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2012年9月29日 (土)

台風17号により、9月30日「いせの会」は中止致します。

急遽の、台風接近によりまして、

「いせの会」9月30日は中止とすることになりました。

          ・

次回は10月31日に開催とさせて頂きます。

ご迷惑をお掛けいたします。

台風17号は、かつての伊勢湾台風なみの恐れがあります。

被害にかかられませぬよう、お祈り申しあげます。

Taihuu17gou1

Taihuu17gou2

日本気象協会のページより、引用です。

http://bousai.tenki.jp/bousai/typhoon/detail-1217.html

2012年9月20日 (木)

亥の子餅(いのこ もち)のこと、私の国史との出会いの端緒のこと。

もう季節は、釣瓶落としですね。お亥の子餅の季節も段々と近くなります。亥の子餅に近い「赤福」はいつでも食べれますが、源流は応神天皇の御代に遡るようです。わたくしの故郷ではそう信じられてます。応神天皇は15代ですから、ヲシテ文献の記録終わりの12代景行天皇から、たったの3代後のことです。この時代は、漢字国字化時代にと大変革の起きる、まったくの、激動期です。 『群書類従』の塙保己一(はなわ ほきいち)の弟子で、『古今要覧稿』屋代弘賢(やしろ ひろかた)は、能勢(のせ)からの応神天皇の御代からの献上は「よく解らない」と言ってますが…。

Higannhana

                <もう、ヒガンガナです>

大阪府の北端部の京都にも程近い、かつての東能勢村(ひがし のせ むら)で、今は豊能町(とよのちょう)です。「豊能町民話」 の記事があります。

下記は、水資源機構の紹介ページです。写真が綺麗に入ってます。

http://www.water.go.jp/honsya/honsya/pamphlet/kouhoushi/2011/pdf/1106-06.pdf

お亥の子餅と、国史との関連とは、何のことか? と、思われますでしょうが、この疑問からわたくしの国史への興味は始まったのでした。私の故郷の能勢の木代(きしろ)では「お」を付けて「お いのこ」と呼んでます。

それは、お亥の子餅は『日本書紀』の麛カゴ)坂王のことに由来があるようなのですね。「カゴ」の文字が珍しい字でむつかしいなので、所々カタカナにさせて頂きます。 

                       ・

『日本書紀』神功皇后摂政元年2月条

爰伐新羅之明年春二月。皇后領群卿及百寮。移于穴門豊浦宮。即収天皇之喪。従海路以向京。時麛坂王。忍熊王。聞天皇崩。亦皇后西征并皇子新生。而密謀之曰。今皇后有子。群臣皆従焉。必共議之立幼主。吾等何以兄従弟乎。乃詳天皇作陵。詣播磨山陵於赤石。仍編船絙于淡路島。運其島石而造之。則毎人令兵而待皇后。於是犬上君祖倉見別。与吉師祖五十狭茅宿祢。共隷于麛坂王。因以為将軍。令東国兵。時麛坂王。忍熊王。共出菟餓野。而祈狩之曰。祈狩。此云于気比餓利若有事。必獲良獣也。二王各居仮庪。赤猪忽出之登仮庪。咋麛坂王而殺焉。軍士悉慄也。忍熊王謂倉見別曰。是事大怪也。於此不敵。則引軍更返屯於住吉。 
                     ・ 

どう言う事かと、申しますと、神功皇后が韓半島から帰国なさった際に、カゴ坂王と、忍熊王が反抗の軍を上げたのでした。カゴ坂王と、赤のイノシシが、どうも、お亥の子餅の元祖の由来であるようなのですね。カゴ坂王の麛(カゴ)の文字は「鹿の子」の意味で「カのコ」の「カゴ」だったのです。意味深(シン)のところですね。赤イノシシとは、一体何を意味しているか? そして「鹿の子」が「亥(猪)の子」に変わったとも読み取れます。ダイレクトに記載すると、諸方に迷惑がかかる場合には、例え話にしたりボヤッと茫洋態に筆先を丸くするのですね。それで、長い年月が経って、当時の常識の忘却されてしまった時代になると、解りにくいのです。  菟餓野(とがの)の地名も諸説入り乱れていて現在地の対比比較は判然としません。神戸のあたり、あるいは大阪北区の天満の天神の北野辺あたりのぐらいには絞れそうですが、此処という決め手には欠けます。

