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2012年7月30日 (月)

「黒書院の六兵衛」時節柄の良い小説。浅田次郎さん。

取っ掛かりが、ひょろひょろの江戸城の受け渡しの斥候の使いでした。

話しの進むに連れて、

大きな構造を説明しようとしていることが解って来ました。

「日経新聞」の最後の紙面の小説です。「黒書院の六兵衛」。

なかなかに、示唆深いです。

               ・

戦国の混乱期の後には、

国家の存続について、きちっとした、守りが最大限に必要でした。

幕府を護る旗本です。

そこに、大きなウェイトが置かれたのです。

ところが、200年来の太平の世の中を経て、

時代は変容を遂げていたのでした。形骸化した旗本のシステム。

そのあたりの事情を、

「黒書院の六兵衛」は説得力を富ませて提示してくれます。

本当のところは、国家の未来像に理解が及んで、「旗本」システムの構築員たちが自己改革を成し遂げるのであれば、もっと、変わった形で時代変遷の荒波を能動的におこなえていたかも知れません。とは言え、借金で手枷足枷の状態では、頭でわかってても、一歩も踏み出せない事情も現実だったのであるかも知れません。

それに比して思いますのが、勝海舟のことです。

蘭学をしなくっちゃ! と、貧乏のどん底での一生懸命の努力で、住まいの板も燃料にしたり、と、  それはそれは、の、事だったようでした。

               ・

今にも、現在にも、まったく同前の事々のように思われます。

           ・       ・

明治の時代に産業革命・西欧文明の輸入がありました。さて、もう1段の変革が今起きつつあります。喫緊の問題は原発をドウするか?  です。

真面目に、真剣に逃げないでの姿勢のない政治家の場合は、すべて、見捨てられるのが、もう、すぐそこに来ましたですね。此処まで追い込まれないと真剣さが出てこないのは、問題です。

つまり、

根本解決は、さらに、

その後に、本来の「日本」文明の定め直しが控えている事が明々白々になるわけです。 この、ヲシテ文献に拠る事は、今は置いておきましょう。

               ・

 明治からの文明開化について、見なおすべきところがありはしないか?

この所に、多くの耳目が集まるところです。

漢字文献の比較調査に限ってもの事でさへ、  に、言えることなんですよね。

もっとも、根本的に大きな見直しの点は、 『古事記』教の悪夢からの目覚めです。

記紀の比較をちゃんとやり、国史のあり方の見直しです。

それから初めて、ヲシテ文献の尊さがわかってくるのです。

記紀のそれぞれの違いも解らないでは、

まったくもって、勉強不足です。

『記紀批判』梅沢伊勢三は、必読です。

国語学者だなんて肩で風を切ってても、我が国の記紀のそのことにも、その違いや差も知らない人もいてるようです。国の歴史を知らずに、どうして? 国語学者とえばって言えるのか? 不思議なことだと思いますのは、私だけでしょうか? それも、30年も前の話だけを根拠に掲示するなんて、あまりにも余りの時代遅れカビカビのことと言えますです。国語学者と言うからには、せめて、記紀の違いぐらいの認識は欲しいものです。

                ・

『古事記』の時代遅れのことは、こちらもです、そこそこ解ったヒトには常識的なんですがね。

あれこれ「黒書院の六兵衛」を彷彿とさせます。

どっちにしましても、ヲシテ文献は記紀の原書だと、根拠を公開して提示もしてますのに、知らんぷりを触れ回る人は、幕末の頃にもよくよく目にしたことと同様ですね。肝虚の人と言ったら良いのでしょうかね? あるいは、腎虚の人と言うべきか?

言うならはっきりと、記紀との対比比較を自分の手でやってから言うべきですね。松本善之助先生の時代から比べましたら、根拠の提示もしっかりやって進み、論考書の数々も積み上がってきています。知らんぷりせよとは、もう、幾ら何でも通らない言葉ですね。 今のこの期に及んでは、「お前の言うことは間違ってる」と、きちっと自分でも調査をしてからの事でしか、お話には成りませんですね。 知らんぷりせよとは、まったくの真摯さの欠如の事です。「ねずみ男」と同列の感じとも言えますでしょうか? もう少しして、時代が変わったら、救いがたいような人達の事々になるのでしょうね。猶予の期間は、段々と短くなってきていると思います。

奴さんのように、何とかその日の暮らしを繋ぐことを至高とするか?

