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2012年1月18日 (水)

水尾神社(みお じんじゃ)の修理の事。 『ホツマツタヱ』などヲシテ文献の伝来に、所縁のとても深い神社です。

『ホツマツタヱ』もそうですが、もっと尊い『フトマニ』や『ミカサフミ』が、現代に伝わったことは奇跡と言って間違いない事と思います。

その、大きな所縁(ゆかり)は、高島市の水尾神社にひとつあります。過去、区別の意味で「みずのお」と呼んでたことが積年の心の重りです。なにしろ、安曇川平野に、「みお じんじゃ」が式内社(『延喜式(えんぎしき、国家の行政の制定書、西暦927頃に完成)』に記載のある神社、しき ない  しゃ)だけで二っつ、式外社(『延喜式』に記載されてない神社、しき げ  しゃ)がひとつで、都合、三社あります。それは、深く長い歴史を伝えるものなのですが、区別に困ってしまいます。(水尾神社、三重生神社、三尾神社。 現代に、普通に発音して大体のところ、すべて、「みおじんじゃ」)

水尾神社は、相当に、傷んできているようです。修理の事、わたくしも、及ばずながら銅版を寄付させていただきました。

イワツクワケさまは、イクメのキミ(11代、垂仁天皇)と、美人で有名だったカマハタさんとの間に儲けられたミコ(皇子)さんでした。後のはるか後に、イワツクワケさんのご子孫として『日本書紀』に伝えられる(ヲシテ時代が終わった後は、どうにも確定的な把握はむつかしいです。『古事記』はそもそも眉唾な事が多いですし)継体天皇の即位がうまく出来て、皇統がこのゆかりの有ったおかげで繋がったのでした。イワツクワケさんは、どう言いましても重要なお方様です。

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お父さんの、ヤマシロ・サラスさんも気苦労の程の評判の美人でした。わたくしのように、凡庸な才覚なのも、親にとっては心配だったでしょうが、 才知に長けて、研ぎ澄まされ過ぎてるのも、心配でしょうね。当人はまったくの知らず知らずの事に敵を作り過ぎてしまうからですね。

              ・ 

イワツクワケさんのご誕生の秘話の事で御座いました。美人のお母様のカマハタさんの事でした。

付いての事のあたりで御座いますが、歴史的に見ましては、更なることであると思います。つまり、女性としての場合、今現在ではそんな事と言われもしましょうが、古代では気量よしで美人過ぎるのも、有り難たすぎて、別の意味で妬(ねた)まれなどの苦労が及びそうで、親としてはとても心配なのですね。

「オオタタネコがカモカミ(上賀茂・下鴨の神社)の破(やぶ)れ果てての再建の事で、当時のミヤコ(首都)の奈良盆地から京都盆地に行く途中に、タマミツ(玉水、京都府綴喜郡井手町大字井手の付近。木津川を挟んでの対岸に一休さんの一休寺がある)のヤマシロのサラスの家に至った時の事でした。オオタタネコの顔を見て、サラスは悩みを打ち明けて教えを乞うたのでした。

娘のカマハタが、三軒の家からお嫁さんにと、求められて、有り難いのですが、どこの家に嫁がせても、袖にした家からは恨まれてしまう。何か良い考えは御座いませんでしょうか?

そう聞かれても、オオタタネコは困ってしまいました。即答できません。そこで、明日にはカモカミに詣でることにしていますので、そこで、定めれば良いかも知れません。

と、答えるのでした」

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                  (右下に玉水、Aの地点が一休寺、上方の矢印の所が樺井月神社、水主神社。 玉水の井手町なんて、胸を張って「美人の里」と言うと良いと思います、カマハタさんに加えて小野小町もこちらに住まいしてたそうです。十分の条件ですね)

それで百日詣での祈願やら何やかや紆余曲折の末に、結局のところカマハタさんは、時のキミ(天皇陛下)のイクメさん(垂仁天皇)のおキサキさんに上がることで、丸くおさまったのでした。「ミ(三)・ヤ(家)に、こふ(乞う、結婚の申し込み)」程の評判の大人気が無かったら、イワツクワケさんのご誕生は無かったという事になります。