あるいは状況証拠は結構強いものです。能勢からは、お亥の子餅がずーっと、1600年間も献上されてまして、明治天皇にも献上したのでした。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A5%E3%81%AE%E5%AD%90%E9%A4%85

私の曽祖父も献上したのだと聞かされてました。祖母の父ですから、曽祖父でよろしいですね。

清和源氏の、多田神社の、旧御家人の家柄です。すなわち、系図上、56代の清和天皇からの代々続いた末裔という事になります。

何か? 「亥の子餅」にはもっと古い、15代の応神天皇の頃の事情も秘められていたのかも知れません。それが、わたくしと「国史」との出会いの原点でした。

能勢の木代村(きしろ むら)には走落神社という『延喜式』に記載のある神社があります。『延喜式』には神社名が漢字表記されてるばかりですから、今に伝わる詳しい祭神なんかや由来の事々は後世の付託も多いので注意が要(い)ります。神社名だけは、1000年前に遡及が出来るわけですね。

どうも、カゴ坂王との関連か? と、も、思えるのですが、詳しい事情は何のことやら? です。この疑問から国史に触れてゆく端緒になりました。『日本書紀』は、言外、行間に何か言おうとしているようなのですが、私の理解・解明はいまだしの所ではあります。

『古事記』は、麛坂王を、香坂王だなんて読み易い字に作ってますが、「鹿の子」の意味をはぐらかして消去しようと企んでのことかも知れません。そもそも、漢字の国字化時代以前の末期のことですから、漢字表記は後世の当て付けでしかありません。後世の筆記者の思惑に染まってることだけはよく考えるべきですね。 

それはそうとしまして、成務天皇、仲哀天皇、神功皇后と、ヲシテ文献の記録終わりからは、記述内容がそれ以前とは風が随分と変化していることに、みなさまお気付かれてますでしょうか? ガラっと変わった、なんとも言えない文化度の低さと私は見て取ってますが。

このテーマも、時代のギャップの事も、やってゆかねばならない問題ですね。

結局のところ、我が国の文化度は高かったのに、

近隣諸国との行き来が頻繁になるにつれて、

段々と大変な事にになってきたと、

そのようにと、理解するのが正確な所かと思われます。

安岡正篤さんに言ってやらねばなりませんね、彼の言う「我が国」にこそ、道を説くべしでしょうねと。つまり、安岡正篤さんは読者を間違えたのですね。

Susuki

         <ススキの開花初めはつややかです>

            ・             ・

お亥の子餅のこと、よく似た近い餅は一般に広く普及して「赤福」や「御福餅」など、いつでも食べれるようになりました。わたくしは「赤福」を食べる際に、いつも、お亥の子餅を思い出します。  お亥の子餅を、明治天皇は、また食べたいとおっしゃいましての事であったと、仄聞致しましてございます。

奈良時代だったら、ミヤコへの運搬も大変だったでしょうが、今の現代でしたら東京でも半日で行けますですね。 折角1600年も歴史があるのですから、お亥の子餅の献上の復活も考えても良いとわたくしは思いますが、 如何(いかが)でしょうかね?

