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2013年5月11日 (土)

「天成神道」では、筋道が、どうしても違うことの意味に付きまして。

神がかりの、そこの、距離をどう保つか?

『古事記』の問題点は、やたら、神がかりにしてしまう所です。

「因幡の白兎」がそうでありますように、

ヲシテ文献と比較して、漢字国字化時代になってから、後でくっ付けた部分は、特に神がかりが酷(ひど)くなってます。『定本ホツマツタヱ』で、一覧できますので、よく御覧下さい。

ヲシテ文献にたったのひとことも書いてない、漢字国字化時代を下ってから、もうずっと後世の付着物の「因幡の白兎」を、ゴチャゴチャに混ぜ込むことは断じていけません。

Unohana

                      <ウのハナです>

               ・

六甲山は、むかし、わたくしの中学生の時から、よく登った山でした。

売布神社や中山寺の上に広がる中山連峰も、よく、登山しました。小学生の時に描いた中山寺の絵が、なぜか、展覧会で優秀賞をもらった珍事もありました。

鉄斎の絵の所蔵で著名な清荒神清澄寺は、小学生の頃から祖母に連れられてよく行ったものでした。中学生に成りましたら、鉄斎美術館に一人でよく通いました。それで、幕末の頃のことにも、思いが至ってきました。天誅組は北摂(摂津の国の北部の地方)にも大きな流れがありました。

また、多田院の多田神社は、源満仲を祭っていて、遠く、わたくしの先祖でもあります。神社の多くが、祖先を祭ったヤシロです。

つまり、漢字以前の時代にまでさかのぼったら、大多数の場合、本来の「カミ・ヤシロ」とは、祖先のお祭りをする為のものだったのでした。

Kiri2

Kiri1

             <今年はキリのハナに手が届かなくて、落花を拾ってきましたら、

                                   とっても良い香りでした>

そのような事で、

まず、神社のことは、『延喜式(えんぎ しき)』を見て下さい。

Engisiki_2

                      <右側が『延喜式』です。

        中の「国史大系」版より、右側の臨川書店版の方は、

          「索引」が付いてるのです!  便利です!

その、神社関係の『延喜式』の「神名帳」の部分の現代調査については、『式内社調査報告(しきない しゃ ちょうさ ほうこく)』が作られていますので、これを、先ず見て下さい。「式内」とは、『延喜式』に記載されてる、1000年は歴史を辿れる根拠を持つ神社だと、そういう意味です。「延喜式の内にある」で、「式内」のヤシロ(社)と言うことです。

『式内社調査報告』は、大きな図書館ならあります。今は、便利で、図書館どうしの貸し借り制度もあります。取り寄せが、簡単に可能になってます。是非、利用して下さい。

Sikinaisya_2

神社の関係でのことですが、ゾーっとする変な拝み屋さんになるのではなくて、神社のこと、歴史を、信用できる書籍で見ておくことが、とっても重要です。私的なお祀りの程度のヤシロ(神社)であるのかどうか? そんな、私祀社(しししゃ)のそれも江戸時代にも遡れないのでしたら、古い歴史には何にも根拠無しと、いうことになります。現代の私的なお社ですね。そんなものは、ヲシテの時代に在ったわけもないです、当然除外のことです。

現代でも、ビルの屋上にお稲荷さんを勧請して小さなヤシロを作ったりしますが、そんな、私的な小さなお祀りの現代版の、そのようなものを見て、「ア! 発見した! 」 だ、なーんて、余りにもあんまりのご気楽さだと思います、ですね。ご気楽の鳥のホトトギスでさへも、それには、想定外のビックリのことで御座いますでしょうね。 いまも、盛んに窓の外で「ほとと・キキス」とやってます。初夏になって帰ってきて早々に、ホトトギスがこんなにも盛んに鳴くのははじめてです。

Timeijisyo

              <『大日本地名辞書』で江戸時代の頃での状況が

                               おおよそ判ります。

            此処に無ければ、私的なお祀りの現代版と見れます>

        ・           ・  

そんなような、違いがわからないから、「ねずみ男」の称号なんですね。

              ・

神社のそれぞれが作ってる由緒書きも、まあまあ、ですが、

手前味噌が多いのをちゃんと心得ておいて欲しいです。どうしても、やっぱりお商売さが出て来てしまいますね。

『延喜式』は時の政府が編集したものですから、それなりに、きちっとしたものです。我が国に残る漢字文献での最古の拠り所となる神社資料です。

『式内社調査報告』は、お商売的な神がかりに走ること無く、クールな視線でまとめられてます。信用出来ます。

変テコな、お商売っぽいような神がかりには、くれぐれもご注意をなさって下さいますよう、お願い申し上げます。

                ・

「天成神道」と、直訳して、お商売っぽい「宗教」にとの仕立てかたも、大いに困る図式ですね。

仏教や儒教の来る前には、

その、

漢字国字化のされてしまう前には、

我が国の縄文時代からの大文明があったわけです。それは、言わば「宗教」以前なのですね。

つまりのところは、

「宗教」というものは、仏教・儒教が渡来してから急速にその要素が濃くなったのです。

「宗教」にかぶれる以前の、本来の、うつくしい、わが大文明に!

其処に戻ってこそ、  です。

つまり、ヲシテ時代の中期にも遡るアマテルカミの時代、

そこには、「宗教」臭は極めて薄いのです。

その頃から、もっと前のクニトコタチさんの時代にもなれば、

もっと「宗教」臭は希薄です。それで、「縄文哲学」と、わたくしは呼んでます。

我が国の、本当の文明の在り処は「縄文哲学」に在った!

と、

言う事でございます。

こらからの時代、未来に向かって、

わが大文明の再構築には「縄文哲学」の根拠がどうしても必要になると思います。

                ・

漢字国字化時代以降に強く見られる、

神がかりは、それは、程度の落ちた時代の産物でしかない。

外国風の、そんな、

神がかり『古事記』教を、卒業させてゆく、と、言うことです。

ヲシテの、アマテルカミやクニトコタチさんのお心はですね。

つまり、神がかりの要素を綺麗に除染してゆく事が大切ですね。

『縄文人のこころを旅する』に、「宗教観」のことを、詳しく記述しました。

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