勝海舟のように、遠い将来に、我が国の行く末を思って行動してゆくか? 龍馬なんかは、海舟の弟子になるかとも、わたくしは思っていますが。

没落の旗本のように、苔むした『古事記』講釈なんかの武士商売のことにゆくのか?

今が先途の、考え時だと思います。

記紀の原書がヲシテ文献だと、段々と世間に広まってゆく時期であるからです。 

               ・

どうして? こんなに遅れたかと詰問されましたら、 わたくしは答えざるを得ませんです。

最悪の足引っ張りの疫病神は、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」連中でした。かれらのおかげで、ほぼ20年は遅れたかとも思っています。漢字国字化時代の1300年来のことを思いましたら、仕方ないことかとも思います。後々の未来には、彼らは後世の人々の厳しく冷たい糾弾の目に晒されることでしょうね、と。

          ・          ・

 このところ、地震はだいぶ収まってきてます。

気象庁の下記のサイトが解りやすいです。震源の深さが色分け表示されています。

http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/daily_map/japan/20120728.shtml   

http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/daily_map/japan/index.html

大地震の前には、兆候的な変化が出るかも知れません。

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

ご声援くださるお方は、クリックを! ブログ・ランキングに投票をお願い致します。

本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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2012年7月28日 (土)

食物のこと、動物は本来的に悲しいものですね。 

食物のこと、食物連鎖のことですが、

われわれヒトなど動物は、基本的に後世生物ですから、一次生物の事をちゃんと感謝をしないといけないと思います。

Hituki

「ヒ・ツキ」のエネルギーから、生命のいろいろは養われているわけです。

一次生命体の定義ですが、これも、結構にむつかしいです。

植物は一次でしょう、藻も、植物プランケトンも、海底火山の熱水噴出孔に住む硫黄細菌も一次じゃないかと思います。ではミトコンドリアは、どう考えるか? 細菌類、ウィルスなどは? クリプトスポリジウムなどの原始動物は(寄生生物としては二次でしょうが、エネルギー獲得から言えば、発生的に一次的でもあるようです)?  などなど、一概に即断は難しいです。 追記 『辺境生物探訪記』(長沼毅、光文社新書)をみてましたら。 「独立栄養生物」と「従属栄養生物」と分けるやり方もあるようです。「いのち(生命)」の定義も難しいですね。

Photo

ニュー・ハウンドランド沖の植物プランクトンです。  

Terra/MODIS
2012/209
07/27/2012
14:45 UTC

Phytoplankton bloom off Newfoundland

下はアイスランドです。 Photo_2

              ・

シェールガスの有用利用が有り難いことに実現されつつあります。

頁岩の薄い粘土に挟み込まれた動物や植物の身体の有機物が分解されたガスが溜まっているのがシェールガスですね。薄い頁岩の層を割り砕くことで有機性ガスの収集が有用に出来得る、溜まってた、ストックの恩恵ですね。もとは、生命であり、遡れば「ヒ・ツキ」のフユ(賜り物の恩恵)です。

それにしましても3000m地下を垂直掘りから水平掘りに曲がって掘りゆく技術は、驚きです。革新ですね、世界は広いと思います。

その、広い世界に、わが民族が何を提供し得るのか?  が、本当のテーマです。勝った負けたかじゃなくて、どれだけ寄与でき得るか? です。

ここが『古事記』の世界感との、決定的な相違点です。だから、ヲシテ文献で定礎からの立て直しが必要なのです。「われが、我が、 ワシがワシが」の世界観は、ソサノヲの「アメのミチ」を悟る以前の醜い状態です。アマテルカミが、悟りの以前のソサノヲの派遣をためらわれたのは当然のことであると思います。

 どれほど多くの生命が、細菌や植物や動物など、在ってきてのことかと思います。それらの根底は、一次生物にあるわけですね。地球の岩盤の奥深くに長く生息している原初生物や細菌類は基底の生物ですね。地球の大変革のあとにも、また、タネを齎してくれます。

 「ヒトのミは  ヒ・ツキのフユに

 やしなわれ メクミしらせん」

 の事々をしっかりと、伝え直してゆきたいと思います。

この事、縄文日本の根底の哲学ですね。

              ・

 しかしながら、

未だに解らないのが、ヒトと、その以前の生命との敷居の値のことです。閾値(しきいち)ですね。原人からのことや文化や文明の事も含めるとさらにむつかしいです。ヲシテ時代にも、色々と悩んでいた記述を散見します。

     追記

「マサル」のこと。穴居生活時代はヒトとしての認識でよいか?