                   ・

それは、もっと古い時代からのベースにあった伝統にも則(のっと)っていると考えられるからです。

ヲシテ時代の中期に遡りましたら、「モチヰ ほとこし」(餅の施し)の、事があります。トヨケカミの時代です。考古学に言う縄文時代か、弥生時代の時の話です。長い長い伝統が根底になっていたのですね。

Kanatuki

旧暦の10月は、現行の西暦での11月半ばあたりからです。カナツキですね、温かさのカミ(来たりて生じる)の最後の1本までもが地面の下に潜(もぐ)ってしまうので「ミ」の季節です。それでカミナシツキ、カンナツキです。ヲシテ文字で見てみないと判然としませんですね。

Mi

縦棒が、温かさのカミ(来たりて生じる)の棒で、横棒はこの場合には地面です。

カンナツキ(カミナシツキ)の場合も「カミ」を「神」の文字に当てるのはおかしいです。変化を齎(もたら)す働きであるのが「カミ」で、直訳当て付けの「神」では意味を取り違えさせるからですね。

Kami3

「カ」の縦棒は繋がりや来ること行くことを意味します。「カ」の丸はウツホ(気体)の茫洋とした様を表します。

「ミ」の横棒はベースを表していて、この場合は現状と捉えるのが良いでしょう。「ミ」の縦棒は生じてくることを意味しまして、「ミ」のドームの傘の形はウツホが上空の冷たさで冷やされて降りてくるような意味合いで、この場合は一旦完了の時制を意味していると見ると解り良いでしょう。

季節が最も寒くて厳しい時期に、ヲヲナムチはモチヰ(餅、しとぎ餅か?)を配る行事をしたのです。寒さに拠って起きる病気の軽減化の対策ですね。

何かの拍子に、ヌルテ(白膠木)を焚いてのモチヰ(餅)が、お亥の子餅に変化して広まったと、見て取れます。それが、天下を揺るがしたカゴ坂王の反乱に依拠したとしても、半分ぐらいはウーンと唸る話だと思います。 漢字国字化時代への大変革の維新の決行時代です、天下の世論の沸騰時代と捉えるべきだからですね。 今に比して謂(い)うなれば第二次大戦での大敗戦の混乱期に匹敵すると、わたくしは思い考えます。

                  ・

それはそうと、ヲシテ文献に遡っての解明として、

ヲヲナムチの焚いた「ヌルテ」は白膠木の事でしょうが、何の意味があるのか?

お歯黒も、今にして思えば、変わった風習でしたですね。これは、何時まで遡る風習なのか? 考古学の出番なのかも? 古墳時代の初期頃の遺物もあるとかです。ヲシテ文献ではわたくしはかけらも見たことありません。

木代(きしろ)の善福寺は大阪市内に移転したとかです。明治維新の余波です、東京奠都ですからね。献上のお亥の子餅の行事が無くなったら、加持祈祷料もきませんから、とても、数軒の家だけでお寺の維持は出来ません。時代の波は、こんな山奥のトコロにも押し寄せるのですね。 故郷の家では遠い所の別の真言のお寺にと、客分で祖先は祭られてます。 善福寺関連で、そう言えば、聖徳太子も白膠木の樹を使ったということでしたが、何の意味であるのか?

分からないことは多くあります。

でも、考えていると、分からないことの解答が、フッと浮かんで来ることに遭遇します。

 

どちらにしましても、

わたくしは、少なくとも祖母の系譜からは、56代の清和天皇さんからの血脈にも繋がりますし、

また、

父系の系譜についても、

15代の応神天皇の血脈にも、何かしら、

繋がっていそうなこと、と、

そういう事から、

自分とは何かを、

問い始めたことが、

「国史」に興味を抱いた切っ掛けでした。  


 

 

 

             ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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2012年9月15日 (土)

「神道」その現代に至る歴史のこと。「ホツマツタエ」などヲシテ時代からの連続の歴史のこと。

「神道」は飛鳥・奈良朝頃からの言葉です。漢字国字化時代の初期にも存在していません。「神道」とは、比較的に新しい時代に発生した言葉です。

このように、現代人に説明しますと、ドッキリ・ビックリされてしまいます。こちらを、変な人かとも疑いの目を向けさせる事態にもなりかねません。『古事類苑(こじ るいえん)』を見ておきましょう。

