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2012年8月18日 (土)

8月15日には、色々と思いますです。 『ホツマ辞典』のあとがきの更新のこと。  根拠のこと、大きい小さきの差のこと。

もう、東北地方太平洋大地震から、600日を経ようとしてます。

福島原発事故の際に、安定化ヨウ素の配布が為されなかったので、

危機感を覚えて、及ばずながら、せめて海藻類の摂取を!  と、

あの時期ほぼ、一ヶ月はこの事ばかりに集中していたのを思い出します。

賞賛すべきの独自判断で、わずか一町村だけが、安定化ヨウ素剤の配布をしただけでしたね。

除染のことも、初動の取り組みの遅れが悔やまれます。

当時、文部科学省の説では「除染なんかするな!」と言ってた報道を聞いた覚えがあります。酷(ひど)い話でした。

             ・

不幸中の幸いに、最悪の事態の事故には至らなかったこと、

今になって、胸を撫で下ろすばかりです。

       ・          ・

諸事の問題の根底は我が国の歴史や、我が国家のことを誤って認識している、事が真因と考えられます。

国家のしっかりした立ち位置の見直しのことは、

こういう意味で緊急の事態です。 ここで間違った方向の、

『古事記』教の神話に戻ってしまっては、

またぞろ、同じ轍を歩むことになるように予想されます。

記紀の原書の発見があったので、

やっと、本来の我が「縄文日本」の精神に立ち返ることが可能になったのです。

             ・

『ホツマ辞典』のあとがきを、3版になりまして更新しました。

東北地方太平洋大地震の災害のこと、お悔やみ申し上げます。

もっと早くに気付いていればと、悔やまれます。

Img107

                 ・

今日から、旧暦のアキ(秋)の始まりです。

あらたに、しっかりとしたものを、作ってまいりましょう。

ヲシテ文献の国史の国学の再構築のこと、

本当に1割か2割か、

端緒に取り掛かっただけの事です。

あまりにも、多くの仕事が山積で御座います。

                               ・

ヲシテ文献の根拠は、

記紀との対比比較を厳密にしましたら、

記紀の原書であることが明らかになった事にあります。

さてどうするか?

考古学との照合も必要ですが、「マサカキ・コヨミ」の事も我々現代人には理解が困難であって、照合以前に理解・解読に手こずるわけです。

モモだって、渡来物だと、つい先年まで言ってたのが考古学です。弥生は500年遡るとかと、漸次進展中の結果との厳密照合は困難です。

モモはヤマモモだったのではないか?  など、解釈も悩み悩みに試行錯誤してましたのを思い出します。 本来は、記紀の原書の発見がありこの認識にたって、考古学はその担当分野で真摯に判断の事が望まれます。

また、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」族が跋扈する事も困りものです。

三段目ロケットとしての位置のものは、「日本ヲシテ研究所」に推奨書籍として掲示します。ここに、掲示のない書物は無視をなさって下さいますことを願います。『古事記』だって『日本書紀』だってひどい人達にかかったら、オカルトや「萌え系」書物に仕立て上げられちゃいます。

解明理解におきましては、例えばラテン語の言葉も、時代によっては、大きな変容が生じています。

ヲシテ時代語も同様で、長い年月には変化が及んでます。それを、現代語にしかも漢字かな交じり文へ直訳なんかしたら、全く以て原意を損(そこな)なった奇妙奇天烈の直訳偽書「秀真伝(しゅうしんでん)」です。

少なくとも、直訳偽書「秀真伝(しゅうしんでん)」と一緒にされては迷惑です。わたくしなどは真面目に取り組んでいます。

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」はおとしめ族ですから、排除のことは、わたくしも賛同で御座います。応援致したい所で御座います。どんどんやって下さいませ。 お願い申し上げます。

                 ・

何はともあれ、原文を原字で読んでもない人には、

ワケがわからないことです。特殊ヲシテ文字の使い分けさへ分からない人が、直訳偽書「秀真伝(しゅうしんでん)」をねずみ男のように作って貶めてきているのです。困ったことです。

最低でも、記紀との比較の『定本ホツマツタヱ』を見てからの事ですね。 

第一番目の一丁目一番地の記紀の原書としての根拠を見ずに、では、何も理解など出来る訳がありません。

また、誰かに? 誰かに?  と、有名な人に縋(すが)る「誰かに病」も間違いです。周囲はみんなが旧守派です、殊に著名な人ほどそうです。 加倉井隼人は、乾退助(板垣)の横押しの企みを読み切って、江戸を戦火から守りました。考えてみましたら、海舟や西郷隆盛だけで事が上手く運んだわけではありませんね。

                 ・

「黒書院の六兵衛」もどうなってゆくか?  ですね。

勝海舟が活躍の原泉は、どうしても必要になった蘭学を一生懸命に修めたことにあります。日本が列強に蚕食されなかったのは、海舟のほまれだと思います。

           ・         ・

女川原発が震源から近いのにもかかわらず、近辺の被災の人達の避難地と成り得た違いは何だったのか?

