に訪ねてみました。

Unohanakakine1

ヒメ・ウツギは垣根にして調度良いようです。

Unohana2

スタンダードのウツギは実がいっぱいでした。

共に、香りは有りません。匂うが如くの意味の「におう」の歌詞の意味のようです。

さて、

ホトトギスの忍び音は、和泉式部が「時鳥世に隠れたる忍び音をいつかは聞かん今日も過ぎなば」に初出のようです。

姿も見せないで鳴く夜中の初音を、みんな、当時の平安時代のヒトも毎夜徹夜して待ち焦がれてたようです。それで、思いの人のこと、その、ホトトギスの初音に掛けて詠んだのですね。

そう言った事情が、詳しく解ってきましたら、「もらす」の表現は、わたくしはちょっと引っかかるので御座いました。表面的の文学的にはとっても素晴らしくもしっくりにいく「もらす」の言葉です。

  ですがですね、何しろ、ホトトギスの初音は、帰ってきたぞ!  と、実際に聞きますと、ホトトギスは大宣言してるように、私には聞こえるからです。あのホトトの、ホトトギスの声をしょっちゅう耳にしたましたら、「もらす」ではねー? と、思う訳で御座います。

この「夏は来ぬ」の歌詞は、佐佐木信綱25歳の時の作詞だそうでして、

すでに、東京在住してからの10年余もの日々を過ぎた頃の作詞です。自筆の歌詞記録があると、楽しみにしてましたら、若いころの詞を、晩年になってから記録したものでした。作詞をした当時の筆記記録なら、 良いヒントが得られるか?  と、思ったのでしたが、残念でした。

当時の東京で、文京区で、はたしてホトトギスが鳴いていたのかどうか?

それが、わたくしには疑問点です。

いまや、京都の御所でも、ホトトギスは言うまでもなく、ウクイスさえも鳴き声を聞いたことないと、冷泉さんもおっしゃっておられました。時代は遷り変わりますですね。冷泉さんのご先祖の藤原定家卿は、「今日は、ホトトギスが鳴かなかった」とか、結構『明月記』にも気にしての記述があります。

平安時代の当時には、京の街中でもホトトギスが鳴いてようです。

                   ・

佐々木信綱さんのこと、

もう、明治時代の東京ですから、ずっと時代は今に近いです。

歌学は幼少の時からの、厳父の指導も有ってのことです。

信綱さんの6歳の際の、お歌もなかなかで、これは自筆のように拝見しました。

つまり、そう言うことですね、耳学問には長けてはいても、本質の本物のホトトギスの鳴き声に対しての、真の理解があったのか?

そう言うようなことの意味合いに於きまして、わたくしには疑問符が生じてます。

信綱は、ホトトギスの声を、朝に夕に、夜中にと、焦がれて聴いていたのかどうか?  ですね。

とは言え、「夏は来ぬ」の歌はとっても良いですね。

また、今も、ホトトギスが窓の外で騒いでます。

 

     -追記  H27,6,15-

 和泉式部のあの歌から、この「忍び音」の感覚は独り歩きをしてたようでした。

フツフツと思いは高まって鳴いてるのに、 世には、まだまだ忍んでゆかねばならぬ。今日からは、はれて!!  大っぴらに出来る。  そんな日を こそ!

諸事情のある、その忍びの事をホトトギスの世上に喩えたわけですね。

教えて下さいましたお方がありましたので、ここに、追記を致しました。

詳しくは、こちら → 『うたことば歳時記』「ほととぎすの忍び音」

     -追記 終わり-

                ・

加佐登カサト)神社にも、ヤマトタケさまの、伝、ご陵にも参拝して来ました。

サクラの実(さくらんぼ)が沢山実ってました。

Kasato3

Sakuranomi1

帰宅してから、昨夜の夜中に、難しい所の記述をなんとか完遂のお祝いに、

サクラのミで乾杯です。

女房は苦いと言ってましたが、

その分、わたくしが頂戴致しました。

アマノコヤネさんの、お気持ちに、ちょとでも近付きたいと思いますのでの事で御座います。

Sakuranomi

サクラは毒性は有りません。ちょっと苦くても大丈夫です。

             ・

アジサイは、毒性があります。

決してアジサイは、食べないで下さい!

Kasato2

加佐登神社の参道には、カエテ(楓)のトンボの実が綺麗でした。 

Kasato1_2

アジサイ(アチ・サキ)の綺麗な花もありました。

Atisaki1

この季節、白い花が多いです。

ホタルブクロはこちらではシロ(白)です。群馬の方では綺麗なピンクですね。

Hotaruhukuro

写真をほめられたので、調子に乗って、

いろいろ、UP致しました。

もうちょっと、良いカメラが必要かもしれません。

写した半分は使えないものでした。

とはいえ、大きなカメラだと、手軽には持って行けませんし、

微妙なとこですね。

わたくしは、歴史や物語の構築や、あるいは哲理の究明のほうが、本業なわけで御座いますので。

下手にも簡単便利が、そんな、カメラがあったら良いですね。

                  ・

ウメが、とっても良い香りでした。

完熟ウメが大好きで、香りが良いからですが、

早速漬けました。

当屋での食物は、日常が塩分不足気味ですので、

梅干しで塩分補給をしてます。このため、梅干しは塩分量を20~30%で漬けてます。

梅干しの右端は、煮干しの酢漬け・いわゆる「お・かしら」、左端は上等の川海苔です。

Mume1

麦秋の風景も、ひとつ。

Mugi1

この頃は、

ヲシテ文献に対しての真剣な私の取り組みに、

世間的にも、パンダよろしく、珍獣扱い的な事で、

遠方からも、顔でも見てみたいと、

お問い合わせがちょこちょこあります。

風向きも少し変わってきたというような所で御座いましょうか?