おそらく、美人のカマハタさんの評判の事が無くて?  イワツクワケさんのご誕生の事も起きませんよね、 そして継体天皇さんの皇位継承が実現していなかったとしたら?  !    と、今にも思うばかりで御座います。そんな成り行きになってしまってましたら、ヲシテ文献の今に伝わるわけもない事ですね。恐懼の若しやの思い返しの想像です。

これが、イワツクワケさんのご誕生の秘話でした。

              ・

さて、さて、本題でした。イワツクワケさんの深い所縁(ゆかり)の、

水尾神社(みお 神社)からの、たっての要請の文書は、次に掲げます。 (文書の画像は、クリックしてもらうと大きくなります)

大修理をするので、来年3月に竣工の段取りだそうです。

      連絡先は、520-1132 高島市拝戸237  

              水尾神社  宮司の 河毛悦男さん

Photo_3   

金額もそれは勿論多いにこしたことは御座いませんが、数多くのお人のご篤志こそが、さらに有り難い事だと思います。わが国は、これから、われわれが歩み出しのところから作ってゆかないと、どうにもならないのだと考えております。

高島市は、ずばり、「建国の故郷」として言うべきですね。

ただし「天成神道」だなーんて変てこ造語で言うと、「偽書だ!」となっちゃいます。ここが注意の為所(しどころ)なのですね。あくまでも、ヲシテの文字、ヲシテ文献の典拠に基付いての話でなければなりません。「神道」の言葉自体が8世紀以降のものだからです。お解かりですね、「神道」なんて概念で捉えるから「偽書」になるのです。ねずみ男に齧られちゃいますのです。 ヲシテ時代では宗教と言うより「哲学」として捉えないとおかしいのです。

今は「神社」を「じんじゃ」と読んでますが、ヲシテ時代なら、「カミ(祖先)のヤシロ」とか「ミヤ」とか「ホコラ」の呼び名になります。儒教や仏教が渡来したから、変容を受けて宗教っぽく変化したのです。ヲシテ時代の感覚に戻すには、「宗教」ではなくて「哲学」の感覚に於いて見直してみないといけません。詳しくは、 『縄文人のこころを旅する』 をご覧ください。

水尾神社には、ちゃんとサルタヒコさんもお祭りしていると言う伝承もあります。岳山(だけさん)参りもあります。「建国の故郷」ならではです。 その、中核の水尾神社が破(やぶ)れていては良くないと思います。

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ミオの「オ」は特殊ヲシテ文字です。

           ・

「天成神道」では絶対にダメであって、

ヲシテ文献の本来の「アメのミチ」でないといけませんよと言う、

その根拠になる、

「アメのミチ」の関係のリストを掲げます。

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以上の用例を見てもらいましてら、

金輪際において「天成神道」なんて言葉は、使いたくない、見るのも気持ち悪い、という事がお解かり頂けると思います。

              ・

ついでながら、「アマナリ」の用例は皆無です。

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そもそもが直訳偽書の「秀真伝」として偽作された語彙の「天成神道」を、「あまなりのみち」何て言うのは、2重にも3重にもの錯誤なのです。

これが、ねずみ男の思う壺。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

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2012年1月16日 (月)

鞍居桃のこと。  西王母のこと、トヨケカミとの事。

群生してるので、保存は大丈夫だろうとの事。

鞍井小学校が今年の4月で閉校になるとのこと。

鞍居桃は?  その行く末は?

危惧を抱きましての事で御座いました。

保存に関しましての危惧には、校長先生は、そこらに沢山に群生してるので、大丈夫だろう。

との事でした。

有効活用の少ない樹木は、至って、冷淡な扱いを受けて来ての事のようです。まったくのところ、その時点の瞬間の事々での判断で御座います。それは、ヲシテやヲシテ文献につきましては更に如実な様相です。ですが、本来の「日本」の真実の宝を再発見するためには、これが、金よりもダイヤモンドよりもレア・アースよりも重要なのですね。  と、知ってもらいたいと、言を大きく言いたい、叫びたいです。

              ・

桃と言って、今フツーに食しているピーチのモモはの事ですね、スモモの様なツルツルの実ではなくて、毛桃の品種の事です。

中国大陸から奈良朝時代ごろに、日本に渡来したのか?