と、疑問に思っていましたら平井弥之助さんという、偉い人物があったおかげだと知りました。何時の世にも偉い人は居て、その役立ての仕方の問題をどうするか? のことでしょうか?      

 

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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2012年8月14日 (火)

国家のあり方を、原点に立ち返って見直すこと。『古事記』ではダメで、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の尊さについて。

『古事記』に依る「神話」がどうして、良くないかのことです。

これまでの、わたくしの

遍歴のことから考えてみます。

                ・

今から40年ほど前のこと、『ホツマツタヱ』を読み進めていたわたくしは、『古事記』も見てみました。岩波書店刊「日本古典文学大系」の『古事記・祝詞』でした。これは、『古事記』だけでは薄っぺらいので、「祝詞」の『延喜式』など所収の30篇が付け加えてある。「古典文学」の範疇に纏められたものでした。「古典文学」ですね。よく考えますと違和感を覚えますね。国史じゃなくて文学なんという範疇ですかね? 「神話」ならば、そうなのでしょうけどもね。

当初の、40年ほど前には、わたくしも『古事記』を読んでも、特に、際立った感想を持たないでいたことを思い出します。

ただ、

『古事記』に対しての認識が、だんだんと変化をしてきたのは、『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』と、『日本書紀』『古事記』との、対比比較を全文で終えた頃からだったと思います。 「三書比較」の初稿の完成は、昭和55年(1980)の事でした。 わたくしがヲシテ文献に取り組み始めたのが昭和47年(1972)ですから、8年後のことでした。ちょうど、毎日新聞社『秘められた日本古代史ホツマツタヘ』の刊行の頃です。

どう変わったかといいますと、

『古事記』は神武東征を、「何処か、良い所があるので、そこを攻め取ろう」という構図で描いていました。『日本書紀』も同様です。ところが、既に、わたくしが『ホツマツタヱ』などの「ヲシテ文献」で知り得ていた本当の事情とは、『古事記』記述は全く異なったものであるのでした。

第二次世界大戦で、日本は、もっとこうしたら良かったのにと今にして思い返すことは色々あったにせよ、有色人種の開放を掲げました。  その一方で、同盟を結んだナチスドイツは、他民族の隷属的支配と民族浄化を意図しました。

この二者間では大きな違いがあると見て取れます。 

ヨーロッパ戦線での、残忍な戦争被害を見ますと、同盟を結んだがために、一緒にされては困ると思うのは、私だけでしょうか? とは言え、『古事記』教的な世界観を持っていたままでは、また、同様の不幸に未来苛まれる事が起きるとも予想されます。

根底の違いは、『古事記』の「神武東征神話」と、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での「タケヒト・ヤマトウチ」の伝承との、その精神の違いに当てはまる大きな基本精神の相違点です。

ダース・ベイダーと、 同盟軍との違いです。

                ・

「ヲシテ文献」の「タケヒト(後のカンヤマトイワハレヒト、神武天皇)」は、世論の沸騰する後押しによって、「ヤマトウチ」を敢行しました。兄たち三人も戦死してのやむにやまれぬ強行軍でした。

「ヤマトウチ」の敢行の直接のきっかけは、

「のり・くたせ」(法の鉄槌を下せ)の世論が沸き起こったのでした。

ヨ(世の中)を混乱におとし入れるナガスネに、法の裁きを下せ! の、世論です。ナガスネが法を犯し、世の中に戦乱を起こしたのです。ナガスネを指導するべきキミのニギハヤヒは黙認でしたから、ヲヲヤケに対しての責任放棄の罪があります。

Nagasune1

Nagasune2

ダース・ベイダーとは全く事情が違うのが、「タケヒト(神武天皇)」のヤマトウチです。

秩序の再建の為の解放戦なのです。つまり、言わば同盟軍の英雄的な進軍が「ヤマトウチ」だったのです。 何十年と、ナガスネヒコの軍事的な専横に、国民があえいでいたのです。それで、「のり・くたせ」のウタが流行ったのです。