Photo

この項目も端的にして明快な説明の文章です。廣池千九郎さんの筆に関わるのかも知れません。井上頼国先生は、廣池千九郎さんをとっても評価なさって居られたことでした。

以前は図書館で『古事類苑』を見ていましたが、いっつも、重たい本をゴロゴロ書庫から出して運んでもらうのに気兼ねしまして、自宅に備えています。「日文研」なども出来てますが、書籍ベースのほうが良いですね。『群書類従』も、CD入のスキャン版も持ってますが、画像も鮮明でないし使い勝手も書籍ベースのほうが優れていると思います。

さて、今、現代に、

「神道」のこと、ヲシテ文献発見以降の事として、あらためて書かねばならないと思います。しかし、『古事類苑』の解説文に優(まさ)るのはおいても劣らないものが記せるかどうか? まったく、これは名文の文章ですね。

現代的に、解りやすい本としては『神道の歴史』(高取正男、平凡社)がおすすめです。

本当の所、漢字渡来以前こそが我が国の素晴らしい光輝あふれる時代だったのです。 と、わたくしはいつも言っています。 なかなかに漢字の後世にておぶさりが強いので、ちゃんと理解して頂けるお方は、まだまだ少ないのが現状ですね。その、打破には、肚から解る、ヲシテの、ヲシテ文字の、ヲシテ文献、のその受容が成り立ってからのことですから、だいぶ、先のことでしょうね。

「日本文明」に、本当に目覚めるためには、漢字以前の大文明に根拠を置いて再出発しなくてはなりません。「神道」の概念より、もっと遡及してからが本物です。

                ・

とは申しましても、今、ヲシテ時代の早い時代や中期ごろから、後期の末期に至りましてから、さらに、漢字国字化時代に突入するあたりまでにつきましては、やっぱり、連続としての歴史を書いておかねばなりません。

「ヲシテ国学」のうちでも大きな柱のテーマでもあります。

ひとつの言葉の「神道」についても、正確な説明はとっても骨なことなのです。それでいて、解りやすいことも兼ね備えなくてはなりませんから、ね。

そのこと、

わたくしは、

「縄文哲学」と表現すべきだと、漢字以前の本来の「日本」の精神のありようのこと、主張してます。

この捉え方こそが、我が民族伝統の尊さを明瞭に、自国向けだけでなくて全地球向けにすきっと提示しうるミチであると考えております。

                               ・

ひとつ、添えて言っておかねばならないのが「カミノミチ」の用例ですね。

時代の背景や、事件に対する応じ方に纏わる事の事情の説明をしませんと、誤解を招く恐れがあります。大きな流れの本流と、小さな流れのしたたりと、その違いの事ですね。31-38の用例のことです。 また、39-58の用例のこともあります。  また、ミカサ1-4の用例は大きいことです。言葉の概念の範囲を把握してのことです。 何はともあれ、直訳の貼り付けにしたら偽書製造になる事だけは目に見えてます。 

           ・       ・

もっとも、ここで言っておきたいのが、

 コモリカミなど、人物の存在としてちゃんと判ってるのに「神」の漢訳を付ける誤謬に付いてです。

Kami1

Kami2

上は、『漢和中辞典』(角川書店)。下は『康煕字典』です。

漢字語彙の意味を見ますと、生存のしっかり解る実在のお人を「神」の表現にするのは、いささかおかしいと思いますですね。 何でもかんでも「神」に直訳当てつけしてしまう『古事記』のやり方こそが、最ものタチの悪い原因菌の増殖発生の根源の源ですね。誤訳もいいとこです。それで、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」にと、貶(おとし)め製作しちゃうのですね。  「カミ」のヲシテ時代での言葉のリーダーのような「ツカサ」の事での意味の漢字したら、「司」の方がちかいでしょうか、ね。「神」は断じて間違いですね。ミホヒコさんは生きておられるのですからね。その、生命のあって生きておられるミホヒコさんの、コモリカミの褒め名を「コモリ神」を当てるのは、どう好意的に見ても言っても100%の誤訳と断じるのが私の判断です。まだ生きておいでのヒトを「神」とは、言うのはおかしいです。せめて「生き神さん」とでも言うなら、まだしもですがね。

