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« 獣肉食の禁忌はアマテルカミからの、ご発案事項です。 それ以前には、ありませんですね。 | トップページ | 亥の子餅(いのこ もち)のこと、私の国史との出会いの端緒のこと。 »

2012年9月15日 (土)

「神道」その現代に至る歴史のこと。「ホツマツタエ」などヲシテ時代からの連続の歴史のこと。

「神道」は飛鳥・奈良朝頃からの言葉です。漢字国字化時代の初期にも存在していません。「神道」とは、比較的に新しい時代に発生した言葉です。

このように、現代人に説明しますと、ドッキリ・ビックリされてしまいます。こちらを、変な人かとも疑いの目を向けさせる事態にもなりかねません。『古事類苑(こじ るいえん)』を見ておきましょう。

Photo

この項目も端的にして明快な説明の文章です。廣池千九郎さんの筆に関わるのかも知れません。井上頼国先生は、廣池千九郎さんをとっても評価なさって居られたことでした。

以前は図書館で『古事類苑』を見ていましたが、いっつも、重たい本をゴロゴロ書庫から出して運んでもらうのに気兼ねしまして、自宅に備えています。「日文研」なども出来てますが、書籍ベースのほうが良いですね。『群書類従』も、CD入のスキャン版も持ってますが、画像も鮮明でないし使い勝手も書籍ベースのほうが優れていると思います。

さて、今、現代に、

「神道」のこと、ヲシテ文献発見以降の事として、あらためて書かねばならないと思います。しかし、『古事類苑』の解説文に優(まさ)るのはおいても劣らないものが記せるかどうか? まったく、これは名文の文章ですね。

現代的に、解りやすい本としては『神道の歴史』(高取正男、平凡社)がおすすめです。

本当の所、漢字渡来以前こそが我が国の素晴らしい光輝あふれる時代だったのです。 と、わたくしはいつも言っています。 なかなかに漢字の後世にておぶさりが強いので、ちゃんと理解して頂けるお方は、まだまだ少ないのが現状ですね。その、打破には、肚から解る、ヲシテの、ヲシテ文字の、ヲシテ文献、のその受容が成り立ってからのことですから、だいぶ、先のことでしょうね。

「日本文明」に、本当に目覚めるためには、漢字以前の大文明に根拠を置いて再出発しなくてはなりません。「神道」の概念より、もっと遡及してからが本物です。

                ・

とは申しましても、今、ヲシテ時代の早い時代や中期ごろから、後期の末期に至りましてから、さらに、漢字国字化時代に突入するあたりまでにつきましては、やっぱり、連続としての歴史を書いておかねばなりません。

「ヲシテ国学」のうちでも大きな柱のテーマでもあります。

ひとつの言葉の「神道」についても、正確な説明はとっても骨なことなのです。それでいて、解りやすいことも兼ね備えなくてはなりませんから、ね。

そのこと、

わたくしは、

「縄文哲学」と表現すべきだと、漢字以前の本来の「日本」の精神のありようのこと、主張してます。

この捉え方こそが、我が民族伝統の尊さを明瞭に、自国向けだけでなくて全地球向けにすきっと提示しうるミチであると考えております。

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ひとつ、添えて言っておかねばならないのが「カミノミチ」の用例ですね。

時代の背景や、事件に対する応じ方に纏わる事の事情の説明をしませんと、誤解を招く恐れがあります。大きな流れの本流と、小さな流れのしたたりと、その違いの事ですね。31-38の用例のことです。 また、39-58の用例のこともあります。  また、ミカサ1-4の用例は大きいことです。言葉の概念の範囲を把握してのことです。 何はともあれ、直訳の貼り付けにしたら偽書製造になる事だけは目に見えてます。 