 (これが、悲しいかな、通説になっておりますですね。何時ものように、この様な、ねずみ男のような、簡便簡易の把握が誤認を生じる大問題なのですが…  ?  ね。 

以前には、サクラも、渡来だとか?

 いや、馬も、渡来だとか?

でも、馬具は弥生遺跡からも発掘がされて…、

サクラは、幾ら何でも奈良朝渡来だと信じる人は、もう居ませんですよね?

NHKは、数年前まで、桜は中国渡来だなーんて、公然と言ってたものでした

恐ろしいことで御座います。

日本全国、北から南まで、サクラのやま・サクラの品種の亜種はとっても多いのです。美しい種々です。これが、奈良朝に初めて輸入されてから、全国に何千キロも? 広がって、極めて多くの亜種を根付かせて各地の気候に適合させたなんて、?  あり得る話には、 いくら何でも、その範疇にはあり得ない推測です。間違った推測です

さてさて、サクラの事も同様ですが、実に細かい繊毛の桃、つまり、今のピーチ(桃)の毛桃の事です。

これが、本当は日本自生種であったのか?

ここが、大きな分かれ目のポイントなのです。我が国の、ピーチ(モモ)の自生の事の有りや無しや?  の 判定の極めて重要な事案なのです。はっきりしましたら、ヲシテ文献にある「ミチミのモモ」は、実在だったという事、つまり、西王母は、日本からの賜りものを大事に中国で育てたという事が判明して、我が国から中国に「モモ」が渡ったと言う事実認定をする事になるわけです。鞍居桃の実在は、太平洋の孤島の鳥島よりも、ある意味でもっと重要なのかもしれません。

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この、事々は大きいと思います。西王母の日本に、トヨケカミにミチを乞うて拝謁の事々です。ミチを習ったのですね。さらに、遡って言及しましたら、クニトコタチさんのミコ(皇子)達の8人は、そのうち、「カのミコト」は中国大陸に赴いているのですね。何の、仲違いをするべき歴史にはないわけです。古く、縄文・弥生の時代にまで遡ったらの事です。

           ・        ・

鞍居桃のこと、そのような意味でも、証明の確たる根拠です。大切な事々の一つで御座います。

以前には、若い実をお送り頂きました。

 http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-4b8a.html

鞍居桃の苗木を得て、こちらでも、植えてみたいとかねてから、ずっと思っております。 如何なるや、 ですが。

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原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

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2012年1月15日 (日)

「本・国学」のこと。 『ホツマツタエ』などヲシテ文献の位置につきまして。 「あなみ」のこと。

『ホツマツタヱ』『フトマニ』『ミカサフミ』の、

ヲシテ文献の位置は、記紀すなわち『古事記』『日本書紀』の原書であるという事です。

問題は、ヲシテ文字が考古学で言う縄文時代から国字であったところ、

人皇の15代応神天皇の時代の頃に、外国語の漢字が国字に制定された、大変革の事があった事実に、ヲシテ文献の発見に伴って、気付かされたわけでした。漢字以前の時代の本当の我が国の真相に迫らなくては、今後の未来は融けゆくばかりです。

               ・

その様な、根本的な見地に立って、いろいろと考究を進めるところです。

この見地が、歩みは遅くとも、本来の国学の再構築に、着実な一歩を踏み出せるからです。

         ・          ・

さて、

「あなみ」の言葉のこと、「天・並み」何て意味にと取りやすいですが、

ちょっと違うと思う様になってきました。

「あ・な  み」の語感と言うようでしょうか?

「並ぶ」 では、違うと思うのですね。

どのような働きがあるのかを、模式的に例えたのが「もとあけ」であるからです。

単なる、羅列の表現ではないと、  そのように基本理解に基付いて考えますと、

「あ・な」 であって、そこからの「み」の事、 これが「ア・ナ  ミ   カミ」の意味だと。

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ヲシテ時代の言葉の考究には、出例の吟味に拠るところが、

最善のものであると考えておりまして、40年変わることなく私の信念です。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

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でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

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1300年来の誤訳です。

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1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

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