結局、ヲシテ時代の「カミ」の言葉は、直訳の「神」に当て付けは99%の事例において大誤訳なのですね。これが、「ねずみ男」ですね。

それやこれ、現代にての意味合いの受け取り方は、ヲシテ時代のそれとは比較するにもビックリの違いがあります。直訳の当て付けは、結果がヒドイことに成るのは100%請け合います。いくらでも賭けますですよ。 こちらの位置は、「直訳は誤訳」だと言うスタンスです。 直訳しても、「誤訳にならない」と、その、張り方を主張為されるのであれば、いつでも、応じます。

「カミのミチ」の用例ひとつにとっても、

縄文文明の深さをきちっと把握してからの論議はとっても先のことが長いことだと思います。単純な、ペッタペッタ貼り付けはヒドイことだと思いますですね。ウサギが餅を搗(つ)くように、ペッタペッタと誤訳をして、クニを売るとは、そういう事なのでしょうね。我が国は、縄文時代の国家建国の端緒の光輝ある時代からそんなに程度の低い国柄ではなかったのですからね。

「神道」の以前、ヲシテ時代の中期にまで遡ったら、我が国の宗教的・哲学的な世界観はどうだったのか? 『縄文人のこころを旅する』に詳しく述べてあります。「縄文哲学」として、現代的に表現すると誤解が少ないと考えます。

漢字国字化時代以降の、それも、平安朝頃の「神道」なーんかにこだわってたら、しょうがないと思います。明らかに「縄文哲学」の頃の高度な高貴さからの、劣化が漢字国字化時代に現れてますから。

                  ・

井上頼圀先生は、「天爵」とか「人爵」の事など、その違いに、こだわって居られたようでした。

わたくしの、思う所はちょっと違いまして、アマテルカミからお褒めを戴くまではムリでも、せめて、頷いて頂けるようにと願って日夜の努力をしてます。 これまでも、これからもです。イノチ(生命)の続く限りの事で御座います。  よく考えてみましたら、此の様な大きな仕事に携わることの運命的な出会いは、極めて有り難きことであると身をココロを引き締めるところで御座います。

ミチに付いて、その求める所と考えております。「ミチあらわせ」と、アマテルカミは、コトある毎におっしゃって居られたからです。 

その、根源のところは、

「より得意とする力の持ち寄り」に拠ってこそ、なのですね。

                ・

小学生の頃には、陣取りの遊びをよくやりました。囲碁もその流れにありますね。また、将棋もそのながれと同じ事ですね。もっと広く、これからどうするか? について、見識をよくよく広めて考えあわせてゆくべきですね。 過去のことも、当然に、斟酌しなくてはなりません。 考えてみましたら、私の生存のことも極めて数奇な成り行きにて生まれ合わせたこともありました。過去のいろいろの出来事のこと、言い尽くしても、被害災害を受けた人、その成り行きの思わぬことで生じてきたことなど、因果のことは起きてしまって今あるわけです。 良し悪し、白黒など、さらに原因の事など今になってドウと言うべきもありません。

さて、どうしてゆくか?

この、問いかけしか、有効な言葉はないと思います。

ただ、過去に、こうあったのだから、  道筋としては

此の様にあるべきだ。

と、過去の歴史に徴するしか、拠り所としては、繋留の要になる礎石を求めるのは此処だけなのです。 だから、歴史はきちっとせねばならないのですね。近隣諸国との摩擦も、言うべき物事はきちっと言わないと、やられるばっかりです。 この、根拠をきちっと定め得るもの、それが、今の時節に於いての約40年前に新発見のヲシテ文献の記紀の原書としての意味合いなのです。

 

 

             ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

2012年9月 7日 (金)

獣肉食の禁忌はアマテルカミからの、ご発案事項です。 それ以前には、ありませんですね。

食べ物のこと、獣肉食の禁忌のこと、

少し述べておく必要を感じました。単純に『ホツマツタエ』では…、云々と、ひと括(くく)りに出来ない事情があります。とにかくも、ヲシテ時代は長いのです。終焉を迎えたのは古墳時代の初期頃です、イコールが漢字国字化時代の始まりです。我が国の本来の伝統のヲシテ時代の始まりは、縄文建国の前期の頃の事からなのです。この間には、何千年もの長い時間経過の内ですので大きな変化が起きています。

