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2012年8月14日 (火)

国家のあり方を、原点に立ち返って見直すこと。『古事記』ではダメで、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」の尊さについて。

『古事記』に依る「神話」がどうして、良くないかのことです。

これまでの、わたくしの

遍歴のことから考えてみます。

                ・

今から40年ほど前のこと、『ホツマツタヱ』を読み進めていたわたくしは、『古事記』も見てみました。岩波書店刊「日本古典文学大系」の『古事記・祝詞』でした。これは、『古事記』だけでは薄っぺらいので、「祝詞」の『延喜式』など所収の30篇が付け加えてある。「古典文学」の範疇に纏められたものでした。「古典文学」ですね。よく考えますと違和感を覚えますね。国史じゃなくて文学なんという範疇ですかね? 「神話」ならば、そうなのでしょうけどもね。

当初の、40年ほど前には、わたくしも『古事記』を読んでも、特に、際立った感想を持たないでいたことを思い出します。

ただ、

『古事記』に対しての認識が、だんだんと変化をしてきたのは、『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』と、『日本書紀』『古事記』との、対比比較を全文で終えた頃からだったと思います。 「三書比較」の初稿の完成は、昭和55年(1980)の事でした。 わたくしがヲシテ文献に取り組み始めたのが昭和47年(1972)ですから、8年後のことでした。ちょうど、毎日新聞社『秘められた日本古代史ホツマツタヘ』の刊行の頃です。

どう変わったかといいますと、

『古事記』は神武東征を、「何処か、良い所があるので、そこを攻め取ろう」という構図で描いていました。『日本書紀』も同様です。ところが、既に、わたくしが『ホツマツタヱ』などの「ヲシテ文献」で知り得ていた本当の事情とは、『古事記』記述は全く異なったものであるのでした。

第二次世界大戦で、日本は、もっとこうしたら良かったのにと今にして思い返すことは色々あったにせよ、有色人種の開放を掲げました。  その一方で、同盟を結んだナチスドイツは、他民族の隷属的支配と民族浄化を意図しました。

この二者間では大きな違いがあると見て取れます。 

ヨーロッパ戦線での、残忍な戦争被害を見ますと、同盟を結んだがために、一緒にされては困ると思うのは、私だけでしょうか? とは言え、『古事記』教的な世界観を持っていたままでは、また、同様の不幸に未来苛まれる事が起きるとも予想されます。

根底の違いは、『古事記』の「神武東征神話」と、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での「タケヒト・ヤマトウチ」の伝承との、その精神の違いに当てはまる大きな基本精神の相違点です。

ダース・ベイダーと、 同盟軍との違いです。

                ・

「ヲシテ文献」の「タケヒト(後のカンヤマトイワハレヒト、神武天皇)」は、世論の沸騰する後押しによって、「ヤマトウチ」を敢行しました。兄たち三人も戦死してのやむにやまれぬ強行軍でした。

「ヤマトウチ」の敢行の直接のきっかけは、

「のり・くたせ」(法の鉄槌を下せ)の世論が沸き起こったのでした。

ヨ(世の中)を混乱におとし入れるナガスネに、法の裁きを下せ! の、世論です。ナガスネが法を犯し、世の中に戦乱を起こしたのです。ナガスネを指導するべきキミのニギハヤヒは黙認でしたから、ヲヲヤケに対しての責任放棄の罪があります。

Nagasune1

Nagasune2

ダース・ベイダーとは全く事情が違うのが、「タケヒト(神武天皇)」のヤマトウチです。

秩序の再建の為の解放戦なのです。つまり、言わば同盟軍の英雄的な進軍が「ヤマトウチ」だったのです。 何十年と、ナガスネヒコの軍事的な専横に、国民があえいでいたのです。それで、「のり・くたせ」のウタが流行ったのです。