苦難に満ちた「ヤマトウチ」の、

その結果、ニギハヤヒはいよいよの所でハラ(腹・肚)を括(くく)ってナガスネヒコを処断して、マツロイ(恭順・降伏)ました。 

Nagasunehiko3

ニギハヤヒの子孫は、のちに、モノノヘ(後の物部氏)となって皇室を守ります。

単なる政権奪取などとは、わけが違う深い理念がここにはあるのです。

道に悖(もと)る軍事制圧だったら、臣に降って物部氏として、何代も何代も代々に仕えることなんてするわけがありません。

それは、古く、縄文時代からの統一国家の伝統の重みがあっての、歴史的なルールの存在があったからです。

詳しくは、 『ホツマで読むヤマトタケ物語』にも紹介してます。

いい加減に、『古事記』のインチキ神話の騙しの世界から目を覚まして欲しいと念願します。

『定本ホツマツタヱ』に、ちゃんと比較対比してますから、目を見開いてご覧下されば、はっきりわかるはずです。また、ご自身でちゃんと比較をなさってみる事の方を、もっともっとお勧めします。 わたくしは、単なる手助けだけです。

さらに、

『古事記』流では、どうして? 伊勢神宮が伊勢の土地にあるのか? 説明がつきません。高千穂に天下った九州の豪族が、どうして? 祖先神を伊勢に祭るのか?  ワケが解りません。 何ら、伊勢の土地とは繋がりが皆無なのです。恣意的な改竄書が『古事記』ですからね。だから、『古事記』はダメなんです。

そうではありません。

我が国は縄文の太古の昔から、北は青森から、南は九州南端まで由緒正しい統一国家であったのです。その伝統と歴史の長さは、実に、地球上で最も永く久しい長久の国家であり、全世界で唯一現在までもに太古からの命脈を受け継いでいる貴重さだったのです。厳密に少ない目に見積もっても6000年、建国の茫洋としている間(はざま)の特定はむつかしいですが、おおまかに言えば10000年はあるかとも思われます。

たまたま、12代ウカヤフキアハセスさんが九州の農業指導に行幸の際に崩御あそばしましたことから、ミコ(皇子)のタケヒトさんがご臨終にご遺勅を聞くためにミヤサキ(宮崎)にお出かけ為されたのです。

伊勢は、かの名も高き8代アマテルカミのミヤコ(皇居)の尊い土地でした。ヲシテ時代の中期の高度な哲学・文明の育まれた土地としての尊さです。ですから、本当の「日本」のふるさとのひとつなのです。尊いことです。

詳しい事情をすべてブツブツにちょん切り抹殺して、 我が国史を貶(おとし)めた『古事記』は良くないと判別出来るのです。

           ・            ・

我が国の尊さは、

「ヲシテ文献」をクニの歴史として取り戻すこと、これが唯一のミチ(道)、

と悟るようになりました。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は記紀の原書なのです。もとに戻すのに、何を逡巡することがあろうか?

すなわち、『古事記』の神話は、ダース・ベイダー的であって、過去にも間違いを経験したように、また未来に災いを招来するものであり、これをどのようにして、本来の美しいものにと直してゆくか?

これが、わたくしの長い長い苦難の道の主眼点になったわけです。

  

『古事記』に尻尾を振る鳥居礼くんなどと、 全く違う立ち位置が、わたくしの立場です。 それで、彼とはマッタク歩み方が違うのです。 これからも同様の長い長い苦難の道です。 ですが、わたくしは逃げはしません。誤魔化しも致しません。歩みはのろくとも、迎合は一切致しませんですね。 何しろ何があっても逃げないのがかねてからのわたくしの信条です。

「ト・コ・ヨ」のこと、

長鳴鳥は、誤訳もいいとこです。記紀それぞれ共に大間違いの直訳誤訳です。

『定本ホツマツタヱ』を掲げます。

縄文精神の高貴な「ながさき」(あなたの幸せを祈ります)の「おとり(舞踊・ダンス)」を、長鳴鳥だなーんて、あまりに低俗です。だから『古事記』はダメなんです。

Tokoyo3

               ・

松本善之助先生にご指導を賜った事が、

わたくしは頻繁でしたから、

毎日新聞社版の『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』には、

原稿の清書のお手伝いをさせてもらいました。

ヲシテ文字の「よしのすけ」は松本善之助先生の、「善之助(よしのすけ)」です。

「ぜんのすけ」と、一般に呼ぶ場合もありますが、

藤原定家を、本当の呼び方の「さだいえ」と、今では、ほとんど聞いたこと無いのと同じですね。

Photo_62

                 ・

数日先に、本来のミナツキ・スエのミソギです。

Minatukisue

秋に向かって、より良い仕事が出来ますようにと、

ミソギ(禊ぎ)をいたしましょう。

Minatukisue2

Minatukisue3

 

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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