単純に『ホツマツタエ』では、…  。 なんて一括(ひとくく)りに言うのは、直訳偽書の『秀真伝(しゅうしんでん)』に貶(おとし)めてからの偽書レベルでのお話しです。「常世」は「常世の踊り」は、なーんて言うようなものです。直訳の漢字表記のそこには肝心要の「トのヲシヱ」の精神はちょん切りされてしまって、一かけらも見当たらないのです。最重要事項の「トのヲシヱ(トのヲシテ)」の精神をちょん切ってどうしますか?  ですね。 そうして、China思想にまぶして包まれてしまったアンコの中の茶色に染めて汚くした宝物を探すようなものです。 本来はヲシテ文字で「トコヨ」

Tokoyo

と記してからの解明でなくては、Chinaまぶしの染めモノ探しでしかないのです。ヲシテ文字に拠らなくては、完全に無駄骨の無意味です。「ト」の精神がわからないのです。ヲシテ時代の「ト」の概念を「瓊(あかいたま)」に直訳なんかでは、しょうがないでしょうね。意味不明です。

現代語漢字語彙に直訳の「常世 踊り」なんかではケパケパのサイケなChina踊りでして、何とも言いようがありませんですね。無国籍でしょうね。 有職文様のように高貴な意匠のレベルも文明も完璧に消去されてしまってます。これは、Chinaまぶし染めでの無国籍の御伽(おとぎ)のお話への世界化ですね。時代も現代か近世で、それは、偽書と言われて当然ですね。ねずみ男の災いです。

               ・

さて、本当はどうなのか?

漢字以前の世界まで真面目に遡ったらですね、

年代のこと、おおまかな把握をしてもらいましょう。『ホツマ辞典』からです。

Img1081

アマテルカミは8代目のアマカミ(神武以前の天皇陛下の呼称)でした。

ですから、アマテルカミは中興の祖ということが的を得てます。

だからこそ、アマテルカミに深く深くの尊敬が為されてゆくのです。

『古事記』のように雲上の世界に祭りあげるのは、おそらく、ご存命なれば絶対にお許しなさらないことだと、ヲシテ文献をよく読んでるわたくしは思います。アマテルカミのお言葉に、文章を通して直接に長く接してきている、わたくしの自負から思います事です。実際にお伊勢さんの伊勢神宮でも、「生きます如く」にお仕えしてきているのは、長い長い本当の本来からの伝統です。これこそが尊ぶべき伝統ですね。雲上の祭り上げこそが、ご意志に反する要の事項だと考えます。

さて、アマテルカミは獣肉食の禁忌のミコトノリを発せられました。

ご在世にあられましたからこその、事、これが真実であるからこそのミコトノリですね。アマテルカミが雲上のご存在だったら、獣肉食の禁忌なんか言い出されますでしょうか? それは、断じて無いことですね。

Kuimono1  

アマテルカミは健康長寿についてお心をご配慮なさって下さって居られたのです。たしかに、獣肉食は健康に良くないと現代にも、よくよく耳にします。アマテルカミのご先見の明です。

わたくしも、アマテルカミのお言葉に文章で接してからは、きちっと実行させて頂いてます。 もうかれこれ40年近くになりますです。もう、今では変な目で見られることもなくなったです、初めの頃は変人扱いで大変でしたけどもねー。 さらに近来の狂牛病の騒ぎからは乳牛品や鶏卵関係や、食品添加物などなどの添加製品も99%除外に徹してきました。それで、もっぱら、くら寿司なんですね。我が財布の事情も御座いますしですね。今日は、女房とお腹いっぱいで15皿でしたです。多種多様の新鮮食物は有り難いことで御座いますです。ウニやイクラなんて特別な貴重な食べ物を安価で適量にいただけるのは有り難いです。お伊勢さんや、上賀茂神社など、諸社に伝わる伝統のお供え物は、当時のとっても良い重要な食文化を残して伝えてくれているようです。それは、形を変えてより時代に適するように、今にも変化発展してると考えます。要は、利用の適切な仕方が要(かなめ)だと思います。わたくしは、くら寿司でもお醤油を使ったことはありません。酢飯に味が付いてるので十分なのです。