苦難に満ちた「ヤマトウチ」の、

その結果、ニギハヤヒはいよいよの所でハラ(腹・肚)を括(くく)ってナガスネヒコを処断して、マツロイ(恭順・降伏)ました。 

Nagasunehiko3

ニギハヤヒの子孫は、のちに、モノノヘ(後の物部氏)となって皇室を守ります。

単なる政権奪取などとは、わけが違う深い理念がここにはあるのです。

道に悖(もと)る軍事制圧だったら、臣に降って物部氏として、何代も何代も代々に仕えることなんてするわけがありません。

それは、古く、縄文時代からの統一国家の伝統の重みがあっての、歴史的なルールの存在があったからです。

詳しくは、 『ホツマで読むヤマトタケ物語』にも紹介してます。

いい加減に、『古事記』のインチキ神話の騙しの世界から目を覚まして欲しいと念願します。

『定本ホツマツタヱ』に、ちゃんと比較対比してますから、目を見開いてご覧下されば、はっきりわかるはずです。また、ご自身でちゃんと比較をなさってみる事の方を、もっともっとお勧めします。 わたくしは、単なる手助けだけです。

さらに、

『古事記』流では、どうして? 伊勢神宮が伊勢の土地にあるのか? 説明がつきません。高千穂に天下った九州の豪族が、どうして? 祖先神を伊勢に祭るのか?  ワケが解りません。 何ら、伊勢の土地とは繋がりが皆無なのです。恣意的な改竄書が『古事記』ですからね。だから、『古事記』はダメなんです。

そうではありません。

我が国は縄文の太古の昔から、北は青森から、南は九州南端まで由緒正しい統一国家であったのです。その伝統と歴史の長さは、実に、地球上で最も永く久しい長久の国家であり、全世界で唯一現在までもに太古からの命脈を受け継いでいる貴重さだったのです。厳密に少ない目に見積もっても6000年、建国の茫洋としている間(はざま)の特定はむつかしいですが、おおまかに言えば10000年はあるかとも思われます。

たまたま、12代ウカヤフキアハセスさんが九州の農業指導に行幸の際に崩御あそばしましたことから、ミコ(皇子)のタケヒトさんがご臨終にご遺勅を聞くためにミヤサキ(宮崎)にお出かけ為されたのです。

伊勢は、かの名も高き8代アマテルカミのミヤコ(皇居)の尊い土地でした。ヲシテ時代の中期の高度な哲学・文明の育まれた土地としての尊さです。ですから、本当の「日本」のふるさとのひとつなのです。尊いことです。

詳しい事情をすべてブツブツにちょん切り抹殺して、 我が国史を貶(おとし)めた『古事記』は良くないと判別出来るのです。

           ・            ・

我が国の尊さは、

「ヲシテ文献」をクニの歴史として取り戻すこと、これが唯一のミチ(道)、

と悟るようになりました。

『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は記紀の原書なのです。もとに戻すのに、何を逡巡することがあろうか?

すなわち、『古事記』の神話は、ダース・ベイダー的であって、過去にも間違いを経験したように、また未来に災いを招来するものであり、これをどのようにして、本来の美しいものにと直してゆくか?

これが、わたくしの長い長い苦難の道の主眼点になったわけです。

  

『古事記』に尻尾を振る鳥居礼くんなどと、 全く違う立ち位置が、わたくしの立場です。 それで、彼とはマッタク歩み方が違うのです。 これからも同様の長い長い苦難の道です。 ですが、わたくしは逃げはしません。誤魔化しも致しません。歩みはのろくとも、迎合は一切致しませんですね。 何しろ何があっても逃げないのがかねてからのわたくしの信条です。

「ト・コ・ヨ」のこと、

長鳴鳥は、誤訳もいいとこです。記紀それぞれ共に大間違いの直訳誤訳です。

『定本ホツマツタヱ』を掲げます。

縄文精神の高貴な「ながさき」(あなたの幸せを祈ります)の「おとり(舞踊・ダンス)」を、長鳴鳥だなーんて、あまりに低俗です。だから『古事記』はダメなんです。

Tokoyo3

               ・

松本善之助先生にご指導を賜った事が、

わたくしは頻繁でしたから、

毎日新聞社版の『秘められた日本古代史 ホツマツタヘ』には、

原稿の清書のお手伝いをさせてもらいました。

ヲシテ文字の「よしのすけ」は松本善之助先生の、「善之助(よしのすけ)」です。

「ぜんのすけ」と、一般に呼ぶ場合もありますが、

藤原定家を、本当の呼び方の「さだいえ」と、今では、ほとんど聞いたこと無いのと同じですね。

Photo_62

                 ・

数日先に、本来のミナツキ・スエのミソギです。

Minatukisue

秋に向かって、より良い仕事が出来ますようにと、

ミソギ(禊ぎ)をいたしましょう。

Minatukisue2

Minatukisue3

 

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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