        ・          ・

とは、申しましても、

いくら何でも、私の著作をひとつも見てない人が…、   では?

そういう事でしたら、

こちらとしましても、何の用意のひとつも出来ませんから、

それは、

スレ違いのことのみですね。意味をひとつも成し得ないのですね。

それは、時間の無駄というものですね。

避けねばなりません。

当方も、それなりに忙しいわけですから、

お断りを申し上げねばなりませんですね。

すべて、「トのヲシヱ」に準拠して、わたくしは物事を進めてゆくようにしています。

2013年6月 2日 (日)

ヲシテ(ホツマ文字)の、グリグリの「ア」や「ワ」の文字形のこと

ヲシテの理解は、文字形の事ですが、

原文にその原理を知ることが出来ます。

Yukinosita

                  <ユキノシタのハナです。

                   葉はテンプラが著名な料理法です。

                   二枚の大きな下側の花ビラが可憐です、ね。

                   ヤケドにはユキノシタと、聞かされて来ていました>

Awauta1

大宇宙生成の時の事と、ヒトの誕生も似ていて、

ヒルは「ニ(赤・血・肉・比較的軽い)」ウエ(上or/betterウを得る)に、ヒタ(左・東)ノホリ(昇り)、

ヨルは「シ(白・骨・比較的重い)」ウエ(上or/betterウを得る)に、ミキ(右・西)クタリ(降り)、

の意味で、グリグリ回る理由(わけ)ですから、

グリグリの「ア」のヲシテ(ホツマ文字)は、

内から左回りに旋回して、尻尾が上に終わる形が原理に適(かな)っています。

要件はふたつで、

左旋回と、尻尾が上です。

 

また、

グリグリの「ワ」のヲシテ(ホツマ文字)は、

内から右回りに旋回して、尻尾が下に終わる形が原理に適(かな)っています。

要件はふたつで、

右旋回と、尻尾が下です。

Dokudami

          <ドクダミ(十薬)のハナです。

             本来の古名は何でしょうか?>

                  ・

何重に渦巻きのグリグリやるかは、

其処に思いを込めれるわけです。

和仁估安聡写本では、多い周など、いろいろあります。

すべて、グリグリ「ア」は尻尾が上。

     グリグリ「ワ」は尻尾が下。

この原則は変わりません。

Awauta2

勢いよすぎて、上で終わらない文字例もありますが、

基本的に尻尾が上です。

Awauta3

ちなみに、ヲシテの標準文字形の「ワ」は、固まることを意味しているので、

四角くなり、尻尾がちょっと痕跡を残す、と言う形状なのでしょうね。

音韻の概念を表してるわけです。

http://woshite.com/code200_2.pdf

Hiougi

             <ヒオウギです。

          水捌けの良い、こんな小さな場所に植えた、

          とっても小さい苗木だけが元気です>

                     ・

「ヒヨのマニマニ」 「マモラセ」 「ハ」の言葉、

「ヒル」「ヨル」の、その生じさせてくる働きの…   。

この言葉は、『フトマニ』の序文にあります。

Hutomani1

「マモリ」「マモラセ」の言葉は、単に「守る」だけではなくて、もっと歴史的に深い意味合いが込められているようです。

また、-4の3行目「カミ」は、「神」に直訳では誤訳でして、ヲシテ文字のイメージで考えるべき用例です。「カ」の繋がり茫洋とする、「ミ」の生じてきて今其処に現れようとした、の意味合いです。働きかけの具現と言った感じでしょうか?

この用例での漢字概念の「神」当て付けは、大誤訳の代表例のそのものです。

                                           ・

ヲシテ時代、つまり、漢字以前の時代の歴史を考える際に、

漢字以前に戻って、ちゃんとヲシテ(ホツマ文字・日本固有文字)で、

そうなんです、

アマテルカミのお使いであらせられた、尊いヲシテ文字で、

その、1万行にもゆうに余る大文献の、その本体に、ヲシテ文字で読むのが、

わたくしは当然のことだと思っています。

先程も、

ヲシテの読み書きを出来始めた人がおられまして、

メールを出しました所です。

問題ない程度に、修正して掲げます。

       ・      ・      ・     ・      ・

 

 

 

拝復
それは、上々です。
ヲシテが、原字のこと、原文で接してこそですね。
その、当時の雰囲気が、
ちゃんと伝わるから不思議です。
ヲシテの読み書き、とてもとってもおめでとう御座います。
お母様も、原文朗読を聞くだけで、
とっても、気持ち良くなりますのは解ります。
それにしても、足腰がとってもしっかりで、
90超とはとても思いませんでした。
大坪併治先生は、102歳であられますから、
目標はさらに高くと存じ上げますです。
ホツマ10アヤは、また、理解の及びのこと身近です。
これほどのヲシテの時代のその文明力、
私蔵しては、勿体無い限りです、今に、どう活かしてゆくか?
を、常に思います。
「索引」を使い出したら、もう、スパっと、
世界が変わってきます。
アマテルカミの、その、尊きおこころに直にアクセスですからね。
楽しみにしております。
              敬具

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