お陰様をもちましてか、髪の毛は別として見た目に若いと、いつも言われてます。これは有り難いことで御座います。年齢不詳だともです、が。  わたくしも、目指せ大坪併治先生! ですから、ね。

しかし、考えてみましたら、アマテルカミの8代目アマカミ当時よりも、

それ以前の初代から、7代目までの時代はどうだったか? ですね。

Kuimono2  

当然のことで、「ソロ」のお米などの穀物の農耕開始までの時代は、

特に古く初代のクニトコタチさんの頃は、ミケ(食料)は「コノミ(木の実)」が主だったわけです。

アマテルカミも、常づね尊敬なさって、国家の理想となされて居られたのが、クニトコタチさまの御代の事でした。

この事を以って考えましても、単に、獣肉食の禁忌をヲシテ時代全般にわたっての絶対事項だと言うことは、大間違いですね。一括(ひとくく)りで『ホツマ』では…  、云々  なーんて言うような、そんな物事の言いようは、木を見て、森を見てないとご判断をなさってくださるべきです。直訳偽書の『秀真伝(しゅうしんでん)』のご同類ですね。鳥居ホツマはChinaまぶしにヒドイものであると思います、何しろ『古事記』のお絵かき画伯さまで御座いますからね。

「ナガサキ」のこと「あなたの幸せを願ってます」の古歌の「トコヨのオトリ」の意味が、誤訳されて「常世の長鳴き鳥」にしちゃったのが『古事記』なのです。尾っぽの長い鳥(鶏)は誤訳の象徴です。『定本ホツマツタヱ』を見ておきましょう。

Nagasaki1

Nagasaki2

詳しくは括弧出ししときましたホ24-29などもご参照下さいませ。「ナ(あなた様)」「ガ(の)」「サキ(幸せ)」を「長鳴き鶏」をとするのは、ヒドイ誤訳の代表の見本です。だから『古事記』はダメなんです。誤訳の「鳥(鶏)」を佇ませては台無しでヒドイものです。尻尾がペラペラと、何とも言いようのない悲しさですね。舞台も、誤訳なのです。「ヤスカワ」から、ミヤコ(首都)のイサワに馳せ来たってるのに、「天安川辺」のままで、しかも雲上世界の設定でヒドイものです。だから誤訳の『古事記』はダメダメなんです。

若しも、アマテルカミがこんな事を目になさいましたら、どれ程にお嘆きになられるかと思いますと、身が縮みますですね。本当に、早く何とかせねばと思いますです。「ミチあらわせ!」とおっしゃっておられました、アマテルカミのおこころです。

Mitiarawase1

Mitiarawase2

食べ物の忌避の事は、『縄文人のこころを旅する』に、「食べ物の良し悪し」(p183~)の項にて述べておきました。

後の、11代目のアマキミにご即位なさいますホオテミさんは、山に狩りをするのがお好きだったようです。

Kuimono3

今や現在にも、イノシシやシカが増え過ぎて農作物に被害が大きくなって、狩猟の学校を始めたところも出てきたようです。サルタヒコも、「シシ」を捕まえたのは害獣の捕獲の意味も大きかったような用例もあります。 

