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2013年1月13日 (日)

ヲシテ時代の「みなみ」の語を、どう解くか?   「ミ・ナミ」のこと。

「みなみ」と掛けて、「南」と解いたら、China語です。

私達、我が国の本来の縄文建国に遡ったら、

China語では、マズイことです。

縄文時代の前期の頃には、Chinaには漢字も未だ出来てません。時代錯誤になります。

               ・

此処の所の分かれ目が、直訳偽書の「秀真伝」との境目です。

かく言う私も、その違いが解って来たのは取り組んでから10年目ぐらいからの事でした。

決して威張って言えるようなものではありません、ですね。

        ・              ・

今になると、「み・なみ」と、分離して考えてこそ、

ヲシテ時代の中期に遡れる。  と解ったのは、つい最近の数年のことでした。

ヲシテ時代の中期とは、8代アマテルカミの時代です。

ちなみに、「ナミ」の用例を以下に、掲示致します。

「成る事を茫洋として、結実化」の意味が、「ナミ」であると… 、 ゆっくり考えてもらいますと理解に及ばれると思います。それは、ヲシテ文字の形状からの概念イメージで考えて、初めて解って来るのです ね。

Nami1_2

Nami2

Nami3

Nami4

Nami5

Nami6

「ミ・ナミ」の理解が出来て、

アマテルカミの尊きおこころに、おおよそ、理解が出来るわけです。

China風の理解の「天照大御神」では、せっかくの値打ちがもうひとつと、思います。

 本当の姿であった「ミ・ナミ」の世界観がわかってくると、

もう、 China風は気持ち悪くなっちゃいます。

                ・

とは言え、千数百年来、漢字を国字としてしまってきてましたから、

その弊憂は根が深く突き刺さっています。   痛い痛いトゲをどうやって処理してゆくか?  英傑のお知恵の集合が待たれます。                    

 

 

 

 

 

             ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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コメント

魏志倭人伝の「ひみこ」なのですが、
ヲシテの解釈でいきますと「一つ目の巫女」の意味に近いかと思われてなりません。

ひみこ、で解釈するならば、一番の后ですからセオリツヒメになりましょうか?

この場合、トヨケオオンカミの解釈も難しく思われます。

魏志倭人伝・著者「ちんじゅさま」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B3%E5%AF%BF

著者は当時からセコい人だったようですね。実際に日本には来ていない様子で、彼に伝聞した判官は【聖地・日本を守るため】に嘘を付いたかもしれません。

まぁ、大衆の目にはどのように映ったか、が民間伝承のほうでしょう。今年は柳田邦男さんの著書が著作権フリーになったので、ホツマツタヱ研究も新参が増えるかと思われますので、いせの会は楽しみですね!

英語版ホツマに感動した外人さんも居ましたよ☆ あれは快挙の名文でした!


カガミタガ
ワレナスカレモ
シムノアヤマチ

 
 
 
 
         ・
『魏志倭人伝』という物は、そもそも私は信用していません。『古事記』と同レベルのシロモノで、真実を記述しようというより別の意図のもとに編集された書だと思ってます。
         ・
アマテルカミの尊さ、また、さらに古く縄文前期頃のクニトコタチさまの尊さ。
再び、現在に再認識すべきだと思います。我が国の光輝は此処に始まります。

そのもとの
クニのもといの
ひかりしりてと

 
 
 
        ・
アスズ2980年(2012年)キナヱ
----
にミカサフミ・ワカウタのアヤ
と見ていいのでありますかね?
----
> 真実を記述しようというより別の意図のもとに編集された書

同感です。
----
このふとまにの
よそこをは もともとあけの
さこくしろ あめのみをやに
よるかたち
----
しその
しのそのは つきのこまひく
まめやかも
ゐもがめくみの かてやあつらん
----https://twitter.com/qptn/status/290632616275742720

  
 
 
         ・
新発見の写本の保存用にあつらえました桐箱が、出来上がって来まして、今、箱書きを終えましたところです。
溥泉さんの残簡本が、
まだあと、幾冊かは、江戸時代に残っていたのですね。やっと、「ワカウタのアヤ」はこれで殆んど出たわけです。
まだまだ、諸写本があちこちに残っているといいですね。

          ・

アススのコヨミ(暦)と、
現行暦との即直結は誤解を生じると思います。
ヲシテ時代が終わった後の、漢字国字化時代の初期の紀年のこと、極めてあやしげです。一度、『日本書紀』を読んでみて下さい。以下のこと、マズイと思います。
  
  
  -マズイと思われます個所の引用-

      アスズ2980年(2012年)キナヱ
  

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