用例を掲げます。

Masaru_2

Anani 

Kokoroha

          ・     ・

高い敷居のようにも思える反面、

原生動物の精緻さを知ったりしますと、

サルやシカなどは、生物の仕組みとしてわれわれヒトとどれほど違うのか?

と思います。生命の仕組みにとどまらず、理解の程の事も、ヲシテ文献での「ミヤヒ(意識の働き、みやび)」の事を思ってですね、意味深い事柄です。 

そういえば、一昨日、若い離れサル(猿)がウチに迷い来ました。

クワ(桑)の木に登って、そこから屋根の上に行って、こちらの騒ぎを見て何処かに去って行きました。

彼と、どれだけ違うのか? 

サルじゃなくて、ヒトに生まれて良かったと、ほっと思いました。

アマテルカミの事で、前世が良い生き方だったから…、

と言うのにも、思いは移ります。

              ・

ヲシテ文献の、生まれ変わりのミチの事を思います。

Mitiwasuru

           ・        ・

冷泉家の

おウタのお題が、「すすき」です。

もう、秋の雰囲気ですね。 この暑さのなかにも、少しのアキ(秋)を感じます。

ススキのこと、検索しときます。

Susuki

15-40と28-63は「マサカキ」のことですね。

29-12と38-17は勿論、除外の用例です。

 

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2012年7月27日 (金)

「ほつま」は簡単でないので、時間を掛けて、ゆっくり、じっくり、本物の尊さに理解が至ってから…。

漢字かな交じりの現代文に直訳 したら、それで良いじゃないか?

そういう人は、此れまで、ゴマンと居ました。

人覚えの悪いわたくしに、さらに記憶にほとんど希薄になりますが、それは、余りにも多かった事がさらに忘れさせる原因と考えられます。

悲しくも、彼ら彼女らは

すべてがすべて、消え失せての討ち死にです。本当に多くの人たちが、眼前を過ぎ去り消え行きました。

とりいれくん、鳥居礼くんや、鏑邦男、などなど、あまりにも多くあったので、

名前も忘れてしまいます。(彼自身が「取り入れ」だと、言ってたと仄聞しました。そう言えば、わたくしの書籍を出す尻から、パクってたのを思い出します。正確にコピーするのなら、まだ、マシなのですけどね。今になって、良く解りました。「取り入れ」の件は、結構に信用の置けるデータベースです)

戻りようの無い人はともかくも、もしや他の人々は、思い直して悔悟して、本来の道に戻ってもらえるならば、と、思って願っております。

              ・

わたくしの立場は従前から、変わっておりません。

ちゃんと、同志としての訣願の人には出来る限りの尽力はさせてもらっています。

『よみがえる日本語』の出版に関わる諸々には、少なくとも3回は上京しましたですね。その他いろいろ、多くの努力をしました。これからの事にも、さらに、本論の上梓に向けて、日夜の取り組みです。為しゆくべきことは、多く有るのですが、能力や、時間や、アイデアがなかなかに、思うほどには出て来ませんのが残念なところです。

         ・          ・

「ほつま」あるいは、もっと適切に言うなれば「ヲシテ文献」の尊さの意味合いは、

そんな簡単な事ではありません。

訳してポン!   、だ、なんて、あんまりにも大切さが解っていません。

ヲシテ文献の「ヰ・クラ、ム・ワタ」を「五臓六腑」と訳すようなやり方が、訳してポン! ですね。幼稚だと思います。我が文明の尊さについて、ちょっとも、理解が為されていません。