Kuimono4

また、人命尊重の事は、タケミナカタのノリとしてありました。

Kuimono5

と、

などなどで御座います。単に食べ物確保としての狩猟もさることながら、農作物の保護の意味合いもあるわけでして、現場の事情はけっこうに簡単ではなくて複雑です。

『フトマニ』に、「フ・ユン」の項がありました。

Hutomanihuyun

『新訂ミカサフミ・フトマニ』です、悩んで悩んで理解が進みました分、解説を改めました。

                 ・

ヲシテ文献の、ヲシテに依る国学再構築は、これも、先が長い長い話しです。

大坪併治先生ではありませんが、まだまだ、多くのすべきことが山のように残ってます。

今問題で困っていますのが、

「ミチ」「ノリ」「オキテ」の解説文の構成についてです。意味解明の方のイメージは大体見えてきましたが、さてこの複雑な事情を、どうやって分り易く表現するか? です。

ここ、数日、表現方法の目先が見えてこないので滅入ってきてました。またも沈没です。しばらく、他のテーマについて仕事を転移させようかと思っている所で御座います。やること捜しには事欠きません。切羽詰まった思いは大変ですが、ちょっと纏めようとしたら、天地開闢以来の初めての現代解説文をつくる話ばかりですからそれが大変なので御座います。ねずみ男だったら、近世「神道」説ペタペタ貼り付けで10冊は書き上げなんでしょうがねー。 わたくしはChinaまぶしは好みません、いたしません。それはアマテルカミのおこころに反するからです。

  

勿論のこと、包容力の欠如としての「秀真伝(しゅうしんでん)」拒否のことでは御座いません事は、ご理解いただいているものと存じます。余りにもの「ねずみ男」の貶めが過ぎるので言ってるわけで御座います。

 

 

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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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2012年9月 6日 (木)

「トのヲシヱ」にと、用語の使い方を戻すこと。 「トのヲシテ」は暫定的用語としてご理解いただきたいこと。

このところ、「日本」のしっかりしたことを言っても変に取られないような時代になってきました。

20年前でしたら、国家の存在自体が悪い、無国家になったら平和に成ると、世間の空気がそんな事でありました。「日本」の古代は尊いなんて一言でも言うと軍国主義か? と疑われかねない時代でした。

国家なんて無くなればいいと、そんな空気が蔓延していた、20年も前のその頃のことでしたので「トのヲシテ」と、いう表現をしていました。本当のトコは「トのヲシヱ」の用例も多く「トのチ」 「トのミチヒキ」の言葉もあります。「トのヲシヱ」が最も適切な表現とも言えますです。しかし、当時の世間の空気が20年前ではそんなとこでしたので、「トのヲシテ」と、冷静な表現で表してきていたのでした。

時代は移り、国家は必要だと、世間の空気も変わってきました。

北朝鮮の工作船の自爆沈没事件の船の引き上げから、潮流は変わってきたように思われます。あれが11年も前だとは、年月の去るのは早いものです。http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/2001-10/2001_kitachosen_kosakusen.html

ミサイルを東北地方に向けて撃って来たり、拉致犯行の事実が判明したりで潮流の節目の転換が起きたと思われます。此処近々には相次ぐ他の国からのしてやられの事件の頻発です。日本には何やっても許されるんだ、なんて、思わせるのがそもそもの良くないことなのですね。 国家がしっかりしてないとヒドイことになると段々と解ってきたようです。

もう、「トのヲシヱ」としてヲシテ時代の草期からの概念を表現しても変に受け止められることも無さそうな時代になりましたようです。単に自衛することに徹しても、しっかりせねば成り行かないのです。古代の「日本」は尊いと言っても、軍国主義には直ぐに結びつくイメージは無くなったようです。我が国は縄文建国の初めから平和を希求する民族で社会なのでしたから。

その様な事情でありまして、

「トのヲシテ」から、

「トのヲシヱ」にと、現代表現の用語を戻してゆきたいと考えます。

            ・          ・

いろいろと、気を使ってる訳でして、

それで、ない毛がさらに薄くなっちゃってたのでした。あの当時では「トのヲシヱ」だと、どうも語感が変に取られやすかったのでした。 つまり、神社のこと一言言っただけで「軍国主義」に間違われちゃうのでした。 今は、今で、「パワー・スポット」とかで、これはこれで大問題なのですがねー。

その様な事情の所、ご理解を戴けますようお願い申しあげたいと存じます。

Tonowosiye  

 

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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

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