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2012年7月28日 (土)

食物のこと、動物は本来的に悲しいものですね。 

食物のこと、食物連鎖のことですが、

われわれヒトなど動物は、基本的に後世生物ですから、一次生物の事をちゃんと感謝をしないといけないと思います。

Hituki

「ヒ・ツキ」のエネルギーから、生命のいろいろは養われているわけです。

一次生命体の定義ですが、これも、結構にむつかしいです。

植物は一次でしょう、藻も、植物プランケトンも、海底火山の熱水噴出孔に住む硫黄細菌も一次じゃないかと思います。ではミトコンドリアは、どう考えるか? 細菌類、ウィルスなどは? クリプトスポリジウムなどの原始動物は(寄生生物としては二次でしょうが、エネルギー獲得から言えば、発生的に一次的でもあるようです)?  などなど、一概に即断は難しいです。 追記 『辺境生物探訪記』(長沼毅、光文社新書)をみてましたら。 「独立栄養生物」と「従属栄養生物」と分けるやり方もあるようです。「いのち(生命)」の定義も難しいですね。

Photo

ニュー・ハウンドランド沖の植物プランクトンです。  

Terra/MODIS
2012/209
07/27/2012
14:45 UTC

Phytoplankton bloom off Newfoundland

下はアイスランドです。 Photo_2

              ・

シェールガスの有用利用が有り難いことに実現されつつあります。

頁岩の薄い粘土に挟み込まれた動物や植物の身体の有機物が分解されたガスが溜まっているのがシェールガスですね。薄い頁岩の層を割り砕くことで有機性ガスの収集が有用に出来得る、溜まってた、ストックの恩恵ですね。もとは、生命であり、遡れば「ヒ・ツキ」のフユ(賜り物の恩恵)です。

それにしましても3000m地下を垂直掘りから水平掘りに曲がって掘りゆく技術は、驚きです。革新ですね、世界は広いと思います。

その、広い世界に、わが民族が何を提供し得るのか?  が、本当のテーマです。勝った負けたかじゃなくて、どれだけ寄与でき得るか? です。

ここが『古事記』の世界感との、決定的な相違点です。だから、ヲシテ文献で定礎からの立て直しが必要なのです。「われが、我が、 ワシがワシが」の世界観は、ソサノヲの「アメのミチ」を悟る以前の醜い状態です。アマテルカミが、悟りの以前のソサノヲの派遣をためらわれたのは当然のことであると思います。

 どれほど多くの生命が、細菌や植物や動物など、在ってきてのことかと思います。それらの根底は、一次生物にあるわけですね。地球の岩盤の奥深くに長く生息している原初生物や細菌類は基底の生物ですね。地球の大変革のあとにも、また、タネを齎してくれます。

 「ヒトのミは  ヒ・ツキのフユに

 やしなわれ メクミしらせん」

 の事々をしっかりと、伝え直してゆきたいと思います。

この事、縄文日本の根底の哲学ですね。

              ・

 しかしながら、

未だに解らないのが、ヒトと、その以前の生命との敷居の値のことです。閾値(しきいち)ですね。原人からのことや文化や文明の事も含めるとさらにむつかしいです。ヲシテ時代にも、色々と悩んでいた記述を散見します。

     追記

「マサル」のこと。穴居生活時代はヒトとしての認識でよいか?

用例を掲げます。

Masaru_2

Anani 

Kokoroha

          ・     ・

高い敷居のようにも思える反面、

原生動物の精緻さを知ったりしますと、

サルやシカなどは、生物の仕組みとしてわれわれヒトとどれほど違うのか?

と思います。生命の仕組みにとどまらず、理解の程の事も、ヲシテ文献での「ミヤヒ(意識の働き、みやび)」の事を思ってですね、意味深い事柄です。 

そういえば、一昨日、若い離れサル(猿)がウチに迷い来ました。

クワ(桑)の木に登って、そこから屋根の上に行って、こちらの騒ぎを見て何処かに去って行きました。

彼と、どれだけ違うのか? 

サルじゃなくて、ヒトに生まれて良かったと、ほっと思いました。

アマテルカミの事で、前世が良い生き方だったから…、

と言うのにも、思いは移ります。

              ・

ヲシテ文献の、生まれ変わりのミチの事を思います。

Mitiwasuru

           ・        ・

冷泉家の

おウタのお題が、「すすき」です。

もう、秋の雰囲気ですね。 この暑さのなかにも、少しのアキ(秋)を感じます。

ススキのこと、検索しときます。

Susuki

15-40と28-63は「マサカキ」のことですね。

29-12と38-17は勿論、除外の用例です。

 

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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コメント

「逝きし世の面影」などを読んでみますと、ご先祖様にとって、動物と人のしきい値は随分と低かったように思われます。

例えば、鶏肉であっても、死んだニワトリの肉は食べていたが、殺して食べることは、よっぽどのことがない限りなかったようですよ。

 
 
 
      ・
食べる食べないの忌避の事ではなくて、
生命としての、近さのことを思っています。
実際、サルなんかの行動を見てますと、
われわれヒトとどれだけ違うかのこと、
実感します。
馬でも、本当によく、ヒトを見てます。
人参をあげたら、いつまでも覚えてくれてますね。
カラスもそうで、いじめたら、その持ち主の畑を荒らします。タネなんか何回播いてもほじくられちゃいます。
     ・   ・
食物の忌避につきましては、アマテルカミの長命を得るためのご発案です。

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