それは、「日本」のこれからの世界における役割に、理解なしのことも大きいでしょうね。 

              ・

本当の意義がわかってくれば、

「ヲシテ文献」のですね、

訳してポン!  のレベルは、ワケ無しもいいとこです。

ヲシテ文献の意味合いは、

訳してポン!  では、あまりに酷(ひど)くて、

そんな事では無いのです。 もっともっと、とっても大きい仕事なのですね。

漢字国字化時代以降の歴史についての、すべての見直しをしようと言うことになります。

だから、訳してポン!  では、訳が解ってないと言うことの表明なのですね。すなわち、漢字での訳文は一切が意味を成し得ない、構図です。

訳すというのは、漢字国字化時代にエールを送る。追認してしまう事です。つまり、China麗讃なのです。China麗讃で良いの?  です!  この、基本構造が理解(わか)りますと、「秀真伝(しゅうしんでん)」の方向は間違いだと、心の奥底から、マトモな人だったら気がつくはず、だと思うのです。マトモなヒトだったらね?  です。

クシミカタマさんの事を、櫛甕玉命だなんて、漢字国字化時代以前なのにおかしいです。こんな変な当て付けをやって平然としてるのは、無視してくださいね。全くの時代把握も無しの人ですね。

訳してポン! じゃ、まったくの意味なしです。

現代語でもコンピューターの機械翻訳では、

ひとつひとつの単語を、辞書で引くよりはマシでしょうけれど、あんまり良くは分かり兼ねますね。直訳は、  それなりの、ことです。

         ・        ・

この事を、言い続けて、

もう40年余りになります。

「秀真伝(しゆうしんでん)」と、

わたくしの立場との間を取り持つだなんて、おかしっくて、何にも意味を為さない言葉だと思います。

「秀真伝(しゅうしんでん)」の方向は、どう考えても、「ねずみ男」の道筋だと言うことですね。

             ・

記紀の原書の発見があった訳です。

まじめに取り組んで、この大きな仕事をどうしてゆこうか?

と、真摯に努力しているわけです。

             ・

とにかくも、ヲシテの文字

(ホツマ文字、ホツマ文字なんて言うのは特殊文字の使い方も分かってないレベルですね)

も、まともに読めない人が、ごちゃごちゃやってますので、

ご用心下さいませ。

信用できますのは 「日本ヲシテ研究所」のHPに掲示してます。

わたくし以外の書籍もちゃんと掲示してあります。

此処にないのは、過ぎ去った過去のものか眉唾モノとご判断を願います。 

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2012年7月22日 (日)

ムカツヒメさまのご陵墓の場所は何処か? 

アマテルカミの正皇后になられたムカツヒメさん、

ホノコ様の事ですが、ミコ(皇子)のお世継ぎのオシホミミさまをお産みになられます。

Photo_2Photo

後に、ミコ(皇子)のオシホミミさんは、

オモイカネ、ワカヒメ(ヒルコヒメ)の叔母夫婦に育てられることになりました。

それは、揉め事が起きて、の事があった事。

さらには、ムカツヒメさんが早くにお亡くなりになられたこと、が理由ではなかったか?

と、推察されます。

Photo_4

また、そうしましたら、既に、ムカツヒメさんのご陵所の事、この時点に定まった可能性が濃厚です。

ムカツヒメさんの所縁(ゆかり)は、

お父上がオオヤマツミさんですから、富士山の南麓や三島の辺りが色濃いです。

また、滝の事もありました。

Photo_6

「朝」は『朝日神紀』です。溥泉さんの著作中に引用のある『ミカサフミ』逸文です。龍谷大学に所蔵されてます。

この記事からは、

佐久奈度神社(大津市大石中町) が近いのかと、考えられます。

また、

広田神社のことも、

アマテルカミの晩年に接点があります。この時期は、当然のことに、ムカツヒメさまはご存生ではあるはずがありません。

Photo_7

と、しましたら、

ムカツヒメさんのご陵墓は、

イサワの近辺か、イセの近辺か、琵琶湖の下流域か? タガの近辺か?