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もっとも、ここで言っておきたいのが、

 コモリカミなど、人物の存在としてちゃんと判ってるのに「神」の漢訳を付ける誤謬に付いてです。

Kami1

Kami2

上は、『漢和中辞典』(角川書店)。下は『康煕字典』です。

漢字語彙の意味を見ますと、生存のしっかり解る実在のお人を「神」の表現にするのは、いささかおかしいと思いますですね。 何でもかんでも「神」に直訳当てつけしてしまう『古事記』のやり方こそが、最ものタチの悪い原因菌の増殖発生の根源の源ですね。誤訳もいいとこです。それで、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」にと、貶(おとし)め製作しちゃうのですね。  「カミ」のヲシテ時代での言葉のリーダーのような「ツカサ」の事での意味の漢字したら、「司」の方がちかいでしょうか、ね。「神」は断じて間違いですね。ミホヒコさんは生きておられるのですからね。その、生命のあって生きておられるミホヒコさんの、コモリカミの褒め名を「コモリ神」を当てるのは、どう好意的に見ても言っても100%の誤訳と断じるのが私の判断です。まだ生きておいでのヒトを「神」とは、言うのはおかしいです。せめて「生き神さん」とでも言うなら、まだしもですがね。

結局、ヲシテ時代の「カミ」の言葉は、直訳の「神」に当て付けは99%の事例において大誤訳なのですね。これが、「ねずみ男」ですね。

それやこれ、現代にての意味合いの受け取り方は、ヲシテ時代のそれとは比較するにもビックリの違いがあります。直訳の当て付けは、結果がヒドイことに成るのは100%請け合います。いくらでも賭けますですよ。 こちらの位置は、「直訳は誤訳」だと言うスタンスです。 直訳しても、「誤訳にならない」と、その、張り方を主張為されるのであれば、いつでも、応じます。

「カミのミチ」の用例ひとつにとっても、

縄文文明の深さをきちっと把握してからの論議はとっても先のことが長いことだと思います。単純な、ペッタペッタ貼り付けはヒドイことだと思いますですね。ウサギが餅を搗(つ)くように、ペッタペッタと誤訳をして、クニを売るとは、そういう事なのでしょうね。我が国は、縄文時代の国家建国の端緒の光輝ある時代からそんなに程度の低い国柄ではなかったのですからね。

「神道」の以前、ヲシテ時代の中期にまで遡ったら、我が国の宗教的・哲学的な世界観はどうだったのか? 『縄文人のこころを旅する』に詳しく述べてあります。「縄文哲学」として、現代的に表現すると誤解が少ないと考えます。

漢字国字化時代以降の、それも、平安朝頃の「神道」なーんかにこだわってたら、しょうがないと思います。明らかに「縄文哲学」の頃の高度な高貴さからの、劣化が漢字国字化時代に現れてますから。

                  ・

井上頼圀先生は、「天爵」とか「人爵」の事など、その違いに、こだわって居られたようでした。

わたくしの、思う所はちょっと違いまして、アマテルカミからお褒めを戴くまではムリでも、せめて、頷いて頂けるようにと願って日夜の努力をしてます。 これまでも、これからもです。イノチ(生命)の続く限りの事で御座います。  よく考えてみましたら、此の様な大きな仕事に携わることの運命的な出会いは、極めて有り難きことであると身をココロを引き締めるところで御座います。

ミチに付いて、その求める所と考えております。「ミチあらわせ」と、アマテルカミは、コトある毎におっしゃって居られたからです。 

その、根源のところは、

「より得意とする力の持ち寄り」に拠ってこそ、なのですね。

                ・

小学生の頃には、陣取りの遊びをよくやりました。囲碁もその流れにありますね。また、将棋もそのながれと同じ事ですね。もっと広く、これからどうするか? について、見識をよくよく広めて考えあわせてゆくべきですね。 過去のことも、当然に、斟酌しなくてはなりません。 考えてみましたら、私の生存のことも極めて数奇な成り行きにて生まれ合わせたこともありました。過去のいろいろの出来事のこと、言い尽くしても、被害災害を受けた人、その成り行きの思わぬことで生じてきたことなど、因果のことは起きてしまって今あるわけです。 良し悪し、白黒など、さらに原因の事など今になってドウと言うべきもありません。

さて、どうしてゆくか?

この、問いかけしか、有効な言葉はないと思います。

ただ、過去に、こうあったのだから、  道筋としては

此の様にあるべきだ。

と、過去の歴史に徴するしか、拠り所としては、繋留の要になる礎石を求めるのは此処だけなのです。 だから、歴史はきちっとせねばならないのですね。近隣諸国との摩擦も、言うべき物事はきちっと言わないと、やられるばっかりです。 この、根拠をきちっと定め得るもの、それが、今の時節に於いての約40年前に新発見のヲシテ文献の記紀の原書としての意味合いなのです。

 

 

             ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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