のあたりが、最も考えられる場所となります。

六甲山と言う選択肢は、非常に薄いと言うべきですね。ツ(西)のスケキサキのアキツヒメさんの由緒の深い所にご陵所を築くとは、わたくしには想像できません。ホノコさまの思いは、オシホミミさまのご健勝にあったと想像されますからです。

なお、

神社のこと、耳タコの『延喜式』や国史に典拠のある「国史見在社」の事は当然の常識です。

さらに、加えても、

地誌(郷土史)のこと、も参考にすることも大切です。それらに全く記載がないことを言うのは問題ですね。UFO研究家と思われちゃいます。

そもそもが、江戸時代の墓記の石記の文字なんかでも、まともに読めるものは本当に少ないです。岩に記された文字なんて、100年でもあやういです。 もう、ぼろぼろになって、刻まれた字なんて、ほとんど認識でき得ません。100年でもです。(amaneku)フ泉さんの墓碑の探索でも実感しました。石材の質に依っても左右はされますね。花崗岩は、経年変化に脆弱です。  とは申しましても、いくらそれが良い石材だとしても、事も突拍子もなくびっくりの2万年前だなんて …  …  ? ??  です。  そもそもの、構図が、まったくの所において成り立ち得ないと思います。

わたくしなどは、骨董の世界に少々接点がありましたから、その手の贋作の巧妙さにつきましては、勉強済ですから。 

壺の碑のように大切に守ってあれば、話はちょっと違うのでしょうけれどね。

                ・  

『大日本地名辞書』など、下記に引いてあります。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-fcde.html

兎にも角にも、

漢字文献時代の初め頃に煙も見えない、

中世もですが、  さらに加えて、

時代が、ぐぐっと下がって、 江戸時代や、明治など、

そんな近世の頃にも、ナーーーンにも、ひとつもだに煙もないモノは、

いささか持って、 余りにも、危ういことです。

偽書製造族のかおりが濃厚に漂います。『古事記』にだけの独自文は極めてあやしいですね。それは、除去してゆくべき記述です。まともな「国史」の再構築には、  の事です。

ただし、一例だけ例外があります。

Sotomi

この箇所だけは、『古事記』は詳しいです。『定本ホツマツタヱ』でご確認下さいませ。

 とはいえ、どれだけ信用の置ける記述であるか? に、つきましては、今のところ何とも評価を下す術がありませんが。

               ・

おかしげの人達のこと、

まともな、折角の、尊く奇跡の出現の「タカラ」のものを、

オカルトに染めようとする人達のことですが、

桑原、クワバラ、桑原、クワバラです。

          ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

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「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2012年7月20日 (金)

国家の根幹の再構築のこと。国語のこと。

国家として、国語をひとつにする民族としての、

集約点が重要なことだと思います。

世界が単一の英語圏に集約されるばかりで、

果たして良いのかどうか?

中世・近世来、日本列島を取り巻く諸事情は大きく変化をしてきました。

沖縄の若い人達は、もう、うみんちゅことばを話せなくなっているとも聞きます。

そういえば、

40年前には、広島の山間のディープな方言の高齢の人の言葉が、全く聞き取れなかったです。

20年前には茨城県のディープな地域の言葉が聞き取りにくかって困り果てた事に直面しましたことを思い出しました。

ここ、明治以降からの歴史は方言の消えゆく時代だったと考えられるようです、 ね。

方言周圏説の逆を行ってる訳です。方言周圏説ならぬ、方言周滅期の時代と言えるように思いますです。それが、何百年単位の方言周圏説に比べて、何年単位の方言周滅期の速さですね。

どこまで、どの辺りまで方言の消えゆく範囲となるか?

それが、方言にとどまらず…、 の事が間近に迫り来るような気がします。世界は狭くなりましたです。

ついぞ、もうそこまで、と。  日本語の国語の存続にもイエローランプの点滅が、点(つ)き始まって来た感じです。

               ・

我が国のことをどうしますかね? 将来をです。

たしかに、

地球の全球一体化は、目を見据えて理解せねばならない時代だと思います。

さて、どうするか?  です。

ここに、定礎を見直さなくてはならない状況だと、

私は考えます。

本当に、放棄してしまって良いのかどうか? わがヤマトコトバの「国語」をです。

もうすぐのような感じで、此処だけはどうしても譲れない取捨選択の最後の場面に、いずれ、向き合うことになるか? と思います。

さて、我が国、我が民族とは?  です。

此処の線だけはどうしても譲れない。

此の事柄こそが我が「国語」の世界に寄与し得る事項である。

などなど…  。

でも、世界の人々に、寄与し得る事ごとがあってこそなのですね。

わが「縄文文明」真価がどれほどか?  と言うことです。

ソコには、どうしても、本来の漢字渡来以前の我が民族の「国語」の真意を再発見しなくては根拠が見い出せませんです。

『羅和辞典』(田中秀央、研究社)ちょこちょこ見てます。ラテン語も面白いですね。

でも、我が国の「国語」は構文の為され方など基層の構造関係にも意味合いが大きくあるのですね。言葉のことも、単純にはまいりません。

それで、切羽詰まっての感覚を常に背負って努力してます。

もうちょっと、せめて、もう少しわたくしの能力が高ければと、思うばかりです。

                ・

  

           ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

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2012年7月15日 (日)

 お料理のこと。 餅のこと、しとぎ餅。 フト、マガリモチ。 ふとまがり。  追記、縄文時代のハスの花と香り。

簡単にペタっと、言うことは本当に問題だと思います。ちゃんと解明してゆくことは、難しいことです。

「マガリモチ」あるいは「フトマガリモチ」の事、

ちょっと触れるだけでも延々と言わねばなりません。

                

春日大社の若宮さんで伝わってるのは次のようです。

Photo

           <『定本日本料理 様式』 主婦の友社>

さて、今現在では、

萬萬堂さんで、現代風アレンジが為されています。

http://ec-online.info/eccube/manmando/html/products/detail.php?product_id=3

Photo_3

お砂糖まぶしは、まさに現代風です。また、中にアンコが入ってるとのこと。イチゴ大福を思い出させる、付け加えの過程です。平安・鎌倉時代では中に何にも入れてません。

本来は、どうなのか?  ですね。 源流は?  ヲシテ文献にまで遡ってみましょう。

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Photo_5

さて、

「まがりもち」「ふとまがり」は

漢字国字化時代以前に、ちゃんとあったようです。ヲシテ文献の時代ですね。

そうしますと、唐菓子という位置づけは間違いということになります。

萬萬堂さんの甘い饅頭仕立ては、後世のアレンジと判定するべきです。

でも、雰囲気を残して下さってるのはとても有り難いことです。

本来は、ヲシテ文献の時代まで遡ると、しとぎ餅の事でして、さらに、上等に油で揚げた場合もあったことでしょうね。

                 ・

さて、漢字文献での事々をもう少し調査しておきましょう。

Photo_6

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上記は、『住吉松葉大記』です。

大切なお祭りの時にお供えされます。

                ・

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上記は『厨事類記』です。「群書類従」正編19輯です。

「つねのごと」とは、いつも作っていての事ですからですね。

それが、鎌倉時代には「つねのごと」だったのに、最早、今現代では「唐菓子」扱いになってしまってました。混沌の泥沼です。

                   ・

Photo_9

上記は『類聚雑要抄』です。「群書類従」正編26輯です。

大きさは判ります。

            ・          ・

さてさて、

解くべき問題は、

ヲシテ時代においての、「ふと」 「まがり」等などの意味合いです。

ホント、ココからが難しいのです。

さてさて、

ヲシテ時代の真実への肉迫の事、

下記のところを御覧ください。

http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-8418.html#comment-90867416

                      ・

    追記、7月17日。

梅雨の実質的な明けのようです。

暑さのお見舞いを申し上げます。

縄文遺跡出土のハスの実が芽吹いて、ヲシテ時代のハスのハナ(花)の、

良い香りを嗅いで来ました。大賀ハスです。本当に良い、それはそれは夢見る香りです。

   暑さの お見舞いにと思います。

Hasu

Hasu1

Hasu2

Hasu3

               ・

女房です。

Hasu4_2

ついでに、わたくしも。  珍しく、写りました。とは言え、変な帽子です。

Hasu5 

  

           ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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           ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

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2012年7月13日 (金)

ナチ(那智)の火祭りのこと。「あはれ あな おもしろ」の『古語拾遺』の記述のこと。

今年のナチの火祭りは、天候に恵まれたようで良かったです。

九州豪雨の熊本は大変ですが…。

               ・

ナチのこと火祭りに、扇神輿の32扇の、12体のことがヲシテ文献にぴったり一致です。これは、『ホツマツタヱ』の1アヤを参照してください。『定本ホツマツタヱ』の29頁です。

Photo_2 

ここの個所で、扇神輿の意味がわかります。記紀には、一切の記述なしの個所です。不思議な一致です。ヒオウギのアヤメを扇神輿に付けて飾るのも、不思議な一致です。ヒオウギのこと、一名カラスアフキとも言います。

さて、ナチの火祭りでの伝承で、更に、「あはれ あな おもしろ」のウタの伝承も面白いです。『定本ホツマツタヱ』の113頁あたりを御覧ください。

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ここで、「あはれ おもしろ」のウタが記紀に無くて、『古語拾遺』に出ていることが分かります。斎部氏の伝承が記された書物です。『日本書紀』編集に漏れた原書紀記述のひとつです。現代思潮社版の「新撰日本古典文庫」の『古語拾遺』を見ておきましょう。

Photo_9

『古語拾遺』では、記紀同様に、「天岩戸隠れ」の意味内容がズタズタにされてます。これは、見るに忍びない記述ですが、「あはれ あな おもしろ」のウタの一部が残されてあるのが注目されます。

また、ナチ(那智)の火祭りで「あはれ あな おもしろ」が音曲を伴って歌われます。5・7調の歌です。

後の時代に7・5調の韻律が入ってモノ寂しげな歌が流行りますが、外国渡来の雰囲気だと思います。7・5調はですね。

明るく楽しいのが5・7調の韻律。ここにも、ヲシテ時代への遡及のことが望まれます。

ついでに、『先代旧事本紀』も見ておきましょう。吉川弘文館版で鎌田純一先生の他書籍との照合の横線振りが付いてます。

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詳しくは、それぞれの書籍を見てください。

漢字文献に漢訳の際に、どれほどにひどくズタズタにされたか?

この例の「あはれ あな おもしろ」に至る直前の10行余りもの大切な記述がちょん切られてるのです。

その事は、つまり、

ヲシテ文献での本来の「日本」再構築について、

説明も困難を極めることがお解かりいただけると思います。 

 

 

  

           ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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2012年7月 9日 (月)

7月7日と、現代人は言うが、 「サツキ(旧5月)」のサミタレ(梅雨)のこと。

サツキのこと、

もうモチ(満月)も過ぎまして、「トの季節」に入りました。

旧暦での5月の中頃に相当してます。

Photo_3

一昨日でしたか、7月7日だと、例のごとくに牽牛と織女の話が喧伝されます。

二重にも三重にもこんがらかった年中行事のこと、

分り易く解き直す必要を感じます。

Photo_5

          <ネムの樹の花です

                      夢見るようなハナです>

Photo_6

     <大賀ハスの蕾です、

       漢字国字化時代の以前の、ヲシテ時代のハスの品種です。

                                もう少しで開きます>

Photo_7

                          <ネムの樹型です>

実質的には、もうツユ(梅雨)の終わりのように思えました。

ミナツキに差し掛かります。この、水無月の漢字訳だけは、

まあまあ良い訳のように思ってます。他の月は、全滅にダメですね。

ミナツキ(旧暦6月)は、熱くて乾いてきて、とにかくも水分補給に気を使って下さいませ。ミナツキの本当の季節の月の名前の意味合いです。脱水症状にご注意! の、季節の月なのです。

            ・

先ずは、季節感のことですが、本来の「日本」の感覚ですとアキ(秋)の初めのお祭りが7月7日の「タナハタ」です。

今は、旧暦のサツキ(5月)の中頃です。つまり、サミタレ(梅雨)も終わりに近づいての晩夏に相当します。温かい棒が極まりの4本から3本になった季節です。それで、「ト」の季節なのですね。何故ならば、「ハニ(四角)」と3本の棒から構成されてますヲシテ文字(ホツマ文字)の形に表されている事になってるからです。

Photo

この、季節感の齟齬がひとつの混乱です。

本来の旧暦の7月7日は、熱く乾くミナツキ(6月)を過ごして、ようやくアキ(秋)に入って、半月(上弦)になっての、

季節の変わり目の行事です。

                     ・

もうひとつが、

牽牛と織女の話のことです。牽牛と織女は中国での伝説ですから、お祭りの意味が本来の「日本」のものとは異なります。

本来の「日本」の「タナハタ」はPhoto_2

と、言うような雰囲気です。

重なった錯誤をどうやって解き解(ほぐ)してゆくか?

試行錯誤の努力は果てしないです。

大変でもこれを怠ったら、本当の「日本」の定め処が根無し草のままなのですね。縄文哲学は自然の季節の移り変わりと密接に寄り添っているためです。

気合は入りますが、

解り易くと心を砕きますと、証拠の照合のことに煩雑さをどのように容易(たやす)くして、なおも、納得の得てもらうようにするかが、難しいものです。

Photo_8 

            <ついでに女房です>

 

           ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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2012年7月 5日 (木)

国家の根拠のこと、「ほつま」は何のための事々なのか? 「縄文文明」の価値のこと。

この所の、ちゃんとした人の出現には驚き入りましてです。

1~2回顔を合わせただけで、私の目的を的確に理解してくださいます、

そのようなお方が出現です。

           ・     ・

『古事記』はひどい、国家滅亡の手引書だ、  と、

ふんわりと言い続けてきて30年余りが経(た)ちました。

太安万侶さんに恨みはないですが、我が国の国家の尊さを低からしめた事には憤りを感じます。

              ・

『古事記』崇拝は、なかなか根強いですから要注意です。

ちょっとひと言『古事記』に対する疑問でも口に出したら、

大仰なパージを受けます。

それが危惧で、奥歯に何か挟まったような表現になってかもしれません。

もはや、今現在では国家存亡の危機に直面してしまい、どうのこうのと、瑣末な考えは巡らすことも意味なしになりました感があります。

要するに、『古事記』はダメで酷(ひど)いものだ。

これこそが国家戦略を見誤る元凶である。と、原因の理解をすることが肝要であると考えます。

こう公言するようになりまして、対峙軸が解りやすくなった事もありましょうね。

           ・         ・

「ほつま」は、勿論のこと、我々の生活に人生に悩んだ時に指し示す明かりです。

ですが、私小説的な利用の事は、そも当然に有用のことですが、国家的なさらにグローバルの為に益することが求められていると思うのです。大きな視点にたって欲しいです。その役割が、我が縄文文明にこそ有る訳ですからね。

                ・

陰でせせら笑っている人も居ました。「そんな大きな仕事の成就は、とっても困難である、出来る訳ないよ、 」  と、ね。 その心根は、ちょっと違うと思います。

わたくしは、大きな意図を、せせら笑う人とは、歩みを同じくには出来ません。別の人種として区別をしていっております。松本善之助先生の大きなお仕事の一つが「世界を救うもの」としての縄文文明の認識にあったと考えています。松本善之助先生の謦咳に浴した人が、それが好々爺風になってしまわれた松本先生の晩年の時期でことであれ、陰でせせら笑うのは、何とも理解が出来得ないことであります。

何故ならば、それは、我々が松本善之助塾に感動して同意して参集したのは、そもそも我が縄文文明に大きな価値を見出しているからでは? なかったのではあるまいか? です、 ね。 せせら笑うのは、どう考えても変な事です。理解できません。それで、我々とは異人種の扱いにしてきてますこと、既に数十年です。松本善之助先生の大望を笑うのは、可笑しい事ですね。 それは、即の事に破門の扱いが正しい事だと思いますですね。

縄文文明こそが、今後の世界にとって極めて有用であると理解しているためです。どんな大きな障壁も、大きいからといって逃げるわけにはまいりません。わたくしはです。

                 ・

宅急便より早いと、印刷屋さんなどからも言われてる私ですが、

最もの特徴は、何があっても逃げない事かと思います。

また、常に言い続けてますことですが、ちゃんと顔を洗って出直してきたらどんな人でもきちっと対応させて頂いて居りますことを強調したいと思います。

 

 

 

 

           ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。

ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

     ∞      ∞

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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